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詭謀(13)


 「ふむ」


 室内の最奥から聞こえてくる落ち着き払った青年の声は、私にとって初めて聞く者の声であった。


 「議題の主役がお目覚めとあれば、彼の為にも改めて要点をまとめるのが良かろう」


 ギッと向けた私の拡大された視界の中に、玉座めいた大仰な椅子に腰を下ろした青年の姿が露わとなる。

 白いスーツの上から昔の書生のような形状の同じく白いマントを羽織った長髪の端正な青年。そのどこか鉢金を思わせる簡素な額冠(サークレット)がまず私の目を惹いた。

 小さめの丸メガネを掛け御丁寧にも白の手袋まで嵌めた品格のあるその物腰は、初対面である私にまず王侯貴族の立ち振る舞いを連想させた。

 移動図書館『司書長』ガザル=シークエに対する私の第一印象は、概ねそのような感嘆にまみれたものであった。


 司書長自らが私達のような“部外者”たる面々の前にこうして直接その姿を現すことは稀である。真偽は知らねど少なくとも所長の説明――常の如く後日に聞いた話となるが――ではそうであった。

 『国』を始めとする主要な都市には移動図書館の分所が置かれ、有事の際はそこに常駐する『司書』が担当区域の権力者の元に遣わされるのが常であるのだと云う。コルテラーナに影のように寄り添う老先生もまた、その正体は浮遊城塞オーファスに遣わされた――唯一の――『司書』であった。

 そのような慣習の元、所長が司書長ガザル=シークエによる表敬訪問を受けたのは、彼女が妖精皇国の『妖精皇』を名乗った時まで遡る。移動図書館が観測船『瑞穂』を隠すように建てられた『館』の傍に突如として現れ出でたのは、それが最初で最後であった。

 同じように『王』を名乗ったコバル公国のクォーバル大公の許にも司書長が訪れたのかまでは、流石に所長知る由では無い。

 そのような過去の経緯は兎も角として、司書長ガザル=シークエの意を受けて、その傍らに控えていた女性の口より、現状が把握できていない私に対して改めて示されたこれまでの『議題』というのは勿体ぶった割には至って単純なものであった。

 試製六型機兵(わたし)動力素(リンカーソウル)制御部に看過できぬ機能障害が発生しており、移動図書館内部の設備にてバロウルによる応急処置は行ったものの、至急浮遊城塞オーファスに戻り分解整備(オーバーホール)を実施する必要があるという、要は――私にとっては洒落としては些かキツイ――そういう案件であった。

 亡き母の姿を模したあの謎の“番人”の接触による弊害であることは疑いようもないが、我ながらあまりにも不甲斐ない結末であった。試製六型の運用試験としては元々が最終日であったが故に日程の影響は無いとは云え、成果を得たと胸を張って言える内容ではない。言える訳がない。

 気落ちする私であったが隣で細々と小声で――加えて相変わらずの仏頂面で――状況を補足してくれるバロウルのおかげで、今居る場所が移動図書館内部である事、そして奥の人物がその司書長であることまでは何とか把握できた。

 バロウルの説明を黙って聴く以外に選択肢の無い自分が歯痒いと思う気持ちすら、私には失せてしまっていたのではあるが。


 「キャリバー君、だったか……?」


 その配下であろう女性の説明が一通り終わった後、室内の最も奥にして上段に据えられた玉座めいた椅子に腰を下ろしたまま、司書長が鷹揚に私に声を掛ける。決して大声という訳ではないがその明朗な声は、室内のちょうど反対側の端に位置する私の許まで淀みなく届いた。


 「君が現時点で起動可能である唯一の六型機兵(ゴレム)である以上、我ら移動図書館としてもその損失は避けねばならぬ」


 芝居じみた仕草でゆっくりと、初めて司書長が玉座より立ち上がる。物憂げに灰色とも水色ともつかない長い髪が揺れている。美形は何をしても様になるとは言うが、檀上の司書長がまさにそれであった。


 「バーハラ君」


 「はっ」

 檀上でもある司書長の玉座の傍らの、階段状となった床の一段低い位置に控えていた女性がすぐに応じる。先程まで司書長に代わり私に現況を説明してくれていた女性であることは改めて言うまでもない。

