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3-3 異能力のせいでラブコメにできない 『ツンデレ』天野


「ところで……ツンデレの学術的な定義ってなんですか?」


「私は安全管理上、職員が即座に概要を把握できる表現で異能力を命名しているだけだ」


 冬華ふゆかは無い胸を張って目はそらす。

 秋実あきみは『概要を把握できないから遠まわしにツッコミました』と言いたかったが、異能力者『ツンデレ』を収容する建物に着いてしまった。


「彼を意識した相手が、いちいち反発した表現をするウザい効果しかない。それでもいちおう、対象者の人格が疑われるなど、害はないでもないが……」


「対象の広さや効果の蓄積も考えれば『ランクC』には入るかもしれませんが、とても『ランクB』にはならないような?」


「直球で犯罪を誘発できる『ヤンデレ』に比べたら、かわいいものだな」


『ランクC』は『日本刀や拳銃を持ち歩いている』程度の危険性で、収容の対象となる。

 異能力『ツンデレ』を悪用すれば、意識を向けざるを得ない相手の異常な対応を誘発できる。

 それでも『ランクB』の『広く社会を混乱させる』『機関銃や手榴弾を持ち歩いている』相当の危険性とは考えにくかった。



 冬華たちが二階へ上がると本棚が倒れていて、ダンボールも散らばっていた。

 背広の職員ふたりがふりむいて指し示す。

 少年は奥の隅で、ソファーにしがみついて隠れていた。


「ひさしぶりだね天野あまのくん。気の毒だが、収容が妥当と判断されてしまった以上、まずは調査に協力してもらえないかな?」


 異能力者『ツンデレ』は無言だったが、そっと顔を見せ、冬華のおだやかな笑顔を確認する。


「見た感じだと『ランクD』だった以前と大きな変化はなさそうだから、あっさり出られるかもしれないし……ん?」


 少年が目をむいて驚き、職員のふたりも首をふった。


「いやです! 俺はここを出ません!」


「え」


「いやだああああ!」


「わかった。そこにいていいから。ちょっと失礼」


 冬華は職員のひとりを室外へ連れ出す。


「移動中は楽しそうなくらいだったんです。でも実際は、不安をまぎらわそうとしていたのかもしれません」


「『調査委員会』の裏とか、やばいほうの治療もどきに感づかれたか?」


「いえ、どうやら彼はすでに、重度のストレス障害だったようで……」


 隣の部屋から「絶対にもどらない! 絶対に!」と叫ぶ少年の声が響く。



 冬華が荒れた部屋へもどると、少年は椅子を手にかまえ、びくりと警戒した。


「完治までここに住んでいい、と言ったら落ち着いて話せるかい?」


 冬華は職員ふたりを遠ざけ、近くの倒れた本棚に腰かける。


「誤診なら誤診で、その原因は興味深い。逃げる気のないモルモットは管理も楽だから、追い出す理由はあまりないね」


 冬華の言い草に秋実は閉口するが、異能力者『ツンデレ』はそっと椅子を置き、頭を下げる。


「すみません。そうしてもらえるなら……」


 ひきつっていた顔が、少しずつ落ち着きをとりもどす。


「私たちは専門家のつもりだが、そもそも君たちのような『特異体質』については、未知の部分のほうが大きい。研究だって見落としは多い前提で、解決へ近づくには君たちの協力が頼りなんだ」


 冬華は年齢不相応に落ち着いた笑顔で語りかけ、秋実はそのうさんくささに目をそらす。


「君が落ち着いたら、話せることからでかまわないから……」


「俺はツンデレが好きなんです」


「え」


 冬華は年齢不相応な『なにふざけたことぬかしてやがる。処分されたいのか』と言いたげな目になるが、少年は深刻な顔でうなだれていた。


「それなら天野くんの『特異体質』で、かたっぱしからツンデレになってくれる状態こそ天国では……」


「地獄ですよおおお!? むさいオッサンまでいちいちツンデレ口調でほめるんですよ!? クマみたいな兄貴まで! 友だちが、近くに座っているだけの女子が、定年間近の先生すら……いちいち! 俺をたいして『意識』しないで、うわべでつきあっている人しかまともに話してくれないんです! ツンデレっていうのは『素直になれない』くらいに特別な関係性を持つ間柄だけで『萌え』になるんですよ!? 節操なく一斉に使われたら、ウザさの重量も積もり積もって訴訟レベルの騒音なんです! でも俺を守ってくれる法律はないんですよおおお!? うぐふううう~!」


