18 木片ランデブー
それは、クリエが小屋に帰ってからの話し。
「ただいまダイナちゃん!」
「あっ、おかえりなさいませクリエ様。あれ? はじめ様は……」
台所から顔だけを出したダイナはクリエが1人なのに気付き問うと、クリエは笑顔で応えた。
「これから材料作りするらしいよ。少しうるさくなるけど気にするなって言ってた」
「えっ? 今から、ですか? そう、ですか」
クリエの言葉に腑に落ちない顔をしつつも、さっさと炊事を終わらせて手伝いに行くことにしよう、と台所へと戻っていった。
椅子に座り、足をブラブラさせながら暇そうにしていたヒャウであったが、ふと正面に座ろうとしたクリエに警戒した。
「何の用だ?」
あからさまに牙を剥き出しに言うヒャウに、クリエはニコニコと笑顔で応える。
「さっきの飲みかけを飲みに来たのさ。忘れたのかい? ここはボクが座っていた場所だよ?」
「ふん、そんなことどうでもよい。ヒャウが座っているのだ。何故お前がヒャウと同じ場所に座る?」
国主たる者の娘の言葉。本来なら粛々と身を引き従順でなくてはならない。
「独り占めはよくないよ? テーブルに椅子は4つ、つまり4人はここに座る権利があるのさ。まあ、そんなことはどうでもいいんだけどね」
遠回しな形で身分を推してきたヒャウだったが、コップを傾け一息つくクリエは気にする様子すらない。
ふん、と顔を背けて無視することにしたヒャウ。
クリエは面白そうにそれを眺めながら声をかけた。
「さて、ダイナちゃんもはじめちゃんも忙しくしているし、何して遊ぼうか? ヒャウちゃん」
「むう、お前はヒャウと呼ぶ──な、なんだ! それはっ!」
ヒャウが牙を剥き出してクリエを睨むように見ると、その前には多数の奇妙な物が並んでいた。
突然のヒャウの声に驚き顔を出すダイナであったが、机に並ぶ品々やこちらをにこやかに見ながら手を振るクリエに安心して顔を引っ込めた。
それに気付かぬほど、ヒャウは驚愕の表情で品物を見ている。乾いてきた金髪が興奮のせいで逆立ちはじめ、獣耳は忙しなく揺れている
幾つかは屋敷回りの店や、外で子供たちが遊んでいる時に、似ている物を見た。
しかし、並んでいるようなここまで彩飾の美しい物は見たことがない。
ヒャウが見たのはコマやけん玉であるが、はじめが工作で製作した物は元の世界でお土産屋などで並んでいそうな綺麗な色をつけられた、いわばちょっとお高そうで飾りにも良さそうな代物である。
他にも将棋や達磨落とし、木製のオセロなど、数多くの遊び道具がクリエの前で並び、ヒャウは思わず瞳を輝かせ、ぶらんと垂れていた長い尻尾がふわふわと重力に逆らいだした。
「さあ、ヒャウちゃん、何で遊ぼうか?」
笑顔で両手を開くクリエに、ヒャウは照れたような顔で呟く。
「ヒャウと呼ぶな」
くすくす笑うクリエを睨みつつ、ヒャウは照れたような怒ったような複雑な顔を浮かべつつ、その手元に並ぶ品々に視線を移した。
色彩鮮やかな物に目を奪われるなか、ふと不思議な者をみつける。
いや、白黒の丸い小さい板が並ぶものや、それに近い線引きされた板に乗る、見たこともない字で書かれた小さな木片が並んだ物もかなり不思議ではあるのだが……。
「なんだ……それ?」
ヒャウが指差したのは、やたら小さな木の部品が綺麗に並んで建てられた長方形の塔だった。
「おお、これに目を向けるとは、ヒャウちゃんやるねえ」
嬉しそうにクリエはその塔を崩さぬようゆっくりとテーブルの真ん中にずらして説明を始めた。
「これはジェンガと言います」
「ぜ、ぜんか?」
まったくもって要領を得ないヒャウは、クリエの無駄に纏う『何か凄い物感』に圧倒され、その大きな瞳を更に大きくしながら、ごくりと喉を鳴らした。
赤青黄色の四角い木片がきっちりと並び、綺麗な塔を形成している。
見れば見るほどその精巧さがはっきりとわかる。
ヒャウがその精巧さに目を奪われるなか、急に甲高い、小さい何かが転がり跳ねる音がテーブル上に響き、獣耳が忙しなく向きを変えた。
テーブル中央に音源があるとわかり驚き見ると、そこには塔の精巧さに引けを取らない、真四角の小さい何かがあった。
面には更に小さな赤丸や青丸などが描かれており、ヒャウは目を丸くした。
その様子を嬉しそうに見つめるクリエは、転がしたサイコロの上面に描かれた赤丸の指示に従い、中段脇にある赤のバーをすらりと伸びた白魚の様な綺麗な指先で摘まむと、音も無く抜き取り、やはり音も無くジェンガの最上へと正確に角を合わせて置いた。
その様子を固まるように見いっていたヒャウに、クリエはくすくす笑いながら声をかけた。
「さあ、ヒャウちゃんもやってみるといい。先ずはこのサイコロを振るんだ」
「サイ、コロ……」
クリエに手渡され恐る恐る受けとるヒャウ。既に呼ばれかたへの文句も忘れてしまっている。
触れば触るほどにその異常なまでに美しく、滑らかな触り心地の立方体に目を奪われる。
ヒャウは一頻りそれを眺めたあと、意を決して先程クリエがやったように、それをテーブルに転がした。
ことことこと、とテーブルの上で小気味良い音をあげて転がるサイコロは、数回の回転を経て赤丸を上面へと出して止まった。
「さあ、どこでも良いから赤いバーを外して上に並べて置くんだよ」
クリエの言葉にヒャウはじっくりとジェンガを見て考える。
赤、青、黄色がバラバラに配色された塔。
隙間はまったく無く、これのどこかが外れるとは信じられない。
しかし、目の前にいるクリエは、意図も簡単にそれをやって見せたのである。
もしかしたら、さっきの部分だけ取れるようになっていて、自分をからかっているのではないか?
