27 怒りの虎娘
「返し、鏃?」
聞きなれない言葉に首を傾げると、サシャさんは抱きついていた体勢から少し離れて説明を始めた。
「もう大丈夫そうスね。鏃は隠れが使う斥候みたいなもんスね。放たれて返しで引っ掛かって……。つまり内部に留まる奴らのことっス。女子供や怪我人に装う事が多いんスよねぇ」
サシャさんは苦笑いを浮かべて言う。たぶん何故置き土産を受けたのかの質問もこれを含めてのことだったのだろう。先程唖然としてしまったサシャさんを思い出す。
「まあ、ヒャウ様には迷惑かけたくないので、ヤバそうならまとめて消えるさ。オレたちは旅人だからね」
罠や敵であるとわかっていても、子供を害する気にはなれない。まあ、死に直面したり、明らかな害を与えられたら別かもしれないが。
とりま今はその方向で。
オレは元々ひ弱な高校生だからな。脅す程度なら何とかなるが、それ以上はその場の流れや勢いでもなければ人に刀は向けたくない。
そんな心情を読んだのか、サシャさんは苦笑のまま軽くため息をつく。
「ふぅ、はじさんのそういうところは嫌いじゃないっスけどね。まあ、アテにテラさんもいるっスから、鏃は何とかするっス」
ふむ、嫌われないようで何より! しかもあの2人もお任せ出来そうだ。
サシャさんは、その大きな胸を張ってこたえてくれたのだが……。
「まあ、そのかわりなんスけどね?」
んっ? 何だか嫌な予感が……。
サシャさんはそっと人差し指をオレの後ろへ向けて言った。
「ダイさんのこと、頼むっスねー」
そんな言葉を残しつつ、サシャさんは子らの元に行きテラと共に子供たちを連れて小屋の裏手に回っていった。
あっ、片手をたててなんか口をパクパクしてる。
『ごめんっス。あとよろしくっス!』
って感じか? うん、どうしよう。
残ったのはダイナ。
怒ってるなぁ。頬がふくらんでるなあ。ああ、涙まで……。なんて言えば良いやら。
視線の端でニヤニヤしてるクリエ邪魔だなあ!
あっ! 睨んだらダイナの後ろに回りやがった! オノレアトデオボエテロ!
ああ、行きたくないなあ。でも行かねばならない、行かねばならぬ!
覚悟を決めたオレは、ダイナの前行くと、有無を言わさずに土下座した。
「ダイナさん! ごめんなさい! 決して! けっっっして、下心があった訳でも、狙ったものでも、望んで行ったものでもございません! 仕方がないと言うのも変な話ですが! 何やら特殊なスキル使いにやられていたようで、オレにもサシャさんにも、悪気なんてこれっぽっちもなく──」
『交渉』? 使うわけないでしょ! 陳謝! とにかく誠意のこもった陳謝が大事なのだよ!
ああ、オレはダイナに謝罪ばかりしている。
社会に出たら、常に謝ってるサラリーマンとかになっていたのだろうか?
まあ、今はサラリーすら存在しない世界なんだが……。
「……はじめ様」
「は、はいっ!!」
よっ、余計なこと考えてたー!
しかし、呼ばれたからには顔を上げねば!?
恐る恐る首を上げる。
脚……あ、なんかあれだよね、猫科の脚って曲線美感じるよね。
腰……あれ? 尻尾が凄い動いて? 実はオレをからかっ──!? 違っ、何か動きが攻撃的……、まるで鞭じゃないかいっ! めっちゃ怒ってる! めっちゃ怒ってるよ!!!
腹……綺麗に割れた腹筋て……ちょっとエロ──じゃなくて!
胸……組んだ腕に載せられた、相も変わらず立派な双子山──。もうここで止めたい。もしくは下に戻したひ。でも今ダイナさん、これ関係で怒ってるから──ここで止めたら、例のハイキックがトンデキテモオカシクナイヨッ!!
速度を上げて顔に到着すると、むくれ顔でこちらではなくそっぽ向いているダイナ。
唇を尖らし、頬を膨らまし、むぅうっ、て唸っている、典型的な怒り顔の虎娘。
ベタだなぁ……と思う反面、これはこれで『イイ!!
』と思うオレは、もうダメなんだと思う……、色々と。
そんなどうでも良い心境をぶった斬るようにダイナの視線が不意にオレへと向いた。
「は、はいぃぃ!」
変に裏返るオレの返事にダイナは尚も機嫌悪そうに口を開いた。
「はじめ様は謝る必要が無いはずです」
「……へっ?」
思わぬ一言に間の抜けた声が出るが、ダイナは続けた。
「サシャから話は聞いていたし、あの子の能力も……、不可抗力なのは理解しているつもりです。怒っているのは……ただのワタシの我が儘です!」
「は、はあ。へっ? 我が……儘?」
もうワケわからない! えっ? じゃあ怒ってな──、いや怒ってるのか??
「何故はじめ様はワタシに謝罪するのでしょうか? ワタシははじめ様にとってどんな存在なんでしょうか?」
「えっ? いや、どんなって、仲間……ていうか身内?」
なんだ? なんだ?! なんだ??!
いったい全体なにがどおしてこうなった?
真上近くまで上がりだした太陽がジリジリとオレを責めるように焼き、ただでさえ光が反射するダイナの身体がまるで何らかのオーラの様に見える。
尻尾は忙しなく動き、両耳がピンとたち、その視線は逃げることすら許さない!
ダイナはオレの言葉を咀嚼するかの様に小さく頷きながら聞き更に続ける。