終業式で
時代設定が1980年、昭和五十五年くらいなので、先生が生徒を呼び捨てにするの普通でした。
前もってお断りしておきます。
学校で加藤君が纏う翳りは、増えもしなかったが減りもしなかった。
お母さんの悩みは、消えたわけではなさそうだ。
このまま夏休みに入って、毎日様子が窺えないのは心配な気もした。第三土曜日にはうちに来てくれると信じたい。
少し離れたほうがいい。僕の理性はそう言っている。けれど、僕の心は、気持ちは、もっと加藤信也を知りたい、仲良くなりたい、と思ってしまっていた。
「話が早い、すぐ通じる」と信也は言ってくれた。そっくりそのまま、僕の気持ちだ。
何でも思い通りに事を進めようとするから、見ているこっちはハラハラするけれど、本人は至って真面目で、最善を尽くそうとしている。
空気を読まないと再三感じたのは、字義通りだ。読めないんじゃない。たぶん、読む前にどんどん感じてしまうから、読まないように遮断している。
それを自己チューだと批判するのは簡単だけど、他人の気持ち全部を慮ることなんて不可能、どこかで線を引かなきゃならないのだから、中途半端なことをするよりは全無視。
まず、自分が明るいオーラを纏って、その場の空気を変える。後で必要なところにはフォローを入れる。
そういう子だと思う。
皆の意識がもう夏休みに向かい、僕に対するイジメは減っていたが、残念ながら終業式は別物だった。
講堂に全校生徒、背の低い順に整列する。僕は後ろから数えて五番目くらいだろうと見当をつけて並ぼうとしたが、すぐ後ろがいじめっ子だった。
「おまえ、誰だよ?」
「はあ?」
愚問を発した級友の顔を凝視してしまった。
「オレの前は津川だ。間に誰もいない。始業式の時だってそうだった」
どっと疲労を感じた。
「当たり前だろ、僕は始業式後に転校してきたんだ」
「転校生? そんなのいたか? おい、津川、知ってるか?」
「さあ……」
津川君も手下らしい。
「前へならえ」の号令がかかり、いじめっ子は両腕を津川君の肩に置き、僕を横に押し退けた。女子の列にぶつかりそうになって諦めた。
クラスの最後尾、一番背の高い人の後ろに並んだ。まあたいして僕が低いわけじゃない。
どこにいても校長先生の話は聞こえるし、校歌斉唱もできる。背中にいじめっ子の敵意を存分に受けながら式に臨むより、居心地がいいだろう。
などと思っていると背中に人の気配を感じた。温かい。
「遅刻者かな」と振り向くと加藤君が笑っていた。
「何? クラスの列に戻ってよ」
と、抗議したけどいなくならない。
司会の先生が「開式の言葉」を始めてしまった。前を向かざるを得ない。
後ろを見廻っている四年生の先生が見咎めたようだ。
「加藤、なんで三年生に混ざってるんだ?」
「コイツが気分悪そうなんで」
加藤君は僕の頭を指差して、悪びれもなく答えた。
「長慶君か? 貧血か? 体調悪いのか?」
僕は焦りまくった。
「いえ、大丈夫です」
「保健室に行くか?」
僕は首を横に振る。
「ふたり、仲いいんだな」
「実は遠い遠い親戚なんだよ」
加藤君が輝く笑顔を見せた。
「そうか、そういえばどこか似てるよな」
と言って先生は、それ以上追及せずに歩き過ぎた。
閉会と同時に後ろを向いたらもう加藤君の姿はない。
教室に戻って、長い学活で宿題やら登校日やらの説明を受けると、下校になった。
「遠い親戚」「似てる」というふたつの言葉が僕の中でぐるぐる渦巻く。
それは僕がここ一カ月くらい、ずっと気にしていること。
制服、ランドセル姿のまま神社に行った。じっちゃんは本殿にいるはずだ。
裏の神官用の入り口から静かに登殿する。
本殿というと神聖不可侵に聞こえるが、実は着替えやお香、楽器、掃除道具がしまってある物置コーナーもある。信者さんに気付かれなければいいだけだ。
僕は生まれた時から神官見習いだが、別にうちの神さまを信じ込んでいるわけではない。
父さんに一度そう言うと激怒された。じっちゃんに洩らすと、「それはそれでいい」と言われた。うちの直系男子もいろいろなわけだ。
その点、じっちゃんには面と向かって質問をぶつけられる気がする。僕の師匠「親神官」だから、僕を導く義務もある。
答えを聞こう。




