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3-1 異能力のせいでラブコメにできない 『縁むすび』秋実


 ランクA『どエス』『どエム』の騒動も一段落した数日後。

『調査委員会』の研究施設にある『第六棟』の第二カウンセラールームから紺堂秋実こんどうあきみが出ると、若い女医も続いて鍵を閉める。


「秋実ちゃんで最後だから。なにか気になったら、細かいことでも聞いてみてね?」


「ありがとうございます。それにしても……この施設、カウンセラールームが多いですね?」


 敷地内の大きな建物は、半分以上にカウンセラールームが設置されていた。

 職員用の医務室はその半分もない。


「ここで扱う異能力の多くは心理状態と関わりが強いから、防災設備の扱いだね。可燃物を扱う施設の消火栓とかガス探知機みたいな。なにかにつけ精神鑑定が義務づけられているのも、商売道具を整備点検する感じで」


「そういえば患者だけでなく、異能力の影響範囲に入る職員が監視対象になることも多いですよね?」


 秋実が不安そうに苦笑すると、女医は明るくうなずく。


「ぶっちゃけ、珍獣の観察にぶつけるモルモットも兼ねているよね」


「そ、そこまでは思っていませんでした」



『第三課』の事務室は警察署の刑事課に似ている。

 八台のデスクを固めた島がふたつあるものの、職員は藤蔵幹春ふじくらみきはるを含めて三人しか座っていない。

 窓際には大きなデスクがひとつあり、顔の長い中年男が外の小鳥をながめて茶の湯気を吸っていた。

 背広の身分証には『第三課 課長 朱奈津夏樹あけなつなつき』とある。


「なっちゃん、三課みんな終了」


 女医が報告書の束を渡すと、課長は表情を変えないでパラパラと目を通す。


「私をなっちゃんと呼んでいいのは娘だけです。特には……問題なさそうですねえ?」


「でも仕事が急に増えすぎでしょ? 特に幹春くんなんか、警備とか研究まで使いまわすのはやめて、調査だけにしぼったほうがよくない?」


「彼は仕事をどんどんおぼえてくれますし、どの部署でも『広範囲の異能力探知』は安全管理を楽にしてくれますから、頼りすぎていますねえ?」


 幹春が照れて頭を下げる。

 その背後、隣の研究室からは機材を大量に抱えた紫条屋冬華しじょうやふゆかがずるずると出てくる。


「幹春くんは研究で使いたおしたいのだが? 先日の『窓ごしSM騒動』で、速報性に優れた測定装置という使い道に気がついた。治療手段をかたっぱしから試して有効性を探りたい」


 女医は冬華の疲れた顔を見て眉をひそめる。


「こいつが一番ひどい。もっと休ませて心のお掃除させないと、ただでさえ研究にすがって放置している不健全なドロドロがどうにかなっちゃうよ?」


「ちょっ!? そんなの誤診だからな!?」


 職員たちは一斉に目をそらして同意をこばむ。


「くっそー。最近どうも、第三課の要である天才様への敬意が足りない」


 冬華は資料束の集積場と化した自分のデスクをあさりまわる。


「牢名主SMカップルも、いちゃつき時間を増やすほど普段の影響まで下がりやがって、外出許可すら出そうな勢いだし……」


 向かいの幹春は侵食してくる機材を押し返す。


「少しは片づけてください。あとその命名センスもなんとかしてください。しかし……須土すどさんと松保まつほくんは、まさに急転直下でしたね。人間関係や環境の変化が異能力に影響を与えるケースは多少なり確認されていましたが、まさか『ランクA』同士であれほど劇的な相性とは」


「おかしいだろ。あんな、異能力がなくたって誰とも合わなそうな能面女とグズ野郎でうまくいくなんて。延々と研究成果を出せなかったこっちの身にもなれっての。なんかもー、てきとーな理由つけて『ランクD』のお払い箱にできないかなー」


 冬華が乾いた薄笑いを浮かべ、幹春は悲しげに首をふる。


「だけどもしかして、ですが……須土さんたちの変化は、秋実さんの異能力も関わっていませんか?」


「んん? 私が分析しておいてなんだが、秋実くんの異能力は科学的に考えにくい現象だ。確認は難しいだろう?」


「でも秋実さんが患者として連れてこられた時期に、松保くんが文通を希望していますよ?」


「ほう。そういえば……?」


 冬華に機材を探るような視線を向けられ、秋実の顔がこわばる。


「……ま、秋実くんには元々、いろいろな異能力者と会わせるつもりだった。ひととおり済めば効果もしぼれるだろ。今日は入荷したばかりの『ランクB』がふたりだ。効果を出せるものなら出してみやがれ」


 冬華は読んでいた調査書を秋実へ突き出す。


「いろいろ薬物を打たれるモルモットの気持ちがわかってきました」


「人聞きの悪いことを言うな!? わ、私は決して、秋実くんをそんな……えーと……無駄づかいする気は……」


 冬華は口をつけた缶コーヒーの栓が開いていないことに気がつく。


「というか今回は、ふたりとも男性ではないですか。それにふたりとも……」


 親が地方の旧家で、受賞歴のある舞踊家。

 親が大企業の役員で、進学校の剣道部主将。

 どちらも長身で、モテそうな容姿。


「あの……私の『ランクD』異能力『縁むすび』なんて、知り合いがカップルになりやすい『気がする』程度なんですけど。私自身にはなんの御利益もありませんし」


「私自身も常に体を張る覚悟はできている。遠慮なく素質を開花してくれ」


「そもそも判定の根拠が博士の直感だけですし、ダメ女を優良男子と結びつける奇跡を期待されても困ります」


「誰がダメ女だ。その異能力が誤診なら、君なんかただの売れ残り体質だろうが」


 課長がコツコツと時計をたたく。


「率直な意見交換はけっこうですがねえ? そろそろ時間だから急いでくださいねえ」


 女医がちらと調査書をのぞく。


「これは……秋実ちゃん、がんばってね。私としては、この患者同士を結びつける路線も歓迎だから」




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