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詭謀(2)

 しかし幾ら10人を超えたとは云え、それでも黒い森(クラム・ザン)を抜けるには多少心許無い布陣であったのだろう。踏破した以上ここで今更仔細を述べても仕方がないが、カカトやシノバイド達がいなければあわやと思うようなヒヤリとするような場面は一度や二度ではなかった。

 だが、それも終わってみれば半日にも満たぬ刺激的な冒険の想い出と嘯ける日もいつかは来るのだろう。帰路が残っている事には目を瞑るとして。いざ目的地に到達した私にとって更に恐ろしいものが、そのような感傷を全て押しのけてしまっていた。

 森を占める――あたかも意志持つモノが苦悶のあまり身を捩っているかのような――ねじくれた幹を持つ木々が、まるで何か見えない境界線でも定められているかのように一定の場所からバッサリと途絶えていた事である。上空から見れば“闇”を中心に据えた広いドーナツ型であろう荒れ地には辛うじて芝生程度の下生えは健在であったものの、それも“闇のカーテン”の裾野にまで達することは出来ずにやがて剥き出しの堅い大地に一辺倒に変わっていった。

 “荒涼”と呼ぶべきか“陰鬱”と評すべきか。如何に鈍重をかわれたとは云え流石の沼牛もしばしば落ち着かなげに足踏みをし、場合によっては身を翻し歩み去ろうとすらした。その度にコルテラーナが額を撫でて鎮静の為の“力”で何とか宥めている程であった。


 (ようやくここまで来れた……!)


 揺らめく“闇のカーテン”を眼前に、私の胸の内を様々な想いが去来した。

 この“闇”の向こう側の何処かに、妹の魂魄(たましい)を宿した同型機(ゴレム)が擱座している。逸る心と、それに劣らぬ怯む心が胸の内に諸共に存在する事は認めねばならない。己の臆病さが嫌になる。

 かつてはナナムゥを人質にしてでも妹を探し求め出奔する事を目論むまでに思い詰めた事もあった。コルテラーナを知りナナムゥを知り、ついでにバロウルを知った今ならば、そのような強硬手段を取らずにすんで良かったと、心からそう思う。


 「そろそろテント張るから手伝え」


 向こうでカカトが呼ぶ声に、ナナムゥと私はある意味名残惜しげに暗黒の巨大な塊に背を向けた。

 真剣な眼差しで“闇のカーテン”を注視していたナナムゥは、物珍しさのみならず幼女なりに思うところがあったのだろうか。或いはなまじ所長経由でその存在を知るだけに、私などが思うよりも遥かに“外の世界”への憧憬が強いのかもしれない。

 様々な想いを胸の内にそのまま無言でカカトの許へと向かう私達の後を、鼻歌交じりのファーラが続く。私達とは異なり単に好奇心だけ行動していることから来るお気楽さであるのは明白であるが、それに加えて私は以前から一つ少々気にかかることがあった。

 ファーラは――この俗世ズレした『お姫様』には、この密閉された世界に封じ込められているという緊迫感が根本的に欠けているのではないかと。

 周囲の者から一通りの説明を受けていながらまったく理解できていない、頭の処理が追いていないというのならばまだ分かる。

 だがそうではない。“密閉世界”という概念をファーラは明らかに理解していた。

 『真紅の流星がこの世界を解放するという預言は近い内に達成される』――かつてファーラが私に告げた根拠不明な謎の予言が彼女のお気楽さの根底にあるのは間違いない。

 ナイショだという彼女の願いに応え――そもそも私はソレを、語るに値しない与太話の類ではないかと云う疑念を捨てきれてはいなかった――私はまだファーラの予言を誰にも漏らしはしていなかった。

 慎重さ、ではない。現況に波風に立てる事を私が恐れたに過ぎない。

 詮無き思いを胸にカカト達の許に辿り着いた時には、既にテントの設営は始まっていた。

 コルテラーナ達がこの“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)の中心を訪れたのは初めてでは無いと聞いてはいたが、登山で云うところのベースキャンプに該当する簡易な資材置き場が既に設置済であるとまでは思っていなかった。テントや燃料油などの資材はそこから拝借すれば済むということで、今回の遠征で個人的に懸念していた荷車が4台のみという少なさにもようやく合点がいった。