 私にとって判明しているのが『バーハラ』という名前だけとは云え、この場で司書長に傅いている以上彼女も又『司書』であることは自明であった。


 「“早馬”の使用を許可する。同乗者については君の一存に任せる」


 「記録こそが全て(イルバ・シークエ)!」

 司書長からの下命に対し、バーハラが片手を高々と掲げて応じる。その寸分の乱れもない挙手の様は、通常の者ならば古の軍隊の親衛隊か何かをまず連想したことだろう。

 だが司書長の王侯貴族のような立ち振る舞いが原因だとは思うが、私が最初に連想したのはもっと子供じみた、特撮番組か何かの悪の秘密結社のソレであった。


        *


 司書長ガザル=シークエとの謁見――コルテラーナや所長が同席していた以上、正確には『会見』なのであろうが――も終わり、司書バーハラに退出を促された私達は、そのまま彼女に付いて移動図書館の“中庭”まで案内された。

 短い移動距離ではあったが、名前通り何所にでもある公立図書館を思わせる整然とした館内において、他の司書や守衛に出会うこともなかった。

 とは云え決して無人という訳ではなく何らかの人の手が入っているということは、据えられた水槽や飾られた鉢植えからも察せられた。自分に審美眼があるなどとは思ってもいないが、それでも“品が良い”ことくらいは――漠然とではあるが――分かるつもりであった。

 私のその推測は“中庭”に出てから一層強固なものとなった。お約束の噴水こそ無いものの花壇や庭木は存在しており、小まめな世話をされていることを誇るかのようにその全てが瑞々しい姿を私達の前に晒していた。

 「ほぅ」

 その中庭の中央部に、司書長の言う“早馬”は既に準備が整っているようであった。

 「ほぅほぅほぅ」

 新たな玩具を前にした子供のような――実際に幼女ではあるが――ナナムゥの反応はいつもの事としても、その隣でさも見知った物のようにしたり顔でフンフンと頷いているファーラの姿は意外ではあり、どこか滑稽でもあった。

 大きさとしては小型トラック程度でしかないその長方形の“早馬”は、まさに浮遊城塞オーファスで運用している揚陸艇のサイズをそのまま縮めたような無骨な外観をしていた。私は実在の軍事(ミリタリー)知識には乏しいが、それでも『自衛隊で運用していそうな装甲車両』というのが自分的には一番腑に落ちる形容であった。

 バーハラを先頭に置いて次の彼女の言葉を待つ私達の前で、その“早馬”の後部の“荷台”に当たる部分がバクンと二つに開く。その動きは甲虫が羽根を広げる様を私に連想させた。

 晴天の下に初めて露わとなる“荷台”の内部は、特に特筆するべき物もない文字通りの搭載用のスペースに見えた。だがその内壁に貼られている注意書きと思しき文字は――無論いまだに文盲である私が断言できるものでもないが――これまたオーファスの揚陸艇の物と酷似していることに私は気付いた。

 「やっぱりこれも飛ぶの?」

 相も変らぬ物怖じの無さで、ファーラが唐突にバーハラに尋ねる。それまで鉄面皮じみた彼女の顔が、それこそ豆鉄砲を食らった鳩のように驚愕に固まったのはちょっとした見ものではあった。

 よくぞ見抜いたと、バーハラに代わりファーラに答えたのは意外にもバロウルであった。揚陸艇と造りが似通っている以上、オーファスの工廠長であるバロウルが事前に“早馬”の事を知っていたとしても不思議ではない。出処が同じであると考えるのが普通であろう。

 尤もその“早馬”が元々はオーファスに付属していた物を移動図書館に譲渡したのか、或いは何処かよりの発掘品か何かをコルテラーナと司書長とで分配したのかまでは、無論私などが知る由もない。何れにせよ一つだけはっきりしていることは、移動図書館が小型とは云え貴重である飛行可能な乗り物を秘匿しているということであった。

 そもそもが中立を謳っている移動図書館が浮遊城塞以外には存在しない――六旗手である妖精機士ナイ=トゥ=ナイの光の翼は例外として――とされている飛行手段を秘匿しているという理由は分からないでもない。“鳥”ではなく“馬”という呼称自体が、飛行するという特性を秘する為の命名なのであろう。

 小型とは云え、飛行可能な足を持つという優位性は有事の際の切り札にも成り得る。それだけで痛くもない腹を探る輩はどこの世界にもいるのであろうし、その一方移動図書館側にもやましい事が皆無であるなどと誰が保証できるものでもあるまい。

 尤も、こうしてしたり顔で語っている私がこれら一連の事に思い至ったのはこれより後日、昏き奈落の底でのナナムゥとの取り留めのない会話の中でではあったが。

 兎にも角にも“早馬”である。予期せぬファーラの茶々入れから既に立ち直ったバーハラが、再び粛々と私達に今後の流れを手短に説明する。曰く、この“早馬”を用いて一足先に私とバロウルを浮遊城塞近くまで送り届けるとのことであった。

