16 ぼくらの庭先攻防戦 前編
いやいや、泊まるとか言われても布団が足りない。そもそも寝る部屋が足りない。
「お泊めしたいのはやまやまですが、まだ改装途中で布団から何から足りません」
「? ヒャウのはあるぞ?」
和室に敷かれた布団を指差し首を傾げるが、あれはダイナの物だ。
「あれにはちゃんとした持ち主が居ますから。材料があれば作れますが、生憎それも無いので」
「しかし、このような暗い森を帰るのであれば、何かあったときに面倒なのは、はじめたちだぞ?」
たしかに……。
「ですが、何かの襲撃に遭えば護りきれる自信はありませんが?」
なんせ『こちら』の陣営は3人しかいない。しかも、クリエは要員に入れていいか不安しかない。
「むう……」
唸って悩むヒャウだが、悩む位なら帰ってほしい。
少し待っていたが、一向に決まらなそうなので、溜め息を吐いて言う。
「ダイナ、ちょっとヒャウ様見てて。オレとクリエは相談してくるから」
「えっ? あっ、はい。わかりました!」
なんにせよダイナには晩御飯を作ってもらったり、風呂を沸かしてもらったりと忙しいので、片手間にヒャウを見ててくれ、と更に言っておく。
オレはと言うと、クリエと共に玄関に向かっていた。
「出来ればダイナちゃんとヒャウちゃんの観察がしたかったんだけど……」
根っからのストーカーは、また犯罪臭のすることを口走るので、二人とも離れたことを確認して言う。
「そんなの後で好きなだけ眺めてればいいだろ。それより、小屋の外に行くぞ」
「えっ? 何々? ダイナちゃんと言うものがありながら、みたいな?」
うん、面倒くさい。
オレは玄関をゆっくり開け閉めしつつ、静かに外を出てから改めて小屋を見て問う。
「外に覗き魔がビックリするくらいいるんだが……、クリエ正確な場所を教えてくれ」
「えっ? ああ、あの子たちね。もしかしてスキルが増えた?」
「残念だが増えてない。多分『剣豪』の副産物じゃないか? 獣は相変わらず視認しないとわからんからなぁ」
何となくだが、気配? がわかる。
ただし、どうやら条件があるようだ。なんせヒャウはわからなかった。オレの感覚で言うと……。
「3人?」
「残念5人だねぇ」
クリエに言われもう少し集中してみるが……。
「駄目だ、3人しかわからない。未熟だからか?」
すると、クリエは首を横に振り応えた。
「いきなり『剣豪』になったから、細かい部分は省かれているんじゃないかな。2人はこっち見てない上に、武器も持ってない」
つまり、こっちを見る視線や気配をオレは感じてるってことか?
まあ、考えても仕方がない。とりあえずそういうことにしとこう。
「クリエ、こっから一番近いのは、風呂場の屋根の上らへんにいる人でオケ?」
「あー……そうだねぇ。あとは小屋を囲む様な感じかなあ」
応えてはくれるが、これ以上の干渉は嫌らしい。
あからさまに応えがあやふやになった。
これも『試練』というやつか? とりま行ってみますか。
剣豪を取得したが、漫画やアニメのように屋根までジャンプ出来たり、風のように走れるわけではない。
居合いで木は斬れるが、弱いところや、斬れる確信が得られたものだけだ。全部じゃない。
では、どうやって風呂場の上に行くか?
違う。
来てもらうのだ!
オレは斬れそうな木を見つけ構える。
五右衛門じゃあるまいし、斬鉄剣でもないので、先ずはイケそうな場所を見極め、呼吸と身体のリズムを合わせていく。
集中、集中──。
自分は素人、格好はつかない。だが、一撃でやらねばならない。
研ぎ澄ませ、研ぎ澄ませ。
呼吸と鼓動のリズムを読む──。
今だ!
瞬間息を一気に吸い上げ、身体の使用部分全てに力を順に入れていく……。
石刀はイメージ通りに楕円を描く様に木へと当たるが、その衝撃を感じずに、まるで何も無かったように振り抜かれていく。
「……一閃」
ゆっくりと息を吐きながら呟き、木の後ろから軽く蹴りを入れた。
瞬間、元々支えられていなかったかの様に、木は抵抗なく倒れていった。
地面を揺らすような振動と、デカイ太鼓を思い切り鳴らしたかの様な音が、暗くなり始めた森に響く。
おっ? 5人分の視線? 気配? を感じる。
多分、めっちゃ警戒されたのだろう。お陰でなんとなく場所は掴めたし、注目も集めたな。
「クリエ、悪いんだけどダイナに『工作』の材料作ったり、色々やるからちょっとうるさくなるけど気にするなって伝えてくれない?」
「それならいいよ。2人も今の音には気付いているだろうしね」
嬉しそうに中へと帰っていくクリエを見送り、オレは次の木を見つけては斬っていく。
『工作』のお陰で斬ってずたぼろの石刀も、数歩砂利っぽいところを歩きながら念じれば直ぐに新品へと早変わり!
