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詭謀(7)

 奈落に落ちてからの動向は無論のこと、そもそもデイガンが“ザラド”の正体がザーザートであると見抜けなかった事には理由が有る。“ザラド”の外見はデイガンの知る“ザーザート”とはまったくの別人と化していた為である。

 何の変哲も無い、特徴として強いて何かしらあげることすら難しい造り物の様な平坦な貌。整形の類であるならば――それがどのような手段であろうと――瞳の輝きだけは変えられないものだとデイガンは思っていた。しかしかつて姉弟揃って彼の気を惹いた蒼い瞳の輝きは、既に絶えて久しいものと化していた。

 否、輝きどころの話ではない。“人間”のソレとは異なる、特徴的な白目の少ない瞳の形そのものが、今や完全に異彩を失くした只の人間の瞳として冷たいガラス玉の様な無味乾燥な光を湛えるのみであった。

 デイガンだけに留まらず、彼の他にもザーザートという名に聞き覚えのある者も公都には多少はいただろう。しかし如何にデイガンが目を掛けていた少年だったとは云え、ザーザートは所詮は表舞台に出る前の云わば“徒弟”であったに過ぎない。公都から行方を晦まし、そして直後に大公の命を狙った時も、あくまで“謎の襲撃者”として彼の名前が表に出ずに処断されたという事情もある。

 まして見かけはまったくの別人に変貌しているのである。聞き覚えのある名前というだけでザーザートの過去を暴くことに必要以上に執着する者は、デイガンの知る限りは皆無であった。或いは――宰相デイガンに対する何がしかの“札”にしようと――探りを入れた者もいたのかもしれないが、少なくともデイガン以上に“真実”に近付けた者はいなかったであろう。現にザーザートの前身に関して不審の声を上げる者は皆無であった。


 報いであろうと、デイガンは再度思う。


 ザーザートの帰還と入れ替わるようにクォーバル大公はまったく公の場に姿を現すことはなくなり、ザーザートはその混乱の間隙を縫うように大公の名代を名乗り取次役としての職務の一切を担うようになった。

 普通ならば、特筆するまでもなく政変である。それも特大の。

 おそらく大公は生きてはおるまいとはデイガンも覚悟していた。姉であるティティルゥの意趣返しとして、同様に惨い事になっているのであろうという確信めいた諦念すらあった。

 そこまで具体的に予感していたのは全ての因縁を知るデイガンだけだったとは云え、公国の他の貴族達も薄々勘付いていたのは間違いない。あれだけ――悲哀と共に――あった後宮への女人の出入りも途絶えて久しい今、大公が表舞台に戻って来ることはおそらく二度とあるまいと云うことを。

 それでも貴族達が表立ってザーザートを糾弾することはないであろう。暴君であったクォーバル大公は、公国の誰からも打ち捨てられたのである。大公に実子の一人でもいれば或いは状況も変わったのかもしれないが、今となっては全てが詮無いことではある。

 今は奇妙な拮抗の内にある貴族達の間で次に何か大きな政変が起こるとするならば、それは妖精皇国との戦が終結した後の、各々の功名を旗印とした公国の継承者争いという形を取るのだろう。


 (もう、なんの打つ手も無いというのか……)

 議事堂の薄暗がりの中に、デイガンは身動ぎ一つせずにただ虚空を見つめるだけであった。


 ザーザートが復讐の為だけに名を変え顔を変えて公都に戻って来たというのであれば、そして大公に報いを――それは凄惨なものであろう――受けさせたのであれば、次は自分の番であろうことをデイガンは覚悟していた。

 己の身一つで済むのであれば、自らその身を差し出しても良いとすら思っていた。

 孫のオズナを一人残すと云う心残りさえなければ、彼は実際にそうしていたであろう。だが、ザーザートによる復讐の牙が我が身の後にオズナにまで及ぶのではないのかと云う恐れをデイガンは捨て去ることが出来なかったのである。なまじ2人が知己である故に。

 だからこそ“紅星計画”(アルシュート・ベルマ)で招来された“客将”――すなわち特筆すべき“力”を持つとザーザート自身によって認定されたに等しい少年アルスを、デイガンが彼にしては珍しく強引に己の客分として身元を引き受けたのは、それに備えてという意味合いもあった。

 そして目先の利益しか見えていない主戦派を抑制してきた自分が遂に宰相の座を追われるにあたり、何者かを探し求めているというアルスの『お目付け役』としての名目を与え、万が一に備えオズナを公国の外に一時的に逃したのである。


 歳を取るとどこまでも気弱になるものだと、デイガンは唇の端に自嘲の笑みを浮かべる。


 真紅の少年であるアルスの身元を引き受けたのは、先に述べたようにオズナの身を案じその護衛とする為に恩を着せ利用しようと考えたのは嘘ではない。

 だがそれ以上に、かつて自らが窮地より拾い上げたにも関わらず見捨ててしまった薄幸の姉弟への悔恨が、同じ若人であるアルスの世話をすることで贖罪を成そうとしているのだということを、デイガンは薄々ながら自覚していた。

