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6-3 異能力をラブコメに使うな 『角ごっつん』知子口


「あのふたりが話すと、なぜか黒宮くんがヤンデレぽい口調、天野くんがツンデレぽい口調になって、妙にかみ合うらしいです。きわどい方向で」


 宿合しゅくごうが小声で情報漏洩すると、女子三名が身を乗り出して「うーわー」と小声をそろえる。

 特に冬華ふゆかは頭を抱えて呆然とした。


「文通は私が勧めてしまったのだが……SMカップルの件もあって許可が出やすくなっていたし、精神安定によかれと思って……でも……あれ……? 思っていたのとちがう……症状改善で私が両方に感謝されるはずが、やつら同士で……?」


「わ、私は関係ありませんよ? いえ仮に『縁むすび』のせいなら、範囲とかもわかっていないのに現場投入した上司の責任で……」


 秋実あきみに続いて肘好ひじよしも首をふる。


「アチキも生で会っていないのはもちろん、妄想もしたことない……はず。いや今ちょっとだけしたけど……というか実は、桃ちゃんとつきあいはじめてから、妄想力そのものが控えめになっちまってるから……」


「あー、それはオレもあるかも」


「んん? 百合マニアちゃんは彼女ほしいとか言いっぱなしやろ?」


「ここ数日のことなんで、まだ申請は出してないですけど、能力名『角ごっつん』の知子口ちこくちさんていう女子が……陸上部で、走りたい発作に任せるとすごい確率で人と衝突して、しかも好意を持たれる体質なんですけど」


「すごい迷惑な発動スタイルですね」


 秋実が思わずツッコミを入れ、冬華もうなずいて補足する。


「しかも実際は、近い範囲から『最も好意を持たれそうな相手』を選んでいるだけらしくて、知子口くん自身の好みは無視して老人やガラの悪い連中まで対象になるから、いろいろと危ない」


「で、その効果の測定実験にオレも参加していたんですけど、オレの『好意』が一番大きいことがバレバレになってしまって、でも悪い気がしないとか言われて……」


 冬華と秋実の舌打ちがそろう。


「おい秋実くん、もうひとつデザートにつきあいたまえ」


「うっす……でも博士は早く研究室へもどらなくていいんですか?」


「うむ。そのためにも脳に必要なエネルギー補給を最速で済ませなくてはな……つまり糖分の摂取だ」



 ふたりが食堂の券売機へ向かってしまうと、宿合は少し声を低めて「貞塚さだつかのおっちゃんは?」と聞く。

 肘好は宿合の靴をそっと踏みつけ、携帯端末の画面で『ヘッドホンに盗聴器』と文字入力して見せ、すぐに消す。


「先に研究室へもどったよー。あのおっちゃん、なんかうさんくさいけど、まあここはそういう連中も多そうだし、ふゆちゃんも頼っているらしいから?」


 疑念や警戒心を隠す不自然は避けて『たいして気にしていない』という一点だけで嘘をつく。



 そのころ第三課の事務室では、冬華より先に帰った中年職員の貞塚が、課長の朱奈津夏樹あけなつなつきとふたりきりだった。


正輝まさてるくんは三課に欲しい人材でしたが……ラブコメ異能力に限らない探知能力者だったとなると、しかたないですねえ?」


「話してみたが、あの年でなかなか勘どころもよさそうだ……なに、俺と同じように表向きは三課にしときゃ、博士様にもごねられねーだろ?」


 貞塚は夏樹に近い長身だが、やや猫背でひょろりとやせていて、食堂にいた時よりも口調や態度が荒くなっている。


「鉄田のねーちゃんを抑えておけば裏切る心配もねーから、場合によっては実験資料もいじらせろよ?」


「そのあたりは君の課にお任せしますがねえ? しかし『オジサマ』の灰間はいまくんもですか?」


「そいつは表向き警備課で……警備で女が足りないのは本当だしな。青くせえが、そのぶん素直でまじめなら使いやすい。男の趣味は最悪だけどよ……異能力を嫌っているところは気に入ってんだよ」


「君だって異能力者ですよねえ?」


 夏樹が無表情につぶやくと、貞塚はニヤついてにらみつける。


「うっせーなジジイ。俺の許婚を奪ったなら知っているだろうが……俺のしょっぺえ『予知』なんか、アイツに比べりゃ刑事の勘ほども役に立たねえや……だからてめえみてえな大道芸人ごときに逃げられ続けたんだろうが」


 言ったあとで嫌そうに顔をしかめ、大きな舌打ちを聞かせる。


「おっと……それと、あのガキはなんのつもりだよ? わけわからねえが、もし異能力者どもをぽんぽんくっつける元凶になるとしたら……いや、その可能性だけでもあるなら、さっさと一課へ処理を任せる案件じゃねえのか?」


