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7-2 異能力でラブコメなど捕まえてしまえ 『ハンター(笑)』狩馬


 サービスエリアへ引き返して人目のない場所を選び、周囲を警戒しながら引きずりだして拘束を解き、水分補給で蘇生させる。


「トランクに異臭がたちこめる前に間に合ってなによりだ……これは必ず入念に読んでから、両方にサインをしてくれ」


 冬華ふゆかは書類を渡すと、せきばらいをしてしらじらしい声を出す。


「え~、卒業おめでとう。君は我が研究所で不断の努力……などまったくしていないし、さんざん業務を妨害してウザいことこの上なかったが、ともかくも異能力者としての反応はまったくのゼロになり、ようやく追い出せることは私としても至上の喜びである……ま、二十代になると、急に異能力が消失するケースも増えるからな」


 もうバイザーも首輪もつけていない元『ハンター(笑)』こと狩馬かりばは、いくつもの札束が入った紙袋をひったくるまでは怒りをこらえていた。


「冬華ちゃんよお、こんなはした金で済むと思ってんなよ? あんな人権を無視しまくった監獄……オレが今まで集めた異能力の情報といっしょに……」


「その程度の対策もなしに我々が解放すると思っていたのか?」


 冬華の顔がうんざりと沈む。



「まず君は、君も知らないかなりの借金をいくつも抱えている。君が異能力を悪用した三人の女性との裁判で負けたことになっていて……まあ詳しくは、家族や親戚にでも聞きたまえ。彼らも納得しているし、約束の全額は彼らに支払う」


「全額……って!?」


 狩馬が紙袋の中身をあわてて確認すると、すべてが千円札だった。


「借金をすべて返済しても、約束ぶんが余るように少しずつ送金する。だが君の態度次第では、こちらはガンガン減額できる……書類をよく読むように言っただろう?」


「クソッ……知るかそんなの! だったら……」


「書類に書いていないことも読め。あれほどの組織が、秘密の保持に『楽で確実な手段』を使わない理由もわからないなら、想像もできない後悔をするだけだ。私はこちらの対策がひとつだけとも言ってない」


「…………クソッ……クソッ…………クソがっ…………クソッ…………」


 幹春みきはる宿合しゅくごう、それに肘好ひじよしも格闘経験者で、三人が護衛についているとはいえ、冬華は生身で相対し、暗い罵倒にいつまでもつきあった。

 狩馬は立ちつくしてうつむいていたが、ふるえた声でぼそぼそときりだす。


「おい…………オレの異能力が、もどる可能性は、もう絶対にないのか?」


 秋実あきみはその様子で、異能力を失ったことによる狩馬のショックが大きいことを知る。

 自身の異能力を過信していただけに、失われた時間がなおさら重い。

 しかし冬華の表情も返答も、甘さは少しもなかった。


「絶対と言いきれることなどない、未知だからこその『異能力』だが、私個人の経験と勘で言えば、千にひとつもあるかどうかだ。そんなものに期待するよりは、はるかに効率のいいギャンブルがほかにいくらでもあるはずだが?」


「チッ…………天才様は余裕だな? 異能力がなくたって、異能力者みたいな経歴でよ……!」


「君の人格や知性については軽蔑しているが、すべての能力まで否定する気はない。私のことをネットで調べてくれたようだが……私も君のサイトは閲覧した。専門学校の時に次々と載せていたようなイラストは、もう描く気はないのかい?」


「…………あんなもの…………」


「才能がある者は余裕だな? あの絵は私も嫌いだ。人気だけを目当てに流行と表面ばかり追っていて、君の軽薄さがよく出ている……それでも、商品として売れるカラーイラストを一日で仕上げる技術は、ほとんどの人間には手の届かない『異常な能力』だと思うが? 私が君という人間に対して、ただひとつ尊敬できる部分でもある」


