8-3 異能力でラブコメなど捕まえてしまえ! 『人見知り』人見
秋実は『外人モテ』こと蛭寿の卑劣な計画を事前に防止できたことで、ひさしぶりに『調査委員会』の存在意義を感じていた。
しかし蛭寿の叔父の説得風景には胸が痛む。
「残念ながら甥っ子さんの症状は重く、対応は急を要します。まだ学会では認められていない症状だけに、なにかあれば犯罪責任をすべて負ってしまいますし、彼としても風評被害がこの旅館にまでおよぶことは避けたい様子でした」
冬華は作り直した契約書の文面を説明しながら、目元を押さえるしぐさを演じる。
「そうですか……たしかにあの子は、頭の調子がおかしい時もあるような気はしていたのですが、やはりショックですね……でもかくまっていただける上、治療費だけでなく、社会復帰の支援までしていただけるなんて……」
人のよさそうな叔父は深く頭を下げる。
正確な症状については『機密保持のため詳しくは言えない』とごまかしていた。
情報を漏洩すれば甥を守れなくて、似た境遇の患者まで危険にさらすと説明していた。
旅館に来訪する前から『すごくえらい人』から『地元のえらい人』へ話が通されて、紹介も受けていた。
秋実は手口をなんとなく知っていたとはいえ、あらためて自分が加担している仕事のひどさも感じる。
休暇はきりあげられ、ふたたび長いドライブがはじまった。
「発生してしまった『非協力的なランクC患者』を研究所へ送るため、すぐに近くの支部会場へ向かわねばならなくなった」
「それはかまいませんが、これってやっぱり……」
「誘拐だな。令状などない」
秋実は『誘拐』という言葉をためらったが、被害経験のある冬華は平然と使った。
「どれだけ本人や家族や国家のためであろうとも、恥ずべき犯罪には変わりない……秋実くんがそのような常識感覚を維持していることは、安心できて喜ばしいよ。君は良き共犯者だ」
言いかたはひっかかるものの、珍しく冬華から好意を向けられ、秋実はつい『GLマニア』こと宿合の視線を確認する。後部の仮眠スペースで寝ていた。
「そういえば、お父さんが帰ってきました」
「なんだねまた突然に」
「以前に博士から『縁むすび』を自分自身へ願うように言われたので……」
「おおっ、実行して効果があったのだね?」
「いえ、おかあさんへ直接に頼みこみました。私はお父さんに帰ってきてほしいから、そう伝えてほしいと……よく考えたら、そんなことまで異能力に頼ったら、博士みたいになっちゃう気がしたので」
「失敬な」
「でも思いきれたのは博士が応援してくれたおかげです」
「むう……その礼をなぜ研究資料で返してくれないのか……どうにも君の『縁むすび』は、いまだに『良縁をつなぐ』としか解析できないが、いっそ……」
「ストーカーや無理心中で調べるのはやめてください」
なお解析の異能力者である『人見知り』ストーカーと『無理心中』先生には人見と曽根崎という本名もあったが、職員でも記憶している者は少ない。
「でも……これだけずっと近くにいても解析が進まないのは、博士自身にまだ足りない知識分野があるのですかね?」
「君にしてはまともな意見だが『縁むすび』に関係して私に足りない知識とは……?」
秋実には心当たりもあったが黙って顔をそむけると、運転席の肘好と目が合ってしまう。
「ふゆちゃんにはコミュニケーション学の実践知識がまるで足りんもんな~?」
「ぐくっ、そんなものは……」
「そういや、ふゆちゃんはご両親と連絡とってるの?」
「む? 私からはかけていないが、今年は誕生日でもない時にも電話が……小さいころのように研究の話題もふってきて……」
「博士もご両親となにかあったのですか?」
「天才すぎたからな。育つほど怖がられた上に、誘拐されたり、怪しい職場に入ったせいでややこしくなっていた。まあ距離と時間をおいたことで、彼らも心の整理がつく時期に入れたということか? さすがに海外では『縁むすび』の効果も関係あるまい」
「でもよーふゆちゃん、『ぽっちゃり』の太丸ちゃん先生が妊娠したのも、ちょうど秋実ちゃんが職員になった月なんよね。それに全国一斉捜査で『想定外な異能力者の発掘ラッシュ』がはじまったのも」
「それも単に、捜査が都市部から地方へ移るタイミングに重なっただけだろう? ……いやしかし、秋実くんが来た当日には『ランク特A』の戸鳴くんまで突発的に発見していたか。とはいえやはり、国内だろうと距離が無茶だと思うが」
「そもそも『ランク特A』で喜んでいたのは博士だけですし、戸鳴さんには『良縁』どころか人生最悪の出会いだったのでは? それに患者さんは増え続けているのに、誰ひとり博士とそれらしい関係は芽生えませんし……」
「わ、私が研究に没頭していて寄せつけないだけだからな!?」
バスの仮眠スペースのさらに後ろには機材などの箱がたくさん積まれ、その一部には檻が隠されている。
