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1-1 異能力があればラブコメどころではない 『小百合』小百合


 手狭な研究室はパソコン機材であふれ、その隙間には資料ファイルがそびえていた。


「異能力というと、古典的には『念動力テレキネシス』『瞬間移動テレポート』『精神感応テレパシー』みたいな『超能力』でしょうか? あとは時間や魂などの操作も、物語のネタではよく聞きますが」


 ショートカットの少女は慣れない手つきで白衣のボタンを留め、照れていた。

 胸の身分証には『第三課 研究助手 紺堂秋実こんどうあきみ』とある。


「秋実君は科学的な想像力が根本から欠落しているようだね。それらが今までに実在していたら、人類史がどれほど変わっていたやら」


 長い黒髪をぞんざいにまとめている少女は白衣が部屋着のようになじんでいた。

 貧しい胸の身分証には『第三課 研究主任 紫条屋冬華しじょうやふゆか』とある。


「もし念じるだけで一グラムでも動かせたら、脳梗塞も電子機器ショートもやり放題だ。瞬間移動は使用直後に空気と核融合爆発を起こす。まして時間移動や死者蘇生など、どれだけ制限しようが収拾のつかない混乱をもたらし、膨大な考証なしにはコメディ直行のストーリー要素だとなぜわからない!?」


「ストーリー要素?」


「あ、いや、秋実くんが娯楽作品のような例を挙げるものだから、それに合わせた表現をしただけで……」


 冬華はメガネを整えながら目をそらす。

 窓の外は樹海に囲まれた研究施設の敷地が広がっていた。


「……だがテレパシーというか『テレパシーとみなされる能力』ならば、ありふれた技術だ。それらしい心理学の本を何冊か読みこめば、そうしていない者を驚かせる程度の芸当は誰でも使えるようになる。バーナム効果を使ったインチキ占いなどは数分で習得できる者も多そうだ」


「それは別に『異常な能力』ではありませんよね?」


「心理学が発展して広まった今の時代ではね。でもそれ以前だと『常識ではありえない能力』だった。たとえば催眠術は、仕組みに気がついて悪用するペテン師もいれば、直感的に使えてしまうだけで自覚がない者もいた」


「当時という時代限定の『異能力』ですか」


「我々『調査委員会』が集めている観察対象もいずれそうなる。そう変えていく研究もこの『三課』の仕事だ。しかしまずは……」


 車の音で冬華は窓の外を見下ろし、ニヤリと口端をゆがめる。


「お越しになったぞ。新しいオモチャどもだ」



 冬華たちは外へ出ると、停めてあったゴルフカートに乗りこむ。


「このあたりは元がゴルフ場で、これもそこで使われていたそうだ」


 研究所の敷地は広大で、全体が高い塀に囲まれていた。

 内部は倉庫街に似た草木のない殺風景で、学校ほどの建物が碁盤状に並んでいる。

 敷地の中央部は高い塀に囲まれた監視塔つきの施設が多い。

 そのひとつへ入ると、校庭ほどの広場に体育館くらいに大きな倉庫が建っていた。


「これまでに『調査委員会』が確認した異能力も、まだ科学的には解明されていない部分が多い。しかし異能力のほとんど、特に我々『三課』が扱う多くは『人が人へ与える影響』の範囲で、対策もおおざっぱにはしぼれている」


 冬華は顔全体を覆う黒いバイザーを渡し、秋実は装着した上で、鼻の下には香料も塗っておく。


「視覚や聴覚をはじめとした感覚遮断……それに『意識の対象からはずす』対応ですね?」


「そう。理屈はわからなくても、それらを隔てて発生する異能力は少なく、発生しても距離に比例して薄まる傾向がある。しょせんは一個の人体が発生させうる出力限度というわけだ」


