7-3 異能力でラブコメなど捕まえてしまえ 『無理心中』曽根崎
ひさしぶりに研究所の敷地から出た職員は、最初の食事にハンバーガーを選ぶ者も多い。
「塀の中のほうが本格派なのに、なぜかチェーン店の量産風味は中毒性が高いですよね~」
「こら秋実ちゃん、塀とか檻とかブタ箱は、シャバだと禁句な。って、ふゆちゃんはなんでまだ白衣じゃい!?」
肘好は白衣をひっぺがしにかかるが、冬華は資料を表示させている携帯端末とストロベリーシェイクを放そうとしない。
「早くランクA施設に新しいボスキャラを入れたいのに、しょぼいのしかいないな~」
肘好は奪った白衣を丸めつつ、資料をのぞき見る。
「事前調査なのに名前がついている異能力って、ふゆちゃん以外の解析なんよね?」
「うむ。私より性能が下がる『解析』なら多少は見つかっているが、精度のわりにかかる日数がどうにも……ん? これは解析日数が短い……まさか『無理心中』先生か!? また無茶をさせてしまったのか……?」
秋実には初耳の能力名だったが、激しくろくでもない予感しかしないし、飲食店では大声で言ってほしくない通称だった。
「担当は……なんだ『人見知り』のストーカーくんか。たまたま早く入手できたようだな。彼も場数をふんだおかげか、何日もつきまとったあげくに成果を出せないことはだいぶ減ったようだ」
秋実は『人見知り』と呼ばれる解析の異能力があることは聞いていた。
その発動には対象と会わないように対象の新鮮な情報を集める必要があるため、ストーカーに似た仕事ぶりになるとは聞いていたが、ポテトフライを運んできた店員がとても気まずそうな顔をしていたのでもうしわけなく思う。
そのころ研究所にある『第六棟』のカウンセラールームでは『第三課』課長の朱奈津夏樹が、担当女医の背後に立っていた。
「君にかけていた暗示を解きました」
「えーと……なっちゃんが異能力者ではなくて、催眠術師という推測……言えるようになってもいいの?」
「上層部にも許可はとりました。当時はほかに君を守れる手段もありませんでしたが、今は状況が変わっています」
「紫条屋博士のおかげかな……?」
「君を含めた、三課全体での成果です。一課や二課だけでは行き詰まってしまう『調査委員会』の体制に、冬華くんは新たな可能性を加えて実証し続けていますが……彼女は当時も今も、強い支えを必要としています」
「なっちゃんは? 奥さんがすごい異能力者で……逃亡生活を助けてあげていたんでしょ?」
夏樹は妻となった女性の『予知』に助けられていた。
しかしやがてふたりは捕らわれ、妻は実験材料として殺され、身ごもっていた娘を人質にとられ……夏樹は憎い仇の手先となって、多くの汚れ仕事をこなしてきた。
その状況を変えるかもしれない紫条屋冬華という少女は、誘拐した当時、夏樹自身の子供時代と似た目つきをしていた。
夏樹の父は催眠術の研究をしていたが、催眠術に必要な才能には欠けていた。
才能のあった夏樹は父の研究につきあわされたが、学会よりも先に暴力団から目をつけられた。
催眠術の理論はすでに営業、広告、創作、そしてカルト犯罪と詐欺行為でも応用されている。
催眠術の熟練者でもできないことは多いし、条件や手間がかかることも多い……それでも悪用が脅威には変わりない。
暴力団に協力を強制され続けて家庭は崩壊し、夏樹はその報復で数人を刑務所へ送ったが追われる身となり……表向きは売れない手品師として渡り歩き、副業では暴力団関係者などをねらった詐欺で、細々と食べていた。
逃亡生活の中で見かけた同業者に『たまに当たる占い師』の娘がいた。
客の出身地などを次々と指摘しながら、大きくはずし続けることで笑いをとっていた。
トランプの数字を当てられないで次々とめくり、別の数字を宣言した途端に前の数字が出てきたり、最後までめくってもなかったカードが袖から出てきたり……などの初歩的な手品を使ったネタもある。
ねらった客には何度も何度も出身都道府県を聞いて、最終的には『四十六回はずす』という芸も混ぜていた。
大道芸人が立ち寄る公園や大通りなどは限られ、同業者とあいさつくらいは交わすが、夏樹は顔をおぼえられることを恐れていた。
なぜか『たまに当たる占い師』とは出くわすことが多く、わざわざ場所を変えても不審に思われるため、しかたなくいちおうは公演して、早めにきりあげる。
それでも芸をくりかえし見たせいで、奇妙な予言が混ざっていることに気がついた。
公演中に言ってもウケをとれないような『今月の東北地方に大きな隕石』が当たっていたのでネットで調べたところ、過去にも似たような予言の的中をしていて、それは科学誌や研究者のサイトがネタ元という指摘もあったが、すべては解明されていない。
