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詭謀(9)

 初日の今日はこのまま無事に終わるだろうというわたしの根拠に乏しい気楽な予感は兎も角として、もし万が一この身に不測の事態が起こったとしても私の腰に1機だけ据え付けられた三型が、分離して独力でコルテラーナ達の許に逃走する手筈となっている。逆に言えば試製六型(わたし)自身はその場に打ち捨てられると云うことでもあるのだが、それは仕方のないことだろう。後は亀のように丸まって、カカト達の救援を信じて待つだけである。それもいつまで持つかは分からないが。

 それでも、先陣の三型達と同じくそのまま見捨てられたとしても恨むようなことはない。或いはほんの少しだけ恨みを抱くかもしれないが、試製である以上それは仕方のない、それだけは心得ているつもりであった。

 文系の私には詳しいことは判らないが、腰の三型は私が杭打ち作業に専念している今も闇のカーテンの内側であるこの異空間の様々なデータを収集しているのだという。全ては浮遊城塞オーファスの機兵(ゴレム)技術の遺産と観測船『瑞穂』が保持する科学技術の融合が成し得た御業なのだと、バロウルの言葉を借りればそうであった。

 この手の技術的な話が全て誰かの受け売りであるのはいつものことである。異なる世界間の技術の融合など些か眉唾ものの都合の良さを感じないでもないが、使う側の私にとっては上手く機能してさえくれれば問題は無い。興味自体が無いと云えば嘘になるが、技術的な競合や干渉のあれこれは所長やバロウルの領域である。

 「ヴ」

 私は再びロールロードに目を向けると、黙々と杭打ち作業に勤しんだ。今はまだ浅部であるが自分が作っている“道”の先が、妹の魂魄(たましい)が封じられた機兵の許へといつかは繋がる、その日が訪れることを励みとして。


 結局のところ初日の500mの杭打ち作業は、何のトラブルもなく無事に終了した。

 風も音もない永劫の暗闇の中には、私が杭を打つ音が響いた以外には何一つ変化は無い。それに惹かれて寄って来るような異界の徒など現れよう筈もない。作業中は無心であった為にそこまで意識することもなかったが、作業を終え独り元来た“道”を引き返す際に、“闇”の只中にぽつねんと存在する自分を痛い程に意識することともなった。まるで自分が深海魚になったかのようだという、何とも言えぬ寂寥感は長くこの胸の奥に残った。

 最後に射出した炸裂岩(アルゴス)が帰投の合図も兼ねていた為に、闇のカーテンで隔てられた陽のあたる世界の下に再び戻って来た時には――さすがに哨戒中のシノバイド達やカカトを除き――皆が総出で出迎えてくれた。

 ナナムゥにピョコンと頭に飛び乗られながら私の単眼があまりの眩しさに眩んでしまったのは、それが決して陽の光によるものだけでないことを私は知っている。

 調子に乗って取り乱さぬように心中で努めながらも、私は自分が既に帰る場所を得ているのだということを改めて確信していた。


        *


 二日目の作業予定も、距離としては初日と同じ500mの“道”の開拓を行う手筈となっていた。そもそも今回の計画自体がそこまでの本格的な突入調査を予定している訳ではなく、3日で計1.5?というあくまで橋頭保の確保として立案されたものであった。

 だが進む距離自体は等しくとも、初日と比べて大きく異なる点も無論ある。それが私の後に続く随伴員の追加であった。

 実を言うと、昨夜はその事でかなり揉めた。より正確に言うならば、自分も付いていくとナナムゥが駄々をこねたという訳である。

 それを所長とバロウルで何とか宥めすかして――カカトが“闇”の中に向かう以上、彼に代わってこの森で生まれ育ち実情に詳しい者に周囲を警戒してもらう必要がある云々――ようやく話がまとまった次第である。

 そういった訳で二日目は私とカカト、そしてナイ=トゥ=ナイの三人で連れ立って闇のカーテンをくぐって内部に向かうこととなった。

 ナナムゥがごねた理由としては、当初の予定では五型機兵である妖精機士(スプリガン)の装甲に守られたナイトゥナイのみが随伴する予定だったところを、息が出来るならば問題あるまいとカカトが急に名乗りを上げたことにある。

 何度もこんな魔境を行き来するのはまどろっこしいので、可能な検証は出来る内に済ませた方がいいというのがその理由であるが、或いはそれは口実で単に深部に独り向かう私を気遣ってくれたのかもしれない。


 「しかし、つまらないにも程があるな」


 私の荷車に据えられた物とは別のカンテラを片手に掲げ、杭を打って造った“道”の真ん中を先頭に立って歩きながら、カカトが何とも気の抜けた声を発する。

 その左肩にチョコンと腰掛けたナイトゥナイが、呆れた声でそれに応える。

 「気楽で羨ましいな、本当に」

 嘆息するそのナイトゥナイにしても、妖精機士に搭乗しての随伴という当初の予定とは異なり、カカトに合わせたのか生身のままである。そもそもが私の背後に随伴するという話だったのが、それすらもまったく守られていない状況である。

