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6-1 異能力をラブコメに使うな 『GLマニア』宿合


 梅雨の終わりぎわに曇り空が続いていた。

 紺堂秋美こんどうあきみが研究所の職員となって二ヶ月あまり。

 まだ知らない患者や職員のほうが多かったが、ひとりでもできる仕事は少しずつ増えていた。

 出勤した三課の事務室は珍しく職員が十人近く集まっている。

 その多くは新人歓迎会の時と同じく、バイザーやヘッドホンを着用していた。

 肘好ひじよしは両方を着用し、厚い手袋までしている。


「うっすー。今日はアチキとだよー。ふゆちゃんはカンヅメだーひゃほー」


「なんか最近、みんな忙しそうですね?」


「人手不足なんよ~。全国一斉捜査からして無茶だったけど、峠は越えたと思ったところで急に調査対象が増えはじめやがってよ~」


 隣の研究室から紫条屋冬華しじょうやふゆかが疲れきった顔で足を引きずって出てくる。


「まったく誤算だったよ。地方は人口が少ない代わりに、異能力の自覚や発見が遅れる傾向もあったようで、事前調査にない発掘が出るわ出るわ……」


 資料束を渡すなり、ほかの職員に捕獲されて研究室へ引きずりもどされていた。


「そういえば異能力は『人が人に与える影響』が中心で、血縁者には効かないことも多いから、会う人の範囲が狭いとそうなりますか」


「お、なかなかおぼえがいーねー。そんで、調査員が大量に地方の応援へ飛んじゃってるから、研究所内での業務は代わりにアタシらで……ね?」


「はい……はい?」


 秋実は肘好が積極的にからんでくる性格とは知っていたが、髪から首筋をなでられてとまどう。猫に似た顔や、ボリュームのある長身も色っぽいといえば色っぽく見える。


「だいじょうぶ。アタシはちゃんと優しく教えこんであげるから……って、んん?」


 顔を近づけていた肘好が急に秋実を突き放し、背後の職員をにらむ。


「くぉら百合ゆりマニア! いかがわしい目で見てんじゃねえ! 装備つけろやボケ~エ!」


 男性職員でも特に大柄な青年があわてて背を向けて丸まった。


「ああっと! もうしわけなーい!? バイザーとヘッドホンをとってくださ……蹴らないでBLさん!? いやマジで痛いから!?」


 秋実は自分がたった今、異能力の対象となっていたことに気がつく。

 気がつくとかなり危険な状態だったとも思う。

 まだ肘好のこともよく知らないのに、迫られて嫌ではなかったし、どこか期待すらしていた気もして、背筋が寒くなる。


「百合って……女性同士をくっつける異能力ですか?」


「アタシの『BLマニア』と同じく、こいつの『GLマニア』もごく一時的だけどね。でも条件次第では今みたいに強烈なんよ。だから普段は異性が複数いる場は避けているし、装備も義務だってのに、コイツはも~」


 大男がバイザーをつけて遠慮気味にふりかえる。胸の身分証から『宿合しゅくごう』とわかるが、秋実は最初の歓迎会以来、ほとんど見たおぼえがない。


「いやほんと、もうしわけない。秋実ちゃんという三課にしてはまともなJKがまぶしいあまり……BLちゃんとドクター紫条屋だったら、ほかに誰がいようとカップリング妄想なんてしないと思っていたのに」


 肘好がすかさず蹴りをいれなおし、ぐいぐい退出をうながす。


「うっせーわボケ! ちゃっちゃと失せねーと課長とくっつけんぞコラ!? ……あ」


 言ったあとでそっと口をおさえ、課長の顔をうかがう。

 第三課の課長である朱奈津夏樹あけなつなつきは湯のみを手に静かにうなずく。


「個人の妄想は自由ですがねえ? 異能力の悪用は、冗談でも口にしないでくださいねえ?」


 肘好がペコペコ頭を下げ、さらに蹴りなおされた宿合は全員に頭を下げながら退散する。



『第三課』の入っている『第六棟』を出ると、肘好は明るく苦笑した。


「冗談でも言わんほうがいいことってあるんよね。とゆーか冗談のほうが注意されにくいぶん、余計に注意したほうがいいんよ。そういうところからイジメ犯罪やセクハラ痴漢もはじまるし」


「たしかに……さっきみたいな異能力の乱用は、実害なしに済んでも冗談で流されたら怖いですね」


「そゆこと。考えもしないように、空気から作っておくのがお互いのためにいいわけ。それに秋実ちゃんかわいいから、けっこうやばかった。アチキとヤツの異能力は『洗脳』じゃなくて『増幅』だから、元からある素質や気持ちによっては威力がでかいんよ。意識をそらせばすぐに効果は消えるけど……」


 肘好はスクーターにまたがるとヘッドホンだけはずし、後部座席をばんばんとたたく。

 秋実は白衣のままでまたがる。


「……でも恋愛を含めて人間関係って、ささいなきっかけがバカでけーの。異能力の影響が消えたって、それで目ざめちまった気持ちや嗜好は残っちゃうから、反則で『きっかけ』をぶちこめるアタシらは、気張って自分を抑えなきゃよー」


