4-1 異能力さえなければラブコメだったのに 『ショタ』鉄田
『ランクC』患者の収容施設は『ランクA』や『ランクB』に比べて各区画がひとまわり大きく、サッカー場なら二面、小中学校の校庭なら四面が入る広さになっている。
紺堂秋実が研究所の職員となって十日あまりが過ぎ、最初に入った『ランクC』区画は、花壇が多かった。
「収容者の多さは聞いていましたが、いきなり意外ですね……」
高い塀に囲まれている圧迫感は同じだが、ほぼ一般的な外観の三階建て集合住宅が八棟ならんでいた。
一階あたり四つある入居室の間隔は広く、ベランダには金網が張られ、監視カメラも多いが、それでもやや警備が厚いだけのマンション街だった。
「てっきり、もっと刑務所みたいな感じかと……」
「こら。ここでそういう言葉は禁止だ。この区画のデザインからして、収容者へストレスをかけない方針だからな」
紫条屋冬華はゴルフカートを奥の棟まで走らせる。
途中ですれちがった歩行者は首輪をつけていた。
外出時には着用を義務づけられている。
収容者にも説明されていることだが、首輪は位置情報を知らせるだけでなく、監視用のマイクとカメラも内蔵されていた。
互いに会釈したが、秋実は後ろめたい。
「必要な拘束をできる範囲なら、なるべく普通に暮らせるほうが、不満も抑えられそうですね」
「それでも通信関連はすべて検閲が入るし、部屋へ誰かを招く場合にも許可がいる。どうしても閉塞感は貯まるから、くれぐれも監獄とかブタ箱とかモルモットケージとかの表現は避けてくれ」
冬華の声はベランダで植木に水やりをしていた住人にも聞こえてしまったらしく、顔をこわばらせていた。
秋実は深々と頭を下げておく。
奥の第八棟に着き、一階でインターホンを押しても『8-304』号室『鉄田』の反応はなかった。
「おかしいな。今日はいるはずだったが……ん? 急にシフトを入れたのか……」
冬華が携帯端末で収容者の予定表と現在位置を確認していると、二階からバタバタと男が降りてくる。
顔の上半分は真っ黒いバイザーに隠れて見えない。
「よ~お! 冬華ちゃん! そっちは新人の子? よろしく~う。オレ、将来的に『ランク特A』有望な能力名『ハンター』の狩馬っていう……あれ?」
狩馬のなれなれしさに、秋実の体は拒否反応を起こしてあとずさっていた。
冬華は電撃警棒のスイッチを入れていた。
「こらアホ狩馬。女性への接近を自分で避けないなら、また隔離棟へ送るぞ」
「やっだな~あ。これくらいは人間として最低限の礼儀っしょ?」
「芸もなく言うことも聞かないモルモットに人間性など認められるか」
冬華の発言も人にあるまじきものだったが、今回は黙認する秋実だった。
そっと携帯端末で情報を検索する。
『ランクC』能力名『ハンター(笑)』
『能力者が接近して意識を向けた異性は、能力者への好意を持つ』
あまりに直球な魅了の効果だった。
ただし告白させるだけでも数日から数十日かかる蓄積型で、離れていれば同じくらいの時間で完全回復する。
しかも相手の嫌悪がうわまわれば破綻する程度の効力で、狩馬は収容までに三人の女性から『告白される』ことに成功していたが、いずれも初デートで逃げられていた。
研究主任である冬華の補足メモによると『能力だけならランクDにできなくもないが、本人が悪用しか考えていないアホだ。能力の詳細も知りはじめてしまったから、野放しにはできん。ウザいけど飼い殺し決定』とされている。
「あっれ~? そっちの君、もしかしてオレのデータとかチェックしちゃってる感じ? それ古いから。もうオレの本気はそんなもんじゃないから。ほら冬華っちゃ~ん、今のうちにオレとの取引を受けて、職員に雇っちゃいなよ~? すっげー役に立つし。最初の年俸だけならプロ野球選手くらいでがまんしてもいいし……あれ?」
冬華は秋実を乗せてカートを発進させていた。
「ああいうひどいバカもいるから、我々は日々たゆまず監禁洗脳……じゃなかった収容治療に努めねばならんわけだ」
「責任重大ですね」
入ってきた方向とは逆側の塀へ向かう。
道は下り坂になり、塀の下にもぐりこむ地下道へ通じていたが、出入り口ともシャッターは開放されたまま、となりの区画と行き来できる状態だった。
両側に広い歩道もあり、数十メートル先ですぐに上り坂になっている。
「わあ……?」