占い師のほうが不自然に公演をきりあげることも増え、その時にはガラの悪そうな男たちが行方を聞きまわっていた。
そしてついに、夏樹が早めに公演をきりあげ、同業者を避けて入った古いレストランで居合わせてしまう。
たまに見かけていた助手の老人は祖父と紹介されたが、極端に無口だった。
「追っている人たちはこちらが『ひとり』とか『ふたり』と思っていますから、三人連れということで席をとったほうがたどられにくいですよ」
占い師は苦笑しながら提案し、食事中も公演と同じ調子で愛想よくしゃべり続ける。
夏樹を同じ逃亡者と察していたことから、占い師らしい観察眼はある様子だった。
「めったに当たらないんです。たまになにか予感できてもあいまいで、起きたあとになって、これのことかな、とか。そんなものより刑事さんとか職人さんの持っている『勘』のほうがよほどすごいし実用的だと思うのですけど。特に俳優さんのアドリブなんて、あれこそオカルトそのものです。それなのに私の故郷では……」
「お嬢様」
まったくしゃべらなかった老人が、その時だけはかすかにつぶやいた。
しかし占い師が笑顔でうなずいて見せると、ふたたび口をつぐんだ。
「故郷の親戚は自分たちが予言者の血筋と思いこんでいて、援助をもらっている『えらい人たち』から見捨てられないために必死なんです。その意欲で大道芸人でもやったほうが、よほど幸せでみんなの役にも立つと思うのですけど」
夏樹はなぜ自分がそんな話を聞かされているのか理解できなくてとまどう。
占い師も察した様子だが、笑顔でごまかされた。
「えーと……必要な気がしたんです。なんとなく。たまには当たるんで」
そう言ったあと、急に驚いた顔になって立ち上がる。
「すみません、いっしょに早く……!」
まだ半分も食べていない料理を残して出口の会計へ向かう。
夏樹は店の外に、占い師を追っている男たちがいることに気がついた。
「いいのですか?」
店の中でのトラブルを避けたくて、わざわざ自分から出る気なのかと思った。
「え? あちゃあ、あの人まで来ていますね……で、でもお店の人も、お客さんも、早く出てください! ここ、崩れます!」
占い師は財布の小銭を探って会計ぴったりに支払いながら店員へ叫ぶ。
「おいお嬢! ……誰だよそのもうひとりのクソジジイは!?」
店を出てすぐ、男たちが詰めよる前に、突然に強い地震が襲った。
立っているのも難しい、下から突き上げるような揺れが続く。
ガラスやタイルの割れる音がいくつも重なり、地面の揺れがおさまってもまだなにか重い物がガタガタ動く音や、横倒しになる音があちこちから聞こえた。
会計のやりとりを聞いていた客が一斉に逃げ出てきて、店はゆっくりと倒壊する。
占い師は真っ青な顔で夏樹の手を引き、駆け逃げていた。
「いいのですか?」
占い師の祖父は降ってきた看板の下敷きになり、絶命していた。
「あの人も根は冷たくありませんから、弔ってくれると思います……従兄弟なんですよ。でも祖父や従兄弟に私をあんな風に呼ばせる故郷には、もどりたくないんです」
夏樹は占い師と協力して逃亡生活を送るようになったが、直下型地震の予知を多くの者が目撃してしまったため、追手の規模は格段に増えていた。
そして大規模な追跡を予知と催眠術でかわし続けたことで、かえってふたりの驚異的な危険性と有用性を示してしまった。
「ああ、やっぱり私には夏樹さんが必要だったんです」
ついに捕らわれた時、占い師はなぜかそうつぶやいて笑顔を見せた。
その後は予知の異能力が過大に評価され、人体実験をくりかえされ、亡くなったことを一年後に知らされる。
まだ『調査委員会』となる前の組織は、異能力者を人として扱わない……設立後も人権は認めていないが……『第三課』ができる前は『治療』や『社会復帰』どころか、異能力者本人の意志はまったく考慮されなかった。
「おいクソジジイ、なんであいつが死んだことをわざわざ教えてやったかわかるか? てめえとの娘が産まれてんだよ。大事な人質で実験材料だから丁重に育てているが……俺は見たくもねえ。くれてやる。だから手伝え。俺との約束をやぶって許婚を殺しやがった連中に、落とし前をつけさせる」
貞塚と呼ばれていた男は、夏樹たちの追跡を指揮する中で組織の信頼を集めていた。
その後も時間をかけて上層部にくいこんで派閥争いを引き起こし、許婚の死亡に関わった数人をすべて消し去る。
夏樹は娘との生活を守られる条件で手駒になっていた。
組織全体では、異能力者の管理が行き詰まりつつあった。
機器や技術の発達で、隠蔽しがたい異能力者の発見例が増え続けている。
特に『紫条屋博士』の論文と解析力は脅威だったが、その先の展望を示せそうな存在も彼女だけだった。
