第10話 仕掛けられたゲーム
──嫌な胸騒ぎがしていた。
学校が終わり。
俺はミッチー達をなんとか説得した後、友人代表として一人で朝倉の家に来ていた。
家のドアが開き、朝倉の母親が出迎える。
事情を聞いて確信する。
やはり俺の嫌な予感は的中した。
朝倉は風邪で休んだのではなかったのだ。
涙ながらに語る彼の母親に、俺は言う。
俺に任せてください。
家に入れてもらい、俺は一人で朝倉の居る二階の部屋へと向かった。
※
二階に着き、部屋のドア前に立つ。
なるべく声を明るめにして。
まずはドア越しに、朝倉に話しかけてみた。
なぁ、朝倉。そこに居るんだろ? 少し話さないか?
……。
しばらく待ってみたが返事は戻らなかった。
もう一度、呼びかける。
朝倉、そこ居るんだろ? 出てこいって。話がある。
……。
やはり返事は戻らない。
不信に思った俺は恐る恐るドアノブに手を伸ばした。
ドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す。
するとドアが少し口を開いた。
……?
どうやら鍵はかかっていないようだ。
ドアは簡単に開き、俺を迎え入れた。
……朝倉? 居ないのか?
部屋の中を見回すも、水を打ったように静かで薄暗く、朝倉の気配はないようだ。
もしかして外出しているのか?
でも彼の母親はたしかに、朝倉が部屋に居るはずだと言っていた。
しかし当の部屋はもぬけの殻で静まり返っており、朝倉が居る様子はない。
不思議に思った俺は、誰も居ない部屋に向け、とりあえず呼びかけてみる。
おーい、朝倉……? 居るのか……?
しばらく待ったが、やはり返事は無い。
俺は首を傾げて内心で思う。
……おかしいな。
もしかして、母親の知らぬ間に部屋を抜け出して買い物かどこかに出掛けたのだろうか。
その可能性も否定できない。
まぁとりあえず、話だけでもして帰りたいからここで待たせてもらおう。
俺は部屋の中へと踏み込んでいった。
部屋のドアは開けたままで、廊下の明かりを頼りに薄暗い部屋の中を見て回る。
部屋の明かりをつけるスイッチはどこだろう。
壁には無いようなので、恐らくリモコンのスイッチで操作しているはずだ。
遊びに来ていた時のことを思い出し、俺はリモコンを求めて部屋隅のベッドへと向かった。
……。
歩を進め、ベッドの傍へと辿り着く。
まずは枕の下を探してみる。
見つからない。
次いで、丸まった毛布をひっくり返して中を探してみる。
やはり見つからない。
いったいどこに置いているのだろうか。
──そんな時だった。
ふいに。
勉強机の上に光が灯ったような気がした。
突然背後から鳴り響く機械的な音楽。
俺はびくりと身を震わせ、慌てて音のする方へと振り向いた。
──パソコンだった。
机上に置かれたパソコンが勝手に立ち上がったのだ。
まるで幽霊にでも操作されているかのように、画面が立ち上がり、そしてマウスポインタが勝手に画面を動いてインターネットに接続する。
大手検索サイトに繋がるも、その画面は急に乱れて消え、真っ黒い画面が浮かび上がった。
黒い画面に垂れる真っ赤な血文字。
一文字、一文字。
ゆっくりと現れる。
【おいで。いっしょに逝こうよ。】
部屋に奇っ怪な嗤い声が響き渡る。
同時にバタン、と!
部屋のドアがけたたましく閉まった。
俺は悲鳴をあげてその場に腰を抜かす。
突然俺の前に佇んでいる朝倉。
青白い顔、生気のない目で俺を呪い殺すように睨んでいる。
「友達だと信じてたのに……見捨てやがって──殺してやる!」
──!?
急に朝倉が俺に馬乗りしてきたかと思うと、そのまま俺の胸倉を荒く掴みあげて凄んでくる。
違う!
