8-1 異能力でラブコメなど捕まえてしまえ! 『人外モテ』外路
ハンバーガーショップで携帯端末の資料を読み流していた冬華が指を止め、眉をひそめる。
「いったいこれは……幹春くん? 次の支部会場にいる能力名『人外モテ』の効果『人外に好かれる』とは……?」
「ええ。僕も解釈に自信がなくて、とりあえず範囲が広い上に危険性が『ランクC』を超える気配を感じたので、念のため現地保留にしました。その解析も『人見知り』のストーカーさんが担当していますが、これからもこういうケースでは、彼に頼ることが多くなりそうですね。冬華さんだけは万一のことがあってはいけませんから」
そう言う幹春はごく自然な笑顔で、秋実は『かっこいいはずなのになあ?』と思う。
冬華も照れたようにストロベリーシェイクへ逃げていた。
「うむ……まあ私は三課の要だから、当然だな…………ん? しかし対象が『人外』と判明していれば、妖怪でも存在しないかぎり、あとは動物くらいしか被害を受けないだろう?」
「え、ええ。彼の借りているアパートは、なぜか動物がよく集まるそうです。ほらこれ……」
幹春が見せた資料画像はさびれた田舎のアパート周辺で、ネコ、カラス、ヘビ、タヌキなどが必ず一匹は映りこんでいる。
しかし冬華の目はそれを無視して、だんだんと険しくなっていた。
「『人外』が対象になる能力で、なぜ私が危険になるかと聞いているのだ……幹春くん? 君はまさか……」
「いえ、ですからっ、冬華さんには万が一にも、危険がおよばないようにと……」
肘好が納得したように手を打つ。
「あー。もし『人外』の対象に『人でなし』も含まれていたら、ふゆちゃんアウトだもんな~。ミキたんは悪くないぞう? ぜんっぜん」
会話がはずむ楽しいドライブになった。昼食代は幹春がひとりで払った。
冬華「まだ『人見知り』くんの解析は不安定だし、直感する効果の表現はどうしても能力者自身の国語センスなどに影響される。しかしこの『人外モテ』くんの住居周辺を見る限りでは、対象は動物ばかりのようだな」
秋実「心霊ぽい写真はなさそうですね」
肘好「でもこれだけの動物を狙うでもなく撮れる状況なら、ご近所さんには異能力者本人が人外ぽく見えそうやね? とゆーか対象が人間以外となると、動物学とかの分野もからんじまうやん? ふゆちゃんいけるの?」
冬華「そちらも多少は手を出しているが……例えば蝶が人の尿に寄ってくる習性は昔から知られているが、ごく最近になって、アンモニアの摂取が目的であることが判明している」
宿合「へー? じゃあ、汗にアンモニアが多く含まれる体質だと、蝶にモテモテな異能力もちになるの?」
冬華「うむ……しかしこの画像どおりのバラエティで引き寄せるとなると、共通して効果のある誘引物質など……糖分や脂肪分をかぎつけたにしては、集まりかたや動作が……?」
幹春「たしかに『エサまっしぐら』という感じではなく、自然になんとなく、でも不自然に密集してるというか?」
冬華「そういえばカラスを操る技術があるのだが……」
秋実「どこの魔女を絞めあげたんです!?」
冬華「いや、人の声真似で可能なのだよ。それにネズミや鳥の声真似で、ネコをだまして引き寄せる技術もある。いずれも魔女などが動物を操る伝承の元かもしれないが……ともかくも、そういった肉体の応用で可能な誘引方法を幅広く、かつ無意識に使う異能力が『人外モテ』かもしれない」
肘好「ん~、たしかに『すべての動物の誘引物質を体内で合成する』よりは、まだハードルが低そうかな?」
冬華「とはいえ、あまり思いこまないでおこうか。なんならオバケや『動物的な人間』の可能性も残して……いや、まじめな話だ。私はもちろん霊やオカルトのたぐいはすべてペテンだと思っているが『そのように見える』現象までは否定しない」
肘好「解明された古典的なオバケっちゅーと『ブロッケンの怪人』とか『狐火』が世界各地にあるけど……ほかに妄想や幻覚でなく、外因的な『霊障』のほとんどは、家の傾きとか有毒ガスとか低周波とか?」
冬華「それらを聴覚や嗅覚の鋭さで探知できることから、動物に霊感を認めている言い伝えも世界各地にある。特に犬は……これも最近だが、においでガンを探知する研究が進められている。過去に『病や死を運ぶ人外』を嗅ぎつけたような伝承の元かもしれない」