 「――近く?」

 不審げに首を捻るナナムゥに対し、バーハラの答えはあくまで端的であった。浮遊城塞の近くで降りてもらうと。

 中立を謳う移動図書館としては、“早馬”を直接浮遊城塞に乗り入れるような露骨な忖度は無用な憶測を生むので避けねばならないのでしょうと、バーハラに代わりコルテラーナが補足する。

 いくらザイフ村に近いとは云え僻地に潜む浮遊城塞を誰が見張っているのだろうという疑問はある。そもそもが“早馬”が移動図書館所属を示す旗でも掲げている訳でもあるまいし、無用な懸念なのではないかと思わないでもない。少なくともナナムゥの渋面を見る限り、我が幼主が納得していないことは明らかであった。

 それでも送り届けて貰う立場である以上、それ以上バーハラに食い下がる者はいなかった。それよりも別の問題が持ち上がったからというのもある。私が闇のカーテンに突入する際に生じた揉め事と、同じ類のものではあるが。

 自分とナイトゥナイも試製六型(キャリバー)に同行する――この場でカカトが言い出したこの提案が発端である。

 浮遊城塞に直接降り立つ事が適わぬ以上、万が一試製六型(わたし)に再度異常が生じて停止する可能性に備え、運搬用に妖精機士(スプリガン)が付いていた方がいいだろうというのが、カカトによる説明であった。

 その提案自体は妥当なものに思えた。普段ならばその為に用いられる揚陸艇は今は老先生と共に黒い森(クラム・ザン)の外れに駐留していた。その助けを借りずに湖面より僅かに浮いている浮遊城塞まで私の巨体を運び上げるとすれば、確かに妖精機士の力を借りるのが一番確実ではある。

 ここまでは理に適っており、異を唱える者はいない。ここまでは。

 ならばわらわも共に行くと当然のように名乗りを上げるナナムゥに対し、しかしカカトは断固として首を縦に振らなかった。

 「まあ聞け、ナナムゥよ」

 憤るナナムゥに対し、私の躰を壁代わりに――バーハラに聴かれないようにする為か――してカカトが耳打ちする。隠れ蓑にされた私の耳にも、その囁きの内容は辛うじて届いた。

 お前にはコルテラーナと所長を護る大役を果たして欲しい――カカトによる説得は、要はそういうことであった。

 カカトに加えナナムゥまでも抜けると、ここでコルテラーナを護る人員が足りなくなるという理屈である。クロや二人のシノバイドが――その内の一人は図書館の外部で周囲の警戒にあたっているとのことだが――あくまで『所長の護衛』であることを考えると、カカトの説得もそこまでこじつけめいたものではない。ナナムゥが不承不承気味であったとはいえ素直に引き下がったところをみるに、彼女にしても同様の懸念はあったのだろう。

 実のところ中庭への道中で既にバーハラからは黒い森(クラム・ザン)の外周で待機している老先生と揚陸艇まで、移動図書館の『守衛』を護衛として同道させるという申し出もありはしていた。その上での警戒を緩めていないということは、カカトとナナムゥの兄妹はそこまで『移動図書館』という組織を盲信してはいないということでもある。それが理屈ではなく本能的な怖れであったとしても。

 実のところ機兵(わたし)の運搬という点だけで見ればカカトの代わりにナナムゥと妖精機士(ナイトゥナイ)の組み合わせでも問題は無いし、極論を言えばナイトゥナイ独りでも事足りはする。だが誰もそれには言及しないところをみるに、ナイトゥナイはカカトと対でなければ動かないということの証――と周囲の諦念――なのであろう。

 妖精(フェアリー)は一つの事に執着してしまう傾向がある――かつて所長から聞かされたその悪癖からは、“六旗手”と云えど逃れることのできないということであろうか。少なくともナイトゥナイのカカトへの執着は、微笑ましいという域を大きく逸脱しているように私には思えた。

 尤もそのような種族としての特性を語るまでもなく、ナナムゥとナイトゥナイの二人だと反りが合わないであろうことは、まだ出会ってさして月日を経ていない私から見ても明白ではあるのだが。


