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2-3 異能力などあったらラブコメは困難だ 『LCM・E』幹春


 サーチライトが群れをなし、ヘリの音も響いてくる。

 冬華ふゆかのインカムに課長からの連絡が入った。


「研究所の外周は封鎖しましたけどねえ? 須土すどくんと松保まつほくんは塀の中に留まっているようですねえ?」


「ガスは使わないでください!」


「ええ。侵入者による誘拐ではなさそうですし……でも急いでくださいねえ?」



 収容施設の塀に沿って警備員が囲み、その包囲に異常があった時に無力化させる二重の包囲も距離をとって集まりつつあった。

 そこへ冬華のゴルフカートが走りこんでくる。


「開けろ! 話をさせてくれ!」


 道路に背広姿の若い男が立ちふさがっていた。


「規則です! 『ランクA』用の配置が整うまで、研究員を危険にさらすわけにはいきません!」


幹春みきはるくん。その規則を考案したのは私で、非常時の特例権限もある。責任は私がとるから、どいてくれ」


「責任をとりようもない事態だってありうるのが『ランクA』だと、冬華さんも知っているでしょう? 彼らが特に協力的だったことは、職員のみんなも知っています。しかしそれだけに、本気で脱走を考えるほど意識の変化があった場合……もし彼らが、今まで無意識でも望んでいた『抑制』を失ったら、あの強大な異能力もどう変化するか……」


 冬華はくちびるをかんでうつむく。


「急いでくれ。これまでに築いた信頼関係を壊した場合にも、同じ危機を招きかねない」



 警備員が走りまわる中、パジャマに白衣をひっかけた秋実あきみも駆けつける。


「私も直前に会っていた関係者ですから! ……博士!? なにがあったんです!?」


「おそらく、君は関係ないよ……私の責任だ。ふたり同時となると、私が許可させた『文通』が原因だろう」


「文通? あのふたりで?」


「意外だが、気は合うみたいだった。メール内容は彼らの了承も得て、課長だけが確認している」


「でもなぜ、よりによって『ランクA』同士で?」


「だからだよ。どちらも出所の見込みがない長期収容者で、直接に交流可能な職員も少ない。孤独による精神状態の悪化を考慮した特例だ」


 包囲の配置が完了し、冬華はゆっくりと歩き出す。


「なにより怖いのは、彼らが将来に絶望して、治療や協力の意志を失うことだ。だが、あのふたりは境遇も能力もよく似ている。互いの支えになればと思って……松保くんに『お隣さんと文通してもいいのかなー』と言われた時には正直イラッとしたが」



 塀の中へ入ると、ふたりの姿はすぐに確認できた。

 いくつものサーチライトを当てられた中で、手をとり合っていた。


「すぐに離れるんだ。君たちが接近した場合の影響は未知数で……」


 冬華は少しずつ近づく。


「待ってください冬華さん!」


 塀の入り口で見守っていた幹春が駆け寄って来る。

 冬華はにらみつけて止めようとするが、続く幹春の言葉に驚く。


「この感じ……僕が感じる『危険性』が低くなっています!」


 幹春は冬華に並ぶと視線で許可を求め、ゆっくりと先行する。


「まるで『ランクB』か、それにも少し足りないくらいの……」


 秋実もまぎれてこっそりと入っていたが、冬華に止められる。


「幹春さんも博士と似た種類の異能力だったんですか?」


「『探知』の範囲なら私より広い。代わりに『解析』は大雑把な危険性しかわからないが……」


 松保は涙ぐんでへたりこむ。

 須土はその頭を抱え、静かにふり向く。


「やっぱり……須土様に見つめられても直立歩行できる! その手に松保なんかがへばりついているのに、蹴り飛ばしたい気持ちを抑えられる!」


「でも幹春くんはそこで止まって回れ右ね。軽減されていることはわかったけど」


「え。でもとりあえず、あの間へ僕が入って……」


「檻へもどされたくなければ反論するな。しかしいったい……まさか『打ち消し合う』とは考えにくいが、あの状態が良い影響でも? ストレスなどの『未知の発動条件』を抑制しているのか? ……あ、それっぽい……」


 冬華はふたりを観察しながらブツブツとつぶやき、論拠も薄そうな自分の推測に嫌そうな顔でうなずく。



 須土は自分の住む建物の三階を指し示した。

 大きな窓が開いたままになっている。


「お騒がせしてもうしわけありません。前に偶然、飛んできたビニール袋がシャッターにはさまり、自力で開閉する方法に気がつきました」


「そんな安い欠陥が……それで、別に脱走する気は……」


 冬華は答えながら両手を地面へつきそうになり、あわてて腕組みする。


「塀を越える気はありません。しかし松保さんと会うために、欠陥を悪用しました」


「なんでそんなショボいブタヤロウのために須土様が?」


 それまで表情を変えなかった須土が、はじめて眉をしかめる。


「以前から『松保さん』とは窓ごしに顔を合わせ、隠れて照明での交信もしていました。しかしどちらにも影響が現れないので『互いに影響されにくい』という可能性を考えました」


「え。なんでそれを早く言ってくださらなかったのです?」


 冬華の腰がだんだん低くなる。 

 須土の顔がどんどん険しくなっていた。


「気がついたのは、つい先ほどのことですから。冬華さんと面談した松保さんが、一時間もの『言葉いじめ』に耐え、泣きはらした笑顔を見せましたので、なにがなんでも会いたくなり……つい」


 冬華は地面に頭をこすりつけていたが、須土の異能力によるものか、職員全員の『お前が元凶かよ』と言いたげな視線によるものかはわからなかった。



 数十分後の『第三課』研究室。

 冬華はすりむけた額を秋実に手当てされながら、ふてくされていた。


「私だって、松保の異能力のせいで誘発されただけだし、面会は課長たちだって監視していたのに、なんで誰もかばってくれなかったんだよ~」


「ま、まあ、須土さんもそれはわかっていたから、素直に謝ったのでは? だから博士も少しは普段の行いを……いえ、なんでもありません」


 秋実は目をそらし、部屋に入ってきた幹春も缶コーヒーをすばやく上司へ献上する。

 冬華は礼も言わないで受け取って口をつけ、パソコンに表示している報告文書の続きをだらだらと打つ。


「くっそー、なんで私がこんな目に……あー、なんかもー、いろいろやる気しないー。あいつら勝手に治りだしてハッピーエンドとか何様だ? というか、これからは施設公認でいちゃつかれるのか? 腹立たしいなー。分析評価いじって地獄に落とせないかなー」


 幹春は苦笑いでそっと、秋実を廊下へ脱出させる。

 もう深夜になっていた。


「後始末は明日も大変そうだから、早めに休んでおいて」


「すみません。ではお先に……」


 秋実はドアの隙間から冬華の背だけ見て、そっと幹春に耳打ちする。


「須土さんの異能力が弱まる前に、あの外道を何日かいっしょの部屋へ監禁したほうがよくないですか?」


「まあいちおう、文通の許可をくりかえし課長にかけあったのも冬華さんだから。今回は勘弁してあげようよ……次回があったら検討しよう」




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