秋実「それを人間もできたら……いえでも、そもそも生物構造として同じ性能は引き出しようがないかもしれませんが。母さんの学生時代には『霊感あります』か『予知できます』の人がクラスにひとりはいて、その十割が自意識過剰でイタいだけの子だったそうですし」
肘好「んん~。でもアタシのダチにひとり『オカルト全否定なのに霊障にかかりやすい』子を知っているなあ? アチキはそれ、香水職人さんの鼻とか、ソムリエさんの味覚みたいに、なにか普通の人より……例えば可聴域が広いとか、肌の神経が多いとか、そーゆー感覚器官の特異発達と想像していたけどな?」
秋実「なるほど。そういえばブラスバンド部に絶対音感の友だちがいて、外れた音をすぐに当てるからうらやましかったですけど、普通の人より不協和音がつらいとか……なんだか『霊障』みたいだと思いました」
幹春「たしかに、反則みたいな素質でありながら、ほとんどの人には理解できない被害を受ける特異体質……ですね?」
宿合「まあ、測定の機材や技術が発達しまくったここ数十年で、オバケやオカルトは急速に駆除が進んで、ペテン師の多くは心理系へ逃げこんだけどね~」
冬華「それでも身近に未知の世界が膨大にある事実は変わらない……最近、私が読んだマンガでは『時期ごとに自身の性別の感じかたが変わる体質で、男性の気分の日は女性の体臭を心地よく感じ、女性の日は逆になる』というエピソードがあって……」
秋実「それはフィクションで?」
冬華「その作者自身の実体験だ。両方を行き来できる体質だったことで、男性と女性のどちらかでは気がつけない『異性の体臭のほうが心地よく感じやすい』という現象を観測できたわけだ」
秋実「ふえ~。そういう希少な体質の人が創作活動をしているって、それだけで貴重な記録になるんですね?」
肘好「発表しやすい時代やお国柄にも感謝やね。色素がないアルビノとか、左右で瞳の色がちがうオッドアイとか、地域や時代によって扱いはちがうけど『不吉な存在』みたいな言いがかりをつけられることも多かったらしいで? 『オッド』は翻訳からして『奇怪』が一番近そうな言葉やし。でもそのへんの希少体質も、いまや日本では憧れのステータスになっとるけど、どれもこれも昭和末期からアニメやマンガの美形キャラに使われまくったおかげやね~」
宿合「オレの妹もしっぽ生えてるけど、モンスター娘ブームのおかげか切除したくないらしいし」
秋実「しっぽ……?」
宿合「人尾の症例は『たまにあるらしいですねえ』くらいに医者にも軽く言われて……まあ、小指くらいで下着におさまるタイプだし、運動でもそれほど邪魔にならない伸びかたらしいから」
冬華「うむ……だいぶ話がそれたが、先入観にとらわれないほうが可能性も広がるということだ。あまり急進的に目覚めすぎるのもどうかと思うが」
幹春「僕は肘好さんの家系が三代続いて腐女子と聞いた時のほうが驚きました」
到着した『調査委員会』の支部会場は郊外の古くて大きな精神科病院で、奥の一画が調査の面談に使われていた。
面談する冬華の背後には看護服を借りた肘好と秋実が同席し、白衣の幹春も離れて座っている。
大柄な宿合は威圧感があるため、警備室で面談室と病院内の監視役にまわされた。
最初に呼ばれた『人外モテ』こと外路は大学生で、秋実が見る限りでは、資料で読んだ以上に普通の青年に思える。
「では最初にはっきりさせてもらうけど、君は動物などに欲情する性格かね?」
「え!? な、なにを……!?」
外路のうろたえと同時に、肘好も冬華の頭をスパーンとたたいていた。
「バカタレ! いきなり研究員同士のノリでぶちかますな!」
「しまった。ついドライブが長かったせいで……」
「もしわけないっす外路さん。こいつ育ちがアメリカンなもので、いろいろおおらかなんです」
秋実は『肘好さんにだけは言われたくないだろうな』と思いつつ、主要任務である笑顔の提供に努めた。
「動物好きなのに、接触は避けているのかい?」
「本当はなでたいのですけど、この妙な体質のせいで、エサをやっていると誤解されやすいので」
冬華は雑談まじりにいくつか質問をしたあと、肘好に後を任せて幹春を奥の部屋へ呼ぶ。
「少し失礼。外路くんは思ったよりも心配なさそうだ」