 長身スポーツマン天野は涙をばらまいて椅子へ歯型をつける。


「な、なるほど。うちの調査員が報告した『危険性』も、どうやら君自身の被害を指していたようだね。そこまで思いつめるのに十分な症状ということはわかったよ」


「ぜんぜんわかってない! 騒音としての『ツンデレ』に囲まれ続けた俺はもう、ゲームやアニメのツンデレ場面を見ても、反射的に拒絶してしまうんです! あれほど好きだったヒロインたちの顔すら直視できないんです! 俺は自分の異常体質に『嫁を返せ』と言いたい!」



 数分後、少年は落ち着きをとりもどし、顔を赤くしてうつむいていた。


「安心したまえ天野くん。課長にも話が通ったよ」


「ありがとうございます。すみません。恥ずかしいことをわめきちらしてしまって」


「なに、立派なモルモットが増えてなによりだ……別に君のためじゃないんだからなっ」


 冬華はあとの処理をほかの職員に任せ、秋実と退室する。


「あ、今のはただの本音ですから、だいじょうぶです」


 秋実は補足しながら頭を下げてドアを閉めた。

 天野少年のうれしそうに安心した顔を見て、複雑な思いだった。



 外のカートに乗ると、ふたりはいったん大きなため息をつく。


「好意や興味が失せると、効果は乏しいみたいですね」


「だなー」


 短い距離をとろとろ運転して、ふたたび『ヤンデレ』の家へ向かう。


「ところであの……『調査委員会の裏』とか『やばいほうの治療もどき』とは……」


「おっと、通信を入れっぱなしだったか。忘れてね。おたがいのために」


「はい」


「話題を変えよう。もうひとりの『ヤンデレ』こと黒宮くろみやくんも、話した手応えでは異能力そのものに大きな変化はなかった。でも彼自身のモテ要素が急成長して、深刻化の原因になっている」


「でも協力的な上に、精神的にも落ち着いていますよね?」


「そうだね。制御に関しては本人をかなり頼れそうだから、効果や素質は危険でも『ランクA』までは避けられそうだ」



 数分後、再会したもうひとりの少年は顔を赤くしながらぽつりともらす。


「私はヤンデレが好きなんです」


「え」


「はじめは体操服や椅子がいつの間にか湿っていたり、差出人不明の手紙が積もるくらいだったのですが……私も知らないような、私の体の調子やホクロの位置を教えていただけて……なんて丁寧に気づかってもらえているのかと、感動していました」


「はあ」


「二年前の検診で、能力の対象となるかたは私へ強い意識を向けているとも知って……卑怯かもしれませんが、わかりやすい形で好意を確認できるこの体質を『便利』だと思っていたのです」


「はあ」


「しかし私へ好意を持ってくださるかた同士のトラブルが深刻になってしまい、自分ばかり『天国』でいられる生活もあきらめる決心がつきました。ここではもう、気がつくと衣服に髪の毛が編みこまれていたり、食べ物にそっと『切り落としたあれこれ』を混ぜてもらえることもなくなるのですね……」


 黒宮少年はせつなげに長いため息をつく。

 秋実はげんなり苦しげにため息をつく。

 冬華は明るい笑顔でうなずく。


「だいじょうぶだよ。君はもう、束縛を失う心配などしなくていい。機材の限りに徹底して調べ続けてあげるし、盗聴と盗撮の厚さだって自信がある。もう君は、出所なんか考えなくてもいいんだ」


 少年と冬華がうれしそうに頬を染め、秋実が口出しするまでもなく、インカムの職員から退室の警告が入っていた。




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