第1話 影
ここは……どこだ?
辺りに広がる黒い湖。
その湖の真ん中で、俺は崩れるように膝を折り、そして手をついた。
水面を伝い、波紋が広がる。
どこまでも遠く。
俺は水面へと視線を落とす。
そこに在る黒い水は、鏡のように俺の顔を水面に映し出した。
いや、違う。
俺は首を振って否定する。
これは俺だけど……俺じゃない。
そこに写す己の姿は見知らぬ姿をしていた。
服装も荘厳で豪奢な異国の服を着ているし、それに髪色も、目も──
特に目が、人間離れした金色のヘビ目をしている。
ふと。
水面に浮かぶ自分が、暗く微笑みかけてきた。
ゆっくりと。
俺に向けて手を差し伸べてくる。
まるで、俺を捕まえようとするかのように。
その手が水面から出てくる。
腕、顔、体全体まで、水面から這い出てくる。
やがて伸ばされた手が、そっと俺の頬に触れ──
※
俺は静かにベッドの上で目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込んでくる穏やかな陽光。
その光を浴びて、朝を迎えたことを知る。
頬にそよそよと当たるカーテンの裾。
寒い……。
なんで俺は窓を開けっ放しにして寝てしまったんだろう。
落ちかけた毛布を引っ張り上げてそれに包まる。
ぬくぬくと己の体温と同じ温かさの毛布が心地よい。
俺は幸せを感じて再び目を閉じた。
……。
あれ? 今日って日曜だったか……?
……。
──!
次の瞬間、俺はカッと目覚めた。
冷静になった頭がフル回転を始める。
──って、今日が日曜なわけねぇーだろッ!!
昨日が水曜なら今日は確実に木曜だ。
俺は勢いよくベッドから飛び起きた。
ベッド脇にあった目覚まし時計を荒く掴みあげる。
なぜ鳴らないんだ、目覚めの友よぉぉ──ッ!!
夜中の三時で事切れた目覚まし時計を、俺は激しく揺する。
ふと何かに気付いて、目覚まし時計を裏返す。
明らかに故意的に抜かれたであろう電池。
お前にいったい何があった!?
──って、こんなことしている場合じゃない。
一人脳内ボケツッコミながら、俺は不要となった目覚まし時計をベッドに放る。
いったい今何時なんだ?
俺は内心混乱とともに大いに焦りながら別の時計を目で探した。
机上にあった置時計。
その時計は確実に、正確な時間を刻んでいた。
く、くくく九時だとぉぉぉォォッ!!!?
目玉がぶっ飛ばんばかりに驚いて、俺は大慌てで登校の支度を始めた。