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1-3 異能力があればラブコメどころではない 『おさななじみ』戸鳴


 重苦しい数十分が過ぎ、その車両が到着する。

 最初に降りた男性職員は入念に検査され、背広を着なおして指揮を再開した。

 秋実あきみから見て、意外に『普通の男子大学生』という印象だった。

 胸の身分証には『第三課 特別調査員 藤蔵幹春ふじくらみきはる』とある。

 館内へ担架を運びながら、その上に載せられた患者へ話しかけていた。


「ごめん。もう少しだけしんぼうして」


 その患者は拘束衣を着せられ、顔まで何重にも巻かれた姿のまま、問診バスへ押しこまれる。

 冬華ふゆかは隔壁ごしの車内室から、モニターに映った患者を念入りに観察した。


「これはたしかに大物の気配……おそろしく強力そうだが……効果の対象は狭そうな……?」


 冬華は調査情報に何度も目を通す。


「う~ん? いまひとつ私の勘が……いや情報処理補助の異能力が働かない。どの情報も感触が薄くて……だがそれだけに、能力の対象は肉親というか……近い間柄のような……幹春くんの印象は?」


 幹春は秋実たちといっしょに、車外でモニターを注視していた。


「とても地味で、目立たない感じでした。発見はまったくの偶然です。別の患者を迎えに行った時に近づき、急にズシリと気配を感じました」


「私もかなり近づかないと感じなかった。だが短時間で致命的になりそうな……まずは耳と口から解放を……ん?」


 液晶モニターごしにヘッドホンとマスクがはずされると、冬華はふたたび調査情報、それも住所の変遷を注視する。


「目と手も……いや、拘束はすべて解除していい。だが念のため、この会場にいる全員の、詳しい『過去の住所』を至急、確認してくれ」


「は?」


「対象は『小さいころに親しかった者』に限定される……それも『家族以外』で『同年代』だな……つまり、この場に過去の知り合いがいない限り、彼の異能力……名づけるなら『おさななじみ』は無力だ! む……しかも『異性』に限られている!」


 職員に安堵のため息が広がる。

 拘束を解かれた少年は呆然としていた。


「なんですこれ? 診察と聞いていたのに、いきなりこんな……?」


「すまなかったね。えーと……戸鳴となりくんか。だが最初にここへ運びこまれたことは幸運だった。そうでなければ今ごろ……げふんげふんっ……まあ、治療が終わるまではここに滞在してもらうが」


 冬華は話しかけながらも冷や汗を浮かべ、調査情報に追記していた。


『相手の記憶を望んだように変える。即座に効果があり、解除されることはない』


 外で監視していた職員たちがどよめき、口々に見解を述べる。


「接近するだけで瞬時に? ほかに条件はないのか? なんて高度な洗脳だ……」


「それだけではない。記憶の変更内容にも制限がないのでは『操れる』どころか、望みかた次第で『人格改造』にもなってしまう」


「もしすべてを変更できるなら、もはや肉体以外は『想像した人間』を創り出すのと同じでは?」


「そんな神にも等しい異能力……永久隔離で済めばいいが……」


「この会場にいる職員と患者について調べましたが、少なくとも出身地からすると、対象からはずれそうです。過去の接触者についても調査を開始させています」


 冬華がマイクを切り換えて職員へ連絡してくる。


「戸鳴くんを『おさななじみ』として意識している女子の人数と位置を可能な限り早く特定してくれ。もし彼が能力を自覚すれば、肉体の限界まで『あらゆる学習と鍛錬』をこなせる『妄想上の超人』を言いなりにできてしまう! そんな対象をひとりでも与えれば、どれほどのことをできるか……数人も従えれば国家の危機、数十人では世界すら……」



 少年はうろたえていた。


「滞在ってなんです? こんなところへいきなり、何日も拘束する気なら……」


「すまないが『何日』どころか、君とは長いつきあいになりそうだから、正直に話しておくが……」


 冬華は館内の患者たちにも聞こえるように音声をつなげる。


「今回はまったく不測の事態となった。つき合わせてしまった君たちにも言っておくべきかもしれない。我々……正式名称は言えないが『調査委員会』は、国家を守るために設立された。君たちの中には、しばらくは帰れない者もいると思ってほしい」


 間を置き、小さなため息が入る。


「……私自身も、極めて強い『特異体質』で、もう長いこと施設の外へ出ることがないまま、協力を続けている身だ」


 患者の少年少女が顔に同情を浮かべ、職員の一部は暗い顔でささやき合う。


「主任は別に外出制限とかないよな?」


「研究ぐるいのひきこもりというだけだな」


 秋実は聞こえていないふりを努力した。

 冬華は情感をこめて語り続ける。


「そんな私の勤める『第三課』が、君たちの『社会復帰』を大事にしていることだけは信じてほしい。この調査は君たち自身のためでもあり、君たちの家族や友人のためでもある。長引かせてつらい思いをさせるかもしれないが、どうかガタガタ言わずにおとなしく……え? もう大まかな調査結果が届いた? 早すぎないか?」


 キーボードを高速乱打するズガガガガッという音がスピーカーから響く。


「引越を三回しているが、家族や友人のすべてが親しい異性なしと供述……同級生などの女子も戸鳴くんの顔や名前におぼえなし……『おさななじみ女子』がいる可能性は絶望的かあ。地味で目立たなそうだしなあ」


「博士!? スピーカー! 入ったまま!」


 職員たちはあわてて注意したが、モニターの『ランク特A』少年は顔が真っ暗になっていた。


「あの……それ、なにか『診察』と関係あるんですか? たしかにオレ、今まで女子とまともに話したことなんてありませんけど……」


「す、すまない! いや、我々が総力を挙げて君の『社会復帰』に挑んだ結果、予想外に早く出所できる可能性が高まったということで……いや、君は本当に幸運なのだよ!?」


 冬華は笑顔を泣きそうにこわばらせ、キーボードでは職員のモニターへ『ごめん誰かフォローして』などと送っていた。

 職員たちは見てみぬふりをして、検診会場を元にもどす作業へ向かう。


「まさかそのランクで、こんな早い出所の見込みなんて、我々にも前代未聞の記録で……みんな、拍手だ! 戸鳴くんのために拍手を……」


 まばらな拍手が気まずさを悲惨に盛り上げた。



 秋実はモニターに表示された『たすけてひとりにしないで(上司の命令です)』のメッセージでしかたなくヘッドホンをつけなおすが、表情は疑念に満ちている。


「博士。彼は『社会復帰』できるのですかね……もはや全力で国家を破壊したくなる体験をさせた気もするのですが」


「う、うむ。国家のためとはいえ、実に苦い結末だったな。まあ…………異能力さえからまなければ、我々の管轄ではないし?」



 国家を守るために設立された『調査委員会』の職務は、時に容赦のないものだった。

 後日。戸鳴少年が出所する際にも、護送車に乗せるまでは冬華と秋実が両腕を確保し、やや露出の多い格好で愛想をふりまくように課長命令が下される。


「なんで私まで」


「助手が文句を言うな! 日夜研究づけの私は色気など自信が……いや興味がないのだ! 本当だ!」




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