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暗い洞窟を彷徨う中、背後から小さな物音がする。何者かの気配。それを感じた少女は周りが何も見えない為、後ろを振り返ることなくひたすら突き進む。
しかし地面が少し湿っていることもあり、焦りと不安という二つの感情が彼女を操った結果、途中で足を滑らせてしまう。前のめりに倒れてしまった彼女は咄嗟に手を地面につけるもすぐに起き上がる気力はなかった。
そして、彼女はその〈何者〉かがすぐ側まで迫っていたことを悟る。次の瞬間には、彼女の背中に刃物が深く突き刺さっていた。そこから溢れ出る血は彼女の足を伝い、地面を赤く染める。
少女は、誰が犯人かも確認できず、ついに力尽きた。
『ゲームオーバー』という文字が画面に映し出され、とある少女は小さく息を吐き出す。
「あー、またやられた。まさかRPGゲームでモンスターではなく、人に殺されるとはねぇ。普通にムカつくわ!」
大金持ちの両親を持つその少女は今日も学校をサボり、部屋の中で自分の勉強机に置いてあるノートpcでオンラインゲームに熱中している。
六畳もある部屋に居るのにもかかわらず、彼女の使っているスペースは、ほんの少し。その他は全体的に散らかっていて、女子の部屋とは呼べないもの。彼女は二年ほど、窓から差し込む光がほんの僅かであるこの暗い部屋の中で育っていた。
彼女は背もたれに深くのしかかり、手を大きく広げる。
「うぁぁぁ。流石に疲れたわ」
今度は背筋を伸ばし、画面の右下にある時間を確認した。
「何時かな? ……もう十二時⁉︎ 朝ごはん食べなきゃ!」
勢いよく部屋を飛び出し、階段を急いで降りる彼女。そこには当然の如く、両親は居ない。
彼女の両親はこのような生活を送る娘を決して放っておこうなどとは思ってなどいない。むしろ猛反対していたが、彼女がワガママ過ぎて、手に負えなくなったというのが現状だった。それに加え、仕事が忙しいという理由もあった。幼い頃はあんなに溺愛していた娘が、まさかこんなに身体に悪影響を及ぼす生活を送ることになるとは予想外の事態だったろう。
そんな娘である彼女は少なくとも料理は出来るようになっていた。冷蔵庫を開け、卵を取り出す彼女。
「今日は何を作ろうかなぁ。トルティーヤをパンに挟んで食べるか!」
早速卵を溶き始める。次にフライパンをとりだし、油を注ぐ。それに溶いだ卵を入れてある程度焼く。フライパンを適度に動かしながらトルティーヤの形に仕上げていく。
「トルティーヤの完成! あ、塩、胡椒入れ忘れた……。まぁ、大丈夫でしょ」
トルティーヤをパンに挟んで食べ終わると、また自分の部屋に戻っていく。まるで誰かに操られているように。
部屋の扉を開け、すぐさま自分のノートパソコンで再びオンラインゲームをプレイする。
「あ、メールが二通。一通目はギルドメンバーからだ。『今日の夕方六時に浅野公園に集合。六時半頃にはマフドナルドに一緒に移動するから』今は……十二時四十六分。まだ時間はあるね」
思わず口元が緩む彼女。ギルドメンバーも彼女と同じく不登校である女子であり、分かり合えるる数少ない友達であることから会話するのが楽しみであったりする。
「そして二通目は『さっきあなたを倒した人です。僕はあなたのキャラクターに惚れました。今日中にあなたに逢いたいです!』何コレ? ヤンデレ?」
しかし彼女は相変わらず顔色一つ変えることなく画面を眺める。他の事が気にならないまでに今日の夕方に行われる女子会を楽しみにしているからだろう。その勢いのまま、彼女は数時間ゲームに打ち込む。
やがて夕方五時頃になると、キャミソールという格好をして『夜食は外で済まします』というメモ書きを残し、家を出る。
家から徒歩五分の最寄り駅まで行き、電車に乗る。そこから三十分掛けて浅野公園の最寄り駅に到着し、歩くこと十分程度で集合場所に着いた。すると、彼女はスマホを触りながらベンチに座っている紫色のワンピースを着た少女を発見する。
「あ、峯さんだ!」
彼女はベンチにいる少女に声を掛け、手を振る。
「え、リリアさん。今日も可愛いですね!」
「そうかな? ありがとう!」
リリアと呼ばれた彼女は頰を赤らめる。
「ねぇ、私はどう? 昨日このワンピース買ったばかりで」
「峯も十分可愛いよ!」
「はぁ、リリアの笑顔ってやっぱり素敵です!」
「それで、みんなはまだ着いてない?」
「着いてないですね。 少し早く着いちゃったもんですから」
峯は鞄を退き、リリアが座れるスペースを作る。
「リリアさんも座っていいよ」
「じゃあ、座ろうかな!」
リリアは峯のすぐ隣に座り、彼女自身の鞄からスマホを取り出した。
「あれ、携帯変えたんですか?」
「うん。最近発売されたミーフォンXにしたの」
「えぇぇぇぇ、羨ましいなぁ! 両親が金持ちっていいなぁ!」
「別に両親を選んだ訳じゃないんだけどね」
「私だけミーフォン六なのかなぁ。流石に時代遅れ感はあるし」
「心配しなくても、きっとそんな人なんて幾らでもいるし。大丈夫だよ」
「フォローありがとう。んじゃあ、他の奴らが来るまで待ちますか!」
その発言を境に二人の間に沈黙が流れる。二人ともスマホに夢中になり、周りの出来事には一切注意を払っていない。そんな時だった。
「きゃあああ!」
茂みの中から突如として現れた中年男性は声を挙げないようにリリアの口元を押さえ、後ろへと引きずりこむ。
「リリアさん⁉︎」
峯はリリアの声ですぐに気づき、彼に対して渾身のタックルを決め、少しバランスを崩させることに成功する。
にもかかわらず、なんとかバランスを保った彼は、リリアを離すことはなく茂みの中へと入っていった。
「リリアさん! リリアさん!」
リリアが動けないように、しっかりと彼は彼女の身体を固定し、左ポケットから金色に光るライターを取り出す。そのライターには側面に一から九までのの数字がボタン式にある。彼は片手で複数のボタンを押すと、ライターが開き、火を起こした瞬間に二人ともその場から消えた。