 一晩経った――永劫の闇の中では意味のない基準ではあるが――現状においても、昨日私が道標として打ち込んだ杭は全てが健在であった。傾いだり抜けたりといった物は1本も無く、それが却ってカカトにとっては『つまらない』といったところなのであろう。まだ浅部でしかないこの場所で何かあっても困るのではあるが。

 何れにせよ、昨日の私の順調な成果を受けて六旗手である二人の規律が些か緩み始めているのではないのかと私は危惧していた。いくら1km地点までは三型による帰還が実証されているとは云え、隔離された孤立無援の深部に向かっていることに変わりはないからである。

 しかしそれが私の杞憂であることはすぐに判った。闇のカーテンの侵入口から500m地点、すなわち昨日の私の作業終了地点に到達したところでカカトの軽口がピタリと止んだ。カンテラとその照り返しを受けて煌めく彼の青いマフラーの輝きの下で、白目の少ない碧い瞳がまるで深部を見通すように油断なく睨め付ける。その気迫は石の肌しか持たぬ私にも充分感じ取れる程の鋭いものであった。

 心強さという点において、これ以上のものはあるまい。

 だがそれでも、それでもここから先は私の受け持ちである。私なりのささやかな矜持においても。

 「ヴ」

 会釈代わりに単眼に青い光を点滅させ、私は足を止めたカカトの前に一歩踏み出した。

 「――」

 カンテラを持たない方の腕を僅かに伸ばし、カカトが何かを私に言いかける。だがその口から何か言葉がかけられるその前に、ナイトゥナイが素早く彼の耳を引っ張りそれを制した。

 「この先には行かぬ取り決めだ」

 人形のような固く美しい外見に違わぬ淡々としたナイトゥナイのその言葉。それを聞いたカカトが唇を噛み、そして掲げた腕を引く。

 この最低限のやり取りで互いの心が通じる様は、やはり二人が同じ六旗手のパートナーとして長く共に行動してきた故の機微というものなのであろうか。

 「君に何かあったら私も困るからな」

 追い打ちの言葉の一撃に一瞬カカトが眉を顰めたのは、ナイトゥナイの言い様が、聴く者によっては試製六型機兵(わたし)ならばどうなろうと構わないという意味に捉えかねないということに気付いたからであろう。

 例え私自身がそれを承知していようとも。

 「ヴ!」

 私が右の拳の人差し指と中指だけを揃えて伸ばし、『問題無し』の意思表示としてこめかみの辺りで――柄にもなくおどけて――ピッと振ってみせたのも、今度は私の方が逆にカカトに気を遣ってのことであった。

 私としてはそれなりに会心の決めポーズのつもりではあった。問題は、我々の目と鼻の先が今日のロールロードの起点であるが為に、格好をつけてはみたもののそのカカト達の目の前ですぐにしゃがみ込んでノソノソと作業に取り掛からねばならなかったことであろう。そういう肝心なところを失念してしまうのが、悪い意味で私らしくて居たたまれない。

 母が生きていたら嘆息されていたところである。私はこの時点で無心となって、黙々と作業に取り掛かった。


 結局のところ二日目の5セット分500m、累計で言うと1kmの“道”に沿って道標となる杭を打ち込む作業に勤しんでみたものの、特筆すべき障害に見舞われることは無かった。

 それは闇の奥底に向かって歩を進めることとなった私もそうであったし、500m地点に残って杭に命綱代わりの“糸”を結んで左右を行き来してみたカカト達にしてもそうであった。

 その意味ではむしろ我々三人よりも、表の世界で待機していた面々の方に騒ぎが巻き起こっていた程である。

 闇のカーテンをくぐり再び陽の光の下に戻って来た私達を待っていたのは、黒の森の中にガッハシュートの姿を見かけたとナナムゥが憤慨している姿であった。

 これまでの長きに渡る因縁と、そして実のところ影ながらコルテラーナやバロウルを監視しているのではないか――確証は無いが護ってすらいるのではないか――と私が個人的に推測していることもあり、ガッハシュートがこの近辺に潜んでいたとしても充分有り得る話ではある。

 文字通り地団駄を踏んでいる――そもそも留守番として私達に置いて行かれた時点で不機嫌ではあったのだ――ナナムゥを前に、私はむしろ無事に元の日常に戻って来れたのだと実感できたということは、無論幼主本人には内緒である。

