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詭謀(11)

 「――ヴッ(ふたは)!!」

 もしも私の前身が只の小男ではなく何らかの心得のある“玄人”であったのならば、或いはこの段階で自爆を選んでいたのだろうか。人の身でなくなった自分と妹、そして“母”の姿を模した忌まわしき存在の全てをこの場で清算するという選択を、迷わず実行できたのであろうか。

 自爆という手段が霧に等しい“彼等”に対する有効打となり得るかどうかは置くとして。

 詮無き妄想は兎も角として、私は妹の魂魄の宿ったという六型機兵の損傷が軽微であると云う不可解な事実に対してすら、気を回す余裕は無かった。初めてこの世界で目覚めたあの夜、遥か上空の浮遊城塞オーファスから落下したにも関わらず、妹である機兵の躰はほぼ原形を保っていた。幾ら固い石の装甲に守られていたとしても、物理的にあり得る話ではない。

 それでも後からの理由付けとしては容易な方であろう。“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)を覆うドーム状の“闇”がある種の緩衝材として作用したのだろうという推察は、誰もがまず第一の理由として挙げるに違いない。


 “サリアの子も、少しは工夫してきたと見える”


 ゆらゆらと、“母”の表面が殊更に波打つ。それが我々で云う“笑い”なのではないのかとの疑問が、私の脳裏をチラとかすめた。


 “血族で揃えたか。なればこそ子の子等として兵の数を揃えるのも難しかろうに”


 “母”の声は一聴する限り私への問い掛けにも似ていたが、初めからこちらの回答など求めてなどいないことは明らかであった。


 (嫌なところだけ、母さんと同じか……!)


 例え何か反論したところで自分の意見など始めから黙殺されてしまう――母には母なりの確固たる正義があったのだろうが、私が自分の意志というものを表に出す事を避けるようになったのはその経験によるものである。

 その母と同じような威圧的な雰囲気を私は目前の“母”より確かにこの身に感じた。

 そもそも六旗手でない私のような存在など、“彼等”からすれば元より始めから取るに足らない存在であろう。私が気にすべきは自分の意識なり――最悪ヘタをすれば――記憶なりまでもが読まれているらしきことの方であった。だがこの機体に内蔵されている自爆装置の件を失念していた事も、思考が筒抜けであるらしいという遥かに重大な懸念であるその事も、亡き母に対する複雑な想いのあまり私はそれに注意を払えなかった。払うどころの話でもなかった。


 “兄妹共に安寧の眠りに付くが良い”


 浮遊する“母”が、片膝を付いた体勢のままの私に覆い被さるように迫り、無造作にその腕を伸ばす。わたしは夢中で手元にあった物を投げつけてみたけれど、それはさっきの閃光弾と同じでまったく無駄な抵抗だった。

 直撃を受けた“母”の上半身が一旦は雲のように四散はしたものの、私の眼前でたちまちの内に収束を完了した。そのような描写のある宇宙(コズミック)ホラー小説を読んだ憶えもあるなというのを、脳裏の端に思い浮かべる間もなく、である。

 投擲によって“母”の躰を貫通したソレの正体が、先程一旦は拾い上げた三型であったと気付いた時には、既に硬貨型の機体は背後の闇に呑まれ消えていた。悔恨の念はしかし、己自身の置かれた窮地によってたちまちの内に掻き消えてしまっていた。

 “母”の伸ばした指先が、当たり前のように私の石の胸部装甲を透過する。メスを使わず患部を摘出する心霊手術なるものが実在するとしたならば、こんな感じであるのだろうか。このような緊急時の為の粒体装甲であった筈だが、あまりの事に凝固してしまった私は咄嗟に起動させることすらできなかった。

 一つだけ弁明させて貰えるならば、私の想定した粒体装甲の起動状況があくまで行く手を阻む異空間に対してこの身を護る為という状況下であり、個に対抗する為など考えもしていなかったという面が大きい。或いはもし起動できていたとしても本当に“彼等”に対して有効だったのかという根本的な恐れすらあった。今まさに装甲がなんなく浸食されているのと同じ状況が再現されただけではないのかと。

 「――ヴ!?」

 亡霊に心臓を掴まれる――そのような表現を何かで読んだこともある。おかしな話ではあるが、心臓どころか肉体そのものを失くした魂魄だけの存在でありながら、今の私はそれに似た無力な状態であった。機兵(ゴレム)として何か大事な部位を害されていると直感的に察しはしたが、触れる事すら叶わぬ超常の存在相手に対処する方法など思い付ける筈もなかった。