「夢がありませんね」


「ふん、異能力の原理をオカルトに丸投げした安っぽい夢などごめんだな」


 冬華は鼻で笑うが、その白衣のポケットに透けて見える文庫本の表紙『異能力チートで逆ハーレム無双!』について、秋実はめんどうそうなので触れないでおく。



 冬華たちのゴルフカートが倉庫の中へ入り、続いて窓を金網で覆った護送車も何台か収容されると、入口のシャッターがすぐに閉じられる。

 護送車から続々と降りてきた数十人は目隠しとマスク、ヘッドホンと拘束衣をつけた状態で案内された。

 秋実は列をながめながら、げんなりとした顔になる。


「やっぱり、ここまでやらないとだめですかね?」


「ここの所在地を知られるわけにもいかんからな……異能力の実態を知れば、これでも甘いと思うかもしれんぞ?」


 連行されてきた者の半数近くは目隠しや拘束衣を解かれ、タオルや飲み物なども渡される。

 しかし職員へ感情的な抗議をした者は即座に電撃警棒スタンロッドをつきつけられ、警備員に囲まれた。

 トイレを探して勝手に集団を離れようとした者にも射撃ネットが二重にかぶせられた。

 冬華はその様子を笑顔で見守る。


「すでにだいたいの調査は済んでいて、多くの者にはマンガ喫茶なみの自由が与えられる。受刑者とちがって人権がないだけだ」


 秋実はこわばった笑顔で最後の補足を聞き流す。

 連行者の多くは十代に見える少年少女で、不安そうに落ち着かない様子だった。


「今年からは大規模な一斉捜査をはじめて人手不足なもので、秋実くんも採用になったわけだが……今回は特に多くて、まとまりがつかないか?」


 冬華は職員からメガホンをひったくる。


「はい注目。私以外の職員には詳しい説明をする権限がないため、諸君たちには疑念も多いかと思う。先に要点を言えば、これは金儲けの話だ」


 連行されてきた者たちだけでなく、職員にまで動揺が広がる。


「諸君らの中には自分の『特異体質』に気がついている者も多いだろう。この施設はそれを『平和的解決』へ導くためにあり、早く出所するほど多くの『協力費』が給付される。我々としてもそれが一番だし、二番と三番と最終手段は言わせないでほしい」


