19 クライマックスは突然に
明らかな挑発。更にはクスクスと笑うことも忘れずに追加するあたりは確信犯である。
「っくぅー!!!?」
余程気に食わなかったのか、噛み締めた歯がギシギシと鳴りそうなほど力が入り、クリエを睨み付けながらサイコロを奪うように取って投げよと……。
「ちなみに、投げたサイコロが原因で崩れたら、投げた人の責任で負けになるから注意してね」
舌をちょろっと出し、テヘペロな表情で言うクリエの言葉に、ヒャウは──。
意外と冷静に、優しくサイコロを転がした。
その行動か、はたまたヒャウの様子が気に入ったのか、満足気に笑うクリエは、これだけ挑発しても恐る恐るバーに触れるヒャウを見て楽しんでいた。
しかし、余裕をかましていたクリエではあったが、そこからは接戦となっていく。
要領を得てきたヒャウが端も攻めるようになると、途端に形成がどちらに向いているかわからなくなってきたのである。
長期戦、それ、すなわちジェンガがカオスな形で奇跡的にバランスを保っているということだ。
ここまでくると、流石のクリエも一瞬と言うわけにはいかない。
ただ取るなら正直難しくないのだ。ただ、ヒャウがかなり挑発敵な取り方を繰り返していなければ、だが。
たぶん何も考えていないし、作戦というものでもない。
では何故そうなったか。
純粋にこなれてきたヒャウは目の前の取りやすいものばかり狙うようになってきているのが、そもそもの問題なのである。
中段の薄いところを楽しそうに抜いていくヒャウに『そんなに攻めたら崩れるよ?』とも言えない。
まるで奇跡の様に抜かれていくバーと、瞳を輝かせて、今か今かと自分の番を待つヒャウを見たら、クリエもたまらなくなっていた。
ああ、些細なゲームなれど、奇跡と絶望の狭間を、こんなにも楽しげに! ボクが崩したらどれだけ喜ぶのだろう? 自分で崩したらどんな顔を魅せてくれるのだろう?』
ふと、一たちのいる方角を見つめてぽつりと呟く。
「あっちもそろそろ、か……、ならこっちも──」
サイコロを振りつつ、そっと手を伸ばすクリエ。
見る限りこのバーをとった瞬間、奇跡のバランスが一気に姿を変える。
さて、どんな顔を魅せてくれ──。
「ビャクレン様! やはりあの者たちはて──」
「ああああぁぁっ!!!?」
「よっしゅあぁーーーーっ!」
クリエがわくわくしながらバーを上に置こうとした瞬間であった。
屋根から黒装束の者が飛び降りて来たかと思えば、ヒャウの手を引こうと腕を伸ばしたことでテーブルに当たり、奇跡の形を保っていたはずのジェンガは、激しい音をたてて崩れていったのである。
「な、ななは、何をしてくれているんだ君は!?」
両手で頭を抱えて泣きながら訴えてくるクリエ。
「やった、やたやた、やったぞーー!」
はたまた歓喜に躍り狂うヒャウ。
「ああぁぁ、本当にどうしてくれるんだよぉ?」
「よしよし、いやあ、良い登場だった! くっくっく、これでヒャウの勝ちだ」
2人詰め寄られたり、誉められたり、訳がわからなくなった黒装束。
「えっ? あ、あの、ビャクレン、様?」
だが、そんな黒装束を無視の2人。
「こ、これは事故だよ! 審議、審議をっ!」
「くく、ヒャウが気付いていないと思っているのか?」
「あのぉ、ビャクレンさまぁ?」
まるで存在すら忘れられている黒装束は涙声だ。
それでも2人は無駄に盛り上がる。
「い、いったい何に気付いたと──」
「最後に取った木、あれは取ったらいつ崩れるかわからなくなる支えの1つ」
「くっ!」
「何度もつついて、危ない! って思っていたからな。あれを取って勝負をかける気だったな?」
看破した! と言わんばかりににやりと笑ってどや顔するヒャウ。獣耳と尻尾が満足げに揺れている。
悔しそうな顔でギリギリと親指の爪を噛むが、不機嫌な顔をそのままにそっぽ向いて口を開く。
「そうさ。だいぶ慣れてきたみたいだし、ただの取り合いで楽しむのを終わらせて、ここからが本当のギリギリの勝負の始まり! だったんだけどさぁ」
じろり、と恨みがましく黒装束を睨んでクリエは言う。
「ボクらの真剣勝負を台無しにしてくれちゃってさぁ」
「うっ」
主を護るために出てきたはずなのに、まさかの敵と思われる側からのクレーム。しかも主のヒャウはニヤニヤと面白いものでも見るかの様にいい笑顔で黙っている。
居たたまれず小さくなってしまう黒装束。
クリエからの視線から逃げるようにヒャウの後ろへと隠れるように回り、怯えるように声を出す。
「も、申し訳あ──」
「顔も見せずに言うとは、随分と誠意の足りない謝辞だねぇ」
双峰を組んだ腕に乗せ、仰け反りながら睨みを効かせ、尊大に文句を言うクリエ。
わざわざ、大きめに舌も打ち鳴らす。
黒装束は慌てて頭巾のような顔隠しを外すと泣きそうな顔で跪くと、両手を組んで祈るように口を開いた。
「た、大変申し訳ありませんでしたっ! こ、この償いは必ず致しますので、どうか、どうかお許しを!」
長く光があたる度に煌めく薄翠の髪と大きな同色の瞳、細く長い耳は萎れたように垂れて下がっている。
白く美しい、絹のような滑らかさも感じられる肌。怒りに震えながらもクリエは思った。
はじめちゃんが喜びそうな美女だ。
見た目は17、8といったところか? まあ、少し平べったい感じもするけど……。
大きなため息をついて、クリエはひらひらと手を振り視線を外すと、とりあえず許されたことで安堵の笑みを浮かべた翠の娘はまた拝むように両手を上げて『申し訳ありません』と呟き、ヒャウの後ろへと下がっていった。
ヒャウは満足げにその様子を見届けると、満面の笑みを浮かべて言う。
「さあ、はじめに会いに行こうではないか!」
耳と尻尾を威風堂々と揺らし歩くヒャウ。これ以上の干渉は望まないが、怒りは消えず、頬を膨らまし不機嫌な表情で腕組みして横を歩くクリエ。最後にどうしようもなく苦笑いを浮かべながら追従する翠の娘。
3人は三様の表情で玄関へとむかっていったのだった。
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で、玄関で我々は立ち会ったわけなのだが……。
片や生まれて初めての『戦闘』から『必死に逃走』しており、そんでもう片側は生まれて初めての『ジェンガ』で『本気の勝負』をしていたと……。
「納得いかねええぇぇっ!!」
オレは両手をわなつかせ、立ち上がって叫んだ。
叫ぶ位良いと思う。いや、駄目とは言わせない。
「はじめちゃん、うっさいよ?」
「あ、うん、ごめんなさい」