代わり身の術
相変わらずくだらないイジメは続いた。地味に堪える。相手にしたほうが早く済むのか、しないほうが飽きてくれるのか、判断がつかなかった。
給食の牛乳が僕だけなかったときは「ヤリィ」と思った。それからは自分で隠したりもした。
上履きが無くなったのはめんどくさかった。赤茶色の来客用スリッパじゃ大きいし、悪目立ちし過ぎるから、ソックスでいいことにした。幸い、寒い季節でもない。
つるつるの廊下を、片足ずつ滑って移動してみた。バランスのとり方が微妙で結構楽しめた。
加藤君が見たら絶対「僕もやる!」って真似するだろうなと可笑しかった。
うちに帰ってばあちゃんに
「おまえ、学校には慣れたのかい?」
と訊かれた。靴下の異常な汚れに気付いたんだろう。
じっちゃんより鋭い人だから、「ええ、大丈夫です」と入念に笑顔を作った。
僕が本心を見せるのは、故郷のお母さんにだけだ。
上履きは翌朝ちゃんと下駄箱にあった。焼却炉の灰と消えたわけではなかったから、よしとした。
ただ、僕の反応はまた期待外れだったらしい。
休憩時間も僕は余り席を離れないから業を煮やしたのか、数日後、教室の後ろの整理棚から体操服が無くなっていた。
朝持ってきて、二時間目が体育だから、手の速いことだ。
「うんざりだな」と思ったが、まあいい。ムリに身体を動かすこともない。神社で舞の練習させられるだけで十分だろう。
おろおろ探しまわる姿が見たいのだろうから、「ラッキー」という顔をして教室を出ることにした。
着替えたクラスメイトが出てくるのを運動場の手前で待った。誰の仕業か一人一人の表情を眺めてやろうと思って。
かわいそうに、といいたそうな女子たち。見過ごしたから共犯かもと申し訳なさそうな男子。そしてにやけているいじめっ子。キョドっているのが、実行犯。
先生も着替えて外に出てきた。僕を見て「あら?」という顔をするが、何も言わずに
「みんなこっちに集まって!」と引き連れて行った。
他の見学の子とのろのろ歩いていると、後ろから手を掴まれた。植え込みのほうへ引き摺られる。
「痛いってば!」
「これ着ろ。忘れたんだろ? 誰も来ないか見ててやるから」
加藤君だった。
何でこうも神出鬼没?
ぼうっとしていると僕のシャツのボタンに手をかけた。
「やめてよ」
「僕の体育四時間目だからその前に持ってきて。四−三だからね」
何だかわからないけれど加藤君の体操服を借りることになってしまった。
本人は
「忍者、代わり身のじゅつぅ〜」
と笑っている。
僕が着替え終わるとタタタタと走り去った。
所在なさげな様子を窓から見られていたのだろうか。
授業はラインサッカーだった。ディフェンスのほうに立ってぼうっとしていた。
僕の先祖と言われている人は天皇の孫だそうだから、蹴鞠はしたかな。それとも音楽ばかりに熱心で、運痴だったろうか。
敵チームが攻撃中にパスをミスして、球が僕の足の前に来た。ちょっと蹴ってみようかなと思った。
周囲は「パス、パス!」と騒いでいる。
守備陣は攻撃しちゃいけなかったろうか、ルールをよく聞かなかった、ドリブルのままセンターラインを越えた。
お神楽のステップにボールを付け足すだけで、ドリブルになるとは思わなかった。
目の前に立ちふさがったヤツが、僕のいじめっ子だった。コイツは抜かなきゃ、だろう。
ビバルディの秋第三楽章、狩りの部分を唄いながら、二度、三度方向転換すると、いいフェイントになった。
ゴールライン前に来るとキーパーが六人も密集して並んでいた。横と後ろは敵ばかり。仲間はその外を取り囲んでいる。両足でボールを挟んでぴょんとジャンプし、浮いたところを下から横に高く蹴りあげた。
コートの端にいた運動神経のいいヤツがボレーシュートを決めた。
「よっしゃあ!」
とチームは声を上げた。
担任が「長慶君、もっとみんなにパスを廻して」と言ったが、それまで僕に誰もパスしなかったんだからおあいこだろう。
木陰で素早く着替えて教室に戻った。僕の体操服は机の下に落ちていた。僕が教室を出てからわざと置いたらしい。
中は自分が畳んだ通りで、触られてないみたいだ。加藤君のところに行こうとしたら、次の授業が始まってしまった。
三時間目が済み次第、上の階に駆け上がった。加藤君は廊下の窓から外を見ていた。
「あの、ありがと。僕、汗かいちゃったからよかったらこっち着て?」
自分の体操服を差し出した。
「忘れてないじゃん」
「湿っちゃって気持ち悪いよ?」と僕が重ねて言っても加藤君は、
「いいよ、おもらししたわけじゃなし」
と、加藤と縫いとりしてある自分のを着た。短パンも廊下でズボッと脱いでパッとはく。遠くではあっても女子が歩いていたのに。
「この件についてはジジョーチャーシューするからね」
「ちゃあしゅう?」
「うん。放課後校門のとこ。いいね?」
そう言い捨てて級友を追いかけていった。