6-2 異能力をラブコメに使うな 『BLマニア』肘好
「親の離婚原因が借金なんですよ。仲は悪くなかったのに、お父さんがした保証人のサインひとつで家も貯金もふっとんで、それ以上は迷惑がかからないようにって」
「ぐご……秋実ちゃん、えらいさらっとぶちまけるね~?」
肘好は話題の重さでふらふらとスクーターを発進させる。
秋実は苦笑して頭を下げる。
「いえでも、意外に早く落ち着けたんです。親戚に残りの借金を肩代わりしてくれる人がいたので、利子が雪だるま式に増えて身柄を売り飛ばされるような事態は避けられました」
「じゃあもう、その親戚に返済していくだけ?」
「はい。でもお父さんは帰りづらいみたいなんですよね。お金は送ってくるし、ネット喫茶らしき連絡先からときどき電話もくるようになったんですけど、お母さんも変な意地をはっていて……」
「ぐむむ……もどかしいけど、難しそうだねい。もどかしいけど……秋実ちゃんの異能力『縁むすび』も、そっちのよりをもどしたい願望だったんかねえ?」
「現状を見る限り、本人や肉親には効果なさそうですね~。私は部活に集中できなくなって退部して、友だちとの縁まで遠くなっちゃいましたし。気分転換も兼ねてバイトをはじめたら、その矢先に研究所送りです」
「うーわー。なんだかごめんなさ~い」
「でもそのおかげで、今の職場へ逃げこめました。お母さんの『小遣い程度を稼げるようになったくらいで口出しするな』みたいな言い方がムカついていたんで、ガンガン送金してやってます」
「うーわー。そーゆー母子げんかもあるんか~い。応援していいものかわかんねえけど、とりあえず今日の夕飯はおごらせろよ~? このままじゃアチキの腹がメシの通りよくねーよー」
仕事を終えると夕飯は職員食堂へ向かい、秋実は肘好と同じ鍋焼きうどんを頼んでみた。
「秋実ちゃんがふゆちゃんといきなり仲良くやれる理由が少しわかった気がしたわ~」
「いえ、ですから、少しもうまくつきあえてませんてば」
「え~? だってアタシは大学へ入った直後に異能力が判明しちまって、半年くらいはしんどかったな~。理由は納得できたけど、もう三年もここにいるし。変にえらっそ~な中学生のガキだけが治療の頼りだったし……パパリンもすげーやせちゃったし」
秋実の収容は半月足らずで済んだ。
解放されると母親にも学校にも『珍しい病気で、専門の遠い病院へ緊急入院していた』という話が通っていた。
研究所からの就職勧誘で高校を中退した時に気がついたが、研究所の職員と話した教員は校長だけだった様子で、変におびえていて、退学手続きはやたら早く済んだ。
担任だけが、隙間をつくように秋実を廊下へ連れ出して『本当にいいの? なにかできることはない?』と泣いてくれた。
「でもなぜか、そんなに不安はなかったんですよね……推薦した冬華さんが、案外お母さんと似ているせいかも?」
「んあ? 虐待を受けていたの?」
「いえ、バカだったんです。不器用なくせに、ないものねだりして……お父さんへ正直に『帰ってこい』の一言で済ませばいいのに、ややこしい遠回りしやがって」
「いや、言っちゃなんだが、秋実ちゃんの母子ファイトスタイルもけっこうまわりくどいやん」
「ん~。私も別に、嫌いなわけではないのですけどね。お母さんも冬華さんも。私自身の煮えきらなさを重ねていらつくのかな? ……いや、いくらなんでも、あそこまでひどくは……」
うどんをたぐりはじめたところで、めずらしく冬華が食堂に姿を現す。
「ふゆちゃん、おつおつ~」
「博士、今日は研究室で『ながらメシ』ではないのですか?」
紫条屋冬華は仕事であさり続ける膨大な資料を食事時間ではそのままおかずにしていると職員の間では噂されていた。