縛られた『外人モテ』こと蛭寿が閉じこめられていて、幹春が相手を続けていた。
脅しも慰めもしない。これからの監禁生活についての簡単な説明と、とり急ぎで蛭寿が手元におきたいであろうパソコンや映画ソフトなどを丁寧に聞き取っている。
「わかった。梱包は多めにクッションを入れておくよ。接続のはずしかたとかでも注意したほうがいいこともあるなら……」
支部会場で蛭寿を引き渡し、冬華が選び抜いておいたラーメン屋へ入ると、幹春は『縁むすび』についての考察を加えた。
「異能力者に限っては、ただ数を集めるだけでも『良縁』が格段に発生しやすい状況になりませんか?」
「む。たしかに『極めて特殊で理解もしてもらえない』境遇同士なら親近感を持ちやすいし、人との関わりを避けていた者たちも社交的になりやすいか」
「それに治療や相談とか、あるいは自ら隔離を望んでいた人たちにとっては、調査員に発見されて冬華さんと出会えることが最高の『良縁』だと思うんです」
「う、うむ……」
秋実は黙ってふたりの会話を聞いていたが、幹春が真顔でさらっと冬華を豪快に褒めたので少し驚き、冬華が平静なようでやや落ち着かない様子も盗み見ておく。
「それこそ『ランク特A』の戸鳴くんなんか、僕が偶然に発見していなければ……」
「まあ、たしかに幹春くん以外がひろっていたら……『一課』へ渡っていた可能性が高い案件だったろうね」
秋実は『調査委員会』の中でも『第一課』が最も物騒な部署とはなんとなく知っている。
もし『ランクA』の異能力者なら『戦車や戦闘ヘリなみの危険』だから『国家のために』と考えれば、そんなに手段を選べない気もする。
それでも実際に会った『ランクA』患者の須土は普通の女子高生だった……やや近寄りがたい迫力があったものの、それは素の個性の範囲として。
そして『ランク特A』の戸鳴はまるっきり普通の男子高校生だった。
そういった人たちが特異体質という戦車に閉じこめられた状態で『国家のために』と手段を選ばない対処をされる恐怖を考えてしまう。
出張組の一行は残り少ない地方支部の案件も終わらせてから、巨大なウォータースライダーのある屋内プールで丸一日の休暇をとりなおした。
冬華は真っ先にヘロヘロになって休みがちになる。
「やっぱり博士は研究のしすぎですね。幹春さんたちは……また最長スライダーですかね?」
「よくあれだけもつものだよ……秋実くん、温泉コーナーへ連れて行ってくれたまえ。できればおぶって」
「じじくさいですね~」
そのころ幹春は肘好に誘われて、人の少ない流水プールでいっしょに浮かんでいた。
「宿合さんは……外ですか?」
「おうよ。忘れ物をしたふりで……やっぱ『人見知り』のストーカーちゃんがたびたびアチキらのバスへ忍びこんでいたのは、趣味じゃなくて指示っぽいからね。あの子の怪しい勤務形態と性格なら、もしばれてもごまかせそうやし」
「もうこんな風になにも身につけていない時でなければ、すべて盗聴されていると思ったほうがよさそうですね……」
「ん~。でもこういう時間を作ること自体が怪しまれるし、集音機というブツもあるし、そもそも相手は異能力を管理している連中だからな~? さすがにそろそろ、かばいきれねーかもー?」
「なるべく迷惑はかけないように、いざとなれば僕ひとりで……」
「誤解しないでほしいんよね。アタシと『GLマニア』ちゃんが『調査委員会』を探っているのは、のっとりや壊滅が目的じゃないんよ。なにかを変えたくなったとしても、対立なんてなるべく避けたほうが効率いいに決まっとるし」
「でも、ほかの課で行われていることも知っているんですよね?」
「まあだいたいね。でもね、アチキたちは良くも悪くも親がクソセレブで、うさんくせえギラギラした大人たちに囲まれて育ったから……親族会議なんて、アチキのキャラでもゲッソリするほどなんよ? どこぞの役所を脅しつけて、弱小企業をいくつ泣かせるだの……それにくらべちゃ、あの『異能力ブタ箱』は、ふゆちゃんの『三課』を生かしている限り、アタシらが閉じこめられている意味もあると思っているんよ」
「僕はたしかに……まだそういう裏の世界とか、あまりわかっていませんけど……」
「ミキたんよう、アチキはアンタをアホガキあつかいする気はねーから口出してんだよ。その異能力もすげーけど、それを失くしたって貴重な味方になる期待をできっから、見殺しにできなくて心配してんやん」
「いろいろと教えてもらって、助けてもらったことには感謝しています」
「頼むから……あせりすぎんな。ふゆちゃんと『三課』になにより必要なのは、ミキたんとか秋実ちゃんみたいな子なんやし。アチキはね……どんだけ汚い世界にはまっていても、きれいなものは見ていたいんよ。ミキたんのスーパーヒーローな性格、バカにしたことなんてない」