「今のところ『縁むすび』は『良縁をつなぐ』という漠然とした解析しか出ていませんが、対象は異能力者に限りませんし、効果も『良縁』の発生なら、研究所全体では利益に……」


「なってもどうでも、関係あるかよ。異能力というだけでも薄気味悪いってのに『人間関係の操作』なんて、科学的には解析できそうもない異常さだけわかりゃ、消される理由には十分だろうが。忘れてんのか? 最悪でもこの研究所ごと『ゼロにできる』安心感で、ここの連中は見逃されてんだろうが……ったく、まさかてめえまで、あの博士様のノーガキを信じているわけじゃねえだろうな?」


「きれいごとで娘を守れるとは思っていない。そして知ってのとおり、私は妻子を守るためならなんでもするし、なんでもしてきた……でも冬華くんは、そんな私にも君にも、必要なものを提供し続けている。利用価値の高い人材ですよねえ?」


「けっ、だからって甘く見てヘタこくんじゃねえぞ? あの博士様はバカ丸出しのようで、異能力なしでも十分にバケモノだ。せいぜいよく見張っておくこった」


「その冬華くんが帰ってこないのですが、監視役は君でしたよねえ?」


「あ。クソ、あのガキ……」



 そのころ食堂のカウンターでは冬華がミニチョコパイ、秋実はミニクリームパイを受け取っていた。

 一皿に三個ずつのっていて、シュウシュウとまだ揚げたての音を立てている。


「ふゆちゃん秋実ちゃん、『ツンデレ』『ヤンデレ』カップルのネタはあれだけらしいし、先に帰るわ~。おちかれ~」


 肘好と宿合は先に連れ立って食堂から出ていく。


「あれ? おつかれさまです…………う~ん、少し手伝ってもらうつもりが……やばいかも。仕事が忙しかったせいか、余裕でおなかに入りそう」


「私は貞塚くんが迎えにくる前に、一個ずつは味見しておきたい……が、あせると舌をやけどしそうだな……すると必然的に更衣室へ隠れるしか……」


「なにが必然ですか。貞塚さんもさすがに怒るのでは?」


 秋実は言葉だけでいさめつつ、着席するなりパイを一個ずつの交換に出す。

 

「いや彼はがんばって敬語を使っているようだが、たまに出る素はひねてておもしろいぞ? まあ研究に役立つならなんでもよかれだが……たしか課長の奥さんの従兄弟とか、聞いたことがあったかどうか……あ、今のは言ったらまずい機密だったかも」


「そういう聞くほど危険になる情報漏洩の連発はやめてくださいってば。私はきなくさいあれこれとは全力で距離をとりつつ、給料の高さだけにありついていたいんです」


「君もだんだん節操がなくなってきたな……誰の影響だ……しかしそれなら、君自身が金ヅルと結びつくように願ってみたまえ。ついでにきなくさいことから守ってくれる王子様もだ」


「いえ知ってのとおり、自分自身は対象外の異能力らしいので、家族バラバラの上に売れ残りなのですが?」


「さきほど君が言っていた『本来の願望からずれた効果が多い』現象の考察とも関係あるのだが……ああ貞塚くん、ちょうどよかった。君も聞きたまえ。あとこれ、ひとつどうだね?」


 カツカツと早足でせまる長身の中年男へミニチョコパイがさしだされる。


「聞きたまえ、じゃないでしょうよ博士様。ほら早く帰りましょうね? こんな菓子なんか食ってないで……うお、うめえ!?」


「よかったらこちらもおひとつどうぞ」


 秋実もさすがに男性がいると、鍋焼きうどんとクリームあんみつの後に焼きたてパイまで食べている姿を恥じらい、一個くらいは自制して見せる。


「ああ、悪いね……じゃあそちらも、そいつを食べる間だけで済ませてくださいね? ……茶かコーヒーがほしくなるなこれ……」


 無糖ブラックの缶コーヒーがなぜか冬華の白衣ポケットから出てきた。


「好みはホットか常温のブラックだろう? では遠慮はいらない……さて『願望からずれた効果』についてだが、目的が明確な場合にも、そのための手段はまちがって意識している者も多いのではないか? 会話で恋愛感情を植えつけるような、直球の効果は意外に少ない」


「そういえば『恋愛感情』というよりは単なる『発情』や『接触』だったり、相手の嗜好をねじまげるような効果が多いかも?」


 秋実はうなずき、貞塚は傍観する。


「うむ。性的な進展があれば満たされるという思いこみは、未経験者にありがちだな。相手が自分の嗜好に合わせれば、すべてうまくいくという発想も同じだ。物理発熱の『ナデポ』くんや衝撃破壊の『壁ドン』くんなどは極端すぎる例だが、モテたいだけで暴力や権力に固執する錯誤はあらゆる階層・職業でもありがちで、そんなに笑えた話でもない」