しかし今日は中年男性の職員が監視についた状態で、串カツ定食を手に着席する。
「不思議なものだが、カンヅメにされると食堂での食事が恋しくなるのだよ……なんの話をしていたんだね?」
「不器用でひねたバカについて少々」
「うむ。そういうたぐいは自覚のなさと聞く耳のなさをどうにかすべきだが、なかなか難しいものだな」
肘好は黙って聞きながら、秋実の毒々しい笑みへ悲しげな笑顔を向ける。
監視の職員も気づかないふりで苦笑しながらそばをすすった。
「それと私の『縁むすび』についての愚痴です。異能力はなぜか、肝心の願望から変にずれた効果が多いですよね……まあ『ナデポ』さんとか『壁ドン』さんに比べれば、私は害がないぶんマシですけど」
「そうでもない。君が来てからというもの、交流実験をはじめるしかなくなり、依頼もしていないカップルまで増え、だがなぜか私は蚊帳の外といういたたまれなさで……もしや秋実くんの『縁むすび』とは、周囲のフェロモンを他者へ運んでしまう異能力ではなかろうね?」
「それを特定するのが博士の存在意義じゃないですか。あと、元からないものは運べませんよ」
冬華は笑顔のまま、秋実の盆に乗っていたクリームあんみつへ串カツを突き刺して制裁する。
「うわっ、なんてことを……あれおいしい? ところで交流実験といえば『オジサマ』こと灰間さんが格闘の練習をはじめていましたけど、課長となにかあったんですか?」
「むしろなにもなさすぎたようでね。会話交流でも危険性評価でも……そのいたたまれなさと、収容の長期化にそなえて研究所の職員になる希望申請を出したようだ」
「それは頼もしそうですねー」
「前から異能力に関しては勉強熱心だったが……秋実くんも技術習得は考えたまえよ? 君が凡庸でも雇われている理由は、若さが大きいからな? この研究所の実験では若い被検体が必要になりがちなのに、調達はやっかいで……その点では『ショタ』こと鉄田くんの従兄弟、正輝くんは使いでがありそうだったのだけどな~」
「なにかあったんですか?」
「彼の探知能力は、年上女性に限定されることが判明した。『熟女あさり』……では鉄田くんに怒られそうだから『おねえ様マニア』とでもしておこうか」
「そうなると……正輝くんが大人に近づくほど、肝心な成長期の女性は探知の対象外が増えてしまうってことですか」
「ついでに言えば、鉄田くんの危険性もあまり下がらなくなっている。交際に不安があるせいかどうか……かといって今よりも交際を進めさせると、効果がなかった時に引きはがしにくくなるし……」
「それ以前に正輝くんの年齢を考えてください。人として……ですよね貞塚さん?」
秋実が唐突に冬華の監視役へ話をふり、ひょろ長い中年男性は首をふる。
「いやそんな。俺の年齢も考えてくださいね? 最近の若い子の恋愛事情なんてさっぱり……そのへんはぜんぶ、博士様の判断に従って片棒かついでいますからね?」
貞塚は苦笑して顔をそらすが、今度は肘好がくいついた。
「おっちゃんは独身で通す気? ここって閉鎖空間だから、意外な狙い目あるかもよ?」
「いやいや勘弁してね。そのへんとっくにあきらめてるから、こんな所で余生を送ってんの。君らこそ、こんな所はさっさと出て、外で旦那をつかまえないと……いけね。こういうのをオッサンが言うとしかられるんだった……じゃ、博士様はちゃんと、早くもどってくださいね?」
残りのそばをかきこむなり、逃げ出してしまう。
秋実は食堂から出る貞塚の背を見ながら、ぽつりとつぶやく。
「三課でも一番のベテランですよね? 博士の監視役なら警備の人に任せて、調査とかに使わないともったいのでは?」
「首輪がわりだけでつき合わせているわけではないよ。彼は学芸員としてあちこち飛びまわっていたから、地方に関する情報の補佐には貴重でね」
