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詭謀(12)


        *


 「遅い……!」


 カカトは腕組みをしたまま苛立たし気に呟くと、僅かに離れた先にそびえる『図書館』の無人の玄関口を睨んだ。

 「待つしかないでしょう」

 その横に敷いた敷物の上で背筋をピシリと伸ばして正座した所長が、渋面を崩そうともしないカカトをやんわりと窘める。図書館の敷地外とは云え、さして距離の無い真正面に護衛のクロを背後に従え優雅に座る所長の姿は些かシュールを過ぎたものであった。

 彼女の前には――大胆というか人を食ったというべきか――簡易な石のかまどが組み上げられており、更にはそこに火までがくべられていた。その上では危なっかしいバランスで置かれた小さな鍋が、ポコポコと半透明の黄色い液体を沸騰させていた。

 「ここで、秘蔵のグラージの粉を!」

 所長の対面で両膝を抱き抱えるような姿勢で鍋を見張っていたファーラが、指先に一掴みの粉末を無造作に鍋の中に振り掛ける。鍋の中の黄色の液体が、あっという間に無色透明のソレへと劇的に変わった。

 「はい、どうぞ」

 「これはご丁寧にどうも」

 所長はファーラが鍋から注いでくれた木のカップを、会釈と共に受け取った。料理が趣味だと公言するだけあって、普段はどこか言動の危なっかしいファーラではあるが、鍋を扱う動作は確かに手慣れたものであった。

 (イブン産黄金茶、ですか……)

 ファーラの謎の粉の効力か、鍋の中で沸騰していた筈の液体はカップの中で既に飲み干すに問題の無い適温であった。

 『茶』とは言いつつも何が由来なのかも知れぬ怪しげな飲み物を毒見も無しに嗜むなど、モガミが知れば卒倒するであろうな、などという意識は所長にもある。それでも所長が黄金茶を躊躇なく口にしようとしているのはファーラを信用しているからというのが無論最大の理由ではあるが、モガミへの当て付けめいた気持ちも無かった訳ではない。

 そのような拗くれた愉悦めいた気持ちがはしたないものである事は所長自身が良く理解している。常に配偶者であるカルコース姉妹と共にあるモガミに対し、そもそもが暇を出した側である自分が不満を口に出せる立場にはないことも然りである。

 世の中には理屈では割り切れないことは多々あるが、それでも理屈を元に動かねばならぬのが幼少期より所長に求められた『生き様』であった。

 モガミに対して不満と我が侭を口にすることができていたらと嘆くことは、とうの昔に諦めていた。

 「……」

 黒い瞳を煌めかせてこちらを窺うファーラをこれ以上焦らす訳にもいかず、所長は思い切りよくクィとカップの黄金茶を一口飲んだ。俗に云うタヌキ顔である所長の垂れ気味の瞳が真ん丸に見開かれたのは、実にその直後のことであった。

 「これは……!?」

 人肌の温もり程度の適温と化した黄金茶の、その予想だにしなかった豊潤な風味が所長の口の中いっぱいに広がる。その余韻をしばし満喫した後、所長は掛け値なしの称賛を口にした。

 「……見事です」

 改めてお辞儀をする所長に対し、それが礼節だと察したのかファーラも同じくお辞儀で返す。一回り以上の歳の差があるとは云え2人の姫は顔を上げると、所長は微笑をファーラはニカッという満面の笑みを互いに返した。

 「貴方達もいただきなさいな」

 閉じた世界(ガザル=イギス)で用いられている共用語は、あまり凝った丁寧語や尊敬語は有していない。ナナムゥのように――何故か――極端に癖のある発音しかできない者もいるが、それはそれとして基本的にはあまり凝った言い回しを考慮していない簡素な言語であった。大元となった言語は、これも不思議なことに伝わってはいない。

 所長に促され、渋々ながらもカカトはかまどの前に腰を下ろした。彼の周りを離れることのないナイトゥナイが、今度もまた当たり前のようにその胸元から顔を出す。

 はいとファーラから差し出されたカップを受け取りながらも、カカトの険しい視線の向く先は変わりはしない。

 突如として“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)に現れた、眼前の『移動図書館』へと。

 何処にも存在せず、そして何処にでも現れる――明らかに尾鰭の付いた噂話の類でありながら、移動図書館に関してのそれは真実であった。

 試製六型機兵(ゴレム)愚者(キャリバー)』とその介添え役としてのカカト達が闇のカーテンをくぐった後、歩哨であるシノバイド達ですらも移動図書館がいつからそこに出現していたのか定かではない。

