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9-1 異能力でラブコメしてもいいですか 『モテ期』十八女


 異能力者の全国一斉捜査は地方支部に留められていた患者も一掃され、研究所へ送られてくる新規の患者は数日にひとりになり、どうにか解放を下回るペースになっていた。


「まだ『目立つやつらをさらっただけ』に近い状況だとは思うが、それにしたってもっと派手な大物がいろいろ発掘されてもいいだろうに」


 第三課研究主任の紫条屋冬華しじょうやふゆかも常識的な休憩時間をとるようになっていたが、依然として多忙には変わりなく、茶を飲む間も話題は研究内容ばかりだった。

 紺堂秋実こんどうあきみは依然としてその助手につくことが多く、冬華が脳内を整理するための雑談と愚痴と自慢につきあってそれなりに聞き流し、たまにはツッコミをいれる。


「そんなのがバンバン見つかる確率で住んでいたら、とっくに表の社会問題になってまともな管理組織ができていますって。というか新しい『ランク特A』候補と騒がれていた人はどうなったんです? えーと……『十八女』と書いて『さかり』と読む苗字でしたっけ?」


「うむ。彼の異能力は長いこと漠然と『一定時期に異性から好意的に思われる』としかわからなかったのだが、幹春くんの感触では急成長していて『ランクBも超えそう』と言っていたので、いちおう監禁しておいたのだよ」


「ひどいですね。就職できたばっかりだったのに」


「そして幹春くんが『ランクA』と言いはじめたころから、直接に話した女性職員のほとんどが彼に好感を持ちはじめることがわかった……が、その不自然な好感の発生も、二週間ほどでおさまりはじめ、四週でほぼ収束した」


 資料にある画像では、美形ではない。

 やせて頬骨が出たくどめの顔で、秋実の感覚では『気にしない人もいるかも』くらいの個性だったが、少し顔にうるさい女子ならブサイクと断じそうな気もする。


「女性職員の意識変化は『顔も性格もすごい好み』『なんとなく魅力的』という程度だが、全女性へみさかいなしに、遠くから目が合っただけでも効果が出てしまうとんでもない性能だった……彼は七歳のころ、小学二年の時にも、突然に『誰からも好意を寄せられ、話すほど好意が深まる』状態を体験していたらしい」


「そんなごくまれにしか発動しないなんて、なにか複雑な条件が必要なんですか?」


「いや、ものすごく単純というか、まったく自動的に発動するのだが……収束後に解析できた十八女さかりくんの異能力『モテ期』は『二十年周期で異性に好かれる時期が来る』というもので……」


「え。今は二十七歳で、次は四十七……異能力保持の最高記録は三十台前半ですよね?」


「うむ。出張旅行の前には幹春くんも『ランクD』と言いはじめて、現在は反応が消失してしまったので、解放の手続きに入っている」


「うわあ……人生最後の『モテ期』を塀の中で無駄撃ちですかあ……」


「彼は『また二十年後に波がくるかも』と期待していたので『そんなものに頼るな』とは助言しておいたが、とても真相までは伝えられなかったよ……未然に『ランク特A』異能力の被害を防げた功績のはずだが、どうにも胸が痛むな……おっと、新規職員の面接準備ができたようだ」



 冬華と共に秋実も会議室へ移動したが、待っていたのはノートパソコンとプロジェクターだけだった。


「一斉捜査でひっかかったランクD異能力者の中に、やたら熱心な職員志望者がいたそうだ。経歴に怪しいところはなく、こんな物騒な施設でカンヅメにされたがっている女子高生なら願ったりかなったりだな」


「そんな適性そのものが怪しすぎる気もしますが」


「課長によると、我々の実態を部分的にはなかなか鋭く見抜いているらしいぞ? 彼女の異能力は『解析』系ながらも異能力が対象というわけではないらしいが、そちらも含めて成長する可能性もゼロではない……とか……」