夏樹は娘にも母親ゆずりの異能力があると知り、組織に家庭を守らせるために、組織を存続させる手段の模索に加担した。
それが卑劣な犯罪でも……まだ十歳の少女を誘拐する実行犯にもなった。
『第三課』はまだ実験段階にあり、朱奈津夏樹と紫条屋冬華に対する信用や期待は常に不安定で危うい。
『第一課』と『第二課』はいつでも『第三課』の危険要素を排除できるように待ちかまえている。
……夏樹はそのような経緯を語ろうとしない。
知った者の身にも危険がおよぶ。
「私には娘という強い支えがあります。しかし娘や冬華くんの支えには、君も必要なのです」
「なんでそこから再婚とかの話にならないかな?」
女医は苦笑してコツコツと机をたたく。
「娘が……」
「はいはい。将を射んとすれば、まず娘からね。じゃ、あの子ともっと仲良くなれるように、また時々は遊びにいってもいいでしょ?」
「しかしですねえ、当面は全国から集まった患者の対応がたてこんでいましてねえ? 午後からはさっそく、待機させている『無理心中』先生の調整を頼みたいのですがねえ?」
「うげ。あの人めんどくさくて疲れる~」
「問題のある人格への対処もあなたの仕事ですよねえ? 冬華くんに万一のことがあった場合に、今のところ最も代役を務められそうな人材ですから、丁重にお願いしますねえ?」
ハンバーガーショップでも『解析』能力者の話題は続いていた。
「むしろ情報不足などで論理的な解析が難しい相手になると、『無理心中』先生のほうが私を上回る速さと精度にもなりうるのだが……対象とかなり本気な心中をしないとひらめかないのだよ」
「すごく期待どおりにろくでもない異能力ですね……まあたしかに、いっしょにあの世へ向かう相手のことは『もっと知りたい』と思うかもしれませんが、それにしたってあんまりです」
「まあそう言うな秋実くん。彼女は惚れやすい上に自殺願望が強くて、自主的に意欲的に自身の異能力を活かしたがっているが、どうにか我々に協力して生還も続けてくれているのだよ。調整を担当する医師は大変らしいが」
「生かさず殺さずというか……活用してしまう博士たちの外道ぶりもより鮮明になったというか」
「それだけ『解析』の異能力は人材不足で……もっといるはずなのだがねえ? なにせ最も古典的でメジャーな異能力は『予知』なのだよ? 人気質問だった天気予報など、現代では『解析』能力そのものではないか」
「それこそカエルの鳴き声とかネコの洗顔で判断する程度の大道芸だったから廃業していったのでは?」
「ネコやカエルの観察が出発点でもかまわんのだよ。『勘』と呼ばれる端的な予知能力は学習で磨ける。将棋や格闘は攻撃の前でも気配を察し合うし、ミケランジェロは『石の中に埋まっている彫像を取り出す』みたいに言ったとされている」
「あー。マンガを描く太丸さんも、真っ白な原稿に線が浮かんで見えるとか言ってましたね。男性が肌をさらす場面では特に」
「それらは学習によって分析の精度と速度を高めた『予測』に過ぎないが、学習が足りない者にとっては飛躍が大きすぎて『予知』と同じに見える芸当だ」
「そういえば博士の異能力も仕組みが解明されていないだけで、元手になる情報は必要な『知性の補助にすぎない』と言ってましたっけ」
「そして異能力を持っていても、それを自覚し、使う意識を強めなければ発達もしにくいと思うのだよ。その点で『予感』は誰でも感じるものだし、それが『予知』だったと感じる機会も多い」
「その手の研究者は競馬場とかにも腐るほどあふれて全滅してそうですが」
「そいつらもだが、予知能力を自称したがるヘッポコ連中のほとんどは、思考ではなく思考しているふりに酔いたいだけだろう? 実際に予知の才能……言い換えれば分析力があったとしても、科学的な合理思考をする気がなければ、まともな予測は立てようがない」
「目的が刺激ではなく金銭なら、冷静に考えるほど賭博そのものが非効率ですよね……」
「それともうひとつ。天気予報などの『予知』は最も古くから、最も強く求められていた異能力であるため、才能のある血統は祭祀などの担当者として優遇されやすく、様々な異能力者の中でも、素質が遺伝で継承されている可能性が最も高い……という説は貞塚くんの受け売りなのだがね?」
冬華は抱えていた資料の中から、民俗学の本を引っぱり出す。
「これは彼が国内外の予知能力者の家系について研究した本だが、もう廃村になった彼の故郷でもそのような言い伝えがあったそうで……興味を持って調べてみたら、どうやら私の曽祖父はその村の出身だったらしい。そう伝えたら貞塚くんが実に嫌そうな顔をしてねえ……」
「なんでそんなうれしそうに言うのですか」