 半球状の“闇”によって彼等の拠点からちょうど死角となる位置に建っていた為である。

 出現を告げる音も衝撃も無く、気が付いたらそびえ立っていたという点では民話の幽霊屋敷と何ら変わりはしない。

 とは云え半ば朽ちた幽霊屋敷とは異なり、大理石と思しき白き壁面からなるその建造物は所長をして由緒ある洋館を連想させた。

 外観としては主として角張った造りで、玄関の上に張り出した上階を丸い幾本もの柱が支えている。元は“黒き丘”として草一本生えぬ荒れ地であったにも関わらず、建物の『敷地内』は隙間なく石畳で舗装されていた。

 移動図書館――所長にとってはこれが二度目の遭遇ではあったが、噂の割にささやかな施設であるなという初見での感想に変わりはない。

 陽光の下で白い輝きを放つ二階建ての図書館の外観は確かに壮麗なものではあったが、敷地の面積としては所長の知る如何なる庭園にすら及ばぬこじんまりとしたものである。その内部に膨大な書物を所蔵しており、その管理の為の『司書』の集団を抱えているとは到底信じられぬ規模の大きさでしかない。まして、蔵書の山とは別に貨幣の鋳造所まで兼ね備えているにも関わらず、である。

 確かにこの世界に堕ちてきた者達が携えていた様々な書物や記録の類を収集し、同時に彼等各々の言語も体系立てて記録しているというのは、多くの者にとっては噂話の域を完全に出るものではない。書物の収蔵までは真実であろうが、貯め込んだそれを一般に公開しているという訳ではないからである。

 その点においては所長にしろカカトにしろ、組織の長という立場――例え『妖精皇』という立場が象徴としての役割しか果たしていないとしても――である以上、移動図書館自体を直に目にする機会があるだけ恵まれている方である。それに加え司書が書物を収集し或いは写本の為に借り受けに参上する場面も、“新参者”に面会し共用語を教示する傍ら言語の対応表を作成している場面のどちらにも接する機会も幾度かあった。

 だが逆に言えば、妖精皇国の『妖精皇』である所長をしてその程度である。原則として移動図書館としての活動は全て司書の側が出向いての事であり、何人であるにしろ図書館の内部に入ることは許されなかった。

 無理に押し入ろうとした者がいるというのは流石に所長も聞いたことはないが、万が一の有事の際も『司書』とは別に図書館に控えている『守衛』に阻止されるだろうと、何かの折にコルテラーナが口にした事はあった。

 「……」

 所長はカップを正座した太腿の上に置くと、改めて扉を固く閉ざしたままの図書館の入り口に目をやった。

 カカトとナイトゥナイが停止したキャリバーと共に“闇”の内から帰還を果たしたのは、彼女達が移動図書館の出現を知ったすぐ後のことであった。

 普段は冷静沈着なバロウルがあそこまで慌てふためいた事にも驚いたが、それよりもそのバロウルとコルテラーナ、そして意識を失ったままのキャリバーのみが図書館に招き入れられた驚愕は更にその上をいっていた。

 (『古き者』……)

 コルテラーナが自嘲気味に己をそう評することがあること所長は知っている。その『古い』が故に移動図書館との何らかの特別な伝手があるのだろうというのも分かる。

 そもそもが互いに非干渉の『盟約』を最初に結んだ間柄である。この10年でそれなりに友好的に接しはしてきたものの、心の奥底にコルテラーナに対する言いようのない疑念は常にある。

 そのコルテラーナと、そして影のようにその周りに寄り添うガッハシュートの正体を明かしたいという好奇心が所長に無い訳ではない。

 だが『御身の為にも』とそれに自重を促すモガミの言葉に信を置いているだけのことであった。

 「……」

 モガミの顔を思い出し、僅かに所長の貌に陰りが増す。意識を図書館から逸らしてしまっていた彼女に対し、カカトが不意に鋭い声で注意を引く。

 「――所長!」

 ハッと顔を上げる所長の横で、当のカカトも空のカップを置いて立ち上がる。その場にいるほぼ全員が身構え凝視する中、図書館の両開きの扉が内側より重々しい音と共に大きく開き始めた。

 「――ようやくか!」

 ガッハシュートを探してくると云って飛び出したままこれまで何処に潜んでいたのか、ナナムゥが所長達の前にクルクル回りながらストンと着地する。

 一人落ち着いたファーラが自分のカップにコクコクと口を付ける中、図書館の扉の奥より一同の前に姿を現した人影は一つであった。

 「まさか――」

 所長の声が僅かに戦慄く。彼女の予想ではコルテラーナ達がそのまま出てくるか、或いは『司書』や『守衛』から誰か遣わされるものだと思っていた。

 しかし違った。こちらに無言のまま静かに歩み寄って来るその人物を――女と見紛う程の薄灰色の長い髪を風になびかせ進むその人を――所長は見知っていた。

 「アレが――!?」

 ナイトゥナイもまた緊迫した面持ちでカカトの胸元から彼の顔を見上げ、カカトがそれに対し無言の頷きで返す。

 その時には既に所長も立ち上がり、5m程先のその人物を出迎える為に速足で歩み出していた。彼女の背を護るように、クロが更にその後を追う。

 「何者じゃ?」

 明らかに周囲の雰囲気が一変したことに、取り残された形となったナナムゥがカカトの裾を引いて尋ねる

 「俺もまだ一度しか合ったことはないが……」

 所長と同じくカカトもその人物に直に対面したことは一度しかない。拝謁に訪れた人物の顔を憶えることが半ば習慣づけられている所長とは異なり、カカトに関しては人違い憶え違いの可能性もないではない。しかし彼にとって、現れた長髪の人物の正体に関しては確として揺るぎないものであった。