そう言いながら冬華は露骨に食事速度を落とし、姿勢もゆるめる。
肘好は貞塚の背と冬華の表情を慎重に見比べていた。
「そんだけ? あのおっちゃん、ただ者じゃなさそーだけど?」
「専門は民俗学だが、そのついでにいろいろと資格をとっているから、下手な捜査機関あがりより便利なことも多いな」
「ふーん……」
肘好はもう一度だけ冬華のそっけない顔を確認すると、鍋へ視線を落とす。
秋実がはたと顔を上げた。
「もしかして肘好さんて、あれくらいの年齢でも妄想対象ですか? その、少年でなくてもボーイズラブみたいな……」
「秋実ちゃん、そーゆー話題は場所と声の大きさを選ぼうや……まあ定年男子くらいなら、アチキはぜんぜんいけちゃうけど」
「今月たしか大国間での首脳会談が……」
「やめれバカタレ。それは平和利用じゃなくて悪質すぎるテロだからな!? 精神的爆弾のお返しになにが飛んでくるかわかんねーぞ?」
冬華も肘好にうなずきつつ、そっとパセリを秋実の鍋へ移植する。
「悪質テロの精神的爆弾といえば、例のSMカップルどもまで調子こいて職員希望を出しやがったのだが、私は症状改善のためにベッタリいちゃつきながら仕事をする連中が同僚だなんて、断固として許容しがたいものがあってだな……」
「博士のさびしい了見はともかく、そちらも完治まで届く様子はないのですか?」
「まだ観察期間が十分ではないとはいえ、もっと早く気がつくべきだったのだが……恋愛によって、ある種のストレスが減る面もあるが、減りきらない、あるいは別のストレスも加わって当然だったのだよ。恋愛感情なんてもの自体が、言い換えれば一時的な精神不安定の状態で、一種の神経症だからな……な、なんだその目は?」
秋実と肘好がそろって悲しげな同情の視線を向けていた。
「でもよーふゆちゃん。SMカップルどもは見た目どおり、恋愛の不安よりもいちゃつける安心感のほうがバカ強いおかげで、症状改善もでかいんやろ?」
「ぐむ~。まあ、そこは認める。私はやつらが気にくわんだけだ。そういう意味では……肘好くんと桃成くんの組み合わせも、あせらなければ成果を期待できそうなのだが?」
「んが。やべ。ちょいあせって迫りすぎたかも。くっそー、どうも年上のくせにアタシのほうがあわててんな~」
肘好は頭を抱え、秋実は引き続き冬華へ悲しげな視線を向けていた。
「なんで自分のことはわからないのでしょうね……」
「そうだな。肘好くんはもう少し……」
秋実はそっと、三等分にしたあんみつのアイスクリームを差し出す。
「博士、これおいしかったので、よければ」
「おお、ありがと…………ぐ……謀ったな……」
「肘好さんも……こっちはパセリ入れてませんてば」
食堂にもうひとり、長身男の『GLマニア』こと宿合がこそこそと入ってくる。
「いや待って。ちょっとだけ話をさせて……」
バイザーとヘッドホンをつけて、わざとらしく秋実を視界へ入れないように顔をそむけてかがんだ。
「んだよ……あ、こいつ、アタシのはとこね。親はでかい会社の社長様で、アタシのパパリンの活動資金を出したり、見返りせびったりしてんの」
「いや、そういう気まずい話はおいといて。というかこっちも気まずい話だけど……最近、ランクB施設へ入りませんでした?」
「ん? おぼえがない。というか最近入荷された『ツンデレ』天野くんと『ヤンデレ』黒宮くんとかは妄想がはかどりそうだから、意識して避けとるけど? ……おいどうした? ……ま、まさか……?」
「そのふたりが、交際申請を出してきて……しかも症状が改善されているらしくて……」
「知らん。無実だ。アチキの『BLマニア』は潔白だ。でも詳しく聞かせろ。交際って、どの方向でどこまでの?」




