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10 異能力でラブコメしてもいいですか!? 『予感』貞塚


 人知れず国家規模の危機が防がれ、命を失う者もなく『ランク特A』患者が隔離施設へ収容されたあと、高い塀を出てきた藤蔵幹春ふじくらみきはるは警備員に囲まれていた。

 それでも顔は上げたまま、警備員たちの背後に立つ貞塚さだつかと視線を合わせる。


「そのツラじゃ……クソジジイの予想どおりかあ? 俺が連れてくから、お前らもう帰っていいや。ひとりだけ運転を頼む」


 四人乗りのゴルフカートがまわされてくると貞塚は「ごくろうさん」と笑いかけるが、運転手がバイザーをつけた灰間はいまと気がついて顔をしかめる。


「なんでひとり残せと言って、一番めんどくせえのを置いていくかね……ん? いちいちカリカリ言い返すのはやめた? そりゃけっこうですね」


 貞塚は後部席に乗ると、幹春の顔も見たくないそぶりで、研究所の殺伐とした風景を見ながら話す。


「まさか幹春くんが『調査委員会』のやばさを知らねえわけもねえだろうし、消されそうな場合の『仕込み』もしてから動いているんじゃねえかってのは、俺も考えていたけどね……そのあたり、どうですかね?」


 幹春は困ったように、少し笑顔を見せるだけだった。


「はいはい、言うわきゃありませんよね。大事な交渉材料でしょうからね」



『第三課』事務室の入っている第六棟に着くと、課長の朱奈津夏樹あけなつなつきが入り口に立っていた。


「なんであのクソジジイがらみの連中はろくでもねえやつばっかりなんだか。あのツラを最初に見た時から人生最悪に嫌な『予感』はしていたけどよ……」


 貞塚はあいさつもなしに、幹春を追いやるように降ろす。


「俺そのガキ嫌い。てめえの次に嫌い」


「そのわりにはそれほど手を出していなかったようですねえ?」


「あれ……たしかにおかしい……とりあえずで何発かは殴ってそうなのに……年くって丸くなったか?」


「最近の忙しさで老けたのかと思いましたが、カウンセリングが必要かもしれませんねえ? 君も言っていましたよねえ? 灰間くんの『趣味は最悪』と……」


 夏樹はそう言いながら建物へもどり、幹春もついていく。

 残された貞塚は顔をしかめて首をかしげていた。


「なに言ってんだあのジジイ? その『最悪』はてめえのことだって……なあ? ……おい警備員、もうジジイは行ったから、バイザーはいらねえって。暑いだろ?」


「い、いえ。カウンセラーの指示で……」


「はあ? …………え? ま、まさか……おい『オジサマ』さんよう、アンタあのクソジジイみたいなエセ紳士が好みで、下品なオッサンは嫌いなんだろ?」


「そ、そういう無神経なところは直してほしいですけど!?」


 灰間は顔を真っ赤にしかめるが、だんだん視線をそむけ、急に表情も声もしぼむ。


「でも、別に、嫌いなんて、言ってませんから……」


 貞塚は口をあんぐりと開けてがく然とする。


「だめだこいつ……ほんと、ろくでもねえ……」


「閉鎖環境なんだから、しかたないじゃないですかあ!?」


「もーどうでもいいから、とりあえず『ランクC』商業区画まで頼まあ」


「どうでもいいってなんですか!?」


「若さって暑苦しいねー……人のこた言えねえマヌケだけどよ」


 かつての貞塚は許婚を殺した『調査委員会』の関係者たちを数年がかりで消し去り、残っている復讐の対象が夏樹だけになると……ひどい虚無感に襲われた。

 その数年で夏樹の娘は成長して、おさななじみの許婚とよく似た顔で『貞塚のおじさま』と笑いかけてくるようになった。

 貞塚は自分が隠しごとは下手なことを知っているが、今の生きがいが『お嬢ちゃん』の成長だけになっていることばかりは誰にも知られたくない。


「そんな風に言いながら貞塚さん、ロリコンなんですよね?」