 ノートパソコンの資料を確認していた冬華が、そっと席をずらした。


「しかしまあ、念のためだ。私の指示どおりに、秋実くんが対応してくれたまえ」


「え? はい……では待たせているようですし、つなぎますよ?」


 プロジェクターに小柄な少女の緊張した表情が映される。

 画面の隅の表示では相手の画像と音声のみ入っていて、秋実の前にあるカメラとマイクはオフになっている。


「音声だけ……ですか?」


 秋実の携帯端末へ冬華の指示が表示され、そのとおりに操作して読み上げる。


「はじめまして一法師いっぽうしさん。こちらの音声は届いていますか?」


「はい! 聞こえております! 画像はまだです! あなたは異性と接する機会が多いのに、恋人ができる気配はないかたですね!?」


「え」


「失礼しました。今のはあてずっぽうですから、はずれていましたらもうしわけないのです」


 当たっていることをあやまってほしかった。


「小生の超能力はまだ成長前と思われまして『非モテ』と名づけられた『話した相手の非モテ具合がわかる』程度の分析力しか持ち合わせておりません」


「は、はあ……」


 秋実は冬華がマイクとカメラから逃げた理由を察する。


「しかしこのど田舎の病院からひらめいた直感でも多少なりかすっていたなら、小生の超能力がまだ範囲においても成長を続けていることの証左であり……」


「す、少し失礼して、面談を一時中断させていただきますね?」


 指示に『すぐきれ』と表示されていた。



「どうしたんです?」


「不採用だ」


 冬華が顔も体もこわばらせて厳然とつぶやき、秋実は情けなく思う。


「でも調査研究には役立つ能力かもしれませんし、解析の能力にはちがいありませんから、成長によっては異能力の特定に応用できる可能性もありますよね?」


「うむ。それなら彼女は一生、あの地元のど田舎に閉じこめて監視するべきだな。決定だ。伝えろ。命令だ」


「そんな無茶な。自分の非モテを確定されたくないだけで……」


 しかし冬華はすでにノートパソコンを高速乱打して書類をまとめはじめていた。その手が不意に止まる。


「課長からの呼び出しだ……いや本当に。だからほら、さっさと一法師くんには不採用を伝え……とりあえず『結果は後で』でもいいから」


「はあ…………一法師さん? それでは少しあわただしいのですが、結果は後ほどお伝えさせていただきますので……」


「はい! ありがとうございました! これほどの短時間で小生の適性を看破せし採用担当者様のご慧眼、おそらくは小生より何層も高い次元にある神域の超能力に敬服の限りであり、ささいな意地で遠回りをしてボッチ街道を邁進なさっている気配がなきにしもあらずですが、よろしくご検討のほど、お願いいたします!」



 画像と音声をきったところで、課長の朱奈津夏樹あけなつなつきのほうから会議室へ入ってきた。


「夏樹くん。一法師くんは現住所で隔離監視するしかない。絶対だ。必ずだ」


「職員に採用するかどうかの検討をお願いしたはずですがねえ? なにがどうなればそんな結論に……ともかくもそちらは保留にして……ちょうどいいので、このままこの部屋を使いますがねえ? 上のほうで気にしはじめた案件がありましてねえ?」


 夏樹は持ってきたティーセットを勧めると、ノートパソコンを操作して資料を表示させる。

 ページの最上部に『ランク特A』と書かれていたので秋実はみがまえる……が、すぐに脱力した。


「な~んだ『おさななじみ』の戸鳴となりさんじゃないですか~」


 しかし冬華は無表情に画面を見つめ、紅茶缶にのばしかけていた手をコーヒーへ変更した。


「同じ『ランク特A』候補だった『モテ期』くんを解放するにあたり、いちおうは『ランク特A』だった戸鳴くんの『残っているかもしれない危険性』を再確認したい、というところかな?」


「そういうことですねえ。やはり仮にも元『ランク特A』となると、解放そのものがはじめての試みだったので、監視にもかなりの人員を割いています。そろそろ削減を検討したいのかもしれませんねえ?」


 秋実は紅茶をいれながら呆れる。


「そろそろって、職員総出で『おさななじみ』がいないことを暴いておきながら、いまだにうじゃうじゃ監視をつけていたんですか? なんというドブ捨てな予算と労働……」


「まあまあ秋実くん。お茶うけのネタとしては案外おもしろいかもしれないよ? 幹春みきはるくんがまた地方に出張中なのは残念だが……まず、これまでの『おさななじみ』調査はすべて豪快な空振りのわけだが、それ自体が不自然と言えなくもない」


