9 第一異世界人発見《ファーストエンカウント》
そして……。
「はじめ様……」
「……何?」
相も変わらず鬱蒼とした森を探索し続けていた我々。ふとダイナに呼ばれ応えた。
「あの、大変言いにくいのですが」
「はいはい」
そうだよな。頃合いだよな。そんな想いに耽りながらダイナの言葉を待つ。
「これ、迷子……、遭難ですよね?」
「遭難です!」
そうだ、と肯定するのと、遭難しているの肯定を合わせたダブルミーニングである。
「ただのおやじギャグだよね」
言うなよ! わかって言ってるんだから!
「まあ、目的地も拠点無いからそこまで気にすることも──」
瞬間近場の茂みが揺れた。風、ではない。目測と音の気配的には7、いや5メートルくらいか?
目の前の木の大凡2、3本後ろからこちらに少しづつ近寄ってきている。木刀はダイナ、石の大刀はオレが持ったまま。
「さてさて、この世界初の遭遇はどんなもんかな……」
緊張は止まらない。だから無理やり余裕ぶった口調で自らの安定を図る。
渇いた喉に、無理やり湧かせた唾をゴクリと飲ませ、震える手足を落ち着かせる。
大丈夫、大丈夫、大丈夫……、イケる!
意を決して声をかけることにした。
通じるか通じないかわからない。
そもそも、そこまでの知恵が有る存在かすらわからないのである。
「すぅー、はぁー。此方には敵意はありません! しかし、警戒を解くことは出来ません! ゆっくりと出てきていただけないでしょうか?」
「……ん、わかった。此方も敵意はない──」
キタ! 日本語キター!! もしかしたら異世界ものあるあるの自動翻訳か?
よしよし、どちらにせよ言葉が通じるのは助かる以上の何物でもない。
ダイナと視線を合わせ苦笑しつつ出てくるだろう正面をみつめていると、木の陰からすっ、と……。
それは、日本の一般常識人なら大凡耐えられぬ恐怖を誘う。
そう、木陰からゆっくりと現れたのは、完全な捕食者。『巨大な狼』の頭部であったのだ!
自分でもびっくりするくらい緩んでいた気の張り直しを余儀なくされ、慌てた瞬間──。
一陣の風が通り過ぎると、バキャン! と、まるで鉄バットで殴りかかったかのような音が静かな森の、しかも目の前のぶっとい木から鳴り響いた。
そこに居たのは、真っ青な顔をして瞳を潤ませながら見事なハイキックを木にぶち当て、そのままのポーズで固まったダイナと、尻餅をついて奥歯ガタガタ謂わせながら青い顔をしてダイナを見つめる脅えた狼男が居た。
よく見れば、脚の当たった部分にひびと言うか割れ目というか──。
火事場のなんたらと言うやつだろう。
そりゃビビるよな。そんなものが、もし避けそこなって頭に当たっていたら──。
「お、おおお、狼めっ! は、はし、はじめ、様には、ゆ、指一本──」
うん、なんだろうな。ダイナの全力がから回りすぎて冷静になれる。何か似たようなことが前にもあった──気がする。
脅えた狼男はダイナと、割れ目新しい木を交互に見ていたが、『はじめ様』に気がついたのだろう。此方と目線があった。
どうにも居たたまれないし、何より敵意が無いと言ってのことだ。
「はうっ!?」
俺はダイナにチョップをかまし、狼男に声を掛けた。
「うちの者が申し訳ないことをしました。怪我、してませんよね?」
確かに頭は狼で、少しビビりはしたが、身なりはそれほど荒れていないし、年季が入ってそうではあるが、手入れをされているのであろう綺麗な弓を持っているのが見えていた。
この世界での猟師、ではないだろうか。
ダイナは涙を浮かべつつ驚いたような表情で此方を見たあと、思い出したかのように狼男を見て、オレの前で両手を拡げた。
「はうっ!?」
そんなダイナにもう一発チョップ。
二度目の攻撃に痛くもないのに両手で頭を抑えてしゃがみこみ、『なんでっ?』と言わんばかりに上目遣いで此方を見る。
まあ、オレを護ろうとした結果なので、そのままでは可哀想に感じ、くしゃくしゃっと雑に頭をなでてから狼男に近付いた。
「何度もすいません。私は一と申します。そっちはダイナ」