「だだ、誰に聞きやがった!?」


 うろたえて顔を赤くしすぎだったが、そんな姿をつい盗撮したくなる灰間だった。



 三課の事務室には誰もいなかった。

 部屋は薄暗く、夏樹は照明をつけないまま先に入ってふり返る。


「幹春くん、それを使って私に打ちかかってみてもらえませんかねえ?」


「え? は……はい……」


 幹春はドアを閉めると、机のひとつに置かれていた電撃警棒のスイッチを入れ、夏樹の表情を確かめてから踏みこむ。


「でも君は、動けなくなりますねえ?」


「え……え?」


 あと一歩の間合で、幹春の体はだらりと力が抜け、身動きできなくなる。


「一課の処理班を止めた時と同じ、後催眠暗示の合図……ですか?」


「ええ。でも幹春くんは、それよりずっと前から気がついていたようですねえ?」


「ずっと前から、不可解なことがありましたからね……課長はなんで、僕と冬華さんの仲を裂こうとするんですか!?」


 夏樹は黙ったまま、警棒のスイッチを切って取り上げる。



「冬華さんが須土さんと面談していた時には、僕が『冬華さんの傲慢で自己中心的で迷惑をばらまいて喜ぶ性格』について秋実さんと話していた通信が、なぜか冬華さんにもつながっていました。あれは課長の操作ですよね?」


「本人が聞いていなかったとしても、そこまで言い立てるのはどうかと思いますがねえ?」


「それになぜか、僕は冬華さんのダメなところ、冬華さんは僕のダメなところをほかの職員よりもずっと多く見聞きしていたんです。そうなる情報伝達や現場の組み合わせには、たいてい課長が関わっていました」


「そこまで多くダメなところがあるのもどうかと思いますがねえ……私がそれらの工作をしていたことは事実ですねえ?」


「なんでそんなことを?」


「そこはさすがに気がついてほしいのですが、君たちの異能力は貴重すぎますからねえ? 君の広範囲で速さにも優れた……」


「僕がラブコメマニア・E……広範囲イクステンシヴタイプで、冬華さんがラブコメマニア・D……詳細ディテールタイプ、ですね?」


「そこまで知ってしまいましたか……ええ。対象となる異能力の種類は偏っていても、広範囲から大量に発見し、短時間で詳細に解析できる異能力は『三課』だけでなく『調査委員会』の要なのです」


「だからって、なぜ?」


「須土くんと松保くんの例が出る前から、恋愛交流によるラブコメ異能力の消失は危惧されていたということです」


「えーと……ですからなぜ、僕と冬華さんなんです?」


「えーと……とぼけているわけではなさそうですねえ? 君と冬華くんが恋仲になることを恐れたのです」


「それはまったく無用の心配では?」


「少々、引き離し工作をやりすぎたようですねえ?」



 幹春の腕や脚はまるで動く気配がないままだった。


「とりあえず僕と冬華さんについてはさておき……そういった課長の不自然な動きを探っているうちに、記憶に不自然なところがある職員たちとの関連にも気がつきました」


「それを知っていながら……戸鳴くんを助けるために独断で動いた後も、逃げないでここまで来たということは、なにか交渉材料があるものと思っていましたがねえ? 例えば、機密情報がばらまかれる時限装置などの……しかしどうも、そんな予想は外れていたようですねえ?」


「その手も考えましたけど、僕は異能力以外、たいして特別な人間ではありませんから。これほど巨大で物騒な組織を脅迫したって、親とか親戚を守りながら交渉できる気はしませんし……機密を漏らして『三課』や患者のみんなを危険にさらしたくもありません」


「では記憶を改変される覚悟でここへ来たと? なんのために?」


「戸鳴くんが僕を信じてくれた理由と同じです。僕は『調査委員会』を信用していませんし、好きになれそうもありませんが、この『三課』だけは信じたくて……その課長が必要な処置と判断したなら、記憶を消されてもしかたないと考えました」


