7-1 異能力でラブコメなど捕まえてしまえ 『リア充爆発』波瀬城
「左遷をくらった……?」
「ただの出張じゃないですか。公私混同を食堂で宣言したくらいは今さらですし。課長さんの言葉どおり、博士も少しは休養を入れたほうがいいですよ」
異能力者の全国一斉捜査も夏に入ると一段落し、各地へ散っていた職員も大半がもどってきて、研究所は収容施設の内外とも人が増えていた。
代わりに先月までは多忙だった研究助手の紺堂秋実はいくらか余裕ができた表情で、研究主任の紫条屋冬華は呆けた表情で、第六棟の外に停められた小型バスへ向かう。
助手席にはすでに肘好が座っていて、笑顔でソーダキャンディをふってきた。
「おはようございます。なんかそれ、むやみにおいしそうですね」
「よければひと口いっとく?」
「では失礼して……」
秋実がかじりとったところで、運転席の大男『GLマニア』こと宿合と目が合う。
「あ、オレもう秋実ちゃんでは妄想できないからだいじょうぶ。すっかりBLちゃんやドクター紫条屋と同じ分類っす」
「それなら安心ですけど、激しくいたたまれないですね……『角ごっつん』の知子口さんとうまくいってるからって調子こきやがって……」
「いやほら、そういうところ、どんどん悪影響を受けてますって!? JK成分がしけってますって!?」
大量の荷物を抱えた藤蔵幹春も続く。
「冬華さん、これのどこが『少し』ですか……あれ? 運転と助手席、いいんですか?」
肘好がコクコクうなずいて、後ろの席を指す。
「ミキたん出張ばかりで大変だったやん。がっつりくつろいでえーよー」
「どうも……って、けっこう機材が多いですね?」
小型バスの後ろ半分はごちゃごちゃと箱類が放りこまれていた。
「横になれるスペースがあるとだいぶ楽なんで、整理しときますね……あ、もう出発してだいじょうぶです」
「ミキたん働くねえ。あちこち飛び慣れとるねえ。だからアタシらひきこもり組の引率につけられたんだろうけど」
肘好は頬に手をそえ、幹春が荷物をせっせと積みなおすかいがいしい姿を見守る。
宿合もそろそろと発進させながらうなずく。
「一斉捜査は結局、ミキくんの広くて速い探知を引っぱりまわすしか乗り越えようがなかったし。いないとなんかしらトラブルが起きやすくて、下手するとつぶれる調査員が出て悪循環になるから、ミキくん効果、マジでパネえっす。たまにもどっても資格の勉強会や道場の稽古に出ているし」
秋実は黙って聞いていたが、自分が職員となった当時は、幹春が冬華に虐げられる姿ばかり見ていた気がする。
その後もそんなに変わらない印象だったので、研究所全体から頼られていることは意外だった。
「調査が意外と肉体労働だったんで、機材関連の資格のほか、宿合さんに鍛えられた格闘がかなり役に立ちました。僕もいちおうは空手と剣道で初段をとってましたけど、あまり実戦向きの流派じゃなかったらしくて」
「ミキたん、ヒーロー志望やもんね~」
「ちょっ……肘好さん!?」
「ええやん、かっこよくて。子役もやってたんやろ? 異能力が消えたら俳優にもどったりせんの?」
「いえ、研究所がとてもそんな状況ではありませんし……あと、その子役をやっていたせいで、特撮の裏側も見てしまって。思った以上に子供の夢を大事にしている人たちもいたんですけどね。少なくとも自分が、あの世界に入りたいとは思えなくなりました」
「それでリアルヒーローをめざすとか、パネえっす~」
「ちょっ……肘好さん!? 僕はそんなもの、めざしてませんよ!?」
そう言いながら顔を真っ赤にしてあせっている姿が、秋実にはやけにヒーローらしく見えた。
検問所を通り、研究所全体を囲む高い塀を抜けると、樹海の蝉しぐれが急に強まる。
幹春が座席を倒して簡易ベッドにできるスペースをふたつ空け終えると、冬華が当然のように寝転がり、ほかの四人から白い目で見られた。
「これはクッションもないと疲れそうだな……幹春くん、なんとかしたまえ」
「いや冬華さん、いったい何様ですか? まあ、研究主任様なんですけど……こっちのカバン、衣類だけなんでどうぞ」