ふたたび地上に出ると緑地公園の中で、小川に沿ってジョギングコースと並木が続き、その先にはネットでおおわれた屋外グラウンドと体育館らしき建物も並ぶ。
「ランクCの各『居住区画』で共用する『運動区画』ですか……出入りも利用のしかたも、かなり自由なんですね?」
芝生には油絵を描いている少年とモデルに立っている少年がいて、弁当を囲んで座る少女たちの姿も見えた。
みんな首輪をつけ、中にはバイザーやヘッドホン、厚い手袋などを着けている者もいる。
「交流の場でもある。試合なんかは職員もよく混じっている」
それでも全体を囲む高い塀はどうしても目についた。
体育館のように見えた建物のひとつは屋内プールで、まだ営業時間外のプールサイドを独りで清掃する大柄な女性が『鉄田』だった。
色黒で、作業着をまくった腕はたくましい筋肉がついている。
「いやおい、話があるなら連絡してくれりゃいいのに」
「まあ時間はあるから。今日は新人の見学も兼ねている」
冬華に紹介され、秋実は会釈する。
「収容者のかたをこんな風にこき使っていたなんて……」
「人聞きの悪いことを言うな。ちゃんと給料は払っているし、働けること自体が精神の健康にはいいんだ……まあ、鉄田くんは少し熱心すぎるが」
冬華にそう言われると、鉄田は眉の太い顔でうれしそうに苦笑する。
「女医さんからは、紫条屋博士の次にひどい労働狂とか言われたな。でもこの施設の中じゃ、体を動かしていないと気がまぎれないし……で、いつもの生活報告とは別の件?」
「関係がなくもない。鉄田くんは生活態度が模範的なので、外部との会話もかなり自由にしてもらっているが……」
それまで冬華と話しながらもデッキブラシは動かし続けていた鉄田が、急に止まった。
「いや、まあ、どの会話も録音されているのは同意の上だけど……」
「うんうん。それで失礼ながら、従兄弟の正輝くんとの会話の多さと内容を確認させてもらった」
「おい待て」
「すでに正輝くんの協力意志は確認している。平たく言わせてもらうが、そのまま仲を深めてもらえないかな?」
鉄田は体と表情を硬直させたまま、だんだんと顔を赤らめる。
「いや、アイツはまだ中学生で、何歳も離れているし……」
「恋愛交流が症状の劇的改善になる例が出てしまってね。類似の例を探る最適な被検体として、君も候補に挙がったわけだ」
『ランクC』能力名『ショタ』
『能力者が好意を向けた対象の精神年齢を下げる』
発動の対象は狭く、即効性もない代わり、影響が蓄積されやすく、回復しにくい難点がある。
鉄田は小学生の時から『男らしい』女子で、年上にまで『ねえさん』呼ばわりされて甘えられがちで、異能力の自覚は遅れた。
中学時代には同じバスケ部に仲の良い男子がいた。
恋人というほどの間柄ではなかったが、その男子は日ごとに言動が幼くなって周囲とぶつかりやすくなり、ストレスをためて部活も登校も困難になる。
高校では見ていただけで話もほとんどしていなかった先輩男子が同じ症状になった。
妻子持ちの男性教師まで同じ異変が現れ、ようやく鉄田は自身の影響を考えはじめる。
ネットで匿名のまま相談をはじめ、専門家を自称する人物と親しくなり……『特別調査員』が接近して異能力の存在を確かめた。
能力者本人の性格は堅くてまじめと判断されていたが、能力が発動した場合の被害症状が重いため、収容対象になる。
本人の希望でもあった。
「正輝のやつはようやく大人っぽくなってきたばかりなのに、それを幼児がえりさせたくねえよ」
「ほう。彼に危険がなければ同意できるのだね? そしてそんなに発動を危ぶむほど、条件となる君の好意もたしかなようだが……」
鉄田の顔が真っ赤になってこわばり、デッキブラシが手から離れて転がる。
「……てゆうかよお、この施設でも、なるべく人には近づかないで済む仕事だけしていたし、そんな時にしょっちゅう電話されて、あいつとばかり話していたから……」
すねたようにごにょごにょと小声で弁解していたが、ふと表情を暗くする。
「……中学で知り合いだった男子は特に症状がひどかった。それが自分のせいだとわかってから、思い出すたびに落ちこんでるって……言っただろ?」
「いや別に『仲を深める』と言っても、画像つきの電話くらいならぜんぜん安全だから……そんな直接にあれこれしたかったのかい?」
鉄田は頭を抱えてしゃがみこんでしまう。
「おのれ……」




