8-2 異能力でラブコメなど捕まえてしまえ! 『外人モテ』蛭寿
延々と畑や山道が続いていた国道の先に、海が見えてくる。
バスは肘好が運転し、宿合と幹春は携帯端末で報告書をまとめていた。
「巡っている支部会場が古い病院とか療養施設ばかりで、雰囲気としては休暇向きではありませんでしたね~?」
秋実もひたすら座っているだけでは体が痛むため、時おり後部の仮眠スペースでストレッチをしていた。
「しかし残りの患者もあと少しで、予定より大幅に早く終わりそうだ。次は離島で海水浴場もあることだし、のんびりしていこう」
冬華はふたりぶんしかない仮眠スペースの片方をほとんど常に独占して寝そべり、アイスコーヒーを片手に資料あさりをしていた。
「運転できない私はずっと楽をさせてもらってますけど。患者さんの数も少ないですし」
「地方へ残すしかなかった患者の確認だけだからな。そのほとんどは範囲が広い異能力だが、危険性が高いものは少ない。次もランクCの『可能性がある』という程度で……どちらかといえば、私の相性との問題だな」
「博士が対象になりましたっけ? あ……帰国子女だから念のためですか」
秋実はすでに事前調査の資料を読んでいたが、解析を担当した異能力者『人見知り』の報告によれば、能力名『外人モテ』の効果は『外人に好かれる』となっていた。
「私は曽祖父の代までみんな日本人だし、いくらなんでも対象になるとは思えないが『人見知り』くんや『外人モテ』くんの認識によっては、可能性がゼロとも言いきれないからな」
水着なども買いこんで小型バスごとフェリーへ乗りこむと、三十分もしないで目的の島に到着する。
小さな漁船がいくつか見えるほかは、手狭な畑と低い山ばかりで、観光関連の看板が最も目立っている。
「携帯もネットもつながるらしい。夏なら店も何軒か開いている……意外に客も多いな?」
港から砂浜へそった道ぞいに、ひなびた旅館や民宿がちらほらと見え、奥まった小山の近くに『蛭寿ロイヤル旅館』という錆びた看板が出ていた。
「蛭寿くんのご両親は亡くなっていて、大学を中退後、あの旅館で叔父の手伝いをしている。しかし夏以外はごろごろして映画やネットばかりらしい」
資料にあったとおり、迎えに出てきた叔父は人がよさそうで、能力者本人もそれらしい客対応はできる……が、面談でくだけた会話になると、冬華は対応に困った。
「いや自分は、アニメやマンガなんて小学二年で卒業してますし? ドラマも日本製という時点で論外ですよね? そうなるとほぼ映画しかないのに、配給のセンスがどうしようもなくて……ウシャシャッ、自分で発掘するのが、一番になっちゃうんですよね?」
「そ……そうか。まあ、それ以外に生活で困っていることが特にないなら、こちらの心配しすぎだったようだ」
話していて疲れる人柄だったので、早めにきりあげて海へ逃げた。
冬華は水着の上に着た白衣を肘好に奪われ、砂浜でも寝転がって資料あさりばかりしていた。
「観光地としてこの島の海外人気が上がってきたことで『外国人に好かれる』自覚はあったようだ。しかし私が解析した限りでは範囲が広い代わり、効果が強まるまでにかなりの時間がかかるし、離れると弱まっていく。そのため一ヶ月ほど滞在した外国人客とはわりと親しくなれるのに、文通が続かなかったり、次の年には来なかったり、来ても他人行儀にもどっているわけだ」
「効果がきれてあの見た目と性格を思い出せば、なんで好意を持っていたのか不気味になりますよね……」
秋実は海を目の前にしながら、冬華に日焼けどめを塗らされていた。
「プライベートではウザいデブオタニートなせいか友人などもいないが、ネット書きこみなどのバイトもしていたようだし、旅館従業員としては近所の評判も別に悪くない……おっと、こっちも頼む」
「あの異能力は国際親善に有効利用……とまではいかなくても、時間をかけないと効果が弱いなら、悪用はしにくいですかね……ここですか? もしかしてここも……」
秋実は冬華の不健康に白い肌、細い肢体が屋外へさらされると、それはそれでいたいけな魅力を感じ、すみずみまで感触を確かめたくなってきた背後で、海から上がってきた肘好が宿合へ飛び蹴りをかました。
「バイザーをつけるか、バスで待機してろや~!」
秋実はびくりと我に返り、宿合の異能力『GLマニア』の効果を思い出す。
「うわっ、すんません! だって尊くて! いくらドクターとその手下でも、水着のJK同士が! 水着のJK同士が~! マジすんません!」
背を向けてかがむ宿合へ、幹春がサングラスを届けに駆ける。
研究所でつけるバイザーと異なって薄茶色だが、レンズ部分は顔がぼやけるように加工されていた。
