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女子の助っ人

 

 六月に入ってすぐ、もう制服が鬱陶しく感じた。

 僕に東京の梅雨はやり過ごせるのだろうか? 

 

 図書室で本を借りてぶらぶら帰途に着いた。

 何となくまたイジメのことを考えていた。


 僕がいじめられやすい理由に、男子より女子と仲良くなりやすいというのがある。

 女子はこっちから何をしなくても群がってきて話しかけてくる。それに丁寧めに対応しておけば問題ない。

 男子は、上下関係をはっきりさせたいんだろうか。

 

 山の学校では学年とか親戚具合で勝手に立場が決まっていた。六年の児童会会長の進さんと親族トップの僕。威張ったつもりはないけれど、嫌な思いをしていた仲間もいたんだろうか。

 例えば幸雄(ゆきお)、一級上の従兄なのに、いつも僕を立てていた。僕の父が宗家神主で、自分の父親が分家の社務、神社の運営係だという理由だけで。

 

 下校路からひとつ奥まったところにある公園から、切羽詰まった女の子の声がした。

「返して! 返してよぉ!」

 泣き声が混ざっている。無視できなくて近寄った。


 男子四人の半円に、女の子一人が向き合っている。お稽古事の花柄のカバンをとられてしまったようだ。

「返して欲しけりゃついてこいよ」

 女の子は怯えまくっている。

 そりゃそうだろう、五年か六年か知らないが、大きな男が集まったら、優しくされても恐い。クラスメイトでもなさそうだ。


「女の子泣かせるなんて最低だ!」

 怒鳴ってやった。上級生は一斉に僕を見て、すごんだ。

「何だよ、ちび」

「関係ねぇーだろ?」

 男たちは声変わりしている。僕の高音では迫力負けするかもしれない。

「カバン返してよ」

 女の子と上級生の間に入って手を差し出した。


「イヤだね。大事な話があるんだよ。すぐ済むから」

「ここで言えばいい」

「バカ、一対一がいいから来てくれって言ってるんだ」

「そっちは四人じゃないか」

 もしかして、好きだとかつきあってくれとか言うつもりか? 泣かしてしまったらそれどころじゃないだろう。

 下がり気味の黙ってる男が当事者か。


「今日は無理だろう?」

 脅かしてカバンを取り戻そうと思った。

 できる限り低音で、不気味な曲に乗せて「拘束の呪文」を唱え始めた。

 上級生は僕を見て、互いに顔を見合わせ、辺りを見廻した。

 声は下腹部に共鳴してだんだん重くなる。足は地面に貼りつく。固まってしまえば後は、「轟」の発声を浴びせ尻もちをつかせよう。


「あ、だめだめ、コイツ怒らせると怖いよ?」

 邪魔が入った。相手の気がそれる。呪文は失敗だ。

「加藤じゃないか。邪魔するな」

 何でのこのこ現れるんだよ? 「邪魔するな」と言いたいのは僕のほうだ。

 

 加藤君は怯みも焦りもしないでその場を仕切る。

「何で女の子のカバン持ってるの? あの子のなの? ああ、それで泣かしちゃったんだ。仕方ないなあ。六年生が四人も集まって。危ないとこだったね。コイツ今呪いをかけようとしてたんだよ」

「のろい?」


「早く逃げないと怪我するよ。忍者の呪いは怖いんだから」

「何だって? コイツが噂の転校生か、恐山の呪いの!」

「カバンはこうしてやる!」

 手作りっぽい布製のキルティングのカバンは、高く投げ上げられ、ヒイラギモクセイの梢に引っ掛かった。

 上級生はいなくなった。


 加藤君は女の子に「ちょっと待っててね」と言うと、ちくちくする常緑樹の内側に入って幹を登った。

 カバンを回収してくると、「はい」と女子に渡す。

「ありがとう」と礼を言われ、

「お礼は長慶(ながよし)(くん)に言って。僕がこなくてもカバン取り返せてたはずだから」と笑った。

 女の子は立ち尽くしてる僕に「ありがとう」と頭を下げて駆けて行った。


 僕の苗字までちゃんと憶えていた。じっちゃんと同じ苗字だから当然か。でもドキッとした。

 加藤君は僕の肩に手を廻して、

「あんまり怒るなよ。ここいらの気温が一、二度下がってたよ」

 と言う。

「怖く、ないの?」

 僕は素のまま訊いてしまった。


「あきふみが僕に呪いかけるわけないじゃん」

 と、当然のことのように答えた。

「いや、そうじゃなくて」


 呪文なんて唱える知人がいるのは怖い部類に入らないのかと訊きたかった。

「あれ、聖歌隊の曲だよ。黒魔術みたいに聞こえるけど、神さまを崇めてるんだってお母さん言ってた」

 あ、僕が使ったメロディのほうを聴いていたんだ。


「よくやるんだ、お母さんとピアノ対決。怖い曲とか楽しい曲とか、こないだの勇ましい曲とか。禍々しい曲部門は『山の魔王の宮殿』とか、『ラ・ダンス・マカーブル』とか『葬送行進曲』とかで、さっきの曲出されて負けたんだ」

「よくピアノ弾くの?」

「うん。さっきの女の子もたぶんお母さんの教え子。お稽古間に合ったかな?」

「そう」


「おまえは? 気分治った?」

「僕? 僕は何ともない」

「よかった! 僕もピアノ教室行こうっと。じゃ、またね」

 加藤君は女の子が駆けて行った方向にいなくなった。


「何で現れたんだ?」

 それだけは疑問だ。


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