いじめっ子
ゴールデンウィークは神社のほうが忙しかった。端午の節句の祭事が、家族ごと、当日の午前午後、前日、後日と軒並み予約された。恐山では子どもたち集めて一度に済ませていたから、これには驚いた。
僕はじっちゃんを手伝って、教典の同じ部分を何度も唄うはめにもなったのだけれど、そこはじっちゃんのスゴイところで、同じメロディは一度もなかった。声を合わせるこちらが、ハモれるかドキドキしたくらいだ。
音楽の神さまを祀るうちの神社、神官が音を外すわけにはいかない。東京の信者さんたち、特に有力な氏子一同は、宗家跡取りの僕の力量を確かめにもきたのだろう。
雅楽を自在に奏で作曲までした平安貴族の、直系子孫だと言われるこの僕の。
まあ納得してもらえたのかもしれない。
珍しくじっちゃんも褒めてくれて、少し浮かれていた。警戒を怠ったせいか、休み明け学校で、とうとうイジメが噴出した。
いい気分で朝早く教室に着いて、朝の会前に図書室に行った。戻ってくると、ぼくの机の上に、女子の誰かが持ってきた花を活けた花瓶がでんと置いてあった。
アイリスとフリージアが綺麗だけれど、仏花っぽくはある。
こういう「お友達の死を模したようなイタズラは許しません」と担任は激怒しそうだ。
「イタコにはお供えしなくちゃな、仏様の一種なんだから」
首謀者らしい男子が言う。
「うーん、どうなのかなあ」考える時の癖で僕は顎に手をやった。
「イタコが仏様じゃ口寄せしても言葉が喋れない。人間の身体が要ると思うよ?」
どうも僕の冷静さは他人をイラつかせる。
「おまえは薄気味悪いって言ってんだ!」
「どこが?」
僕は相手の目を見つめる。
4月生まれの僕より背が高いのはいい成長ぶりだ。とはいえ、怯む気はない。
僕はコイツに触れないで後ずさりさせることもできる。花瓶を割ることもたぶん、できるだろう。机を水浸しにする気はないが。
――目を背けたら負けだよ?
「あ、ここにいた!」
妙に明るい間の抜けた声がした。
「神社の忍者、探したんだ」
ズカズカと教室に入ってきたのは加藤信也だった。
クラスの誰より背が高い。突然の上級生の出現に、クラスの大半はすごすごと自分の席に着いた。
本人は、にこにこしている。
「あのね、これ、じっちゃんに渡して欲しいんだ。なんか、子どもの日のお祝いもらっちゃったんだって。わけわかんないけど、手紙書けって言われて書いたからさ、渡して」
加藤君は、白い封筒をぬっと突き出した。
「あ、わかった……、お預かりします」
神社で金封を受け取る時の作法で、両手を揃えた。
加藤君は、ぷっと吹き出して笑った。
「何、おまえ花持ってきたの? 青いのはじっちゃんちに咲いてたかもしれないけど、黄色いのは見たことない。うーん、いい匂い」
花に顔を埋めたかと思うと加藤君は、黒板の横の棚に花瓶を持ち去った。一歩離れて
「きれいだねえ」
と眺めてから、くるりと振り向いて、
「じゃ、忍者、頼んだよ!」
と言って去っていった。
あっけにとられてしまった。
今の場面にスッと入ってきた傍若無人さに驚いた。睨み合っていたから辺りは凍りついていたハズ。
空気を全く読まないというか、空気は自分でまとって連れてくるというか。
手の中の封筒に目を落とした。じっちゃんは、父親のいないらしいあの子に何らかの援助をしている。