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5-3 異能力でラブコメなどまちがっている 『ナデポ』長老院


「博士が誘拐? いったいどれほどひどいことをやらかして怨みを買ったんです?」


「いや、そのころはまだ悪事に加担する前……って待て!? なぜ私が加害者という前提なのだ!?」


「失礼しました。つい現在の印象から」


「それはそれで無礼なのだが……ともかく、すでに想像はつくと思うが、危険性ではなく利用価値で考えた場合、私の異能力には飛びぬけた値打ちがあるのだよ」


 冬華はゴルフカートを走らせながら、秋実には意外なほど淡々と言った。


「異能力の『探知』と……特に『解析』ですか」


「うむ。ほとんどの異能力は効果、利用手段、安全性などを確認するまでに膨大な予算がかかる。それなのに見合う価値のない結果が多かったり、調査中に消失することも少なくない」


「それを反則くさい格安でこなせる『大幅割引』能力というわけですね?」


「わかりやすいが、もう少し安っぽくない例えにしてくれたまえ……ともかく、私は自分の異能力が加齢で消失する前に、できる限りの仕事をこなしておきたい」


「そこまで胸の不正工作にこだわって……」


「待て。ちゃんと『解析』能力の後継者という、最重要の人材だって探し続けている。だが『探知』に比べると、人数でも質でもどうしようもないのが現状で……」


「それなのに私利私欲で脇道へそれて……」


「いやその、少しくらいは……ではなくて、直接に肉体へ影響する異能力はなんであれ、もっと多くの資料を集めておかねばならないのはたしかで……いや本当に…………くっ、証拠を見せてやる!」


「えーと……夕飯をおごってもらえるのでしたら、おつきあいします」



 まだ職員食堂も開いている時間だったが、冬華が自分の研究室へ急ぎたがり、秋実はしかたなく売店棟の弁当コーナーにあった高めの釜飯と杏仁豆腐で妥協する。

 すでに三課の事務室はほとんどの職員が退勤していて、冬華は研究室へ入るなりハムサンドをくわえながらパソコンをいじりはじめた。


「直接に肉体へ影響を与える異能力は、解析しづらい上に資料が少ない。それなのに危険性が高いと、制御方法の発見が遅れるぶんやっかいで……」


 秋実はぞんざいにうなずきつつ、釜飯を彩る海老、ホタテ、タケノコ、シイタケ、レンコン、栗のどれから攻めるべきかを熟考する。


「……例えばこれだ」


 冬華が表示させた少年は平凡なようで顔はそれなりによいほうだった。


「前回の検診で見つかった長老院ちょうろういんくんの『ナデポ』などは、異性の頭部に接触すると……」


「なでるだけで相手に好かれる異能力者ですか!?」


 ライトノベルで言うところの『なでるだけでポッと頬を赤らめる』略称『ナデポ』という現象がもし実在するなら、国家もおびやかす洗脳手段であり、秋実にとっても野放しにはできない女の敵に思えた。


「いや、物理的に発熱させて熱中症を起こさせる」


「能力ネーミングの意味がわかりません」


 収容時の危険性評価は『ランクB・広く社会を混乱させる危険性がある(機関銃や手榴弾くらいの危険)』になっている。


「いや、私も最初は発火能力パイロキネシス使いのタマゴを捕獲できたものかと思ったのだが、相手の好意が大きいほど体温上昇も高まる傾向が判明して、ある種の恋愛願望が関わっていると推測できたのだよ」


 冬華はさらに資料フォルダをあさり、放心気味の秋実に読ませる。


「従姉妹の小学生が『真冬の屋外で熱中症』になって救急搬送……当初は感染症を疑われたが、似たような事故をくりかえしたことで異常が判明……」


「この研究所でも確認した。実験協力者には長老院くんへの好意を持たせる情報を多く与え、気づかれないように頭部へ接触したところ、体温が急激に上昇し、はなすとまた急激に下がっている」


