14 獅子姫来訪
それは突然だった。
昼食を終え、オレとクリエは次に何を作るかを話し合い、ダイナは片付けをしていたところ、いきなり玄関のドアがガタガタと揺れたのだ。
最初に気付いたダイナがオレたち2人の前に立ち、オレは石刀を手に持つ。
今までも森から来た猪みたいなやつや、鹿みたいなやつが来たことがある。
最初の猪に玄関の引き戸を破壊され、ひどい目にあったので、今はがっしりとした観音開きの重厚な扉へと作り直した。
ガタガタと振動する扉、ダイナを前衛に少しづつ近づくと、細かな振動が、ガンガンという鈍器か何かで叩く様な激しい音に変わり、一頻り続いた後に一際大きなものがぶつかった音がした。
扉は特に問題ないようだ。よかった。
やはり猪か何かだったか。
急に静かになる玄関。諦めたか?
振り返るダイナと視線だけを合わせ、前を指差し頷き玄関に向かう。声は出さずに刀を構え直し、息を吐く。
さあ、今日はどんな獣が来襲したのか……。
靴を履いてドアノブに手を置き、鍵をゆっくりと開ける。
カチャリと静かになった玄関に音が響く。
扉の衝立も外すが、扉にはあれから変化はない。
ダイナもサンダルのような靴を履き、反対側の扉に張り付いた。もし、猪で突撃前なら真正面からはヤバい。
「開けるぞ」
ダイナは無言で頷き反対側のドアノブに手を置いた。
「クリエ、3からカウントダウン」
こういう時に他者には姿も声もわからないクリエは適任だ。
「いくよー、3・2・1・ゴー♪」
緊張感がないのが問題なのだが……。
とりまダイナと合わせて扉を押し開け──。
「ふぎゃぁぁぁぁぁーーっっ!!?」
開けきる前に、何かがもの凄いでぶつかってきた。
「うああぁぁあっ! いたいいたいいたいいたいいたいいいいぃぃぃ!!!?」
で、頭と横向きになった上半身が扉と扉の間に挟まり、ぶつかってきた勢いは止まらず……。
まあ、お察しだ。
何せこの扉は、こちらから外へ『押し開ける』タイプなのだから──。
───────────
ドアドンの犯人は、強気で大きな瞳をした女性だった。
人種はオレよりもダイナに似た獣人。
雰囲気的にライオン? まあ、間違いなく猫科と思われる。
逆立つ前髪に下に行くほど広がる金髪のロングヘアーと、ふわっふわな獣耳。服装は妙に綺麗と言うか、豪華と言うか……そんな布を雑な感じに着流し、中はサラシを巻いたセクシーなお姐様タイプだ。
今は座り込んでいるため何となくだが、オレより身長は低めに見える。
体つきは実に女性らしい感じで鍛えてもいるようだが、ダイナさんに比べたら、アスリートと素人学生位の差がある。何より胸囲はダイナ様の圧勝だ。
「それで? 貴女はどなたですか?」
扉に自爆トラップ発動させた訪問者を解放し、家の前で問う。
外なのは仕方がないのだ。
あの後彼女はパニクって更に扉に向かい続け、更に挟まると言う無限地獄を発動させていた。
何度も声をかけ説明したのだが、自分の泣き叫ぶ声と痛みでまったく聞いてもらえない。
このまま扉が壊れても惨事が酷くなるだけだと判断し、仕方がなくダイナと合わせて扉を蹴り開けた。
その勢いで吹き飛んだ彼女、近づくと気絶していた。
ダイナとクリエに確認してもらい、脅威になるような武器は持ってないことがわかったので介抱することにした。
とは言え相手は女性だ。オレのやることはふらふらしたりダイナに頼まれた物を取りに行くくらいである。
少しすると目を覚まし、威嚇する猫のようにフーフー言いながら警戒していたのだが、こちらに敵意が無いことがわかったのか、やっと落ち着いた。
外、と言うのもなんなので家に招こうと思ったが、扉を警戒して近寄らなかった。
だから、外は仕方がない。
「……お前は、ころ──ガロウの友人とやらか?」
こっちが聞いたのに聞き返された。
「まあ、友人と言うか知人ですよ。それで、繰り返しますが、貴女は?」
「……本当にわからんか……、近場の国のものでもなさそうか」
こいつ、応える気はないのか? ちょっと腹立ってきた。
「お前、どこから来──」
更に問おうとした金髪ライオンの目の前にダイナが仁王立ちした。
「はじめ様が聞いています。貴女は誰? 先ずはそれに答えなさい」
おおうっ!? ダイナさんが先にキレてた。
座り込んだライオンを上から睨む虎。
最初は唖然としていたが、視線を外して苦虫でも噛み潰した様な顔で応えた。
「……ビャクレン。コンゴウ=ビャクレン=ホウシン」
やっと出た名前……、アレ? 姓は身分が高い人が名乗るんじゃ……。
だが、ダイナは気にした様子もなく明るい声にかえ話し出した。
「ビャクレン様、ですね? ワタシは日本 ダイナと言います。あちらは日本 ひ、の、も、と、一様です。ここに来るまでは旅から旅でしたので、どちらから? と問われても、あちらの方から、としか答えられないのです」
何か上手く説明と紹介してくれてるのはありがたいが、オレの姓を伝えるのに2回言う必要あっただろうか?
