いたずらっ子
最初のイタズラは食卓の座布団だった。僕のだけに一面、庭の松葉が敷かれていた。袴だったらなんともないだろうけれど、一応僕も小学生だから普段着は半ズボンだ。
「この上に正座しろっていうの?」と思った。
「何でまた?」とも思った。
学校では僕を助けてくれてた信也が、どうして僕にこんなことをする?
座布団をはたいてしまえばよかったのかもしれない。でも信也の悪事を皆の前で暴くようで嫌だった。せめて信也の気持ちがわかってからにしたいと思ってしまった。
何でもないと装って正座してみた。してみたら、思ったより痛くなかった。松葉一、二本のほうがちくちくと気になっただろう。
ごちそうさまをして信也は、ばあちゃんとお手伝いさんがお皿をさげるのを手伝っていた。前に座るじっちゃんにバレるのは仕方ないかと立ち上がった。
松葉がびっしりついた僕の膝下のありさまを見て、じっちゃんは目を瞠り、僕は肩をすくめた。
次はお風呂でだった。脱衣所に置いておいた僕の着替えが、ご丁寧にもびちょびちょにされて洗濯機につっこんであった。
僕はお風呂上がりに湯気をたてながら、タオル一枚腰に巻いて、風呂場からみどりさんの部屋の前を過ぎて自室に帰るしかなかった。
みどりさんは僕が引っ越してきたときに、ばあちゃんだけでは大変だからとお願いされたお手伝いさんだ。
ばあちゃんの従妹の娘さんで、一族であり信者の短大生。
信也が一緒に暮らすようになって、住み込みになった。
親戚とはいえ、全裸を見られたくはない。マザコンといわれようと、僕はお母さん以外に裸を見せるのは嫌だ。
暇過ぎてイタズラしたくなるんだろうと思って、僕の音楽教室に連れて行こうとしたら、じっちゃんに止められた。
「うちの雅楽に興味を持っては困る」という理由だ。
加藤さんは自分のピアノ教室を畳むにあたって、信也を知り合いのピアノ教師のところにつれていったそうだが、本人が習いたくないと言ったらしい。
じっちゃんが「うちにピアノを買うか?」と訊くと、「キーボードがあるからいい」との返事。
柔道のほうは続けていて、道場は学校の反対方向だから、うちからだと二倍遠くなったらしいが、週に二度、徒歩で通っている。
それにしても、全くもって同居しにくい、やりにくい子になってしまった。
自分の意志でじっちゃんちに住むことにしたのだから、ひとりで勝手に千葉に行ったりはしないだろう、もう見張りはいらないと、僕の神社の修業は再開された。
となると日中は、僕は大抵神社にいて、唄うか踊るか読書か、夏休みの宿題をしている。夕方信也が部屋に籠っていれば、夕食まで顔も合わせない。
お風呂への行き来などでたまに会うと、話しかけてもこないくせに、廊下ですれ違いざまぶつかってきたり、後ろから突き飛ばしたりした。
最初は驚いたけれど、こっちの心の準備ができてからは転ぶことはなくなった。
忍者らしくバク転でもすればいいのか。角兵衛獅子じゃないからできるかどうか知らないが、できたらまた「忍者っぽい!」と笑ってくれるだろうか?
そんなある日、またイタズラされた。お社に行くのに僕のズックがない。朝食を済ませて、じっちゃんと一緒に出かけようとしていた矢先だった。
「カンベンしてよ」と思った。声には出てなかったと思う。
後ろから来たじっちゃんが「どうした? 靴でも隠されたか?」と笑った。
「そうみたい」
「困ったヤツだ」
「先に行って下さい、追いかけます」
「いや、これは届かんだろう」
玄関の右手のほうにある、背の高い靴箱兼物入れの一番てっぺんに、僕の靴の踵だけがちょこんと並んで見えている。
じっちゃんが手を伸ばして下ろしてくれた。
「さっき、アイツのイスのキャスターの音が廊下にしていた」
「危ないでしょうに、もし土間に落ちたら」
「そうだな」
うちは古い和建築だから上がり框が高い。
そしてイスが少ない。僕の部屋のイスはコロ付きじゃない。信也の学習机とイスは信也と一緒に引っ越して来た。転がせるし、くるくる回すこともできるタイプだ。
証拠探しをしなくても、信也以外にこんなことはしない。




