8 未知との遭遇
ダイナはうー、とか、あー、とか言いながらその場でクルクル回ったり、しゃがんだり立ったりしながら悩んでる。時折何かを思いついた様な表情をしたあと、神様を見詰めて首を振り、また同じ動作に戻っている。
非常に面白可笑しい。
真面目なんだなあ、と思いつつ、神様も非常に良い笑顔でそれを見守っているので、あれは放置しといて大丈夫だろう。
「さて、まずは生きていくための条件を揃えねば」
衣食住、なかでも食、住は命に関わる。
まわりは草原だが、遠くに山と森? みたいなものが見えるのは変わらずだ。
「行くなら森、かなあ」
呟いたところで返事は無いが、神がこちらを一瞥してニヤリと笑った気がした。
「さて」
「あっ! はじめ様、どうしました?」
ああ、敬称に様が付いちゃうのか……。
苦笑いになってる自覚をしつつ、しゃがみ込みながら顔をだけをこちらに向けて問うダイナに言う。
「ちょっとあの森まで行ってくる」
「で、ではワタシもご一緒に──」
わたわたと慌てて準備を始めようとしたダイナだったが、オレは右の手のひらを見せるようにやるべきことを告げた。
「神様の名前が決まるまで待機!」
「ええーっ!? そんなぁ──」
立ち上がり、留守番を言い渡された子供の様に悲しい顔をしているが、そこへ神様がぽつりと言った。
「そうか。ダイナちゃんまでそうなのか。そんなにボクに名前を付けるのが嫌なのかい。もういいもん! ふーんだ!」
「ああ、そんなっ! そう言うわけでは!!」
あからさまにヤラセな台詞。だが、ダイナに響いたようだ。
間違いない。森には……、いや、この行動には意味がある。
わざわざ神が『オレ一人の行動』を許す位だ。
レベルゲージ、オン!
『68/95』
相変わらずテレビの時計のような存在感だ。
さて、有言実行、森に向かいますか。
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思ったより遠かった……。
ダイナと神様が小さい。あれだ、遮蔽物も比較出来る目印とかも無いから近いと勘違いしていたんだ。辿り着くまでに疲れた。
改めて森を見る。後ろが草原でここから急に木が生え始め、その先は最早薄暗いレベルで鬱蒼としている。
息を整え、森へと入る。
周辺の草や花は目に付くものは無い。キノコ類も見当たらない。上を向いても何かの実がある感じもない。
「どうしたものか」
入ってきた場所が見える範囲で、とも思ったが、上手くいかないものだ。とは言えもう少し見てから帰ることにしよう。
ふと、良い感じの枝が落ちていたので拾い上げ、地味に伸びた雑草や蜘蛛の巣? みたいなものを避けるのに使うことにした。
ファンタジーにありがちな、牛みたいなサイズの蜘蛛とか出たら、どうもしようがないが……。
そんな不安を払拭するように枝を振りつつ、せめて木刀とか武器になるものが欲しかったな、と、有り得もしないことを思いながら探索を続けていたのだが──。
「駄目だ。何もない……」
せめてイケそうな木の実か水場くらいはみつけたかった。
結局手持ち無沙汰で帰ることになったのだが、帰って最初の一言に驚かされることとなった。
「あの、はじめ様、その木の棒はいったいどうしたのです?」
「うん? この枝? これはさっき森で──ってデケえぇっ!?」
ダイナの驚くような訝しむような視線を浴びつつ、先程拾った枝を持ち上げて初めて気づいた!
「これ、枝どころの話じゃなくて、形といい、サイズといい、最早ぼくと──、あれっ? 木刀?」
しっかり握って振ってみる。
風を切るようなスイング音……、間違いなく最初の枝じゃない。
ふと、レベルゲージの下に何やら小さく何かの単語がある。
『工作』
何ぞコレ!? 『工作』って……まさか、転生あるあるのスキルってヤツか!