 「――そろそろ宜しいか?」


 一足早く“早馬”の操縦席に乗り込み事前の計器チェックを行っていたと思しきバーハラが、半開きのドアから身を乗り出し私達を促す。

 私達の密談――あくまで渋々と云った感じでナナムゥが頷くまで――を待ってくれていた訳でもあるまいが、的確なタイミングの声掛けではあった。移動図書館への不信感を持つナナゥ達に対し、それだけの心使いでバーハラへの信頼を感じる私は自分でも単純だと呆れはする。持って生まれた性分なので諦めてはいるのだが。

 「それではお願いね、バロウルちゃん」

 “早馬”の後部の荷台部分に乗り込む私達に、コルテラーナが前に歩み出て見送りの言葉を掛ける。頷いて返すバロウルの貌は笑顔一つない固いものであったが、そこでようやく私は彼女の体調がいまだに不調であることに思い至った。

 バロウルが私と共にこうして一足先に浮遊城塞に戻るのも、その体調不良が原因の一つでもあるのだろう。長旅ではないにしろこの“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)までの道程は、バロウルにとっては厳しいものであったに違いない。

 顔にでも出してくれてさえいればまだ気の遣いようもあったが、良くも悪くも生真面目なバロウルの事である、ただ黙って耐えていたのだろうと私は嘆息せざるを得ない。私の妹も同じタイプ――他人に迷惑をかけるのを嫌う余り倒れるまで我慢して却って迷惑を掛けるタイプ――であるだけに、それ以上責める気にはなれはしないが。

 打合せ通り私とバロウル、そしてカカトとその懐のナイトゥナイを荷台に載せたところで、“早馬”がゆっくりとその天板を閉じる。何かナナムゥがピョンピョン飛び跳ねながら声を上げているのは覗き窓から視認できたが、その声までは届かない。その後ろでファーラが呑気に手を振っていた。

 かくして私達を乗せた“早馬”はそのままバーハラを操縦士とし中庭から垂直に浮上する。そして高度を低く保ったまま、浮遊城塞オーファスに向けて静かに飛び立った。

 この先で何が待ち構えているのか、知る由もなく。


        *


 「――この女に間違いないな?」


 暗がりの中どっかりと腰掛けた真紅の少年の問い掛けに、集まった子供達が一斉に頷く。それが悪ふざけではないことを確認――素直に答えていいのかオロオロしている子供がいるだけで充分であった――すると、少年(アルス)は右の掌の上に照射していたファーラの上半身の映像を消した。

 その手品めいた仕草に、それだけで子供達の間から感嘆の声が上がる。それまで用心深くアルスから離れ怯えていた幾人かの子供ですら、興味津々にその挙動を見つめていた。堪え切れず近寄って来た者すらいる。

 (入れ違いか……)

 物陰の暗がりの中、アルスの浮かべる表情は同様に冴えない。

 (相変わらず、どこまでも俺の手を患わせてくれる……)

 ファーラがこの浮遊城塞オーファスで子供達に交じって暮らし、そして先日に浮遊城塞の長であるカカトやコルテラーナを始めとする一行と共に出立した所までは間違いない。

 それが何日前のことであるのか、そして何処に向かったのか、戻りの予定がいつであるのか――付随する質問の正確な答えを子供達が知る由もなければアルスもそこまでは望んではいない。

 彼にとっての“尋ね人”であるファーラ・ファタ・シルヴェストルの仮初めの宿がようやく確定した。その情報の元々の出処は、何れの手の者とも知れぬコバル公国の間諜が商都ナーガスにてオズナにもたらしたものである。どう考えても謀略の臭いは消し切れるものではないが、結果さえ定かであればそれ以上の事には無頓着であるのがアルスであり、そしてそもそもが謀略などとは考えも及ばないのがオズナであった。

 定命の者の“謀略”などはするに任せて構わないとアルスは思っている。それよりも目下の問題は、角の生えた“珍客”であるアルスに対し押し合い圧し合いしながらその周りにわいわいと集ってくる浮遊城塞の子供達にあった。

 (煩わしい……)

 アルスは幼体(こども)の相手が不得手であった。注意を怠って下手に触れるとそれだけで命を落とす為である。

 幼体成体の区分に関わらず突然死を迎えようが、そもそも“死”が定命の者の等しい“結末”である以上そこにさしたる差異はあるまい――これまでアルスはずっとそう思ってきた。

 だが、どうも“生き死に”というものはそこまで整然としたものではないらしい。それが――不覚にも――ファーラと共に螺旋時空を流浪しながら、アルスが彼女を通して知った一つの事実であった。

 それが真実か否かにはアルスの興味はまだ無い。ただファーラの“生き方”には興味があった。

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