 死を覚悟した、というのは大仰に過ぎると自分でも思う。だがこの時初めて、機兵の身になってから薄れた、或いは失せたとばかり思っていたとある感情が己の内にどす黒く広がっていくのを私は知った。

 すなわち“恐怖”の念である。

 逃げねばと逸る気持ちだけが先走りはしていたが、“母”の腕がズブズブと自分の内にめり込んでいく悪夢のような光景を前にただ放心して見守ることしかできなかった。まるで他人事であるかのように。

 巨体であるが故に“母”の指先はまだ内部の浅い箇所しか撫で回しはしていない。だが、このままでは――

 「ヴ!?」

 次の瞬間、私は何か強い力に引っ張られ無様に倒れ込んでいた。それも“母”に向かって前のめりにではなく背中側へと。

 胸部に差し入れられていた“母”の右腕がそのまますっぽ抜けるのが視えた。どこか滑稽ささえ感じる軽妙な動きではあったが、果たしてあのまま“母”の前に無様を晒していたならば如何なる不測の事態となっていたことか想像もできない。何もかもが朧気な醒めることの無い悪夢のようなこの世界で、自分の石の巨体が物理的に背後に引っ張られていることだけは確かであった。


 「思っていたよりも早く出てきたな!」


 地獄に仏という言葉が今ほど似つかわしい状況もそうはあるまい。釣られた魚のように背後に引き摺られる私の背後から、旗の変じた電楽器(エレキ)を携えたカカトが入れ違う形となって突進してくる。

 すれ違い様に偶然にも私の躰に触れた、青い光の尾を引く彼の長いマフラーですらこれ程までに心強く感じるとは思わなかった。


 “無茶は慎めと言っただろう!”


 何か不可視の網を手繰り寄せながら、妖精機士(スプリガン)ナイ=トゥ=ナイの怒声にも似た電子音声が響く。その機士の背中一杯に広がる虹色の光の翼が異質な煌めきをもって周囲の“闇”を払い、半ば自失していた私はようやく自分を取り戻すことができた。

 我に返って初めに気付いた事は、固い硬質のパネル状であった足元が再び不毛の土の大地へと変じていることである。前方にも後方にも無限に伸びていたロールロードの白い“道”のイメージも、当たり前のように失せてしまっていた。

 私は窮地を脱したことを知った。

 その代償として、あれほど探し求めた六型機兵(いもうと)機体(からだ)も、それ以外の機兵の朽ちた群れ−−“母”の言葉を借りるならば彼等こそ『サリアの墓守』であるのだろう――も同じく夢幻であったかのように闇の中に等しく消え失せていた。

 それを口惜しく思う資格など自分にはない。潔く“死”してあの葬列の一団に加われば良かったなどと思うまでに錯乱もしていない。

 (こうなることを予見してカカト達はギリギリまで付いて来てくれたのか……)

 おそらくは始めから私の躰の各所には、カカトにより不可視の“糸”が括り付けられていたのだろう。変事の際にはそれを“綱”に一纏めとして同じ機兵である妖精機士の膂力を用いて引き戻すというところまでは想定内というところであろう。

 初めから一言断っておいてくれていればと思わぬでもないが、事前に“命綱”がある事を知っていたならば気の緩んだ自分が迂闊な行動を取っていた恐れもあったなと妙に納得もする。

 私達を背に庇いスックと立ったカカトが、軽く周囲を見回しながらギャインと電楽器をかき鳴らす。それは先日のスキューレとの闘いの際にも聴いたカカト特有の一連の流れではあるのだが、この暗黒の世界の中では電楽器の演奏が響き渡ることもなくか細く“闇”に呑まれ消えていった。

 だが、それでも私にとってカカトの背中が如何に大きく頼もしく見えたことか。

 「ナイ、そっちで何か視えないか!?」

 油断なく電楽器を構えながら訊くカカトの言葉に、私は既に“母”の似姿である霧の塊の姿も完全に失せていることにようやく気付いた。

 “駄目だ、こちらにも反応は無い”

 ナイトゥナイの淡々とした返答を聴きながらも、私は今すぐにでもここから逃げ出したいという衝動に駆られていた。その場で這って逃げるまでには取り乱しはしなかったが、失くしていた筈の恐怖の念に強く突き動かされたのは事実である。

 そうしなかったのは助けに来てくれた六旗手の二人に対する義理と、そして自分の中に僅かに残っていた見栄と面子によるものであった。

 チッと舌打ちをしたカカトが、独特な仕草で両腕を軽く周囲に向けて振った。その動作が四方にアンテナ代わりの“柔糸”を張ろうとしていたのだろうというのは、後日ナナムゥに聞いた話である。先端を固定できる壁面が無い故に断念したのであろうとも。

 それでも何かがこの場に留まっているらしいことを本能的に察したのであろうか、カカトはそのまま電楽器を――そもそもが“彼等”が用意したという“旗”を――これ見よがしに掲げ高らかに叫んだ。

 「6本の内の2本しかこの場には無いが、姿を見せても罰は当たらないんじゃないか!?」

 “馬鹿!”

