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異世界転生太平記  作者: クマはんたー
一章
7/32

7 名前で呼んで


 散々泣きわめいて、気付いたらもう日がだいぶ傾いている。座り込んだまま後ろから抱き抱えられていた状態。やたらと照れくさく、涙の跡を残しながら頬を朱に染める彼女。似たような顔をしているであろう二人、互いに落ち着いた頃、苦笑いしながら身体を離した。

 辺り一面草原ですし、それ以上はないね。無理です。


 さて、色々あったが名前をどうにかしようと思う。先ずはさっきからニヤニヤしっぱなしの出歯亀こと神に問う。


「この世界だと名前はやっぱり洋風か? 若しくは和名な感じ?」

「ふむ、名前ねえ──」


 質問に対して少し考えてからなのか、小さく頷いた後、答えた。


「この辺りだと、姓、名、出身地の並びで名乗るみたいだよ。例えば、山田 太郎 埼玉 みたいな。姓は自分で名乗るか、ある程度身分がある人以外は無いかな。名前は……和名でも洋名風でも好きに名乗ったら?」


 うーん、ヒントに成り得たかどうかは微妙なとこだが、まあ気にせず行くしかないか──。


 虎っ娘に振り返り聞いてみるのも有りか。知識はあるのだから名乗ってみたい名前とか思い付くかもしれない。


「何か、名乗ってみたい名前とか思い付くかな?」


 こちらの言葉に少し驚き、両手で顔を覆う様にして思案しているが、顔の半分上だけ出して、困ったような、照れたような様子で言ってきた。


「何と言いますか。アニメやゲームのキャラ名ばかり浮かんで、自分から名乗るのは恥ずかしいやら照れるやら──、出来れば創造主様から頂ければ……」

「ああ、何かわかる。自キャラならまだしも、自分から名乗るには恥ずか……、創造主さま?」


 最後のやつは誰のことですか?

 後ろの神に振り返るが、不思議そうな顔で首を傾げられてしまった。

 恐る恐る自分を指差し問い返す。


「そうぞうしゅさま?」

「はいっ!」


 思った以上に良い返事が帰ってきた。

 まあ、あながち間違ってはいないのだが……。


「それ、やめとこう」

「ええっ!」


 今度は思った以上に驚かれた。

 しかし、得体の知れない超越者はそこでニコニコしながらこっちの様子を窺う神だけで充分だ。


「で、では何とお呼びすれば?」


 ああ、そう言えば名乗ってなかったな。これはこちらの過失だ。人に名前を尋ねる前に何とやらだ。


「こほん。では改めて名乗るが──」


 あ、あれ?


「名前……、えっ? ど忘れにしちゃ酷くないか? 自分の名前なんて忘れ……っ!!!? 根本的に一人称がわからないっ! お……、ぼ……、わた…………」


 はあ? どうした? オレもボクもワタシも全部違和感がある! 自分──。違う……そんな渋い系じゃない。

 拙者! 某! わっち! 朕! わらわ! うちの一人称がわからないっちゃーー!


 知ってるはずの奴がいる。

 振り返り、捕まえて、問い質す!


「わからない!」

「一言目がそれじゃ何にもわからないよ」


 神は苦笑いで問い返してきた。

 ゆっくりと息を吐き、ゆっくりと相手を見て問う。


「名前がわからん……、一人称もしっくりこない。どうなってる」


 わかっていただろうに、わざとらしく腕組みしながら深くゆっくりと数回頷き、そして答えた。


「削られたからさ」


 おっとここできたか。


「具体的に! 何をっ! どう?」


 すると、神は言った。


「この世界の異物をさ」

「異物? それとこれとが何の関係が──」

「生前の記憶、思い出してみるといいよ」


 何を、とは思いながらも言葉に従い考えてみる。

 不良に絡まれ、車に潰され、異世界爆誕!


 ? 特に不思議なことはない。神に目線を合わすと、苦笑いして言う。


「もっと、もーっと昔のことだよ」


 ふむ、昔のこととか。それならば今でも鮮明に覚えているあんなことを──、あんなこと? あれ?

 いつ? と言うか……。


「今でも覚えているあんなことって、何だよ! 思い出せないのが逆に怖いよ!!」

「だ、大丈夫ですかっ!? あんなことって! 怖いって! 何ですかー!?」


 急に意味深な叫びをあげたことにより、虎娘が呼応して涙混じりに怯えだした。

 おかけで、と言うか逆に冷めた。


「何となくわかった。出身地が日本なのはわかるが、都道府県のどこに住んでたかわからん。記憶と知識……、この差別感が余計にわからん」


 とりあえず、わからんことがわかった。『上野動物園にパンダがいる』が知識で『行ったことあるのかないのか』が記憶ってことか。


「これダメだ。新しく名前考えなきゃだ」


 とりあえず、一人称を固定しよう。

 虎娘に聞いてみよう。


「オレ、ボク、ワタシ……って色々あるけど、普段使いはどれが似合うと思う?」


 ええっ! と驚きと困惑の間の様な声を出す虎娘。

 自分で決めても良いのだが、しっくりこないのだ。無意識に使わないようにしてる感が強い。ならば第三者に決めてもらうしかない。

 考えてる考えてる。何だかんだ言いつつも、こっちをチラチラ見ながら真面目に取り組んで頂いてるようだ。ふわふわと揺れる長い尻尾がかわいい。まあ、無難な『オレ』か『ボク』あたりだろう。とりあえず1発目のに──。