制作してから何度もやってきたせいか、すこしづつ艶や、堅さが変わってきた。近くに川もあるし、山から流れた砂鉄でも混じったのかもしれない。
それならば、嬉しい誤算だ。
一本斬る度に視線を強く感じる。ここまで強く感じられれば視線だと解る。
しかし、たまにゾクッと背中辺りがヒヤッとする。
階段から落ちそうになった瞬間とか、玄関を出た瞬間目の前をすごい速さ通る車を見たとか。
そんな危機一髪みたいな……。
まあ、考えてもわからんし、一瞬だし。
そんなこんなで7本斬りました。
一本7、8メートルはあるんじゃないかな?
メジャーとかも無いからわからんけど。
風呂場の壁とか、他にも色々使うのできっとこの7本もあっと言う間になくなっちゃうんだが。
5人のうち、3人が一塊となりこちらを警戒してるっぽい。
そろそろ仕掛けてみるか。
さっき斬った木の一部を剃る様に更に伐る。
何度か繰り返し後、二本を木刀にする。ちなみに二本は自分用。石刀は危ないので腰の鞘にしまってある。
残りはひたすらに割りばしと紙に変えていく。
「さて、やりますか!」
出来上がった大量の割り箸と紙を束ねた山に、さらに『工作』を発動させる。
次々と出来上がっていくのは……。
「よしよし、よく飛びそうだ!」
『割り箸グライダー』である。
一発で作れれば楽なんだが、どうも上手くいかないこともある。そういうものは今回のように材料作りからが必要になる。
これも今後研究を重ね、条件を調べたいものだ。
オレは出来上がったグライダーを一つ取り、気配のする方へ構える。
「さて、うまくいってくれるかなーっと」
言葉と同時に投げてみると、予想を遥かに越えて飛んでいく。
ヤバい! これテンション上がる!
どんどん拾ってどんどん投げる。
これだけうまく飛ぶと無茶苦茶面白いな!
明日の朝にでも皆でやろう。
そんなことを思いながら10機目を飛ばそうと構えた瞬間だった。
今まで何も感じなかった背後に視線──いや、そんな生易しいものではない!
全身に鳥肌がたち、気付けば石刀を振っていた。
距離の関係か、木に刻まれる傷は浅く、後ろには何も居なかった。
だが、嫌な汗と寒気が止まらない。鞘に石刀をしまい改めて居合いの構えで警戒する。
ヤバい! ただただ怖い!
スキルのお陰か、構えに弛みはなくいつでも斬撃は放てる確信はあるが──。
瞬間、なにか固いもの通しがぶつかり合ったような、甲高い音が響き、伸びきったオレの腕が痺れた。
無意識に放った居合いを止められたのか!
オレの刀より短く、サバイバルナイフのようなゴツい二刀流を持った目の前の者は目以外を隠すような黒い装束姿。
振り切っていない状態で止められたのは色々まずい!
ギチギチと削りあう石刀とサバイバルナイフ2本。
力を抜くに抜けない。石刀も耐久に自信がない。
てか、体勢的にかなり辛い! この先の打開策が浮かばない。
ギギギ──、さっきよりヤバい音が響く。
ここで刀を壊されたり落としたら本当にヤバ……あれ?
落としたら!
オレは握ってた刀を手放し、そのまま腕を振り切りながら回転し距離を稼ぐ。
途端に力が抜けたことで体勢を崩した黒装束だったが、所詮は一瞬。手から武器が離れたことを理解したのか、とどめと言わんばかりに巨大なサバイバルナイフを振りかぶってきた……。
だが、残念。オレが大自然の中で『無手』になるなどあり得ない!
距離よし体勢よし!
足元のたくさんの小枝や小石類よし!
オレは鞘に手を戻し居合いの型から一瞬で放った。
相手からは錯乱して動いてるように見えていれば幸い。しかし、相手もその道のプロ一応警戒して先ほどの石刀の長さを考慮したギリギリのラインで体勢を整えた。
いや、『止まってくれた』か?
「っ!? ぐっ、ごふ!!?」
もろにわき腹へと吸い込まれていく芯の入った『超延長木刀』。
『宮本武蔵の二天一流』を読んで身に付けているんだから、その前のページにあった『佐々木小次郎』の『巌流』を身に付けていない訳がない!
小次郎は大太刀とも言える武器を振り回していたのだから、ちょっとやそっとどころではない長さになった木刀であっても、スキル『剣豪』がどうにでもしてくれる。
でも、今後のこともあるし、やっぱりこの世界怖いので、早いとこ残り半分の読んでないところも読んでおこう。
あと、剣道とかのハウツー本がないか探さないと。
いやあ、しかし怖かった。
今も脇を抑えて悶絶している黒装束のサバイバルナイフを『工作』で無力化し、先程いっぱい削いで作った木の棒を加工して足枷や手枷にして動けないようにした。
「よし、これで危なくないな。さて、貴方は何者なんで──」
一瞬だった。1人倒して気を抜きすぎた!
後頭部に恐ろしい風圧と衝撃音に、前のめりに倒れてしまう。
慌てて振り向くと、恐ろしくデカイこん棒をフルスイングしたっぽい巨体の黒装束と、それをハイキックで止めたダイナが居た。