 そしてオズナとアルスを共に逃す事が出来た以上、後はザーザートの復讐の牙に掛かるのを待つだけだという、やや捨て鉢とも言える覚悟を固めてもいた。

 しかし、しかしである。

 公国の貴族達にその前身(しょうたい)を明かしたザーザートではあったが、特に“ザラド”に扮していた時と比べても何ら周囲に対する応対が変わるような事は無かった。事実上――どうしようもなかったという事情は一旦置くとして――姉を売った形となったデイガンに対してすらそうである。デイガンの危惧とは異なり、まるで復讐を既に完遂させたかのように。

 孫のオズナに至っては、ザーザートの外観が完全に変貌していることで、知己であった昔のザーザートと同一人物であることを認識できているのかすら怪しいとまでデイガンは懸念していた。実際、行方を晦ましていた旧知のザーザートがどのような形であれ帰って来たとなれば、オズナは嬉々としてそれを祖父に報告しに来る筈であるがそれが無かった。

 細かいことに気を取られるようなことが無いのはある種の器の大きさであろう――そう好意的に解釈するのは贔屓目に過ぎると云う事は、デイガン自身が心の奥底で一番良く理解していたが。

 オズナの件は兎も角として、デイガンがザーザートに関し困惑する一番の理由はそこにあった。

 ザーザートが復讐の為に帰って来た事は間違いない。それは老いた身の経験上の勘としてデイガンは認識していた。だからこそ孫を逃したのである。

 既にクォーバル大公への本懐を遂げ、次はデイガン自身が報いを受ける番であろう。そこまでは仕方ない。だがその先が――どこまでがザーザートの“復讐”の対象であるのかがデイガンにとっても釈然としない。あからさまな敵意が漏れ出てはいない為である。

 大公の名代という立場を得こそすれ、ザーザートが政務に自分から口を挟むことは決してない。それに加えて、自らの“権力”の基盤となる“洞”(りょうち)を掠め取る様子も微塵もない。

 逆を言えば基盤なりを得た瞬間に、そのまま大公の座を簒奪するのではないのかという疑念によって、貴族達にこぞって反目され潰されていた事であろう。独自の領地を持たず、必要以上に特定の貴族と関わり合いを持つのを避ける――それこそ良くも悪くも縁のあるデイガンに対してすら――からこそ、ザーザートが一種の奇人として放置されているという面も確かにあった。

 それもまたザーザートの謀ではないのかとデイガンは憂慮していた。それ故にある程度親しい貴族にもそれとなく“名代”の動向に注意を払うように誘導もしていた。

 だがそのデイガンをしても、未だにザーザートの復讐の対象がどこまでなのか、何をして完遂とするのか、それがまったく見当もつかない。分かっているのは、ザーザートにとって今が自重の時期なのであろうということくらいである。

 三文芝居の悪役のように、この閉じた世界(ガザル=イギス)全ての人間への復讐を誓っているのならば、狂人の類としてはまだ分かりやすい。だがそう吠える程にザーザートが狂っているようにはとても見えはしないし、例えその為に公国を戦争への道に誘導したのだとしても、たちまちの内にこの閉じた世界が焼き尽くされるような単純な話ではないことも確かである。

 戦禍にしろ戦火にしろ、それがこの世界を覆い尽くす前に早急に手打ちが行われるだろうとデイガンは読んでいた。元々は商都や妖精皇国の蓄えた財に目が眩んだだけの単純な話である。全てを灰塵と帰するような戦は公国の側としても忌避すべき閉幕であった。

 この閉じた世界でまとまった力を有するだけの勢力の数も片手の指で足りる以上、そうそう予期せぬ横槍が入るとも思えない。戦後の処理が紛糾するのもまた間違いないが、停戦自体は時を置かずに成されるであろうことは間違いない。

 だがそれでもデイガンの気が一時でも安らぐことがないのは、大きな不安要素が一つ明るみとなったためである。

 

 ――“亡者”メブカ


 “紅星計画”(アルシュート・ベルマ)によりこの世界に落とされた者の中で、“客将”と呼ばれるのは特に強大な“力”を持つ3名の者に限られていた。

 あくまで表向きは、であるが。

 “年端もいかぬ少年”、“可憐な少女”、そして最後は“地獄の亡者”――そういう噂が公国の貴族達の間でまことしやかに囁かれるようになって久しい。しかしその三者が揃った姿を見た者は誰もいない。

 ザーザートが“ザラド”として救世評議会を手土産に公国に平伏する為に姿を現した時には、既にメブカは彼と共に居たのではないのかと云う疑惑をデイガンは捨て切れなかった。確かに基盤としての“洞”をザーザートは有していない。だが“客将”こそがザーザートにとっての直属の“力”ではないのかと。

