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4-2 異能力さえなければラブコメだったのに 『オジサマ』灰間


「まあ下手をすれば、あの年代の男子を何年も待たせる可能性もあるわけだが、それに対する正輝まさてるくんの返答がまた……」


「な……なんだよ?」


「野暮だな~あ? 私の口から言わせる気か~い?」


 冬華ふゆかがニヤニヤ笑うと、鉄田てつたはふてくされた赤い顔で仕事をきりあげる。


「今日すぐに会話をはじめてかまわないんだな? ……じゃ、おつかれさん」


 秋実あきみは自分まで照れながら鉄田を見送り、ふと冬華を見ると、悪人ぽい笑顔で携帯端末をいじっていた。


「すぐにいちゃつくつもりなら『特別調査員』も用意させておくか……思っていたより鉄田くんの気持ちが煮詰まっていたから、早くにいいデータをとれるかも……ククッ」



 屋内プールを出ると、顔の上半分をバイザーで隠した男女が待っていた。

 男のほうは長身やせ型で身なりにも気をつかっていて、黙っていればまともそうにも見える……自称『ハンター』こと狩馬かりばだった。


「冬華ちゃ~ん、もしかして異能力者に恋愛させようとかしてな~い? なんかこの前、ランクAのふたりがいきなりこっちへ遊びに来てたし? やたら仲良さそうで、監視も薄かったし?」


 冬華は狩馬の姿を見た時点で電撃警棒を取り出していたが、話を聞いてめんどうそうに舌打ちする。

 もうひとりのバイザー少女は笑顔で狩馬の腕に触れた。厚めの手袋をしている。


「やだ狩馬さん。それぜんぶ、私が当てたことじゃないですか~」


「わりわり。ほんと会鹿えじかちゃんの言うことはまちがいねえわ~」


「新人さんはじめまして。私は能力名『キューピット』の会鹿という者です」


 アニメヒロインを下手に真似したような声と話しかたで、秋実は耳ざわりに感じた。

 上品そうなしぐさも、高級そうな服装も、どこかわざとらしさが目につく。


「私は自分たちが持つ特別な才能について、独自に専門的な研究を進めていたんです。人との関わり、精神の成長が異能力へおよぼす影響については、すでに何年も前から確証を得ていましたので、冬華さんにもすでに説明していた推論です。なぜ今、ご自分で発見した新事実のようにおっしゃっているのでしょう……?」


 秋実は冬華に手ぶりで指示され、携帯端末で会鹿の情報を検索する。


『ランクC』能力名『キューピット(笑)』

『手をつないだ二者に能力者が触れることで、対象同士に一時的な性的欲求を感じさせる』


 直球な縁むすび……というか媚薬の効果に思えるが、発動に数分が必要な上、そんな状況になれる時点で、それなりの好意が互いにありそうだった。

 長い補足の冒頭には『要注意・霊感ペテン師』とある。


 カップルを占って『霊的な導き』を与えることで恋を成就させる『心理霊学士』(自称)として、ネットの一部で話題になっていた。

 実際は自身の異能力を過大評価しての悪用で、ネットでかじる程度におぼえた心理学などの知識をもっともらしく語る上、本人が自分の誇大妄想を半分は信じているので救いようがない。

 理論で追いつめられると『未知の霊的なあれこれ』などの屁理屈を持ち出して逃げる厚かましさがウザすぎ。


 ……などの罵倒が延々と並び、最後には『中途半端に頭がまわるバカだからやっかい。気まぐれで余計な推測は当てるくせに、肝心な人間関係には無神経。なによりも致命的な自分自身のクズぶりには無自覚!』と感情的に締められている。

 秋実はつい『同族憎悪』という言葉を思い浮かべてしまうが、心の奥深くへしまっておいた。



「だっからさ~、前から言っているように、オレたちのつきあいもさっさと解禁して、頼る方向へ改善しなくちゃさ~?」


「狩馬さんには格別の潜在素質が認められています。その誘導に最適なコンディションを私だけが提供できる以上、人道的にも、そしてこの研究所の設立意義を守るためにも、善意の協力を妨げないでほしいのです」