「ビャクレンさん、今日はどんなご用でしょうか?」
改めて問うと、ダイナから視線を外していたビャクレンは助け舟でも見つけたように顔を綻ばせて応えてくれた。
「ハジメと言ったか! ガローの奴が父上に、小屋を『とある国の友人を匿うのに使いたい』から借りたいと言ってきたから、どんな奴が居るのか見に来たのだ」
あれ? ガローさんの小屋じゃないの? ビャクレンの父上に伝言ってことは……。
「ビャクレンさんのお父上はもしかして……」
「うむ、豊新の国主『コンゴウ=ライドウ=豊新』は我が父だ」
うわ、と言うことは王様の娘? マジか!
関わりたくねえ!
だが、瞳をキラッキラさせたダイナさんが、そんなオレの空気を無視して続けて問う。
「ええっー! ビャクレン様のお父上は国王様なのですか?」
「うん? 王ではない」
国の主なのに王ではない? ダイナと揃って首を傾げると、ビャクレンは驚く。
「神都に住まう、統治王アガウの一族がいるではないか!? まさか………知らない、のか?」
互いに首を傾げてビャクレンを見る。
あがう? 知らん。
「ぬう、とある国の要人と聞いていたが……っ!? まさか! 貴様らガローの客人を!!」
話が変な方向になってきたな。
とは言え、濡れ衣は嫌だし、お偉いさんの娘さん敵に回したらここにも居られなくなるので、ここは1つ『交渉』さんに頑張ってもらいますか!
そうと決まればスキルオン!
「ガローさんからどのように伝わっているかはわかりませんが、私たちは生来旅を続けて生きてきた者です」
聞いていた話と違うからか、ビャクレンは警戒した表情を変えずにこちらを見るが、気にせず口を動かさせる。動かさせるって、変な表現だが、仕方がない。無意識に話してるんだもの。
オレがな!
「故にこの世の情勢には疎く、且つ1つの場所に拘らずいるので、あまり興味をひくこともありませんでした。この度は我々が路銀代わりにしている生産品を気に入って頂き、その報酬としてこちらをお借りしたに過ぎません。ガローさんとのお約束では──」
うん、口が勝手に動いてオレのじゃないオレの声が出ている。何を言っているかわからないって?
大丈夫! オレも何言ってるかわからない!
「──本来であればその場で賃金若しくは物々交換していただいていたのですが、私の愚作に価値を見出だしていただけたようで──」
スラスラ出る言葉に逆に頭が痛くなる。
これ何か気持ち悪いから今後は余程ヤバくない限りはこのスキルを使わないようにしよう。
とりま、ビャクレンには納得してもらい小屋にある製作した色んな物を見せることになった。
扉もその1つで、猪にやられたことと、突撃でまた壊されるのが嫌なので重厚な2枚の外開きになった経緯も説明し、防衛力が上がったことを身体で思い知ったと苦笑いしていた。
玄関を抜け左側武器庫、右が『トイレ』。厠ではないトイレだ。
真っ先に作り直した。痛い身体を引き釣り、ダイナに材料をかき集めてもらい、陶器の洋式便所を作りましたとも!
水はセルフだし、下水管も遠くの穴に垂れ流すだけだけど……。
何かで染みた、きったない床に穴が空いているだけのボットンに耐えられなかった!
ダイナとか、本当に悲しい顔をしていたもの……。
オレですら耐えられないのだから、女の子なダイナにはたまったものじゃなかっただろう。
「えっ? あれ? なんだコレ!」
まあ、つまり、この世界初と思われる洋式便所を見たビャクレンはトイレで驚きの声をあげることはわかりきっていたのだ。
とは言え、トイレで足止めを食っているわけには行かない。とりあえず使い方と終わったあとに足元の木の桶の水で流すことを教えた。
衛生管理は重要です。
さて、廊下を抜け、リビングに到着した瞬間、何も気にせず進んだオレたちを驚かす体制をとったビャクレン。
えらく警戒した姿だったが、目の前にはテーブル(オレの工作《お手製》)についたニコやかなクリエ。
見えるはずがないので、見たことがない洋式のダイニングテーブルに驚いたのだろう。
しかし、ビャクレンは予想外の一言を放った。
「お前は誰だ?」
オレとダイナは目を合わせて驚いた後、思わず口にする。
「見えるのか?」
だが、その解答に答えたのはクリエ。
奴は苦笑いしながらオレに言う。
「やだなあ、お化けじゃあるまいし」
いや、お化けみたいなもんだろう。本来見えないし……。
ゆっくりとテーブルから離れると、ビャクレンに仰々しく礼をしながら自己紹介を始めた。
「ボクの名前はクリエ。2人と共に歩む、しがない旅人さ」