「な、なあ、神様。聞きたいことが──」
「聞いてくれよ、はじめちゃん! 遂にボクの名前が決まったんだよ!! ダイナちゃんが頑張って頑張って考えた挙げ句、もういっそう、変に捻らずシンプルにいくっ言って、遂に出た名前が──」
「いや、もう、名前なんて後でいいから、先ずはこっちの話を──」
開口一番、飛び付くようにオレの言葉を遮る神様。よほど嬉しかったのだろう、目がキラッキラしてる……だが、そんなことは後回しで良い! 今先決することは……。
それが、その考えが一番の問題点だった。
それからと言うもの、神は非常に御立腹と相成った。
「ごめんなさい! すみません! もう本当に申し訳ない!!」
全力謝罪を試みるも、神のご機嫌は御隠れになったままだ。
直立不動で腕を組み、顔を斜め上の空に向けて頬を膨らまし怒っている。そんな神様の両肩を揉むように何とか宥めようとしている苦笑いのダイナ。
「はじめ様も反省なさってますし、そろそろ機嫌をお直し下さい」
真面目で気遣い出来るダイナさんは女神だと思う。
「ほら、はじめ様もっ! もう一度しっかりと謝罪して下さい」
「蔑ろにしてすいませんでした!」
悪いことをしたら謝ろう。
2対1、つまり、オレが、ギルティー。
土下座にまで踏み切り頭を地面にくっつけて謝罪するオレ。そんなオレの後頭部にぽつりと声が落ちた。
「クリエ……」
「……栗? えっ?」
上手く聞き取れず、顔を上げ繰り返し問うと、憤怒の形相で顔を近付けて叫ぶようにこたえた。
「栗じゃなくて、クリエっ! クリエーターからとったシンプルな名前さ! 君以上に知識に頼らざるを得ないダイナちゃんが必死になって考えてくれた素敵な名前だよ!」
「え、あっ、はい。クリエ様」
鼻息荒く、仁王立ちの神様、もといクリエ。
いやまさか、名前だけでこんなにわたわたすることになるとは思わなかった。やっぱり名前は重要なんだね!
「それで? この、ク・リ・エ、に何が聞きたいと言うんだい?」
立ち姿をそのままに『つまらんことなら許さん』と言った表情。ダイナも気になるのか、神様の後ろで真剣な眼差しだ。
満を持してお応えするしかあるまいて。
「実は、オレにスキルと思われる力が備わった」
「いやいや、既に備わってるでしょ。ダイナちゃんを創造したのは誰だい?」
怪訝な眼差しで問い返すクリエと、それを肯定するかの様に数度頷くダイナ。
「いやいや、新しいやつ。ぶっちゃけ何が原因でどんなものだかも検討つかないが、新しいやつ」
オレの言葉に、揃って首を傾げる姿は可愛いんだけども、今欲しいのはそれじゃない。
「レベルゲージをオンにすると『工作』って表示が新たに出た」
ここまで言えば神様ことクリエが何らかの説明をしてくれるはずだ!
「……えっ? なに、それ? 知らない! 知らないよっ!?」
はずなんだけどなあ……。しかも、知らない癖にテンションがだだ上がりしやがったし。
「嘘でしょ? そんな、未知がたまらなく大好きなボクをからかってるんだろぉ?」
疑問系の癖に信じて疑っていない。寧ろ嘘だと言う言葉こそが嘘であるかのような、とにかく異常事態だ。
「嘘、ではないけど、気付いたら持ってた枝が木刀に変わって、ゲージに『工作』も表示されていたんだ」
言いながら木刀を見せると、クリエが凄く嬉しそうに両手を突き出してくるので渡してやった。
「はじめ様、あれは本当に枝が変化したのですか?」
疑っている、と言うより何かを確認するようにダイナが聞いてくるが、それに応えたのはオレではなくクリエだった。
「間違いなくはじめちゃん作だよ。何がどうしてこうなったのかはさっぱりだけど、この作りといい、何よりコレがね」
クリエは柄の部分を見せるように木刀を渡す。受け取ったダイナは目を見開いて驚く。
「こ、コレ!?」
「えっ? 何! そんな驚きの──」
驚愕のダイナさんの見つめる先を覗いて固まった。
柄にあったのは、とある文字。
『侍魂 新撰組』
「どこの土産屋っ!?」
驚くオレにクリエは笑いながら言う。
「ただの木刀ならまだしも、見紛う無きお土産木刀だからね! 京都にならありそうだけど、この世界では売ってないんじゃないかな」
その後、木刀を三人で回して見たり、振ってみたりしたが、木刀が木刀であること以外はまったくわからないので、皆で森に行き再現してみることにした。
「思っていたより、遠かったのですね」
ダイナの言葉に軽く頷く。
「目安になるものが、何もなかったからなあ」
若干疲れる距離でもある。
あいかわらず森の中は暗めで鬱蒼としている。オレは足下ににある小枝を拾い軽く振ってから、先程の行動を思い出し後ろの二人声をかけた。
「行くぞ」
二人が頷くのを見て、オレは気合いを入れ直す。
さて、始めるか。
森を歩きながら邪魔になりそうな雑草を小枝を使い振って叩く。頭の中では『木刀が欲しい』を繰り返しながらひたすら歩く。
さっきと違い三人揃っているので少し奥まで行ってみる。敢えて枝は視界に入れずさっきやった通りに行動していると──。
「あっ!」
後ろを付いてきていたダイナが何かに対して声をあげた。
「えっ? 何? 巨大蜘蛛?」
「巨大蜘蛛!」
まさか、本当に存在してやがったのか!?