 秋実は冬華が感情を殺してふたりの話を聞いていたが、そろそろ限界に近いことは顔のひきつりで察した。


「君たちがお互いに最悪の影響を与え合っていることはよ~く確認できた。外出条件を守れない上、交際の事前申請を出す程度の自制もできないようでは、やはりまたしばらくは隔離棟へ行ってもらおうか」


「オイそれはねえだろ!? つうかそこまでやるなら、もう見逃してやらねえよ!? オレの『ハンター』は強化されてる感じスゲーあるし、このバイザーを部屋の外ではずしたって、首輪が爆発するなんてのはウソだってバレてるし!?」


「いや実際に、そう改造するように意見しておいたが? お前らのだけな」


 冬華の発言は秋実も信じたくなかったが、つい狩馬から目をそらしておく。


「冬華さん、バレバレですよ。そんな改造をすれば、収容者との信頼関係を失うことになるのですから、立場上できないことです」


「ほら会鹿ちゃんはだませねえっての! 警備が来る前に惚れさせて、主任ちゃんの権限ですべてを撤回させてやんよ!?」


 ふたりが同時にバイザーをはずし、直後に体をひきつらせて倒れる。

 秋実がそっと見ると、さいわいなことにふたりの首は無事だった。

 冬華は携帯端末で警備を呼んでから、ぼそぼそとつぶやく。


「スタンガンのとりつけで妥協したけど、こいつらは首ふっとばしても問題ないくらい、ほかの収容者からも嫌われているんだよなー。なんでそういうことは自覚できないかなー」



 警備員が到着すると、処理を任せてゴルフカートを発進させる。

 冬華の落ちこんだ表情が秋実には意外だった。


「職員への暴行に着手した上、手段として異能力を使おうとしたから、どれだけかばっても隔離一年以上は固いかな……ふたりとも能力そのものは危険性が低いから、どうにか監視くらいで解放してやりたかったんだけどな」


「あのふたりのことは、嫌いなんですよね?」


「見かけるだけでカートをぶつけたくなるくらいには嫌いだ。でもそれと仕事は別だよ」


 冬華に仕事と私事を分ける概念があったことに秋実は驚くが、黙っておいた。


「次の面談の前に、少し休憩をはさんでおくか……」


 最初に入った『居住区画』とはまた別の方向へ、地下道が通じていた。

 ふたたび地上に出た光景で、秋実は目を疑う。


「ふえ?」


 全体がショッピングモールになっていて、書店、雑貨店、コンビニ、喫茶店、ファミレス、ハンバーガーショップ、ラーメン屋、回転寿司、丼もの屋、カラオケ店、ゲームセンターまで看板を連ね、期間限定商品の案内チラシを貼り、値引き商品のワゴンまで出ていた。


「まるきり普通の商店街……というか塀の外の売店棟より、はるかに充実していません?」


 研究施設は市街地から遠く離れた森の中で孤立している。

 職員も施設内だけで暮らす者がほとんどだった。

 外出は前後の手続きがめんどうな上、最寄りのさびれた田舎商店街でさえ、山をいくつも越えねばならない。

 買物といえば間接的に利用できる通販か、売店棟だけだった。

 田舎の小型スーパーなみにひととおりの商品はそろっているが、品ぞろえも陳列も味気なく、かわりばえも乏しい。

 職員食堂もぎりぎり飽きないでいられる程度で、定番メニューのほかには日替わり定食が何種類かあるだけ。

 それなのに塀の中は飲食店だけでも十軒以上が入っていた。

 ただし人通りは少なくて、どの店もさほど大きくないわりに空席が目立つ。

 冬華はカートを止めると売店でたい焼きを買い、一匹を秋実へ渡した。


「収容者は急激に増え続けているからな。職員の出入りもなるべく楽にしていく予定だ。いずれはボーリング場やスケートリンクなどの予算もねじこ……あ、いやもちろん、収容者のために……」