 秋実はまだ肘好のことを詳しくは知らないが、エネルギッシュで頼りがいのありそうな明るさに好感を感じていたことは自覚する。

 恋愛感情ではないことも再確認しつつ、年上らしい責任感の強さにも憧れを感じる。


「やっぱ野郎同士は、嫌がっているそぶりでじわじわと崩される過程が最高なわけだし……あ、これはアニメ同人の話ね?」


 合わない部分も多そうなことは改めて意識しておく。



 ランクC区画の患者を訪問してまわる間も、肘好は事前に男性が複数人いないことを確認し、共用施設などではバイザーとヘッドホンを着用する。


「アタシのバイザーは色が消えるだけでなく、顔もぼやけるの。聴いてるのもボーイズラブ妄想を妨害できそうな小娘アイドルの曲ね。手袋は気休めだけど、手から念を発してカップル成就を願ったりしていたから、念のため。妄想さえしなければ発動しないのだけど、よく訓練された腐女子は見た目を擬人化してない文房具や文字記号でもカップリングを組めちまうんで……」


「それ自体がすでに別種の異能力じみていますね」


 治療や実験の資料を回収し、機材などの交換や調整、生活相談などもすると、半日で数人でもかなり忙しいスケジュールになる。

 午後も半分が終わると、肘好は商業区画へ寄ってカップデザートや駄菓子を買いあさった。


「ふい~、なんとか乗りきれそうだ~。そんでごめん。次のとこではなにもしなくていいから、そこで休憩とってくれる?」


 そう言って向かった住居は、これまでに見たどの部屋よりも物であふれていた。

 本とDVDとフィギュアがやたらと多く、棚に入りきらない山がいくつもそびえている。

 ほかにも骨董品や雑貨、用途のわからない胴防具やツルハシなどもまじっている。

 奥は画材道具が多く、小柄で太めの女性が液晶タブレットでマンガを執筆中だった。


「先生ほれ、ご注文のエサ~」


「ふほあっ!? ありがと肘好ちゃん! こんにゃくパフェに……酢こんぶと干し梅も!? 助かる~、ちょうどなくなりかけていたの~!」


 秋実は初対面の紹介だけされると、少し離れて座り、持ってきた玄米フレークパフェと向き合う。



「巨乳の彼女ができたってのに『巨乳マニア』くんの危険性評価は下がらないんですよね~」


「まあ、つきあいはじめだと不安も大きいだろうし、入所生活だけでもまだ気持ちの整理がつかないころだろうから」


「むぐ。それもそうか~。落ち着いて見えるけど、まだ高校卒業したてだもんな~」


「まだまだ治療が早まる可能性もあるってことだと思うけど……そんなに大事なら、どっちへ転んでもいっしょにいられるように、早め早めで準備しておいて悪いこたないよ」


 秋実が事前に資料で見ていたランクC『ぽっちゃり』の太丸たまるは三十二歳で、入所患者では最高齢になる。

 太るほど男女関係なく惹きつけてしまう体質で、対象が太いほど効果も高い。

 当初はランクBだったが、加齢と減量で性能は下がっているし、薬剤で短時間の抑制もできるようになった。

 しかしランクC相当の危険性が例外的に長く残り続けている。


 似た体質のランクC『マッチョ』の月背つきせも、男性の入所患者では最高齢の三十歳になる。

 やはり筋肉をつけるほど、筋肉質な男女から不自然に好かれる。

 ふたりは所内患者の最古参でもあり、もともと人目を避けて暮らしていただけの節度もあったので、月背は患者でありながら警備課の職員に採用された最初の例となり、ふたりは所内の患者同士で入籍した最初の例となる。

 研究所内の警備員とマンガ家なので仕事は問題なかったが、子育てには難のある環境だった。


「小学校だって遠すぎるし、せめてどちらかは出所の見こみがついてからでないと、生まれた子につらい思いをさせそうで、踏み切れなくてね……うわごめん。おどすつもりはなかった」


 いつの間にか肘好が涙ぐんでいて、太丸はティッシュ箱を渡す。


「いえ。そのへんの話を先輩様に聞かせていただくつもりだったんで」


「でも二十代後半まで異能力が残る人はめったにいないわけだし。当分は桃くんを骨抜きにしこむほうへ集中してよくない?」


「ん~、たしかに。大事にしてもらってますけど、アタシほどいれあげているのか、ちとわかりにくい性格なんで……」


「ま、不安になったらまた、なんでも聞いていいよー? 課長さんがゴーサイン出してくれたのも、肘好ちゃんの報告書が大きかったみたいだし。おかげさまでもう二ヶ月……あ。言い忘れてた」


 太丸が自分の腹をなでる。


「へっ!? やだなあ、リーチかけたんなら宣言してくださいよ! タマさん先生、ひとり増えてもわかりにくい体型してんですから!」



 面談を終えて外へ出ると、肘好はスクーターに乗る前に秋実の顔をのぞきこむ。


「もしや秋実ちゃんには、まだ興味ない話題だった?」


「いえ。そんなこともないですが、いまひとつ実感までは……」


「でも学生のうちに野郎を確保しておくくらいでねーと、戦況はどんどん不利になんぞ~? というか、ふゆちゃんも不思議がってたけど、秋実ちゃんて、この研究所になじむのが早すぎねーかい? まだ高校二年でしょ?」


「いえ。わけわからないことだらけで、とまどってばかりですが?」


 そこは即答しておいた。


「……でも私も、親の離婚やら退部やらで居場所がない状況ではあったので」


「だからってこんなモルモットケージへ逃げこまんでも」


「その点は後悔することも多いです。でもまあ、とにかく給料はよいので」




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