 やわらぎかけた空気が最後の補足で凍りつき、秋実はそっと冬華から距離をとる。


「素直に協力してもらえれば、すぐに帰れる者も多いはずだ。指示どおりに、静かに順番を待ってほしい。おたがいのために」



 冬華はメガホンを返して秋実を呼んでから、小さくつぶやく。


「まあおそらく、ほとんど二十代の内には帰れる。異能力は十歳前後から第二次性徴に合わせて発達し、成長が鈍るほど失われやすい……それまでの辛抱だ」


「それが最終手段ですか……」


 秋実は悲しげにうつむくが、冬華はきょとんとした。


「え。ちがうよ? 『二番』のマシなほう? あ、いや、そのへんはあまり気にしないようにね。おたがいのために」


 冬華が急に職員の目を気にして冷や汗をかき、秋実は青ざめて口をつぐむ。



 館内は一般的な集団検診の会場に近いが、監視カメラが細かく設置されていた。


「では患者さんはひとりずつ、各ブースを番号順にまわって、診察をうけていただきます。ほかの患者さんとは近づかないように、話をしないようにおねがいしまーす」


 看護服の案内役は明るい営業スマイルだが、電撃警棒は握ったまま。

 担当する医師たちの態度も柔らかく、患者の両脇に警備員が立っている以外は普通の診察だった。

 順路の最後では館内の壁際に、放送中継車に似た小型バスが停まっている。

 冬華だけが横のドアから乗車し、秋実は近くのパイプ机で職員といっしょにモニター映像の車内を監視した。

 厚い壁を隔てたふたつの小部屋があり、片側では液晶モニターの前で冬華が中の機材をいじっている。



「はい、では最初の患者さんどうぞ」


 車の後部から向かいの部屋へ検査着の少女が入り、職員が測定機材をとりつける様子、それに体温を示すサーモグラフィーや心拍数などがモニターに表示される。

 冬華も自分に機材をとりつけて表示させていた。


「博士の数値も見るんですね?」


 秋実がつぶやくと、冬華がインカムのマイクを切り換えて答える。


「念のためだ。私が異能力の影響を受けそうなときにも、早く気がつきやすい」


 冬華は患者の調査情報を表示させて確認する。

 一番上に大きく『ランクC』と書かれていた。


「この研究所へ連れてこられる異能力者は危険性が『ランクC』以上だ。懲役刑相当の影響を与える可能性があるから、詳しい分析ができるまでは油断できない」



 冬華はモニターごしに患者をじっくりと観察し、そのあとで通話先を患者へ切り換える。


「はじめまして小百合さゆりくん。楽にしてくれたまえ」


「は、はいっ」


 患者の前にも液晶モニターがあり、冬華の優しい会釈が表示される。

 しかし相手は先ほどの全体説明を忘れていない様子だった。


「自覚はあったみたいだね? 不自然に『女性から好かれやすい』とか」


「はい……特に、ずっと近くにいたり、いっしょの部屋にいると……」


 小百合は顔や口調が全体にもったりとしていて、特には美人でもない。


「少し大胆に迫られるわけか。これは落ち着いて答えてほしいのだけど、君自身は相手にどれくらい好意を持っていたのかな?」 


「あの…………あくまで、友だちとしての好意で……」


「それ以上の接触は困るんだね?」


 冬華は話しながらキーボードを打ち、薬剤の指示を出す。

 患者の話している内容は事前の調査情報とほぼ同じだった。

 しかし冬華は調査情報にもない『意識を向けた対象』『効果は数分から数十分』などの追記を加える。


「それに相手も、あとになって『そんな気はなかった』みたいに言うから……」


「それはつらいね。友人としての関係も難しくなりそうだ」


 小百合は涙ぐんでうなずく。


「でもそれは相手のせいではない。それもなんとなく気がついているんだね? だからといって、君のせいでもないよ。そしていくつか、その体質に効果的な対処もありそうだ」


「え?」


「まず君自身に『そういうつもり』はなくても、君がなんらかの『好意』を持った相手が対象になっている。おぼえはないかな?」


「そういえば……苦手な人なら別に……」


「それを自覚するだけでも、トラブルは予防しやすくなる。あとは薬剤でも症状を軽くできそうだ。少し様子見に滞在してもらうことになるけど、何日もかからないと思うよ。じゃ、以上なので。おつかれさま」


 きょとんとしていた少女の顔がだんだん明るくなり、深く頭を下げて出ていった。



 秋実は目をぱちくりさせてマイクにしがみつく。


「ま、待ってください博士。同性であっても『好意を持たせる』なんて、危険な異能力じゃないですか? そんなあっさり解放なんて……ま、まさか解放と言いつつ現世からの……」


「人聞きの悪いことを言うな。彼女の異能力は仮に悪用を考えても、使用者が『相手へ好意を持つ』という大きな制限がある。それに小百合くんは逃げきれているから、効果はせいぜい『誘導』どまりだ」


「でも……便利すぎませんか? 自分の好きな女性へ近づけば、相手からも好意的に扱ってもらえるのですよ? 成績や出世で、かなりの得をできそうです」


「その用途では難しいな。誘導が性的な接触にかたよっているし、離れるなり影響が消えている。美人が容姿を悪用する危険とたいして変わらない」


「そんなものですか……?」


「小百合くんの異能力は、体臭を抑えればかなり弱まりそうだしな。それに協力的だったろう? 出所しても監視はつけるが、それだって主な目的は保護と資料収集になる」


「はあ……」


「おいおい、まさか秋実くんは私を、悪い秘密結社の女幹部みたいに思っていたのか?」


 冬華は笑ったが、秋実は目をそらして青ざめる。


「い、いえ、決して……」


「ちがうからな!? そういうことは別の課で……いや、とにかく『平和的解決』が我々『第三課』の任務だ! わかったな!?」


「は、はい…………」




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