 吃驚の声を上げるナイトゥナイとは対照的に、彼女の足元に蹲る形となった私は無力感も手伝い、ただカカトの口上を見守る他なかった。この石の躰で腰が抜けるなどということもあり得ないが、立ち上がる気力にさえ欠けていたというのが正直なところである。

 もし、カカトの望み通り“彼等”が再び私達の前に再臨していたらどうするつもりだったのかは分からない。カカト本人もそこまで深く考えていなかったのではないのかというのが後のナナムゥの見解である。

 だが固唾をのんで事の推移を見守る私達の前に、何かが再び姿を現すようなことは遂に無かった。その代わりという訳でもあるまいが、ナイトゥナイの光の翼に照らし出される周辺の“闇”の表層が、私達を遠巻きに明らかに波打った。それも激しく、断続的に。

 それが何故かは分からない。分からないが、それでも嘲笑であるということだけは疑いようがなかった。それは私の気のせいなどではなく、この場にいる全ての者がそう感じていることは、忌々し気なカカトの舌打ちからも明らかであった。

 「6本揃わねば用無しってことか」

 掲げていた電楽器を首の後ろで両肩に担ぎ、カカトが負けじと皮肉めいた笑みで応える。涼しい顔こそしていたが地面をトントンとブーツの爪先で叩くその姿は、彼が苛立ちを抑えている証左であった。

 その白目の少ない碧眼が、やがてスッと細まる。

 「そっちが舐めた態度を取るならば――」

 “行くな!!”

 足元の私を押し退けんばかりの勢いで間髪入れずにナイトゥナイが静止に入ったのは、相も変わらず見事なタイミングであった。こうなることを予期してはいたとしか思えない。擦れいく視界の中で、私は部外者めいてただ両者のやり取りに耳を傾けることしかできなかった。

 “何度も言わせるな、カカト! 深追いしないと約束したじゃないか!”

 「……まだ行けるはもう危ない、だったな」

 どこか懇願めいてすらいるナイトゥナイの言葉の前に、今にも駆け出そうとしていたカカトの動きが止まった。彼の青いマフラーの光の尾が綺麗な弧を描き、その先端の動きによって私は彼がこちらに踵を返したことを知った。

 “闇”の彼方に背を向け私達の許まで歩いて戻って来るカカトは、それでもその途中で一度だけ未練がましく背後に――何処かに潜んだままであろう“彼等”に――振向けて振り返りはした。

 だがそれも一瞬の出来事に過ぎず、戻って来たカカトが私達に見せる表情は苦笑交じりではあったが落ち着いたものであった。

 “まったく君は――”

 ナイトゥナイの盛大な溜息を、私はどこか自分とは別の世界のもののように朧気に聴いていた。

 ここに至るまで自分の異常を自覚できなかったのは、普段なら警告を伝える声なき声が不在であった為だとは云え不覚どころの話ではない。正確には、擦れ気味である視覚の異常には薄々気付いてはいたが、あくまで推奨外である機兵(ゴレム)の連続稼働による一時的な障害だと思っていた。思いたかった。

 何の役にも立っていないどころか、機体(からだ)の不調で最後まで足を引っ張るようなことはしたくなかったという、詰まらぬ矜持によるものである。

 だが、如何にくだらぬ面子を取り繕おうとも私は自身の躰の傾きを停める事すら叶わなかった。“彼等”に触れられたことで、自分の中の何か大事な部分に損傷を受けている事を認めざるを得なかった。

 蹲っていただけの巨体が傾ぎ、視界を覆う漆黒の世界が切り替わる。周囲を取り巻く本物の“闇”から、機能不全による己が内の盲目の世界へと。それは夜の帳の中、眠りに就く為に瞼を閉じる行為と同じであった。

 カカトとナイトゥナイの緊迫した声を聴きながら、私の意識は失せていった……。

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