「危険といえば危険ですね……でも本来の『ナデポ』が『さわれば好かれる』悪魔じみた便利さなのに『好かれていないと発動しない』なんて、まるで役に立たないような……」


「相手の好意を確認できるだけでも便利ではないかね?」


「なるほど……ん~? でも異能力なんかなくても、好きでもない男性が頭をなでたら、厳しい表情や打撃で『嫌い』の意志を確認できそうでは?」


「それもそうか。いずれにせよ、長老院くんのモテたい願望で身についた能力だとしたら、ずいぶん的はずれで気の毒な現象ではある」


「悪用を考えるなら……モテモテになれば、さわるだけで女性を物理的に卒倒させ放題に……わざわざそんなことをする意味っていったい……」


「頭をさわれて暗殺が目的なら、毒針でも用意したほうが早そうだね。だが直接的な危害を加えられる異能力にはちがいない。応用の範囲を厳にしぼっておく必要がある」


「応用? ……この激しくしょうもない能力に?」


「最初に危惧したのは対象者との連携だよ。まずは長老院くんに好意を持っている協力者を目の前に立たせて、ほかの人物をなでても燃やせないことを確認した。カツラに測定器をしこんで協力者をなでさせ、人体以外の発熱はできないことも確認した。極寒の水中移動での利用も試してみたが……」


 およそ『ナデポ』という言葉のうわついた印象からはほど遠い、入念に不毛な発熱実験の記録画像がズラズラと出てきてしまう。

 秋実は協力者の女性をどこかで見かけた気もしたが、うまく思い出せない。



「……さいわいにも結果は空ぶりばかりで、来月にも長老院くんのランクはCに落とせそうだ。しかしもうひとりの『壁ドン』こと真壁まかべくんは当分、ランクA施設で確定だな」


 少女マンガを起源とした『女性をはさんで壁にドンと手をつく』動作は現在、ギャグとしての利用が多くなっている。

 それでなくても冬華のネーミングによる『壁ドン』など、もはや秋実はろくでもない予感しかしない。


「こちらは『自分に好意を持っている女性をはさんで手をつく』ことで……」


 冬華が見せた実験記録の動画に、かなり美形で長身の少年が映る。

 その手の平による一撃で、ブロック塀が爆砕された。

 同じように木の幹も折れ曲がり、自動販売機が何メートルもふっとび、バスも車体がひしゃげて横転する。


「……ドーピングくらいでは考えられないほどの腕力を発揮する。だがなぜか動作は限られるし、反動で全身が痛んで何日も寝こんでしまう」


「あの、能力ネーミングの意味がまったくわからないのですが」


「いや、私も最初は念動力テレキネシス使いのタマゴを捕獲できたものかと思ったのだが、これもどうやら『男らしく見せたい願望』が関係しているらしくて……」


「いえいえ。そういう次元の問題ではなくて」


「衝撃の伝わりかたも不自然なため、現在は振動の計測地点を増やしながら、武道経験者の話も聞いているところだ」


 本来の『壁ドン』とは方向性が異なる緊迫感の実験動画が続き、秋実は『ギャグマンガを実写化したらホラーになった』失敗例を見せられている気分になった。



 最後の動画では協力者の女性が飛び散るレンガに埋もれ、わめき散らしだす。

 よく見れば『ナデポ』の協力者と同じ顔に見えた。


紫条屋しじょうや博士!? やはり私をだましていますね!? というか消しにきていませんか!? これは人権問題で、この施設の管理体制にお……』


 抗議の途中で動画は終わっていたが『アニメヒロインを下手にまねしたような声』で、秋実は協力者の女性が誰かを思い出す。


「あれってランクC『キューピッド(笑)』の会鹿えじかさんですよね? 『ハンター(笑)』の狩馬かりばさんとつきあっていませんでしたか?」


「私は隔離棟の収容者から、実験の協力者を募集しただけだよー? 『ナデポ』くんと『壁ドン』くんの経歴・家柄・資産・能力素質を盛りまくって伝えたら、とっても熱心に売りこんできやがりましたよー? やつはそーゆー女なんですー」