 “旗”を保有する六旗手は互いに相手が六旗手であることが感覚として判る――“彼等”が仕向けた“旗手”が相争うための『補助機能』、それによりカカトは歩み寄って来る相手が同じ六旗手の一人であることを否が応にも察知してしまっていた。

 ナナムゥと同じくその人物と面識のない六旗手ナイ=トゥ=ナイが、驚愕と共にカカトに目線を向けた理由もそこにある。六つの旗の内、その半数がこの場に集ったのである。

 「まさか直接出てくるとは思わなかったが……」

 かつて実際に対面した際に二言三言の言葉を交わした憶えも有りはするが、その勿体ぶった物言いと尊大な態度に、カカトはその六旗手とは性が合わぬとあまり良い印象を持っていなかったことを改めて思い出した。

 「で、結局誰なんじゃ!?」

 ナナムゥの苛立ち気味の再度の問い掛けに、カカトは渋面をもって応えた。

 「移動図書館の司書長にして六旗手の一人、ガザル=シークエだ」


        *


 ――何も無い暗黒の空間の中で、自分の魂魄だけが縋るものなく漂っている……


 この機兵(ゴレム)の躰に魂魄を移され、起動直前の度に渦巻いていたこの心細さを痛感するのも随分と久々な気がする。

 “黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)に挑むにあたり、実際に稼働状態を保ったままで“眠り”に就かなかったというのが一番大きな理由であるが、それ以上に私がこの世界に馴染み無駄に気を張る必要が無くなったというのがあるのだろう。周囲に居てくれる皆が、私にとって信頼に値する良き『恩人』であるということだが、それに関しては感謝しかない。

 いまだ朧気な私の脳裏に既に聴き慣れた女の声が細切れに届く。“眠り”についたままの私に対してか、或いは私以外の誰かに語り掛けているのかまでは定かではないが、その声の主がバロウルであることだけは聞き間違えようもない。

 折角の粒体装甲を披露することすら叶わず、唯々カカト達に助けられるままであった不甲斐ない私に対し、怒り心頭であるのだろうなとは思う。

 生真面目な性格故でもあるのだろうが、バロウルが私に向ける言葉は常に短く辛辣であった。身に覚えがあるだけに気を悪くする資格など私にはないが、それでも居たたまれない気持ちになるのが常である。幼い時分に母親に小言で責められる感覚と言えば、理解してもらえるのだろうか。

 このまま眠ったままでいたいなどという、それこそ子供のような後ろ向きの欲求に負けそうにもなるが、そういう訳にもいかないことも私自身が一番良く分かっていた。

 醜態を晒すだけの結果となった私ではあるが、それでも見聞きしたことを――“彼等”と思しき“意思”の存在を――報告せねばならない責任がある。私なりの、ささやかな矜持と共に。


 “――試製六型、稼働開始”


 再び私の内で声なき声が響いたということは、少なくとも今の自分がいる場所が闇のカーテンに覆われた暗黒の世界から脱しているということでもある。

 かつてはナナムゥに、そして新たにカカトとナイ=トゥ=ナイの二人にこの身を救われたのだ――再稼働した私の現状認識は、せいぜいその程度であった。


 「……ヴ?」


 開けた視界に最初に飛び込んできた光景は、私には咄嗟に理解できないものであった。

 応接室と思しき広い室内には、見知った顔が揃っていた。コルテラーナと所長、ナナムゥやカカト達は言うに及ばずクロや2人のシノバイドの内の1人もいた。

 クロが居るということはこの室内の入り口やそこに繋がる通路がかなり余裕をもった造りであるという証左でもある。そもそも宿屋にも入れぬ筈の巨体の機兵(じぶん)自身がここにいるのだ。

 だがそれ以上そのような細かい点を思案する余裕などは私には与えられはしなかった。私のすぐ横から盛大な溜息が聞こえてきた為である。

 「ようやくお目覚めか……」

 明らかに怒気が含まれているその声の主は、言うまでもなくバロウルである。衆目を集めてさえいなければ更なる罵声の一つでも飛んでいたのだろうと思う。プイとそっぽを向くバロウルの顔が私に対する苦々し気なものであろうことは、流石の私でも察せられた。

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