 洋服店も見てまわったあとで、その二階へ向かうと、美容室とマッサージサロンを兼ねた店になっていた。


「やあ灰間はいまくん。ちょっと話があって……ついでにひと揉み頼もうか」


 客もなく、独りで手持ち無沙汰にしていた女性店員は秋実や冬華と同じくらいの年に見えた。


紫条屋しじょうやさんはまず、まともな睡眠をとるのが美容に最もよさそうですが?」


 細いメガネをかけた顔はまじめそうで表情が少なく、事務的にてきぱきとふたりを着替えさせ、マッサージ台へ寝かせる。


「君と似た異能力の患者に、とある実験で協力してもらうことになってね」


「比較のため私にも依頼……ですか?」


 秋実は先ほどたい焼きを食べながら確認していた情報を思い出す。


『ランクC』能力名『オジサマ』

『能力者が好意を向けた対象の精神年齢を上げる』


 鉄田の『ショタ』とは症状だけが真逆になり、少ない人数ながら重い被害が出ている点も同じだった。

 この施設では通信教育で高校の残り単位をとり、同じく通信制の大学へ進学したばかり。

 成績はおおむね優秀で、昼間に働き夜間に勉強する生活でも安定していたが、収容所内での人づきあいは少ない。


「話が早くて助かる。プライベートに踏みこむ案件なので、本人の意志は尊重したいが……もし交流を増やしたい男性がいれば、私の一存で後押しできる機会でもある」


「そうですね……でも相手の同意がなければ、意味はなさそうですし……」


 灰間は客の状態に細かく気を配り、精密で丁寧な動きをしているように見えた。

 しかし営業スマイルは控えめすぎて、声はさらに無愛想なまま。

 ただ秋実は言葉のニュアンスから『同意がほしい相手』の存在も感じる。


「おっと失礼……さっそく成果が出たようだ」


 冬華が通話をはじめ、灰間は手を洗って秋実の背中へ移る。


「いきなり当たりか……よし! えーと……まあ灰間くんは似た体質だから、いっしょに聞いてもらおうか」


「もしかして以前に聞いた『ショタ』さんのことですか?」


「うん。同じように好意で発動する異能力のはずだが、今日は男子と恥ずかしい通話をしまくっても、危険性はやや下がっていた」


「どういうことですか……?」


 灰間も自分の治療に関わる話になると、興味が強そうだった。


「『ショタ』くんの過去の恋愛歴はすべて片思いか、少なくとも恋仲に発展したことはなかったんだ」


「すると……恋愛のストレスも異能力の発動に関わって、両思いの相手なら被害に合わない可能性もあるのですか?」


 秋実は黙って体をほぐされながら『灰間さんのほうが助手に向いてそう。三課にいてくれたらいろいろ楽になりそうなのに。博士へのツッコミ役とか』などと思っていた。


「話が早いな。それでまあ……失礼だが、灰間くんも今までそういう相手はいなかったようだが?」


「あまり恋愛とか、する気ありませんからね……遠くから見ているだけで、近づこうとは思いません」


「それで今は、誰を見つめ続けたいのかな?」


 灰間が不意に力加減をまちがえ、秋実は『ぐべっ』と言いそうになる。

 見れば堅いメガネ顔が、はじめて年齢なりの女子らしく、悲しそうに困っていた。


「そういう人も、いることは、いますけど。ところで……こちらのかわいい新人職員さんも『三課』のかたですか?」


「おっと、秋実くんの紹介が遅れたね……というか、三課にいる男性なのかな?」


「ぐべっ」


 灰間の動揺を秋実が代弁する。

 見ればあきらかに恥じらい、客への過多な圧迫になかなか気づいてくれない。 


「え……もしかして、幹春みきはるくんとか?」


「誰ですそれ?」


 そこだけは冷静に即答されてしまった。




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