「……『我』なんていかがでしょ──」

「却っ下ぁ!」

「ええっー!」


 我とか、どんだけ尊大なんだよ……。

 あっ、創造主だったっけか。そうでした。これは彼女に頼むと録なことにならない。しょうがない……。

「うん、もう『オレ』でいいや。神様は『ボクっ娘』だし。虎っ娘は『ワタシ』だし」

「ボクっ娘は君のせいだけどね」


 さて、うっすらときたツッコミはスルーしつつ、オレのオレによる、オレの一人称はオレになったのだが、次に名前だ。


 イザナギ? ブラフマン? 確かデミウルゴスとかも創造主だか造物主だったような……。

 とは言え、そんなに大それた名前、例え異世界でも名乗るのはかなりキツい。

 山田太郎、鈴木一郎、東京田中……。


 もうちょっと、捻っているようで捻っていない感じの──。


「いっそ、日本一と書いて『ひのもと はじめ』とでも名乗るか!」

 姓、名前、出身地で名乗るなら、日本一日本となるが……。


「……まあ、いいか。ダメそうなら改名しよう。とりま、日本ひのもと はじめと申します。はじめちゃんですが、名探偵の爺様も、馬鹿田大学主席の父親もいません。改めてお願いします」


 粛々と礼するオレに、神様はにこやかに手を振りよろしくと呟き、虎っ娘はわたわたと慌てながらも、最敬礼にて頭を下げた。そんなに大それた者でもないので、逆に恐縮してしまう。

 今後、このやりとりで大丈夫か?


 さて、次は虎っ娘だ。

 オレが和名だから、こっちは洋風なカタカナにしたほうが良いかも。

 姓は──。


「名前なんだけど、姓はどうする? オレと合わせる?」


 正直考えるのがめんど……ゴホン。

 下手に洋風の姓を付けたら、悪目立ちする気がする。無難な姓もカタカナだとなかなか思いつかない。

 すると、虎っ娘は何やら妙に照れながら問うてきた。


「あ、あの……姓はどういった方向性で合わせていきましょうか?」


「とりあえず、第一異世界人が見つかるまでは、考えるのが面……地域に合わなければ変えないといけないから、同じでいこうと思う。関係性は……、仲間かなあ──。唯一の元世界の関係者みたいなものだし、やっぱり仲間とか、そんなとこで良いんじゃないか?」

「仲間……、関係者、ですか」


 途端に、さっきまでもじもじしていた虎娘は、一気にテンションを下げて、疲れた感じの無表情になった。

 オレが一体何をした!

 考えてもわからないので、虎娘の名前を考えることにする。

 さて、どうしよう。

 虎な娘……ダナエ……リンプー、いや、いっそフェリシアとかか? アリシア──もはや猫人だな。

 ルプスレギナ……は人狼だし、タオカカ……、となると、マコト。

 ネコミミ雷獣使いの夏姫に八尾ちょっとな桜──、おっと和名和名。


 自分で宣言したケモナー。

 削られて、若干、自分自身に対して疑心暗鬼だったけど、名前とその姿がありありと浮かぶ自分に、納得と呆れの溜め息が混じる。

 しかし、こんだけ鮮明で偏った知識があるならば疑うまでもないな!

 ハッハッハ……ハハ、渇いた笑いしか出ねえ。

 これただの大変な変態だった証明が出来ただけだよなぁ──。

 止めよう。病んでしまう!

 そんなことよりも名前だ名前。

 さて、どこまでだったっけ? そうだ夏姫! 夏姫ときたら──母ちゃんはバステト……バステト──バストラ……ック、虎っ娘──!?


 おっ! これイケるか?


「タイタン、巨人かっ! エルフ……は種族……」


 おかしい、何でこうも記憶に偏りがあるんだ? さっきから厳つい名前しか出ないし、でもなんかイケそうな名前がある気がして仕方がない。


「キャンサ──違うキャンターだ。えーと、後は……アトラス──カブトムシみたいだな」


 何かこう、もっと無難にイケるはずの……。

 口々に出てた獣っ娘の名前に記憶を共有した我らが虎娘にも通じていたようで、うひゃあ、とか、はわわ、ってまんざらでもないのか、顔を赤くしながらカワイイ声を漏らしていたのだが……、今では急に厳つい名前を並べだしたオレに怯え始めていた。

 さっきまでふわっふわっと重力を無視して嬉しそうに振られていたそんな尻尾は、ぶわっと毛が逆立ち、もうなんか泣きそうな顔の虎娘に、内股から胸の前で抱きかかえられていた。

 居たたまれず視線を逸らす。

 大丈夫そこまでヒドくは……ない、はずなんだよなあ。


「ギガ、いや、そんなにデカくない──はず。それから……デュ……トロ……っ! デュトロ! デュトロが近い! えーとっ、えーーっとぉ──」


 思い出せ! もしくは、記憶の棚をひっくり返せ!! デュトロは日野で、トントントントンヒノノニトン♪ ちっがう!