 狩馬はうつむいたまま長く沈黙していたが、最後に「もう二度と関わるな」と言い捨てて背を向けた。



 バスにもどると、最初に秋実がつぶやく。


「自分で閉じこめて忘れていた直後で、ずいぶんな態度でしたね~? 鬼ですか?」


「え。ま、待ちたまえ。その件はすぐにあやまったし……」


 肘好と宿合がすかさず大きくうなずく。


「脱水でくたばったかもしれないのに、笑顔で『いや~、ごめんごめん』で済ますとか、ふゆちゃんマジ悪魔かと思ったわ~」


「たしかにひどいね~。アホ野郎は自業自得にしても、それでもひどいよね~」


「ということで、昼飯はどこにします?」


 幹春が妙なまとめかたをして、冬華は四人の表情から、心配されていたことに気がつく。

 唐突に、過去の光景を思い出していた。



 冬華は小学二年で両親とアメリカへ渡る。

 友人関係がうまくいかず、論文を書きはじめたころから、両親との仲までぎこちなくなっていた。

 たった一年で発表した成果の数々は、学者だった両親が長年をかけてきた研究を台無しにするほど優れていた。

 十歳の時に誘拐されて、無事に解放された時、最も深い絶望を味わう。

 両親のとまどいおびえた顔で、娘が誘拐されて安心も感じていたことを察した。


 しかし冬華の知識と解析力では、両親を軽蔑して憎むこともできなかった。

 親としては善良で、学者としてひたむきな姿勢も尊敬していた。

 自分の異常性だけが家庭崩壊の原因という結論を導いてしまった。

 それでも自分の異常な能力を悪いと思う気もない。

 ただ、趣味のライトノベルを弁護するつもりではじめた『異能力』の研究は、自分の人生を肯定するために必要な命綱に変わっていた。

『異能力』の存在意義を示すため、利用価値と制御手段を示すため、病的に研究へのめりこむようになった。

 幸か不幸か、誘拐によってその環境は整えられていた。



 紫条屋冬華しじょうやふゆかは誘拐された当初、狭い部屋に独りで監禁され、おびえて混乱し、幼児がえりを起こして親に助けを求め、泣き続けていた。

 それから数時間。

 二度目の食事のあとで、世話役の監視人を呼び止める。


「私に助けを求めているなら、協力のために確認したいことがあります」


 まだ泣き腫らした跡のある顔で、声はふるえていながら、十歳とは思えない目つきをしていた。

 監視人は無言だったが、去ろうともしない。

 ただ少しだけ、部屋にとりつけられている監視カメラへなにかの合図を送った。


「身代金や性犯罪が目的でないことはわかりました。それなら私も分の悪い脱走は考えませんので、拘束を解いてください。そちらへ安全を提供するために、現時点で私があなたたちについて推測していることをすべてお話ししたいと思いますが……もっとよいマイクと録画装置が必要でしたら、準備をするまで待ちます」


 冬華は聞かれた通りに、自分が言ったことの根拠から述べた。


「要求できそうな金額に対して知名度の危険が大きく、人質としてのアピールも求められていません。嗜虐性が見られませんし、体調を気にかけていながら、人身売買で使われる肉体価値の測定もされていません。脅されることもなく監禁時間が長いため、両親などへの嫌がらせや人違いでもなく……そうなると求められているのは、私自身の能力と思われます」


 そこまでの推理は納得できても『助けを求めている』という表現は不可解だった。


「あなたたちは広く社会を操っていながら、隠れておびえ、苦しんでいます。そしてあなたたちにとって脅威となる存在と同じことをして、同じ脅威を育てる結果につながっています。あなたたちもそれを自覚しているから私を誘拐し、しかもすぐには扱いを決められないで、様子を探ろうとしています。つまり、可能性を求めています」