そんなことすら思ってしまう程、ヒャウは目の前のジェンガに手を出せなくなっていた。
このまま見ていても面白いが、驚くヒャウはもっと面白い、と考え直したクリエは、一言ヒントを告げることにした。
「真ん中の部分を押してみるといい。外せる部分はそれだけで簡単に動く筈だよ?」
不意なヒントに、訝しげに表情を歪めるヒャウは、幾つかある赤の部分を恐る恐る押してみた。
「あっ!」
すると、クリエの言った通りに、すっと動く部分があり、力を入れること無く綺麗に抜けていった。
「本当に……取れた」
不思議な現象と取れた達成感に、思わず頬が紅潮し、満面の笑みを浮かべたヒャウ。
「おめでとう! さあ、それを上に並べて」
クリエの言葉に思わず驚き、そのあと名残惜しそうに赤いバーを見つめたあと、ゆっくりと優しく先程クリエが置いた横に並べた。
その様子を見届けたクリエは、満足そうに微笑んでサイコロを手にすると、両手で袋を作って中で振りつつヒャウに言う。
「本当は一度触ったバーを抜かないとダメなんだけど、初心者のヒャウちゃんにはハードモード過ぎるから、今回はオッケーにしとこう」
「はーどもおど? おけえ? あっ! お前はヒャウと呼ぶなと何度も!」
聞きなれない言葉に惑わされつつも、呼び方に気付いたヒャウは牙を剥き出し怒り文句を言う。
先程からころころと変わるヒャウの表情に、クリエはくすくすと笑いながらある提案をした。
「ふふふ、さて、これでジェンガの遊び方はわかったかな? せっかくだし勝負といこうじゃないか」
「勝負、だと?」
くすくす笑う姿にムッとしていたヒャウだったが、勝負というクリエの言葉に獣耳を向け聞き耳を立てる。
自分を睨むように見つめるヒャウがノッてきたことを確信したクリエは、嬉しそうに頷いて話を続けた。
「ジェンガはサイコロで出た色を交互に抜きあい、崩してしまった方が負けになるゲーム……つまりそういう遊びさ」
ヒャウはジェンガとクリエを交互に見て問う。
「遊びなのに勝負ってなんだ?」
すると、クリエは左手の手のひらでサイコロを器用に指の間をくぐらせつつ、右手で人差し指を立てて言う。
「勝ち負けが存在する遊びだし、勝敗がわかりやすい。せっかくだし勝ったらご褒美をつけようか?」
「褒美……?」
ヒャウは相変わらず怪訝な様子だが、その尻尾と獣耳は不自然な程に動いている。
よほど勝負ごとが好きなようだ。
クリエは立てた人差し指でくるりと小さな円を描いてヒャウを指差し言う。
「ボクが勝ったら、ヒャウちゃんと呼ぶのを公認してもらおうかな」
「なら、ヒャウが勝ったらどうするつもりだ?」
ヒャウは片眉を上げて問うと、クリエは笑顔で応えた。
「はじめちゃんにボクから頼んで、ヒャウちゃんが欲しい何かを1つ作ってもらおうか」
クリエの言葉に、犬歯を覗かせニヤリと笑うヒャウ。
「まだ負けてないから、ヒャウと呼ぶな! だが、それは面白そうだ。何でも作って貰えるのか?」
「そうだねぇ、手に持てる大きさで、はじめちゃんが作れる物なら何でも大丈夫かな。余程な物は相談ってことで」
「そこにあるコマとかは、はじめが作った物なんだろ?」
「そうだね、それに他の物を見て、はじめちゃんの作品の良さはわかってるでしょ?」
ヒャウは獰猛な笑みを浮かべ舌舐めずりすると、クリエに言った。
「その勝負ノッてやる」
「いいね。そうこなくっちゃ」
一の知らないところで勝手に決まったジェンガ対決に、台所で虎耳を向けながら聞き耳を立てていたダイナは思わず苦笑してしまった。
極端な2人の戦い。
迷い無く音も無く抜いていくクリエ、片や震える指で真ん中をつつきながら全体が微動するたびに怯えるヒャウ。
何とも微笑ましい絵図にダイナも顔を綻ばせていたのだが。
急に身体中の毛を逆立てて神妙な面持ちでキョロキョロと何かを警戒しながら見回すダイナ。
カッと大きな瞳を開くと、エプロンを脱ぎ投げ、壁にかかった数本の木のナイフを握ると、クリエに叫ぶように伝える。
「クリエ様! ヒャウ様をお願いします!」
そう言い残して走り去るダイナ。
「お、おい! 遊んでいて大丈夫なのか!? あれは尋常ではないぞ!」
ダイナの突然の行動に慌てるヒャウだが、クリエはまったく気にする様子はなくサイコロを振り、やはり迷うこと無くバーを抜いてこたえる。
「はじめちゃんたちには、はじめちゃんたちのやることがある。ボクらが気にする必要はないよ。それとも……」
バー上部へ並べ、挑発するような笑みを浮かべて問うた。
「これを言い訳に勝負を降りるかい? ヒャウちゃん」