「なるほど。それでは……消すわけには、いきませんねえ?」


「え……?」


 夏樹にしては珍しく、苦しげな表情を見せていた。


「催眠術で可能なことなど、ごく限られていましてねえ? ……君にかけていた暗示は、すべて解除させていただきます」



 幹春は椅子にへたりこむ。


「……すべて解きました。おつかれさまです」


「なんで……というか、すごく今さらですけど、課長はなんでこの仕事を?」


「上層部との間に立って、研究主任で『三課』設立の提案者でもある紫条屋冬華しじょうやふゆかくんの意志を反映させる役割ですねえ? 私がこの配置になった理由は、私が最も、冬華くんの主張する『異能力者管理の方針転換』に惹かれていたからです」


「方針転換?」


「一課や二課の方針だけでは、組織が強大になっても……むしろ強大になるほど、破滅にも近づきますからねえ? この『三課』は、我々を『救ってやる』と言った冬華くんの方針そのものなんです」


「治療と……社会復帰と……平和的解決、ですか?」


「正確に言えば、いずれは情報拡散が発生してしまう前提で『よりよい公開』も方針へ入れるようになったのです。なるべく多くの異能力者に危険性を自覚させて、その監視に協力する家庭や学校などへもどすことで『下地づくり』をしています」


「この組織の閉鎖性や非情さからすると、『解放』は情報漏洩の危険が大きすぎて予算もかかるので、最大の不思議でしたが……」


「そうしないほうが、いずれそれ以上の危険と出費に追われる……それが冬華くんの主張です。『公開』を前提に考えなおせば、混乱を防ぐために最も有効な『実証データ』は『すでに危害なく共に暮らせている人々』になります」


「すべての『監視者』は、監視対象の異能力が世に知られた時に……『安全性の証言者』に変わるわけですか」


「収容されていない『ランクD』以下の異能力者は、暴力団関係者や重犯罪の前科者などに比べれば、監視の必要性がはるかに低く感じられるでしょうからねえ?」


「でもその『公開』という方針は、それまでの『調査委員会』の体質とは衝突しなかったのですか?」


「今もしていますねえ? しかし上層部も、危険を隠蔽して敵を排除するだけでは、いずれ行き詰まることも感じています。ですからこの『三課』がどれだけ目ざわりであろうとも、予算をあてがい、味方を育てて増やす手段を模索させているのです。その程度の成長は可能な組織でなければ、一時的にはどれだけ強大になろうと……『救い』がないのですよ」


 夏樹は紅茶をいれ、茶菓子といっしょに幹春へ勧める。



「とはいえ私は娘のためにも、異能力者全体を危機にさらすような甘さを見せるわけにはいきません。最近は君や冬華くんをかばいすぎて、上層部からも警戒されていますからねえ?」


「そ、そうなんですか?」


「それでも冬華くんが予見していた通り、異能力者の実態が広まるのも、時間の問題になっていますからねえ? 私のような古い人間は、若い患者や職員が『異能力』の存在を受け入れる早さに驚いていますが……マンガやラノベによって『異能力』の存在が親しまれている影響ですかねえ? それが最大の希望でもあるのですが……秋実くんでさえ『三課』の重大な秘密に気がついてしまいました。いずれにせよ時間との勝負ですから、今はひとりでも多くの味方を必要としているのです……」


 夏樹は深々と頭を下げる。


「……とりわけ幹春くんのように、両者の危機意識を理解していながら、良識を基準に判断できる人材は貴重なのです……改めて『三課』へのご助力をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「僕は…………もう多くの異能力者と関わりすぎました。研究が進んでいる『ラブコメ異能力者』ですらあれだけ大変なら……そして『ラブコメ異能力者』の研究成果が、もっと大きな危機へ対処できる架け橋になれるなら、僕は自分がしてきた仕事、自分にできる仕事から逃げたくありません」


