いじめられないっ子
二、三日して、神社で修業の日だからと、終わりの会後すぐ校門に向かったら、前を加藤君が歩いていた。背中のランドセルの上に柔道着をぶら下げている。距離を置いてやり過ごそうと思ったのに突然振り返った。
「神社忍者、じっちゃん何か言ってた?」
「僕には何も……」
「そっか、じゃ、今度会う時だね」
またうちに来るのかな、とちらっと思ったが、今は他に抗議することがある。
「その呼び方、止めてくれない?」
「神社忍者? いいじゃん、神社のじっちゃんちの忍者。カッコいいよ」
「イヤだよ」
僕の名前、どうせ憶えてないんだろう。
「お母さんが、ごろがいいねって。ごろって何だかよくわかんないけど」
「言葉の響き。韻を踏んでるってことだね」
「それもっとよくわかんない。歌にしやすいとは思うけど? 神社忍者、死んじゃだめだ、アンドロメダきれいだあー」
「何それー」
僕はつい笑ってしまう。
加藤君も笑って、「ワルツ」と言った。
「三拍子なのはわかるけど? 神社の忍者は死んじゃあだめだよ アンドロメダ姫綺麗だなあー」
「姫って何? 四拍子はわかるけど」
丸顔の頬をぷっくりと膨らませた。
「アンドロメダって神話に出てくるお姫様だから」
「違うよ、大星雲の名前。銀河系の外の銀河。宇宙人がいるかもしれない」
「だーかーらー、お姫様にちなんでアンドロメダ座ができて、そこにあった銀河だからお姫さまが先」
加藤君は腰に手をやって立ち止まった。
「神話ができる前から大星雲はあったと思うけど?」
小首を傾げ、ぱっちりとした目をしばたたかせて、反論している。
「あ、そうだね」
言い負かされた。それが妙に新鮮で楽しかった。
「神社忍者、なんじゃもんじゃ、食べてみよう、今日は柔道じゃん!」
加藤君はまたヘンな呪文を唄って、
「道場あっちだから、また今度ねー」
と反対方向に去っていった。
校門からもう随分と、うちの神社のほうに連れだって歩いていたのに。
「ヘンな子」
わざわざ声に出して独り言してあげた。
くだらないいじめをするクラスメイトの頭の中を窺うより、加藤君を研究するほうが面白そうだ。
一学年四クラスで六年生までいるのだから、そう簡単には加藤君を見かけることはないと思ったのに、一度認識するとあちこちで目に付いた。ヘンに目立つ。ヘンなのにいじめられない。やはり不思議だ。
昼休憩になるやいなや、ドッジボールを掴んでコートを取りに飛び出していく。同じ四年三組の仲間や隣のクラスの子とかがぞろぞろ集まって、ゲームが始まる。
うちのクラスもドッジボールしたりしてるけれど、僕は混ざらない。誘ってくるヤツもいないし、ボールぶつけられて痛いのも嫌だ。人にぶつけてやろうという意欲もわかない。
それで教室に残って本を読みながら、加藤君を眺めていた。
驚いたことに加藤君は、たまに僕のほうに手を振った。最初は上の階のクラスメイトにだろうと思っていた。それで校庭まで出てみた。
すると、ボールを当てて一人外野に追いやって、ピースサインをくれたり、自分が当てられて、よろけて行って死んだ真似をしたりする。全部僕に見せているらしかった。
不思議なのはそれだけじゃない。
あれほどすばしっこいのに、ボールを投げるのも上手いのに、敵に狙われたらムリにキャッチしない。捕れるだろう球に手を出さないでアウトになる。至近距離で狙われたら、バンザイして「やられたー」とか、「助けてー」とうずくまったりする。
そのくせ当てるのは上手いから、すぐ外野から帰ってくる。
手を抜いているんだろうか?
でも「バカにしてんのか」と怒るヤツもいない。「加藤はこういうヤツなんだよ」と、周囲が諦めている感じがした。