声に出して言いたかったが、あまりに突然のことで混乱して声が出なかった。
俺は……お前のことを見捨てたわけじゃない。
朝倉の口角が上がった。
不気味に笑って告げてくる。
「よぉ、クトゥルク。いつになったらこっちの世界に来るんだ? あまり待たせるな。オレは気が短いんだ」
声が、朝倉じゃない……?
「お前は実に賢い。たしかにオレはそっちの世界には行けない。お前がこっちに来ない限り、何をやっても無意味だ。
なんとも面白くもないクソゲームだよ。
なぁ、いつになったらこっちの世界に来るんだ?
明日か? 明後日か? 来年か? 十年後か?
オレはな、待つのが嫌いなんだ。だからコイツの精神を乗っ取って、こっちの世界に引きずりこんじまった」
──ッ!
カッとなった俺は、胸倉を掴む朝倉の手を掴んだ。
鋭く睨みつけて言い返す。
関係ねぇだろ、朝倉は! 狙いは俺なんだろ? 今すぐ俺のダチを返せよ。……俺との取引はそれからだ。
「クク……。関係ないだと? コイツはオレに宛てがわれた駒だ。ゲームの駒をどう使おうとオレの勝手だ」
ゲームの、駒だと?
当然と言わんばかりの顔で朝倉は答える。
「そうだ。駒だ。馬鹿で使い勝手の良い捨て駒だ。
こちらの言うことを全て鵜呑みにして疑いもしない。敵だと教えこめば全力でそこに戦いに行く。実に便利な捨て駒だ。
そこでオレはお前の為に面白いゲームを用意した。
クトゥルク無しでは絶対にクリア不可能なゲームだ。
舞台は……──そうだな。【オリロアン】としよう。ちなみにこれは王都名だ。間違うなよ?
場所が分からなければ頭の奴に聞いてみるといい。
早く助けてやらねぇと、お前の大切なオトモダチはこっちの世界で戦争に巻き込まれて死んじまうぜ。
オトモダチが死んだら、それはお前の責任だ。オトモダチを見捨てたも同然の罪だ。
どうだ? オレの考えたこのゲーム。最高に面白いと思わないか?」
ふざけたこと言ってんじゃねぇよ!!
俺は朝倉の手を叩き払った。
朝倉が口をへの字に曲げて、馬鹿にしたように鼻で笑ってくる。
「ふざけたこと? ──あぁ、たしかにふざけたことだな。だがこれはゲームだ。お互い様というものだよ。
オレはお前と遊びたい。ゲームはすでに始まっている。
オトモダチを見捨ててそっちの世界で楽しく過ごすも良し。こっちの世界に来てオレのゲームに付き合うも良し。
どちらを選ぶもお前の自由だ」
……。
俺は鋭く朝倉を睨みやった。
思わずぶん殴りたくなる衝動を必死に耐え、拳をきつく握りしめていく。
「そう怒るな、クトゥルク。約束は必ず守ろう」
本当に、俺がそっちの世界に行けば朝倉を助けられるのか?
「あぁもちろんだ。相乗ログアウトって分かるか? それがオトモダチを救える唯一の方法だ。
タイムリミットは魔弾花火ヴァンガロが撃ちあがるまで。
もしそれまでにお前が一瞬でも遅れれば、お前のオトモダチは──」
言葉の代わりに朝倉は、立てた親指を首元へと持っていき、掻っ切る仕草をしてみせた。
俺はギリリと強く歯を噛み締め、唸る。
上等じゃねぇか。行ってやるよ、その場所に。
朝倉が笑う。
片手の平を真っ直ぐに、俺の目へと翳して。
「いい目だ、クトゥルク。それだよ、その目。ゾクゾクしてくる。その目こそがオレの求めていたものだ。
お前をもっと怒らせてみたくなった。黒騎士だった頃のお前は復讐に満ちたイイ目をしていた。
──オレの好奇心を掻き立ててくるほどにな!」
黒騎士だった頃の、俺……?
「そうだ。戻ってこいよ、クトゥルク。
またオレとこっちの世界で遊ぼうぜ」