 貞塚は冬華の講釈を黙って聞きながら、苦そうに缶コーヒーをすする。

 秋実は『でも博士にだけは言われたくないだろなー』と思ったが清聴しておく。


「手段の錯誤ともうひとつ、これも根本的な意識の問題だが『願っていない』ことも大きく影響しているのではないか? 幼児、老人、同性、肉親といった、恋愛対象にならない相手が能力対象からもはずれやすい現象であれば、フェロモンの影響も大きそうなのだが、それだけでは考えにくい範囲や威力などでの不可解な制限も多いのだよ」


「不可解すぎますよ」

 

「いわゆる『火事場の馬鹿力』や、酒や薬で『タガがはずれる』みたいに、意識の上では望んでいても、無意識の常識感覚で制限してしまう現象が、異能力にも働いている可能性が高そうだ」


「それにしても『斜め下』すぎませんか?」


「うむ。『錯誤』と『制限』に加えてさらに、無意識に選んだ手段と、肉体的な素質までかみあっていないことによる事故も考えられる」


「それをまとめて例えると……有名になればモテると思いこんで、でもアイドルになるには顔も歌も自信なくて、お笑い系をめざしたけどセンスも向上心も足りなくて、ただうっとうしいだけのフリーターになり下がった感じですか?」


「わかりやすいが、もう少し胸が痛まない例えにしてくれたまえ……ともかくも、ある種の異能力を使える心身の性能を持っていても、その応用や転用の多くは、無意識によって封じられてしまうらしい。本来なら当然にできるはずのことでも……風呂桶でもおでんを作れるように、スプーンひとつで何種類も拷問手段があるように……」


「うおい、博士様の例えも食堂では遠慮しろや!?」


 貞塚がついテーブルをたたき、冬華も素直に頭を下げておく。


「失敬した。まあ結論としては、我々が研究する『異能力』に神や魔術は関係なく、自身の精神と肉体に根ざした産物なのだから、常に変化を続けるのも当然で、それが早期治療の希望であり、成長にもつながる可能性だと言いたいのだよ」


 冬華は笑顔を見せるが、秋実の表情は曇る。


「変化ですか……私の『縁むすび』は、私の意識によっては、自分や肉親にも効果が出るようになるかもしれない……ということですか?」


「今の研究所のカップル頻発が君のしわざだとしたら、フェロモン関連とは考えにくい作用の広がりかただし、範囲も変則的だ。それなら秋実くん自身や、そのご両親を対象にできる可能性もありそうだが?」


 楽しそうな冬華に対し、秋実はさらに悩む顔を見せ、そんな様子を貞塚は冷やかに観察する。


「でもそれができちゃうと……犯罪とかではなくても、やっぱり反則……ずるいことのような……気がしませんか貞塚さん?」


「え? いや、俺にいきなりふられたって……」


 傍観者から当事者へ引きずりこまれた中年男が狼狽する。


「博士に聞いても怪しいあたりなんで」


「おいこら」


 冬華は助手のもっともな疑念をにらんでおく。


「それもそうか」


「おいこら」


 冬華は中年男の自然なうなずきもにらんでおく。


「……いやしかし、それくらいはセーフと思いたいですけどね? 博士様もいつか言ってたように、恋愛とか生きかたに、生まれ持っての見た目とか才能を使わないやつはいないわけでしょ? まあその『才能』が得体の知れない『異能力』になっちまうと、研究所の外に知られたらひでえ袋だたきになっちまうわけですがね……」


 言ったあとで複雑に顔をしかめ、すでに中身のないコーヒー缶にかじりつく。

 冬華はひそかに口端だけで笑っていた。


「貞塚くんと同じく、私も秋実くんはかたく考えすぎだと思うよ? 異能力を持っているだけで、さんざん不便な思いもしてきた我々だ……人様に迷惑をかける悪用ではないなら、それを個性のひとつとして、少しのきっかけを得るくらいは見逃してもよくないかね?」


「博士……」


「そう、私の公私混同は、当然の権利だった!」


「最低の開きなおりだ!?」


 秋実と貞塚のツッコミがそろった。


「それこそ少し常識はずれにご都合主義な展開で、ようやく釣り合うくらいだよ……せっかくの異能力なら使いきって、ラブコメなど手にして当然の権利として、捕まえてしまえばよかったのだ……略して『異能力でラブコメなど捕まえてしまえ』だ!」


 タイトルに強引な別解釈を加えるな。




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