 日野でトヨタで……あっ。


「ダイナだ…… そうだ、ダイナだよ!」


 これだ!

 オレは虎娘に真っ直ぐ視線を向け力強く言った!


「ダイナだ! 『日本ひのもと ダイナ』はどうだ! どうかなあ……ど、どうでしょうか?」


 だが、言っといて急に自信が無くなり尻すぼみになっていくのがわかる。自信満々で言って拒否られたらそのダメージは計り知れない。


「ダイナ──、日本ひのもと ダイナ……」


 何度も繰り返し呟く。そして小さく頷くと、頬を朱に染めはにかみながら、でも視線はしっかりオレに合わせて言った。


「日本 ダイナです。今後ともよろしくお願いいたします」


 やっと決まったからか、拒否られなかったからなのか、安堵の溜め息が物凄い量でこぼれた。

 さて、名前も決まったことだし、改めて?

 ふと、肩を叩かれる感触に後ろを振り向くと、すんごくにこやかな顔で神様が、自分の顔を指差しながら見つめていた。

 ……なんだ?


「なに? まだ、何か凶悪イベントとか残してるの?」


 途端に笑顔が固まる。だが、後ろ手で頭を掻きながら、今度は焦るような笑顔で言ってきた。


「いやいや、ほら、ボクにも、ねっ?」


 さっぱりわからない。これが超越者か。何がいったい『も』なのだか。オレは首を捻りつつ問うた。


「やっぱり家も用意出来るとか?」


 愕然とした表情で神は我をみつめたもうた。


「この流れで、お願いして、返しが、それ?」


 やはり人類如きでは神の望みを知るのはむずかしいらしい。

 ふと、虎っ娘ダイナがおずおずと挙手し呟いた。


「あの、もしかしたらなんですが……」


 どうも、オレへの創造主感が消えないようだが、それは時間が解決してくれるだろう。オレはダイナに言葉の先を促すように軽く頷くとちらりと神を見てからこたえた。


「神様も名前が欲しいのではないでしょうか?」


  名前を? 神が? 固有名詞を? 神が?


「いやいや、ないない。そんなわ──」

「流石だよ虎っ娘ちゃん! いや、今はダイナちゃんだね。うんうんそうだよね、そういう流れだったよね。ボクは間違った対応はしていなかった! 空気を読まないはじめちゃんがわるい」


 即否定のオレに対してばつが悪いのか、苦笑いのダイナと、それに抱きつきながらこちらにあかんべえをしてくる神。

 そうですか。悪いのはオレですか。


 仕方がないので神の名を告げることにする。


「ヘスティ──」

「バカっ!」


 解せぬ。最後までいう前に止められた。


「ロリ巨乳、ボクっ娘、神様。充分条件を満たしているじゃないか!」

「──もっと前から言うべきだったけど、色々と問題しか出ない名前ばかり考えつくね君は」


 あ、やっぱり心を読んでやがるな!


「もう、いいから少しマシな名前はないのかい?」


 くそっ! 白兎なんて羨ましくないんだからな!

 まあ、ダンジョンな街に住んでるわけでも、ミノタウロスがライバルでもないから良いけど。


「それじゃ、ヨグソトースとかユグドラシルとか? ロキもありか」


 神様だし尊大な名前で。


「いやさ、別にかまわないけど……」


 かまわないと言う割には憮然とした表情をなさる。何だか面倒になって、いや、最初から面倒なんだが──。


「じゃあ、もういっそうのこと花子で!」

「ダイナちゃん! はじめちゃんが苛めるよぉ!」


 神が泣かれたもうた。

 そんなつもりは一切ないが、ダイナの視線が地味にイタい。


「しょうがないでしょ! 思いつかないから知識から引っ張ってくるしかないでしょうが!」


 まあ、言ったところで納得はもらえませんでした。

 仕方なかろうが!! どうせセンスなんて欠片もありませんよーだっ!

 ならば──


「ダイナさーん……オレじゃセンスが無いから、神様の名前を決めてあげてよぉ」

「ええーっ! そ、そんな──」

「ダイナちゃんが決めた名前で良いよ」

「ええーーーっ!!」


 本日一番の『ええーっ』いただきました。

 多数決にて名付けはダイナさんに決まりましたので、安心してまわりの景色を改めて見ることにした。

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