ダイナのいる後ろへと振り返り、小枝を両手持ちに構える。こんなことなら木刀よりも攻撃力に長けている武器を考えればよかった!
せめて──。
「あっ! また!」
ダイナは此方の足元を凝視しながら声をあげた後、目線を上げて固まった。
クリエは紅潮した顔でこちらを指差し叫んだ!
「はじめちゃん! それマジか!」
クリエの言うそれとは何だ?
だが、疑問に思うのは一瞬だった。
「なんじゃこりゃあぁー!!!?」
両手にはそれはそれは立派で巨大な石器の刃を付けた大剣が握らされていた。
「はじめ様! 足元を見て下さい」
無駄にモンスターをハント出来てしまいそうな武器に目を奪われていたが、ダイナの言葉に従い目線を下げると、驚きの現象が足下に出ていた。
「……ミステリーサークル?」
クリエの言葉通り、オレを中心に枝やら石やらが渦巻くような形を作り出して置いてあった。
得体の知れない現象に言葉も出ないオレだが、ダイナは嬉しそうに虎耳を揺らしながら自分の見た物を説明し始めた。
「最初は偶然かなって、思っていたのですが。じっと見てるうちに確信を得ました!」
話を聞く限り、オレが小枝を踏む度に吸い込まれるように消えていき、おもわず声をあげてしまったようだ。そしてその声に反応したオレが木刀じゃ足りないと思ったあの瞬間に、小石やらなにやらがオレを中心に吸い込まれていったらしい。
そして、出来上がった武器を見て確信を得たようだ。
「そうか、そんな不思議現象が巻き起こっていたのか……、それはそうと、巨大蜘蛛は?」
「えっ?」
「えっ?」
ダイナの説明後に思い出した巨大蜘蛛。
それらしきモノが一切見えないので問うてみたが、ダイナは逆に問うてきた。
「はじめ様が発見して、駆除のためにそちらを拵えたのでは?」
「えっ?」
「えっ?」
「互いに違う思考で噛み合ってしまったのだろうね。お陰でよい結果が出せたんじゃないかい?」
と、枝と石のサークルを楽しげに見ながら答えるクリエに、二人してどっと溜め息を吐き出してしまった。
まあ、安全なのは良いことだし、『工作』の力が視認されたのも良かった。
そこで、ふと思い付いてしまった。
「これ、家作るれるんじゃね?」
「本当ですか!」
ダイナの言葉に頷きつつ早速行動を──。
「いや、やっぱり後にしよう」
「ええっ!」
尻尾がピンと立ってしまうほどに驚くダイナだが、オレは一考して家は後回しにすることにする。目処がたったのならば更に重要なことを考えるべきだ。つまりは食である。衣も『工作』でどうにかなりそうだし、後で、良い。
「先に食い物とか水場を探そう。特に水場の近くで家が建てられれば、当分何とかなるだろうし」
「おぉっ! 流石ははじめ様です。確かにそれは何とかしないとですね!」
ダイナの納得も頂けたし、クリエはそもそも口を挟まず、楽しそうに成り行きを見ているだろう。
「ではでは、我らが楽園を目指して、出発だ!」
「はい、了解です!」
「レッツゴー♪」
そして我ら三人は意気揚々と森の奥へと進んで行くのである。