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9-2 異能力でラブコメしてもいいですか 『マッチョ』月背


 田舎のひなびた駅前商店街は花火大会のチラシがあちこちに貼られ、そこかしこで夜店や祭の準備が進められている。

 幹春みきはるはバスを降りると、年に一回きりのにぎわいを見せる駅前通りに背を向け、徒歩で宅地の奥へ向かった。

 真夏の熱気でみるみる汗にまみれながら、たびたび周囲を見回す。

 玄関も窓もふさがれたボロ家や、雑草にまみれた廃屋が多い。


「地図で見ていたより、人は少なそうだな……これなら『おさななじみ』候補がいないことも、すぐに確認できたように思えるけど……?」



 畑ばかりの山の近くまで歩き続け、庭つき一軒家の門にかかっていた『戸鳴』の表札を確認すると、呼び鈴を押さないで裏へまわる。

 不意に足を払われ、地面へ押さえつけられていた。


「貞塚……さん!?」


「クソがっ! めんどくせえほうのガキを捕まえちまった……暴れんなって! オッサンを疲れさせんじゃねえ!」


 幹春は格闘の有段者で、経験も鍛錬も積んでいたつもりだったが、まるで動けなくなっていた。


「なんでこんなところに、いるんですか?」


「アホか。それを鏡に言って答が返るか考えろやボケ……と言いたいところなのにクソがたてこんでやがる……うおい! ちょっと手伝って……ください!」


 家から中年の夫婦と大柄な少年が普段着で出てくる。

 大柄な少年はどことなく戸鳴少年に似ていて、顔の幼さからすると中学生くらいに見えた。

 貞塚の指示で幹春の手足へガムテープを巻くが、表情はおびえている。


「こんな子まで巻きこんで……!」


「どアホ。てめえだって、この町が軽く消し飛ぶくらいにやばいことはわかってんだろ? だったらガキかどうかなんぞ関係あるかよ。幹春くんよう、お願いしますからね? 『ランク特A』くんの目的地を教えてくださいね? ……ごめん、そっち持って」


 貞塚は縛った幹春を汗だくで引きずり、大柄な少年にも手伝わせて家の中まで入れる。


「やつはひとつ先の駅で降りたわけよ。で、やっぱり寝過ごしたわけじゃなくて、タクシーで山のほうへ向かってやがる……っておい幹春てめえ、いきなり真正直に『なにも知らない』とか顔でばらしてんじゃねえよ。聞いた俺がマヌケみたいに……で、彼がここからそんな遠くまで行くこと、あるんですかね?」


 中年夫婦は顔を見合わせたが、少年のほうがおびえながら答える。


「小さいころに一度、カブトムシを追いかけて迷子になったことがあるとか聞いたんですけど、その時に泊めてもらった家がたしか、そのあたりとか言っていたような……?」


「うげ……じゃあ本当に『おさななじみ』のあてがあったのかよ……クソがっ! おい……おいおい幹春……てめえはどうやって嗅ぎつけたよ?」



 戸鳴となりを乗せているタクシーは海岸沿いを走っていたが、店も砂浜もない、林と山に挟まれた道の途中で停車した。


「ここでいいの? 山とか、ひとりだとあぶないよ?」


 運転手はやたらと猫背で髪も口ひげも白く、ぼそぼそとこもるように話した。

 戸鳴を降ろして遠ざかると、急にはきはきとした声を出す。


「戸鳴は岬の五百メートル手前で降りました。寺を探していた様子です……はい……はい……わかりました」


 ゆるいカーブを曲がって、戸鳴からは見えなくなったところで看板の陰へ強引に停車した。

 帽子とつけヒゲとカツラをとると、刈り上げた髪は黒い。

 車から降り、背広を脱いで姿勢を正すと、胸板や肩に厚みがあり、腕や首筋も太い。

 山の急な斜面を駆け上がり、戸鳴を直線的に追った。



 戸鳴は地図を頼りに山道を歩き続けながら、周囲を何度も見回す。

 通りかかった小柄な中年女性は農作業着で大きなかごをかついでいた。


「すみません。このあたりで、山の上にお寺ってありませんか?」


 話しかけると、顔をしわくちゃにして笑う。


「こっちのほう? 山ひとつ越えるとそんな感じの建物が見えっけど、大変そうだからねえ? 行ったことないよ。祭もなんも、ぜんぶ駅のほうね。あっははは!」


「どうも……」


 指された山の傾斜はゆるかったが、道をはずれると足元が悪く、登りきるまでにはすっかり息をきらせていた。

 見回すと、向かいの山に小さく仏塔が見える。足を速めた。



 そのころ研究所にある第六棟の会議室では、夏樹が持ってきた柿の種とスルメで紅茶とコーヒーが飲まれていた。


「夏樹くんのお茶うけセンスはどうなっているのだ……いやしかし、かたい食べものは脳のよい刺激になるというし、異なるかみごたえに糖質とタンパク質……実は技巧派か?」


 冬華と秋実は複雑な顔をしながらも軽快なペースで口へ運ぶ。


「それより博士。なんで子役の女の子が関係するんです? 小学四年で亡くなっているのに……ん? 異能力って、早い人だと……」


「第二次性徴と時期がかぶるから、女子のほうが二年近く早い傾向だが、男子でも二年近く早まった例はいくつか知っている……つまり、戸鳴くんはすでに能力を『発動していた』可能性があるし、そうなるといくつかの前提がくつがえる」


