1 プロローグ
河川敷、それも鉄橋の下は、何故にこれほどまでに治安が悪いのか。
倒されガタガタとなった自転車と、必死で貯めた小遣いの入った財布を嬉しそうに見ながら分け前を算段する奴らを力無く見つめ、取り敢えず何もしない事に決めた。
世の中は誰に対しても厳しい。
勿論助けなど来ない。
何人か犬の散歩をしながらランニングする大人を見たが、一瞥して去っていく。
まるで興味すらない。
「じゃ、また来週♪」
応えられないことを良いことに、勝手な約束をしていく奴らに、無言で抵抗した。
『今日から道を変えて、財布の中は500円以上入れて行かないからな!』
こっちの決意表明なんぞ、届くわけがない。
一人静かに二人が去るのを待つ。
だが、二人は居なくなる気配がない。寧ろ上からなにか────。
気付くと立ち上がっていて、目の前は相変わらずの河川敷と壊れた自転車。
ふと、自分に起こった不思議な状態に首を傾げる。
痛みは無い。寧ろ傷も無い。不良の二人にあれだけボロクソにされたのにもかかわらず、制服まで、まるでクリーニング仕立てのように綺麗になっている。
顔や腕など、自分の体中を触り確認するが、到ってなんとも無い。
「いったい、なにが――っ!?」
何気なく振り返った瞬間絶句する。
後ろにはひっくり返って潰れた車。
右側には腰から下を潰され、もがき苦しむような形相で抜け出そうとしている姿で固まった不良。あまりの情景にまともに動かない足を引きずるように後ろへとずらし、反対側を見ると右半身が潰されながらも頭部が無事だった不良の片割れが、泣きながら笑っているという表情で固まっている。
何が起きたのかわからない。
ふと、頭上を見上げると、橋から少しはみ出し、片輪が落ちたトラックだかバスだかのような巨大な車両が眼に入った。
「あっ、あれが、ぶつかっ、た? それで、この、車が?」
それ以外に思いつかない。橋の上で事故が起こり、自分が居た場所のすぐ近くに落下した。そして自分から離れていく不良にクリティカルヒットした。
「マジか。と言うか、どうしよう! 警さ、いや先に救急車か? あれ? でもこれ俺に関係あるの? 寧ろ天罰的な――、いやいやそうじゃなくて事故であの不良死にかけてて、人命救助で、車の中……あ、あれ?」
パニックが続き何をどうしたらいいかわからない状況に陥っていたが、ふと気付く。
見ているだけで血の気も引く震えしか出ないような地獄絵図の中にあって、それ以上ではない状況。
そう、まるで絵のように動かない不良たち。死んでいるからか? ふと、そんな風にも思ってみたが、そうではない。よく見れば車両から上がる煙も微動だにしていないのだ。
動いてはいないとは言え、近づくだけの勇気もない。ざっと車全体を見渡して確認する。
右に下半身を潰され腕立てみたいに固まる不良Aと右半身潰され上向いて笑っている不良B。正面に上半身丸ごと潰され、ケツから先しか見えなくなった不良C。そしてひっくり返って潰れた車が一台。
すべてをゆっくりと冷静に確認して一呼吸。
「やっと頭が冷えたみたいだね」
「ああ、人間の適応力って怖いね。近づきたくないけど見慣れちまった感が凄いわ」
声は、くすくすと笑い返事をする。
「それなら良かった。さっきまでは、あまりのパニックぶりにボクもどう話しかけるべきか悩んでいたからね」
静かに振り返り、其処に居る人物を目視して一瞬。
「誰だっ!?」
いつの間に後ろに、何故こんなところに?
頭が再度パニックになったせいか、直視できていないせいか、人物がモザイクでもかかっているかの様に、何故だか視認することが出来ない。
また、くすくすと笑い、そして問う。
「君にボクはどう見える?」
問われてゆっくりと視る。
髪は──黒、いや白? いや、やっぱり黒。
瞳はつり目がちな大きなもの、いや、たれ目か? 違う大きくて、少し勝ち気な紅いつり目だ!
蠱惑的な唇に目とそれのバランスをしっかりと合わせ、尚且つ更に魅力を足したような鼻をもつ顔。
おん、えと、おと……こではないか。女?
まるで、自前のゲームキャラクターを創っているかの様なその人物の姿を知覚していく自分に、奇妙な感覚を覚えながら結果を伝える。
「何かのキャラクターのコスプレイヤー」
服装も普通の感じがしない。アニメやゲームのデザインと言われた方がしっくりくる。それに女と言っても、二次元的な可愛さと言える美少女で、リアリティがまったくないのだ。
少女? は幾度か頷くと両端の袖を持ち、くるりと回って魅せた。
「これが君の無意識のボクか。まあ、アニメやゲームに引っ張られ過ぎな感じは否めないが、都合は良いかな」
腕を組みこちらをそっちのけでうんうん頷きながら一人ぶつぶつと呟く。
後ろは事故車と地獄、目の前は2.5次元な美少女。そして今頃気付いたが、土手には自転車に乗ったままこちらを見つめているおっさんがいた。
足は地面に付いていない。
空にはこちらから離れるように飛んでいたであろう無数の鳥が、まるで空中に張り付けられているかのように静止している。
改めて地獄を見る。
煙すらとまっている。よく見れば不良Cのズボンがこちらと同じものだ。不良と混ざり同じ学校の生徒からかつ上げとはひどい話だ。
靴までカブッている。まあ、よくあるデザインでよくあるメーカーだから、そういうこともあるだろう。
もう一度身体を確かめる。
傷一つない。
腰から上をしっかりと触って確かめる。
問題ない。
いつもの感触だと思う。
あまり撫で回したことはないが、大丈夫、なはずだ。
振り向くと、腕を組み妙にふくれた胸を強調するかのようにこちらをニヤニヤと見つめる少女? はぽつりと言った。
「そろそろ、気付かないフリはやめたらどうだい?」
瞬間だった。
ぞわりとしたものが背中を下から走りぬけ、急に身体が微振動をはじめた。
訳がわからない!
いや、わからない?
いや、わかっていた。
わからない訳がない。
三人目?
思い出せ。始めからここには……。
三人しかいなかっただろ?
途端にかたまる。最早それ以外何が出来るというのか。触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る……。
不確かな感触、不確かな存在。
今更ながらに気付いた。
目の前の地獄、貼り付けられた鳥、固まった煙。
止まった景色。
違う。
自分だけが別離された景色。
「オレ、まさか……、死んで」
「うん、まあ、似たようなものかな」
その言葉にゆっくりと相手を見る。
この心情では、例え美少女風だろうが、にやけた面してこちらを見られれば不安や恐怖に背を押され、イラつきもするものだ。
未だに現状がなんだかわからないが、目の前の奴が知っているのだろう。故に態度が上からなのか、はたまたそれが当たり前の超越者であるのか。
そんなことはどうでも良い。
「これはいったい──」
「どういうことだ──」
言おうとしたものを続けられ戸惑う。クスクスと笑いその先を待つ姿があまりにも……。
「……なんなんだ? なんなんだよ。お前はいったい──」
「何をするつもりなんだぁー!!」
先程と同様、やはり先を言われてしまう。
クスクスどころか、腹を抱えて笑い出すその姿に恐怖以外には何も生まれなくなっていた。