「肘好さん、そのへんで勘弁してあげてください。ずっと研究所にこもりきりで、いきなりの海水浴場ですから……宿合さん、僕も長い監禁からようやく出た時にはいろいろと……」
幹春は宿合を遠ざけつつ、いっしょにペコペコ頭を下げて笑う。
秋実も苦笑で済ませたものの、やはり恐ろしい異能力だと思った。
「おかしいとは思ったのだよ。私は他人に肌を触れられるのは苦手なはずだったのに……」
顔を赤らめてちぢこまる冬華が秋実にはまだかわいく見えてしまい、もう効果はきれているはずなのに、くるまっているバスタオルをはぎとって困らせたい気もした。
しかしそれよりも言っておいたほうがよさそうなことがある。
「肘好さんもバイザー」
「んがっ!? ごめん、オマエらくっつきすぎ!」
肩を組んで遠ざかる宿合と幹春が密着しすぎていた。
昼食を少し早めて『蛭寿ロイヤル旅館』へ引き返すことにする。
「だってパンツ一丁の野郎同士が尊くて……ふたりとも、脱ぐとけっこう体ええやん? 今まで服着てバスに乗っていたから油断していた~」
異能力『BLマニア』こと肘好が頭をかかえ、宿合も気まずそうにうなずく。
「オレらにシャバの夏レジャーはやべえっす。早く真人間にもどって妄想しながらギロギロながめまくりてえ~」
「宿合さん、それ真人間のやることではないです……でもまあ、ひさしぶりに遊びらしい遊びをできてよかったです」
幹春に言われてみると、秋実も職員になって以来、ひさしぶりの休暇らしい休暇だった。
「博士。この島は『外人モテ』の蛭寿さんさえ終われば、あとは残りぜんぶ休暇ですか?」
「うむ。対応もだいたいまとまって『研究調査の協力者』としてランクDにできないかと検討している。あの旅館も金銭的な余裕はなさそうだし、研究の協力費と機密漏洩の違約金で縛るいつものアメとムチだな。あとは叔父以外にも巻きこめる監視者がもう少しいれば、調査員の出張も減らせるのだが……幹春くん? どうしたかね?」
「気のせいかと思っていたのですが、彼の危険性が重くなっている気配がします」
冬華は『研究協力』の話を蛭寿にきりだしながら、再度の解析を試した。
「私の解析では変化がない。しかし幹春くんの感触では、さらに重くなっているのだね? では夕食時に……」
叔父からの聞き取りや、本人のブログからも調べておいた好みの酒と肴と話題を準備して、肘好が研究協力の話もしながら小まめに飲ませ、語らせる。
「やっぱエビちゃんくらい仕事できると、契約の報酬も不満な感じ~?」
「いやいや別にそんなことはなくて、今の自分にはおいしい額ですよ? ウシャシャッ! でもそんなに長くここにいるのか、わからなくなってきて……」
「へ~? それだけいろいろ知っているからなあ? 評論家とかやるなら、都会に出たほうがいいとか?」
肘好は蛭寿を小まめにおだてつつ、興味はあいまいにして語りを誘う古典的な宴会芸で攻める。
冬華と秋実はまだ飲めないこともあって「へー」「すごーい」「ふーん」「え~?」をぞんざいに使い分けながら、笑顔だけ保った。
「いえ評論家なんて、自分はちょっとできないというか……だって見る目がないやつらに合わせて書かなきゃウケないわけでしょ? 自分はもっと深い考察をしていたいんで。もっと落ち着いて余裕のある環境で、身のまわりの世話をさせる女の子も住ませて……」
「え~? そこまでうまい話は、そうそうなさそうだけどな……それよりはアチキらとの契約で……」
「いやいや、それだけ興味を持つくらい、この特異体質は価値があるものなんでしょう? いや、もしかして、本当はわかっていてとぼけてんのかな~? あせって契約なんかは避けて、まずはこの旅館で、半年とか一年の格安プランで外国客を呼びこんで、自分で効果を確かめるのが正解じゃないですか~。それでうまくいけそうなら、海外移住の一択でしょ~?」
海外に行けば『外人モテ』の対象者だらけになる。
そしてまだ蛭寿は気がついていない様子だが、国内でも外国人が多く住んでいる地域へ移転されたら、危険性がはね上がる。
秋実は幹春の評価変動に納得した。効果そのものは変わらないが、悪用の意識を持ったことで、異能力者としての危険性が強まってしまった。
「外国人にばかり好かれるって、変だと思っていましたし~? オレの恋愛ポリシーとも関係あるのかな? 悪いけど有色人種の女なんて、一番マシな日本人でも一階級は劣るものだし? ヨーロッパのどこか、美少女が多い街に住めば、じわじわと勝手にハーレム生活じゃないの? あとは飽きた子に稼がせて貢がせれば……」
「うんうん……」
肘好は筋肉だけで作った笑顔でうなずいていた。
一時間後にはまだ意識のあった蛭寿を縛り上げ、五人がかりでバスへ放りこむ。
「我々は異能力の脅威から社会を守る重大な使命がある……今日もいい仕事ができたな」
「ですね」