「げ。あ……でもその当時なら、異能力の自覚や知識はないわけですから、わざわざ『万能の超人』を妄想するとは限りませんよね?」


「うむ。だが幼稚園のころから仲のよい『おさななじみ』が『人気アイドルになったらいいな』くらいのことは願ってもおかしくない」


「亡くなった子は急に子役デビューしていますが、それも戸鳴さんの『記憶を望んだように変える』異能力に影響された結果ということですか?」


「幼い戸鳴くんでも、おさななじみの性格が急に一変して人気アイドルになるとは『常識的にありえない』と感じて、そこまでは考えない……つまりは『望まない』かもしれない。しかし元から多少なりかわいい女子なら『子役にはなれそうだし、なったらいいのに』となにかのきっかけで思うかもしれない。その瞬間、彼女にありえそうな演技力、会話力、積極性、向上心などの素質が瞬時に塗り変わった可能性もある。そして『子役』が実現したら『もっとすごい天才に育つかも。そうなればいいのに』と願うのもすぐだ」


「でも有名になった結果、その子は刺されて……」


「戸鳴くんに『願ったことが不思議とかなう』自覚が多少なりあったなら『自分のせいで殺された』罪悪感も漠然と抱え……二度とそのような思いをしたくないために、周囲の女子すべてに『関わらないこと』を願うかもしれない」


「それで『おさななじみがいない』状態を不自然なほど早く確認できる影の薄さに……?」


 夏樹はひたすら静かに飲んでいた紅茶を置いて挙手する。


「失礼して話をもどさせてもらいますが、もし戸鳴くん本人すら忘れていた『おさななじみ』候補が発見されたとしたら、対処はどうするべきでしょうねえ?」


「その点とも関係している考察なのだけどね……まあとりあえず『ランク特A』規模の危険性と比べて無難な選択肢は『なにかある前に戸鳴くんをさっさと……』みたいに考えるのが凡人だろうね。もちろん戸鳴くんが、我々への報復を考えている危険もありうる。異能力の存在を知ったなら、私利私欲に使おうと考えるのも自然だ……それでもね、可能なかぎりは様子をみないと、招かなくていい絶体絶命に陥るかもしれない」



 夏樹はふたたび席を外して貞塚と連絡をとった。


『おいクソジジイ! こんな事態になってまで様子見とか寝言ぬかすなボケ! 俺のしょぼい『予感』が珍しく役に立ってどっちのガキも先回りできたが、人手がばらけすぎてんだよ! 寺にいた『おさななじみ』候補は外出中で助かったが、とにかく戸鳴を消すのが一番だろうが!? 『ランク特A』の可能性が残っていた上に契約違反の単独行動をしているなら十分すぎるじゃねえか……それでなくても『一課』には異能力者というだけで消す気しかねえ物騒なやつらもいるんだから……』


「そこをなんとか」


『うおい!? せめて一課の『処理班』連中も説得できる理由を出しやがれって!?』



 そのころ山中の戸鳴は、ひたすら向かいの山寺をめざしていた。

 入り口の石段へ着くころには足を引きずるほどに疲れ果て、数十段を昇りきると動けなくなり、大きく肩で息をする。

 境内を掃除していた老婆が驚いた顔で見ていた。


「あの、すみません、オレ、昔ここで……」


「あっらーあ、やっぱり、虫を追いかけて迷子になった子?」


「え……はい。あの時は泊めていただいて助かりました。また来たいとは思っていたのですが……よく顔がわかりましたね?」


「まあねえ? 小さいころよりは地味な感じになっているけど、孫が今でもあの時の写真を飾っているから……ああでも、こんな時に限って出かけているのだけど……」



 石段の下にある木の陰では、戸鳴を乗せていたタクシーの運転手が身を隠していた。

 足音がして、すばやくふりかえる。


「貞塚ちゃんは、ま~だ待てとか言ってんの? さっさとこっちに任せてくれりゃ、五分で済むのに」


 戸鳴に道を教えた農婦が立っていた。


「寺の裏側にもうちのやつらは置いているけど、やりやすい時にやらないから失敗すんのよお? ……ねえ月背つきせくん。マンガ描いてる奥さんのおなかって、もうかなり大きいんでしょ? 上に信用されたきゃ、私たちより先にカタをつけるくらいやらなきゃ、だめよ~?」


 筋肉質な男は顔を苦らせて口をつぐむ。

 農婦は山菜とりのナイフと藪をはらうなたを装備していて、殺虫剤や消毒液に見えるスプレーも自然にぶらさげ、背負っているかごは人ひとりを押しこめるほどに大きい。


「うそうそ、じょ~だん。うちの課の仕事をとらないでね? こういう商売は見張りや後かたづけも同じくらい大事にしないと続くものじゃないし。頼りにしてるわよ~お?」


 農婦は笑顔を見せるが、月背はますます青ざめた。




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