「ありがとうございます……そして理由はどうあれ、今まで隠しごとをしていたことには謝罪させていただきます」



 夏樹もようやく紅茶に口をつける。


「しかし冬華くんは……本当に『ラブコメ異能力』の不自然に気がついていないのですかねえ? 彼女の頭脳は気の毒な偏りも多いですが、異能力を抜きにしても分析力は天才的なはずですがねえ?」


「あえて気がつかないふりをしていると?」


「まあ、自分がラブコメ脳だと認めたくないだけかもしれませんけどねえ? しかしそんな彼女だからこそ、いずれは恋愛にのめりこむ時も来るのでしょうねえ? その相手には、冬華くんの長短を含めて支えてあげられる男性がよいでしょうねえ?」


「はあ……え? 僕はその役、いやですよ? いやですからね?」


「私は既婚者ですし、娘も私と結婚すると言ってくれています」


「勘弁してくださいよ。あんな残念系マッドサイエンティストの相手なんて、猛獣使いか生贄志願者くらいしか……」


 幹春の声にまぎれ、部屋に入ってしまった白衣姿があった。


「どこのマッドがなに系だって?」


「うあわっ!? お、おつかれさまです。冬華さん、秋実さん……」


「ちょっとした誤解なんですがねえ? 幹春くんがどうしても、冬華くんのそばを離れたくないそうでしてねえ?」


「え……?」


 冬華と秋実が声をそろえてあせりを見せる。


「課長!? 僕は……」


「叫んでいましたよねえ? 『なんで僕と冬華さんの仲を裂こうとするんですか!?』と……」


「いえ、あれは……その……!?」


 否定しない幹春の姿に冬華はうろたえて絶句し、秋実はそっとつぶやく。


「やっぱりマゾブタだったんですね……」


「ちがいます! 少なくともこんな踏まれがいのない女王様は嫌です!」


 夏樹は誰にも聞こえないように「あまり仲が悪くなられても困りますからねえ? 将来のためにも」などとつぶやいていた。

 しかし横目に秋実の笑顔を見て、自分の過去の醜態を思い出す。



 研究助手の紺堂秋実こんどうあきみは職員となって間もなく、冬華と幹春の異能力に関する重大な秘密に気がついてしまった。

 夏樹はそれまで多くの人間にも自分の手でそうしてきたように、自身の心を非情で凍らせて、卑劣な『処理』にとりかかる宣言をした。


「君には少しだけ『思いちがい』をしてもらう。もうしわけないが……まだ今は、そうするしかない」


 秋実は困ったような笑顔を見せた。


「忘れたほうがいいことみたいですね……もしそうできる異能力とかあるなら、なるべく協力します」


 夏樹の凍った心がゆれかけ、秋実はさらに明るい笑顔を見せる。


「でもあの、気にしないでください。私まだあまり、異能力の危険とか理解しきれていませんが……それでも私にできることは、やらせてもらいたいんです。異能力者のみんなが大変な思いをしていて、それでも治療をがんばっている姿を見てきましたから……応援したいんです」


「そんな風に言われてしまいますと……手を加えてしまうには、惜しい記憶ですねえ? あまりに惜しい…………私にはできない……」


 夏樹はいつ以来か、強い感情を顔に出してしまっていた。


「……君のような存在が、亡くなった妻には必要でした。娘の将来には必要になります。そして今の冬華くんにも……どうかそのままの君で、この『三課』を支え続けていただけませんかねえ?」


 秋実はとまどった様子で返答は遅れたが、笑顔のままだった。


「う~ん、博士の相手は大変ですけど『三課』の研究助手、がんばります!」






(『異能力でラブコメなど捕まえてしまえ ~異能力者は収容施設で実験資料~』 おわり)






あとがき


 完読ありがとうございました。

 初期には『異能力でラブコメなど監禁してしまえ ~異能三課鈍愛日誌~』というタイトル案もありました。


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