 誘拐した組織は冬華の異常な分析力は知っていたが、強すぎる精神力は予想外だった。

 監視人が没収した冬華の持ち物はほとんどが研究に関わる資料と論文のメモばかりで、一冊だけ関係のなさそうな日本のライトノベルが混じっているだけだった。

 組織内でも意見は割れて、予想外の能力を危険視して、食事や睡眠の制限で心身を消耗させて、薬物で従わせることを主張する者いた。

 それでは肝心な能力を失いかねないとして反対する者もいたが、結果としては無駄に時間が過ぎ……冬華の人格は次の段階へ入る。


「科学は急速に進歩し続けている。私のような天才ではなく一般人でも、異能力がもたらす不自然に気がつく可能性は日ごとに高まっているし、その隠蔽にかかる予算は爆発的に増え続ける……それなら私をもっと丁重にもてなせ。私が君たちを救ってやる。天才とは、そんな誰もが手詰まりと思いこんでいる状況にも打開策をもたらす者を指すのだよ」


 世話役の監視人は拘束を解いた。


「私は君の提案を聞きたい。上層部にもそのように薦めているが、結論にはまだ時間がかかりそうだ。それでもとりあえず、拘束の意味がないことは納得してもらえた」


「そ、そうか……ふん、君はともかく、上はマヌケか石頭か……まあいい、待ってやろうではないか。だが君たちのためにも、研究は続けさせてもらおうか。私のパソコンと資料を……持ってきたのか。気がきくではないか。それとできれば日本製の缶コーヒーも調達してくれ。飲んでみればわかるが、あるとないとでは能率が大きく変わる」


 冬華は資料を何度かあさって確認し、わずかにとまどった顔を見せていた。


「ほかに必要なものは?」


「え? ……では日に一度は、熱々のハンバーガーにフライドポテトといったジャンクフードと高級スイーツだ。ここの食事は健康的でけっこうだが、それだけでは気分が盛り上がらん」


「探しておく……それと、コートに入っていたこれも必要だったなら返しておく」


「あ……ああ、参考にしていた程度だが、いちおう……」


 文庫本を受けとった小さな手が震えだす。

 表紙を見つめる冬華の目に涙が浮かび、監視人は気がつかないふりで背をむけ、押し殺した泣き声をさえぎるように扉を閉めた。



 カメラごしに見張っていた男が、世話役の監視人につめよる。


「おいクソジジイ、あの本はなんだよ? 日本のマンガみてえな表紙だが……」


「若年層向けの娯楽小説ですね」


「あのバケモノ様を泣かせるほど大層なものか?」


「さあ? 内容は……天才すぎて誰からも嫌われて殺された少女が、異世界に転生して万能の異能力者になって、悪人を倒して世界を平和に導くふりして……モテモテになる話でした」


「救いがあるのかないのかよくわかんねえな……でもあのガキにとっては、なにか重なるとこでもあるのか?」


「そのはずですが、ヒロインがですねえ……天才を自称してわがまま放題にふるまう困った性格をしていましてねえ……娘には読ませたくないですねえ?」



 やがて組織は冬華の提案どおりに『調査委員会』を設立し、それまでの組織の大部分は『第一課』と『第二課』に分け、新たに『第三課』を設ける決定も下した。

 冬華は第三課研究主任のポストと引き換えに『誘拐犯は仲間割れをしたあげく、残った側は自信のなさと罪悪感から解放して逃げた』と証言する条件で解放された。


 解放されたあとで両親と食べたハンバーガーのまずさを忘れられない。

 のっぺりと無表情な誘拐犯の監視人と食べたほうがおいしかったことを思い出し、悔しさで泣きながら食べきった。

 異能力と戦い抜き、異能力者を救いきる覚悟を決めるしかなかった。

 そうできる環境を用意してくれたのは、冷酷非情な誘拐犯たちだった。



「博士? お昼ごはんは……?」


「え? ああ……ハンバーガーの気分だな」


 今はいつの間にか、冬華をごく自然に心配する顔ぶれに囲まれていた。

 安心できて、いっしょに好物を食べたくなる存在……自分の異能力を公表できる社会を実現するまでは、得られないものと思っていた。




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