 冬華は口をとがらせて棒読みし、秋実は『アンタもそーゆー女だよな』『せこい嫌がらせだ』『もしや交際相手がいないねたみか?』などと心の中でつぶやく。

 しかしふたりの背後にはいつの間にか、第三課の課長である朱奈津夏樹あけなつなつきが立っていた。


「熱心な残業、おつかれさまですねえ? しかし被験者の選出に私情をはさんでいたなら……」


「いや、決してそんなことは……私はそろそろ失礼するよ! まったく秋実くんは、こんな時間まで私をつきあわせるなんて!」


 冬華が駆け逃げ、秋実とサンドイッチが残されてしまう。


「タマゴサンドとツナサンドですか……いたんでしまいますから、食べませんかねえ? 入りそうにないですか? では私が」



 課長は紅茶をいれ、釜飯弁当から杏仁豆腐へ移ろうとした秋実にもすすめた。


「先にあがった肘好ひじよしくんから聞いたのですがねえ? 冬華くんの過去について話したとか……」


「学校で孤立していたことですか? あと誘拐とか……」


「その程度なら知っていても問題ありませんが、やはり本人から語るまでは、そっとしておいてあげてくださいねえ?」


「はい……どのあたりから知っているだけでまずくなるんです?」


「そうですねえ……冬華くんは小さいころからラノベが好きで、海外生活もそれで乗りきったことは隠そうとしていますから、知らないふりをしてあげてくださいねえ?」


「こっそり聞いたら幹春みきはるさんとかにもバレバレでしたよ? 小学生の時に騒がれた脳科学の論文だって、ラノベをバカにされた腹いせだったとか……なんで今さら隠そうとするんですかね?」


「それが冬華くんにとっては、もうひとつの異能力というか……魔法みたいなものなんでしょうねえ? 私が読んだ最初で最後のラノベは、冬華くんの持っていた逆ハーレム……無双とかなんとか……」


「『異能力チートで逆ハーレム無双!』ですか?」


「よくわかりましたねえ?」


「博士がいつもポケットに入れてますから」


「それで、その中に出てくる主人公の性格を真似しているようでしてねえ?」


「え? あの主人公はクールな悪役ぶっているだけで、かわいげのあるおひとよしじゃないですか」


「読んだのですか?」


「そんなにおもしろいのかと思って、つい買ってみちゃいました」


「まあ、あくまで模倣ですからねえ? 性根までは……ともかくも、ただでさえ内気だった小学生が、海外移住に飛び級まで重なり、友人関係もうまくいかなくて、悪役としてふるまうことでバランスをとっていたようですねえ?」


「それで天才を自称して、あてつけに論文を作成ですか……才能を無駄づかいしまくる残念な芸風をそんな昔から……」


「さすがに誘拐された当初は素にもどっていましたよ? でも監禁されたまま自分から交渉をはじめるなり、どんどん大人顔負けのしたたかで狡猾な人格を築き上げていました……やはり冬華くんの根本は、天才的な解析力なんでしょうねえ?」


「そういえば博士の『解析』は、いつごろ異能力とわかったんです?」


「論文のための研究をはじめたころから、結論を先に直感するような傾向は強まっていたみたいですねえ? でもはっきり『異常』な予測をしたのも、それを確認できたのも、誘拐されてからで……」


 秋実はふと、誘拐された冬華の状態について、夏樹が詳しいだけでなく、まるで現場に居合わせたかのように話している気もした。

 確認していいものかどうか少しだけ迷い、杏仁豆腐へ逃げておく。


「……それでこのあたりの話は、口外すると深刻に危険でしょうねえ?」


「だったら聞かせないでください!」




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