「たしかに驚異的な影の薄さですね……それほど顔や性格が悪いようにも思えませんし」


「私が最も気になったのは、最初に除外された女の子だ。戸鳴くんが小学校卒業まで住んでいたマンションの同じ階に住んでいて、幼稚園も同じで、小学校でもずっと同じクラスだ」


「そんなゴテゴテ大本命の『おさななじみ』にまで忘れられていたのですか?」


「いや、彼女は亡くなっていた。小学四年で子役デビューして地元では有名だったが、映画の主役に決まって間もなく、そのオーディションに落ちた子役の母親に刺された」


「うわ……でも亡くなってしまったなら、戸鳴くんの異能力とは関係ありませんよね?」


「わからないかね? 彼の異能力は『おさななじみ女子の記憶を望んだように変える』だから……おっと、その前に危険の予防を優先して、まだ『おさななじみ』が存在する可能性を先に考えるなら、一時的な外出先での出会いくらいだろうね」


「たしかに学校や自宅周辺以外になると、戸鳴さんの家族や同級生に聞きまわっても把握できない人物も残ってそうですが……でも……もし『戸鳴さん本人しか知らないおさななじみ』がいたら、最初の検診会場で博士の暴言に反論してそうな気もしますが?」


「うむ。研究所から出るまで隠し通せるほど器用な性格とも思えない。それでも素で忘れていて、不意に思い出す可能性もなくはない……しかしそれはまあ、薄い仮定に仮定を重ねた話だけどね。しかも調査では、遠足や修学旅行などでも彼に女子の気配がなかったことまで、わりと確認が進んでいる」


「鬼ですね」


「さらに念を入れるとしても、戸鳴くんの連絡先と外出先さえ見張っておけばよさそうだ……特に、遠出が自然に見えるような、毎年のように行く親戚の家などがあれば気をつけるくらいかな?」


 夏樹がそっと挙手する。


「そのあたりにも監視はつけていますけどねえ? 少し失礼……ついでになにか、お茶菓子でも持ってきますかねえ?」



 会議室を出た夏樹は、給湯室へ向かいながら携帯端末の通話着信に出た。


『さっさと出ろよクソジジイ。戸鳴の両親の腹痛は、やっぱり怪しい。やつが花火大会の日に合わせて、叔父の家へひとりで行ける状況を作りやがった可能性がある』


「応援は必要ですか?」


『それを考えろって言ってんだろうが。なるべく博士様には気づかれねえように……それと、幹春の居場所はまだわからねえんだな? あのバカボウズが現場をひっかきまわしそうなら……もうあきらめろよ?』



 夏樹が会議室へもどると、冬華はさっそく検討を再開する。


「戸鳴くんはまだ自分の異能力の全容は知らないが、異能力の実在を知ったことは大きい。自身の能力に『おさななじみ』が関わることも知ったと考えるべきだろう。そしてもし対象者を探し出せたなら……『つきまとう怪しい組織から逃れたい』という願いが届き、さらにはその『おさななじみ』が『すごい異能力を使えたらいいのに』と願う可能性もある。そうなると戸鳴くんが想像しうる限りで、その女子の肉体で可能な限りの、とんでもない異能力者が誕生する危険だってある」


「博士、そんなうれしそうに言わないでください。それってかなりの確率で国や世界が大変なことになりますよね?」



 そのころ戸鳴少年は独り、夏休みで人の少ない田舎の電車に揺られながら、ぶつぶつとつぶやいていた。


「おかしいだろみんな……小学校の……低学年まではオレも女子を避けてなかったし、チョコをくれた子だっていたのに……みんなして忘れるなんて……なんでオレの『モテ期』がなかったことになってんだよ? でも、もしかすると、あの子なら……」


 その電車と並走する海岸ぞいの路線バスには『第三課』特別調査員の藤蔵幹春ふじくらみきはるが周囲を警戒しながら乗っていた。




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