 荒れるナナムゥをファーラに丸投げ(いちにん)し、コルテラーナ達が今日の報告を取りまとめるべく私達を促す。

 私は任務を無事に終えることが出来たことを先祖に感謝していた。少なくとも今日までは何も起こらぬであろうことは予期されていたとは云え。

 何か起こるとしたら、明日の最終日であろう。決して望みはしないまでも。


        *


 三日目――


 「ヴ」


 最終日ともなると、さすがに闇のカーテンに突入する私達を律義に見送ってくれるのはコルテラーナと所長、そしてバロウルくらいのものである。ナナムゥは昨日からガッハシュートの出現に心が奪われており、ファーラも人気のないこの場所に飽いたのかそのナナムゥの後ろにくっついてプラプラしていた。

 それはそれとして、私が突入間際に心中で改めて己に活を入れたのには相応の理由がある。昨日までの杭打ち作業を行った1km圏内は、これまでも三型が余さず行って戻って来た言わば安全圏であった。だがその先――すなわち最終日たる今日に私が乗り込む先は、戻って来た三型が皆無の未明の地であると言えた。

 実のところ昨夜のミーティングでも、今回の試験は二日目までの成果で良しとすべきではないのかという意見は出た。主にバロウルからではあるが。この先はまた改めて装備を整えてからにするべきではないのかというのが、彼女の――珍しくも――強い主張であった。

 それが検討事案として俎上に乗った時には、私個人としては色々と複雑な気持ちであったというのが正直なところではある。身も蓋もない言い方をすれば、死地に独り乗り込む計画が先送りになるのならば、それに勝る安堵は無い。あくまで私個人の意見ではあるが。

 それでも妹の魂魄の納められた機兵を探し出すという悲願がある以上、なけなしの勇気を振り絞って最深部を目指して進まねばならないことに変わりはない。その覚悟は始めから出来ている。妹のことだけは。

 そうである以上、何よりも私の心を抉ったのは『やはり』という苦い思いであった。発言者であるバロウルは依然として、試製六型としての私の能力というものに疑問符を抱いているのだということを私は痛感した。

 私が試製六型としては現在稼働している唯一無二の機体である以上、それを所謂『中の人』である私の無能が故に徒に喪失する訳にはいかないとバロウルが判断したのだと私は悟っていた。

 バロウルの危惧も仕方のないことだとは思う。これまでもあの褐色の雌ゴリラとの間には様々な軋轢が有り過ぎた。私に対して不信感を抱かぬ方が稀であるとすら言えるだろう。

 それにバロウルの事は抜きにしても、未踏の地の手前で留まるのは――拡大解釈気味ではあるが――『まだ行けるはもう危ない』の精神にも即している。

 バロウルの不意の訴えに、コルテラーナや所長も思うところがあったようには感じられた。それでも当初の予定通りに最終日に500mだけとは云え深部に挑むことになったのは、浮遊城塞オーファスの長――ということに対外的には名乗っている――カカトの一存によるものであった。

 黒い森(クラム・ザン)に覆われたこの魔境に幾度も往復するよりは、少しでもその回数を減らす為にも出来る時に出来る事をやっておくべきだというのがカカトの主張であった。要は二日目に私に随伴を名乗り出た時とまったく同じ理由である。

 単に面倒くさいだけだろうというナイトゥナイの返しに苦笑していたところを見るに、本当にそれが本音であっても不思議ではない。

 ナイトゥナイに頬を抓られながらではあるが、カカト自身が明日も同道するとまで言われてはコルテラーナ達にも是非は無かった。

 その時のバロウルの刺すような眼光を見るに、おそらく固辞する権利くらいは私にも与えられていたのであろう。しかし私自身も肯定を示す青い嘆願の光でコルテラーナ達に答えた。

 別に深部に挑んでバロウルを見返してやろうなどというつまらぬ見栄があった訳ではない。自分に出来ることと云えばそれくらいであり、そしてこの閉じた世界の謎を解明する為にも非常に重要な使命だと理解していた為でもある。

 顔を潰されたバロウルの恨み、憎しみを買うのはいつものことなのだから。

 兎も角そのような紆余曲折を経て、私達3人は二日目の作業の終点でもある1kmの場所に立っていた。昨日と大きく違うところといえば、さすがにこれからのことを警戒したかナイトゥナイが既に妖精機士(スプリガン)の四脚の機体に搭乗していることだろう。それ以外は二日目と何ら変わりは無い。道中の陰鬱さを忘れさせてくれる、カカトの軽口も含めて。


 「キャリバー」


 いよいよ本当の意味での死地に足を踏み入れようとした私を、カカトが真摯な声で呼び止めた。

 この先も自分が同行するなどという愚かな提案ではないことは、その先を聞かずとも判ってはいた。しかしそのような私の覚悟とは裏腹に、カカトの口から発せられた言葉はあまりにも意外であり、そして自分にとっては馴染の深いものであった。


 「行けと言った俺が言うのも今更だが、決して無理はするなよ。『まだ行けるはもう危ない』だ」

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