奥の部屋には面談室からは見えないように拘束具がずらりと並んでいた。
「残念ながら、外路くんは思ったよりも期待できないようだ。動物が寄る頻度もたいしたことないし、本人や周囲の生活をおびやかすほどでもない」
「人の幸福をそんな残念そうに言わないでください……でもなぜかやっぱり、僕の感触ではランクCからBあたりでもやついた感じですね?」
「私もそこは気になったが、動物一種だけならもっと危険な『好かれかた』をする例をいくつか知っている。彼の異常性といえば種類の多さだが……まあせいぜい、本人が狂犬病や寄生虫などに感染して死にやすいだけではないかな?」
「僕にありがちな『本人の危険』を重視した評価ですか」
「それと評価のあいまいさだが、私もいまひとつ『人見知り』くん以上の情報は感じない。動物学の知識をもっとつめこんでから再確認すれば、より詳細な危険性にも気がつけそうだが……今のところ『ランクC』にはギリギリ届かなそうなわりに、管理はめんどうそうだ。ブタ箱もあまり余裕がないし……」
面談室にもどると、内気そうだった外路もだいぶ気がゆるんでいた。
「たしかにケモ耳シッポ系とかモンスター娘のエロ同人は集めていますけど、さすがにまだ動物そのものはハードルが高すぎです」
「え~? アチキはキャラさえよければ動物でもメカでも萌えっけどな~?」
肘好の社交力が、やや過度に個人情報を引き出していた。
「失礼。外路くんはやはり、治療を急ぐ必要まではなさそうだ」
「え……そうなると、この体質とはまだしばらくつきあうしかないですか……?」
「だがそれが貴重な研究資料であることには変わりない。情報提供と秘密保持で協力してもらえれば、協力費は出させてもらうし、我々でなにか成果を出せた時にはボーナスも支給しよう」
「助かります。学費がけっこう厳しいので。しかも今いる所は過疎で店が減っていて、バイトをしていたコンビニまでつぶれたばかりだったんで」
「転居先ならこちらでも用意できるが?」
「ふゆちゃん、野暮は言いっこなし。美人の大家さんがいろいろ持ってきてくれるらしーよー? クシシッ」
「い、いえ肘好さん、それもありますけど……今いるアパートはまわりに空き家が多くて、住んでいたおじいちゃんとかも次々と亡くなったんで、この体質でも迷惑をかけないで済むんですよ。あと大家さんが動物好きなんで、理解してもらえているというか、むしろ歓迎してくれているんです」
「うむ。そういうことならもう行っちま……行ってかまわない。おつかれさま」
面談室のドアを開けると、廊下の窓に強い雨が降りつけていた。
「おや、いつの間に……外路くん、もし雨具がなければ病院で用意がある」
「ありがとうございます……あれ? で、でも大家さんが迎えに来てくれちゃったみたいなんで……」
廊下の先で、傘を二本持った女性がほほえんでいた。
「失礼します。ありがとうございました」
外路が顔を赤くしていそいそと駆け去り、冬華は笑顔で見送りつつひそかに舌打ちする。
「じゃ、さっさと残りのザコ患者を始末すっかー」
冬華が意欲も薄そうに面談室へ引き返すと、秋実がぽつりとつぶやく。
「ここって、肉親でなくても入れるんですか?」
「ん? そういえば、肉親でも玄関ホールどまりのはずだが……どこで許可を出してしまったのだ?」
幹春が警備室へ連絡をつなげて冬華に渡す。
「……宿合くん、ちょっといいかい? 先ほど通した『人外モテ』くんの大家さんだが……え? 知らない? おいおい、ここの警備はどうなって……?」
冬華たちは診断を一時中止して、警備室で監視画像を確認する。
「いったいどこから入って……ん? …………んん?」
監視画像には外路を見送る冬華たちが映り、外路が廊下をいそいそと駆け、なにかを話しかけている様子も映っている。
しかし『傘を持つ女性』はどこにも見えない上、いるはずの場所は少しゆがんで、もやのように見えた。
冬華は静かにうなずく。
「ふむ……世の中にはまだまだ未知の現象があるものだな。我々は『異能力』を解明するためであれば、どんな困難にも立ち向かわねばならん……が、これは『異能力』とは少し異なる現象のようだ。管轄外だ。私は知らん。関わらないことに賛成の者は?」
全会一致で問題の隠蔽が可決された。




