表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/18

父と甥、祖父と孫


 お社で教典を音読した後、僕の水練のために丹沢の山荘へいつ行くかという話になった。肺活量を鍛えるためなのか、うちの神社修業には古式泳法が取り入れられている。


 夏休みの内にメニューはできる限り消化してしまいたい。というのも、恐山と京都なら神社の敷地内に泳げる池がある。宮津のお社なら海。ここ東京だけは、丹沢まで泊まり込みでいかないとだめだからだ。

 どうせしなくちゃならないことは、都合のいいときにテキパキ片付けるのがいい。一度及第すれば二度とやらなくて済む。


「うちをあけて信也さまは大丈夫でしょうか?」

「ああ、静香がいうに、最近学校へ行ってるらしい」

「えっと、プールに入りに?」

「最初はそう言っていた。だが、帰っても水着が濡れてない。それで気にはしていたんだが、昨日学校から電話があったそうだ」

「何て?」

「ピアノを弾いてると」


「ひとりで?」

「六年生の清水先生といったかな、卒業式に向けて『威風堂々』を練習していたら、信也が現れて。初日は泣いていたそうだ、『弾けるようになりたい曲があるのに、ピアノもお母さんももういない』と」

「泣いて……」

 信也が、あの加藤君が……泣いて。


 もしかして自分の部屋でも夜泣いているかもしれない。僕は就寝時間が早いから気付かなかった。僕だって、布団に入ってもすぐに眠れないときは、お母さんを想って泣いてしまったりもするんだから。


「私にピアノ一台買わせてくれないのにな。まあ、うちに閉じ籠って独りで弾くよりも、誰かと交流があったほうがいいだろう」

「遠慮があるんでしょうね。食後の片付け手伝いながら『僕はイソーローだから』と呟いてました」

「イソーロー? バカな」


「居候だと思えば、孫にやきもち焼くこともあるでしょう」

 初めて会った日、僕に居場所がないと感じたように、今は信也のほうが肩身の狭い気分を味わっている。それがイタズラになってると思う。


「そうか、そうだな。おまえはどうなんだ? 大丈夫なのか?」

「私、ですか?」

「かなりいじめられてないか?」

「あれはイジメじゃありません」

「学校で体操服隠されたりしたのとは違うのか?」

「違いますね。何か妙に明るい。僕を潰そうと思ってやってないですから。『今まだ本調子じゃないけど僕は信也だぞ』って自分の存在主張みたいな感じ?」


「おまえはやはりすごいな。初代神官の生まれ変わりと呼ばれるだけある」

「狐の血が濃いですか?」

 僕のジョークにじっちゃんが笑う。


 音楽の得意な親友の死に際し、御霊(ごりょう)として、神として祀り上げたのが初代神官。自分と親友の妹との間にできた息子を親友の養子にしていた。その養子の人が二代目。彼から見れば、神さまは養父で伯父さん、初代神官が実の父親。


 僕たちは表向き、自分たちは神さまになった「親友」のほうの子孫と説明するが、ほんとは神官の直系だ。その人の母親は狐だったという伝説があるんだから、胡散臭い一族なわけだ。

 でもこのことは、絶対禁句の口外法度、うちの神社の古文書に記述があるだけ。彼の名を発音することも許されない。


「座布団の松葉については翌朝に探りをいれた。『地獄には針のムシロというものがあるそうだ』と言ってみたが」

「信也さまの答えは?」

「『痛い?』『行ってみなきゃわからない。死んでからじゃ遅いだろう?』と睨みつけたら、『松葉はそんなに痛くない』と言った」


「自分も試したの?」

「そのようだ。おまえの言う通り、イジメたくてやっているようではない」

「親の欲目でなければ」

「甥がかばいだてしてなければ」


 普通、五十代の祖父と9才の孫はこんな会話しないだろうが、僕たちにとっては、日常茶飯事。

 神の使いとして信者さんからの相談を受けた場合に、「大変だね」というか「そんなのたいしたことない」というか「こう考えればいいんじゃないかな」か、「悪いのは相手だね」というか。

 神官だって人間だからいつも悩む。自分ひとりの判断で不安な時は、「今の話どう思う?」などとお互いの意見を、祭壇の裏で訊きあったりもする。

 年の功が物をいう時が大半だけれど、僕の子供なりの直感が当たることもある。

 

 数日後、いくら甥でもかばいだてし切れないことが起きた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