「幹春くん。私と『調査委員会』上層部の間では、国家の命運を左右する高度で複雑な駆け引きがあってだね……」
「どうせまたアイスクリームとかハンバーガーが思考に必要とか言いだすんですよね? せめて街まで出てからごねてください……コーヒーならこれ、用意しておきました」
そんなやりとりを肘好も秋実も呆れ顔で見ていた。
「ミキたんまるでオカンやな……そいつ、たまには蹴っといたほうがえーぞー?」
「私も幹春さんにはいろいろ助けていただいているのに、どうにもかっこよく見えない理由がなんとなくわかりました。やはりランクA『どエス』さんの後遺症が深く……」
「待って秋実さん。僕は別に普段から須土様……さんの支配下にあるわけじゃないし、最近は足元に這いつくばりたいと思うことも減っているから」
「こらミキたん、女子高生にとんでもないセクハラ話をぶちかますな。それにSM夫婦の話を出すと、ふゆちゃんが……」
冬華は携帯端末をいじっていた指が止まり、顔はどんよりと険悪になっていた。
「そんなやつら知らねー。十八になったとたん結婚とか意味わからねー。手をつなぐだけでランクDまで下がりやがるし。単品ですらランクCに堕ちそーだし」
「やつらも『ツンデレ』『ヤンデレ』みたいに、ふたりきりだと須土ちゃんがいじられ系になって、松保くんが攻めっぽくなってかみ合うらしーねー?」
元『ランクA』異能力『どエム』こと松保の危険性評価は大きく下がっているはずだったが、入籍の知らせは研究所内にいる男性を中心に嗜虐心を激烈に増幅し、今も幹春と宿合に「松保め……」「松保のヤロウ……」と小声でつぶやかせていた。
「おいこら、GLちゃんにはもう彼女がおるやろが」
「それ言われたらミキくんだってラブレターをもらい続けて……ミキくん? そんなに遠くないんだし、一度くらいは『リア充』に寄り道してもよくない? ……いや正確には『リア充爆発』さんで」
「波瀬城さんという名前がありますよ。でも彼女は一ヶ月もしないで出所できたわけですし、それならもう『調査委員会』なんかとは、なるべく関わらないほうがいいに決まっています」
「ミキたん、男やね~。それで返事もしないで放置かい。でもかなりかわいい子だったし、もったいないとか思わねえの~?」
肘好も残念がるが、冬華は鼻で笑う。
「そもそもあの騒動は、幹春くんが『リア充爆発』の発動条件『恋愛による幸福感』を激化させていたのだがな?」
「だって、あの時はまだ解析前の護送中で、早めに小さな爆発があったから可燃性ガスの発生には気がつけましたけど、あとはもう『ランクA』相当の重い感触しかわからなくて……冬華さんが着くまでは、換気や静電気防止だけで頭がいっぱいだったんですよ」
「そしてそんな、爆発の巻きぞえとなる危険もかえりみない救助の勇姿で『リア充爆発』くんの発生させるガスも増やしまくっていたという……いや別に、幹春くんの判断は責めていないよ? というか『幹春くんの基準』で探知されていなければ、波瀬城くんの異能力は軽視されて、悲惨な自爆事故を止められなかった可能性もあるくらいだ……だが私が命の恩人であることだけは忘れないでおきたまえ」
「結論がそれですか……」
幹春と秋実の声がそろった。
サービスエリアで休憩をとり、出発して間もなく。
冬華が突然にがばと起き上がる。
「宿合くん、すぐに引き返してくれ!」
「え? 今から『リア充爆発』さんのところ?」
「いやちがう。そんなのは幹春くんがひとりで玉砕しに行けばいい。というか、可能な限り早く停めてくれ。縛りあげてトランクへ放りこんでいたのに、うっかり忘れていたのだよ」
秋実はトランクがある床下を嫌そうな目で見る。
「え……なにを? というか誰を……? え? どこかに埋めるんですか?」
「人聞きの悪いことを言うな。急に出所が決まったのだが、同じ車内に長時間いるなど考えたくもなかったせいで、本当に記憶から消えていた……もし間に合わなければ、本当に埋めるしか……?」
「遺体の身元がだいたい推定できた気がします」
生きていた。