 少なくとも3人いる“客将”の中で、この世界に墜ちて来た事を自ら認めているのはアルスのみである。それどころか、貴族達の前にその姿を明確に晒しているのもまた少年(アルス)ただ独りだけであった。

 立場上、ザーザートから残る2人の“客将”の名だけはデイガンも聞き及んでいた。

 それが“メブカ”と“ラファン”。

 未だにラファンに関しての情報は覚束ないが、メブカもまたデイガンにとってその登場は唐突であった。宰相であるデイガンをして、先日ようやく顔合わせをしたくらいである。

 アルスと共に始めて間近にみたそのメブカの素顔は、直接対面する機会こそ無かったとは云えデイガンにとっても決して知らぬ顔ではなかった。もしも彼の見立てに間違いが無ければ、メブカなる“客将”は以前より――それこそ“紅星計画”(アルシュート・ベルマ)そのものが始まるずっと以前より、浮遊城塞オーファスを見張っていたということになる。

 何れにせよ事実上失脚した今となっては、これ以上の情報をデイガンが表立って得る算段もない。個人的に繋がりのある商都ナーガスのカルコース商会の伝手を頼るという手も残されてはいたが、今はヘタな動きをせぬ方が良いことだけは確かであった。

 「……」

 今この時ほどデイガンは己の老いを痛感したことは無い。

 結局のところ、彼は戦の始まりを止めることは出来なかった。

 大の為に小を殺すと公言しながら、自分の孫にだけは甘い対応をしてしまったツケがティティルゥとザーザートの姉弟を見捨てる事となり、クォーバル大公がその復讐により姿を隠し、巡り巡って暴君の不在に箍の外れた貴族達が戦争によって他国を蹂躙することを渇望し開戦を望んだ。

 全ては己が捲いた災いであった。


 (頼むぞ、アルス……)


 名前しか知らぬ。自らはその素性も“力”も決して語らぬ。けれども老いさらばえた己が希望を託す気になる何かが、デイガンが庇護する真紅の少年にはあった。本当に“庇護”していたのか今となってはそれすらも怪しいが、デイガンは少年の持つ真紅の炎の煌めきに縋ってしまった。孫のオズナのみならず、公国の行く末を。

 無論、既に少年への軛として破滅をもたらす“不可視の枷”がザーザートによって科されていることをデイガンは知らぬ。

 まして少年が、定命の者が縋って良い類のモノではないことも知らぬ。

 衰えた老宰相がその祈りにより大きな代償を支払う羽目になるのは、更に後の事である。


        *


 不本意である――


 非常に不本意ではあるが、“闇”という月並な呼び方以外に表現しようのない空間の中に私は居た。

 改めて言うまでも無く、“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)の中心部を覆う闇のカーテンを突破した“向こう側”に、私こと試製六型機兵(ゴレム)は独り居た。幾つかの道具を積んだ荷車だけが傍らに共にある。

 コルテラーナ達に見送られ最初の一歩を踏み入れただけで、周囲は太陽光の欠片も差さない暗黒の空間と化していた。そのような劣悪な環境である以上、足元は草一本生えていない剥き出しの固い大地である。少なくとも、今は。

 「ヴ……」

 荷車に据えられたカンテラの灯りを頼りに私は夜視で周囲を見渡した。夜目が効くという事で、陽光を通さぬ闇のカーテンは兎も角として、少なくとも今居る空間内は私の知る物理法則に沿った通常の暗闇であることだけは知れた。

 単なる文系の私が『物理法則』云々を云うのも拙い話ではあるが。

 この閉じた世界(ガザル=イギス)では方位磁石が用を足さないというのを私が知ったのは、この“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)に乗り込む直前のことである。与太話ではあるが、富士の樹海の中で針がクルクル回るのと同じ状況であるらしい。

 今こうして闇のカーテンの内側に入り込み内部を見渡すと、何故コルテラーナ達がこれまで上空からの侵入を試みなかったのかが良く分かる。方位磁石が効かぬ以上、ここまで何の目印も無ければ、降下したところで進むべき方向が不明であろう。

 実際、上空から三型を投下したこともあったそうだが、パラシュート降下では中々闇のカーテンを捉えることも出来ず、また巧く突入出来た数台も、内部の暗黒空間を映し出した後すぐに交信が途絶えたと聞いていた。

 結局のところ一番確実なのが地上からの徒歩による踏破であり、その為に用意された機体が私こと試製六型機兵という訳である。

 もっとも『試製』という以上、私の役目はあくまで内部の観測とそのデータを持ち帰ることではあろうが。

本年度最初の投稿でアレですが、書いていてこれまでで一番ダメでした。

時間が許せば改稿したいのですが、筆が遅いので先を進めることを優先せねば・・・

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