二人でできること
第三土曜日が近付いてきているのに、学校のあちこちで見かける加藤君が落ち込んで見える。眩しいほどの外向きオーラを放っていたのが萎んだ。
僕が今まで知ってる信也なら、次の出し物を考えてウキウキしているハズ。
気になったから、終業後走って校門に向かい待ち伏せした。三回目、水曜日になってやっと捕まえた。
こないだの公園まで連れだって歩いた。
「どうしたの? 何か元気ないよ?」
「そう? だとしたらお母さんだね。僕は元気だけど」
「加藤さん、身体の調子が悪いとか?」
「ううん、身体は大丈夫だと思う。何か、悩んでる。明るい曲弾いても明るく聞こえない」
そうか、信也とお母さんはピアノで気持ちがバレてしまったりするんだ。僕の歌や笛も体調や気分に左右されるもの。父さんはいつもそれを見破ってた。
そんな微妙なところまで聞きとれる間柄だということだけれど。
「今までは何でも、お父さんのこと以外なら話してくれてたのに」
父親のことは禁句。あんなに仲のいい音楽親子でも、そりゃ、いろいろあるんだろう。
「明るい曲がどうなっちゃうの?」
少しばかり「音楽神社」の神官ぶってみようか。
「まだるっこしいの。ためらってる」
「例えば何の曲?」
「ラプソディ・イン・ブルー」
「サマータイムみたいになっちゃってる?」
ジョークだから笑って、と心の中で念じた。
サマータイムは同じ作曲家ガーシュインの間延びしがちな短調な曲。
「だよね、あれはないよね。暑過ぎてどろりんとしてんのか、子守り歌だとしてもクラすぎる」
「歌詞に裏の意味があるのか深読みしちゃうよね」
「え、僕歌詞までは知らない」
笑ってはくれなかった。分析結果の発表みたいなコメント。
「ラプソディ弾くの大変じゃない? 忙しそう」
「うん、だから乗り移られたみたいに頭真っ白てか、真っ青にしたい時に弾く曲。なのに悩んじゃってるの」
ブルーは青のブルーというか、ジャズのブルーと掛詞だろうけど、と思いながら答えた。
「拍のぎりぎりまで溜めてるのかな、信也の来て欲しい時に来てないんだろうね」
初めて面と向かって呼び捨てした僕に、丸い目をもっと見開いた。
「やっぱ、あきふみってじっちゃんの孫だね」
「何で急にそんなこと言うの?」
「じっちゃんぽいから」
加藤奈緒子さんは信者じゃないけど、じっちゃんと音楽談義をすることはあるのかもしれない。
「土曜日唄ってみようか、一緒に」
僕から提案してみた。信也は信也らしくあって欲しい。
「唄える?」
「プァーララララララ、ララララ、タタタンタタターラララ〜」
「テロロリンリン、テロロリンリン」
信也は付け足しておいて、愚問だったかと肩をすくめた。
「だったら伴奏をそっちに任せて僕は踊ろうかな。だとしたら全部は長いね。編曲しよう。今の冒頭と、第一主題、第二主題、第一主題に戻って終わり」
信也のいう主題ふたつとはメインテーマとスローパートだろうと見当をつけて唄ってみた。
「いいねぇ、持つべきものはあきふみだよな」
信也の声に生気が足りないから、褒め言葉が胸に響かなかった。
「僕が次の主題をスキャットしたらそっちに移って繰り返して。歌詞つけて唄うかもしれないから覚悟しといてね」
「わかった。それで、笛と声とどっちがいい?」
「笛? リコーダー?」
「日本の横笛」
「吹けるんだ」
「たぶん」
「唄うほうが合いの手いれやすくない?」
「合いの手も入れていいの?」
「いくらでも。メロディだけでも忙しいだろうけど」
「お母さん、喜んでくれる?」
「と思う。好きな曲だし。テンポは? 最後とかすごいゆっくりにするかも、だけど」
「いいよ、何でも。身体の動きやら息やら見ながら合わす」
「やっぱりあきふみだね」
「それどういう意味?」
「話が早い。すぐ通じる」
僕は首を傾げたけれど、信也は納得している。
「あ、家では練習しないでよ? じっちゃんに聞かれちゃだめ」
「内緒で、だね」
明日、親戚の音楽教室に行こう。雅楽の和笛や箏を習っているけれど、ピアノもある、楽譜もあるはずだ。ガーシュイン吹きたいって言ったら先生のほうが熱中しそう。




