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3-2 異能力のせいでラブコメにできない 『ヤンデレ』黒宮


 ゴルフカートで向かった『ランクB』収容施設の外観は『ランクA』と変わらない。

 高い塀に囲まれ、小中学校やサッカー場も入りそうな広さがある。

 中へ入ると、八軒の建物が入口から見て死角がないように配置され、隣家や塀から十数メートルの距離を空けて並んでいた。


「この『ランクB』のふたりは、二年前にも拉致監禁されていたんですね?」


「研究協力と言え。当時はどちらも『ランクD』だったが、その後に来た遅めの成長期が急激だった」


「二年で『ランクD』から『ランクB』……しかもひとりは『ランクAの可能性あり』じゃないですか」


「うむ。やっかいそうなほうから先に片づけよう」


『ランクB』能力名『ヤンデレ』

『能力者を意識した相手のヤンデレ資質を助長する』

(ランクAの可能性あり)


「ヤンデレって学術用語なんですか? あ……いえ、まあ、総合的なわかりやすさを意識したネーミングですよね」


「わざとらしく納得するな」


「こんな犯罪に直結する効果を、よく二年も野放しにしましたね?」


「二年前は影響がゆるやかで、対象もせいぜい数人に限られていた。今や対象は数十人で、通りすがりでも効果が発生するようになってしまった」


「これはたしかに……」


 資料にある中学時代の写真では、どことなくあかぬけない容姿で、身長もまだ低いほうだった。

 成績や部活などの記録も、高校から派手になっている。


「とはいえ『ランクA』の『どエス』と『どエム』に比べれば『相手が意識する』という条件があるため、管理はしやすい」


「まずは意識しそうな相手を近づけない。面談する場合は能力者の顔を隠し、意識しにくくする。面談者は自分の意識の強弱に注意し、意識をそらす手段を用意しておく。意識を向けた職員は重点的に監視および精神鑑定……ですね?」


「それらを守れば収容中でも、つきそい申請があれば『ランクC』の共用施設に出入りさせて問題なさそうだ。費用も半分以下で飼育できる」


「しいく……」


「おっと、私は海外生活が長かったせいか、日本語をたまにまちがえてしまうことがあって……」


 まちがえているのは言語ではなく人格だと思ったが、本人には言わないでおく秋実だった。



 塀の中の警備装置は『ランクA』より少ない。

 建物もやや小さいが、壁や窓をはじめ、基本のデザインは似ていた。

『ヤンデレ』の部屋にはすでに骨董家具が運び込まれ、和室に改装された部屋が多い。

 対面した男子は顔全体を隠すバイザーをつけていた。


「まあ、長い合宿と思って、修行に集中してみます」


 声は柔らかく、しかし抑揚がはっきりしている。


「もうしわけない。黒宮くろみやくんが意識してトラブルを抑えていたことは報告されていたのだが、有効な対策が間に合わなかった」


 冬華が頭を下げると『ヤンデレ』はさらに丁重に頭を下げる。


「私自身では手に負えなくなってしまい、連絡させていただきました。なにもかもお世話になってしまい、恐縮のいたりです」


「見ろ秋実くん。このように模範的な協力者もいるのだよ。『ランクC』にはたいしたサンプルでもないくせに不平や選民意識ばかり立派なバカたれどもまでいるというのに」


「は、はあ」


 秋実のインカムへ職員からの通信が入る。


「問題なければそのままで」


 秋実は自分が『ヤンデレ』を男性としては意識していないこと、冬華をどうにかしたい気持ちは普段の範囲であることを確認する。



「しかし君の異能力の発動条件となる『意識』は、やはり恋愛感情が最も影響しやすいようだ。そんなモテモテくんを塀の中で独占とはいかにも心苦しいね」


 冬華の好意的な笑顔に余計な執着はないか、秋実は警戒して観察するが、元から研究資料への執着は異常なので判断しづらい。


「私のわがままを許していただけるようでしたら、録画であっても舞踊を発表できる場をいただけましたら助かります。やはり人の目にさらされる機会が、最も良い心の張りとなりますので」


 黒宮は物腰が落ち着き、常に背筋を正し、おどけて踊る手つきを泳がせるだけでも優雅な調和を見せ、バイザーをつけた姿にも違和感が薄れてくる。

 秋実は自分の『ずっと見ていたい』気持ちを慎重に意識して、彼の芸技と異能力の関連を考える。

 そして命名センスに欠けた『ヤンデレ』という通称と、その由来も思い出す。


 好青年に見えても『ランクB』である。

『広く社会を混乱させる可能性がある』つまり『機関銃や手榴弾を持ち歩いている』くらいには危険な存在だった。


 黒宮は自分へ集まる意識を抑えるために、同級生の女子や舞踊の客に対しては冷淡に、表面的な礼儀だけで対応していた。

 しかし意識を向けざるをえない教員や舞踊関係者はストーカー化が早かった。

 そして高校になると、親しくしていた同級生の男子ふたりが、互いをコンパスと三角定規で刺し合う事件が起きる。

 ……秋実はそんな調査情報を思い出し、相手への好意を抑え、患者の危険性を観察する研究員としての意識にもどす。



 冬華は脱線だらけの雑談をしながら、時おり携帯端末にも打ちこんでいた。

 インカムに連絡がないので、特には問題のない報告が職員へ送られているらしい。

 そう秋実が思っていたところへ、課長から連絡が入る。


「もうひとりの収容者が騒いでいるようですから、先に行ってもらえますかねえ?」


 冬華と秋実は立ち上がる。


「途中でもうしわけないが、呼び出しが入ってしまった。まだいくつか話したいことを残してしまったので、またあとで」



 カートを使うほどの距離でもないが、隣家へ急ぐ。


「もうひとりは『ランクCの可能性あり』というか、実質『せいぜいランクC』で、幹春くんの誤診だと思っていたが? 私の解析能力は情報が十分でないと死角ができやすいとはいえ……」


「実害は『ヤンデレ』よりはるかに低そうですよね?」


 秋実は念のために調査書へ目を走らせる。


『ランクB』能力名『ツンデレ』

『能力者を意識した相手のツンデレ資質を助長する』

(ランクCの可能性あり)


「だが幹春くんの解析能力は、大雑把でも『危険性』の全体をいきなりつかめることが多い……まあ『調査委員会』のランクづけとは、基準がややずれているようだが」




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