 とは云え、資材置き場の中に――ささやかな保存食や機兵(ゴレム)用の動力素(リンカーソウル)の他に何故か成人男女の服や靴が一揃え常備されていたが――流石に水が貯蔵されている筈も無く、4台の荷車の内の2台には丸々水を詰めた樽が積まれていた。それでも現地補充が効かない以上、一行の人数に比べて如何にも心許無い事は私でも分かった。

 この地で育ったと云うナナムゥやカカトはいざとなれば森の泥水を啜れば良いと臆面も無く言ってはいたがまさかそういう訳にもいかず、飲料水の問題だけでもここに長期滞在出来ないのは始めから明らかであった。

 事前に一同に通達されていたように、今回の滞在はあくまで“闇のカーテン突入”の試験運用の、更に初手の初手なのであろう。

 それすらも辿り着いた今日は激励会じみた夜食の集いを行うのみで、試験の実施は明日からであることが告げられていた。


 (全ては明日か……)


 雑念を振り払い、私は作業に集中しようとした。いくら膂力に溢れているとは云え、それだけで独力でテントを設営できる程の心得すら私には無い。

 料理の支度にかかるファーラやナナムゥと別れ、私はカカトの指示を仰いだ結果、少し離れた場所にそこそこの深さの穴を掘る事を仰せ付かった次第である。

 トイレかゴミ捨て場か、その用途は兎も角として、自分が担当として最適な作業が有ることが単純に嬉しかった。背後に響くナナムゥやファーラの笑い声も今の私の耳には心地良い。

 この不気味に過ぎる静謐を誇るこの魔境が急に賑やかになる様子に何故かわたしは懐かしさを感じ、そしてすぐにその理由を思い出した。

 文化祭の準備で夜遅くまで教室に居残った、友達とキャッキャッとはしゃいでいたあの感じに似ているのだ。


        *


 月並みな言い方で私的には些か不本意ではあるが、まさに『あっという間に』夜は訪れた。

 事の起こりは些細な物であった。なし崩しに調理を任されるようになったファーラがその下拵えの最中に何気なく発した、ここまで植物主体の献立は珍しいといった感想がそもそもの発端だったのではないかと思う。

 或いは、試験運用は明日からだとは云えようやく闇のカーテンの踏破の足掛かりを得る直前まで来た事で、流石のコルテラーナでも気分が高揚していたのであろうか。

 何れにせよ珍しくもコルテラーナがファーラの言葉に興を惹かれ、自分から語り出したことだけは確かである。この世界の食卓に良く上がる“ガーネル”という名の肉厚の植物を筆頭に、この世界の主食の殆どが自分が元居た世界由来の物であることを彼女は懐かしげにファーラに告げた。

 “樹海”――それがコルテラーナがこの閉じた世界(ガザル=イギス)に墜ちる前に暮らしていた世界の名称であるという。

 “樹界”ではなく“樹海”である。

 そのシンプルな名が示す通り、固い大地の代わりに藻と水草によって形成された深緑の半水面が彼方まで覆う碧色の世界。あちこちに尖塔の様にそびえ立つ巨大な古代樹の枝と幹の上が人々の生活圏であり、樹と樹の間に渡された吊り橋によって繋がれた大政庁は、まさに空中庭園のような煌びやかなものであったと云う。

 大地の無い世界と云うものが本当に成り立つのかどうかという根本的疑問は、“樹海”という名の持つ異世界然とした文化への興味の前に霞の様に消え去った。少なくとも食生活に留まらず、この閉じた世界(ガザル=イギス)の人々の生活を支えている様々な植物群が、コルテラーナと共にもたらされた物であることは間違いない。

 私に言わせればその行為は女神にも等しい。ちょっとハッタリ臭いとわたしは思わないでもないけれど。

 とは云え、興味深い異界の話を聞き逃すまいと耳をそばだてる私の期待に反し、コルテラーナの“樹海”に関する昔語りは非常にあっさりした物に留まった。“新参者”である私とファーラは兎も角として、この場で火を囲んでいる面子の殆どにとっては、これまでも幾度も聴く機会があった既知の語りなのであろうことは――主にナナムゥの貌と態度によって――私にも何となくは察せられた。

 それに湯気を立てる食事を前に長々と講釈を垂れるのは不作法だと云う判断もあったのであろう。明日からの本格的な試験運用を前に、コルテラーナだけでなく皆も――浮足立っているとまでは言わないが――良い意味でどこか気が昂ぶっているのは確かであった。

 どこか他人事の様なナイ=トゥ=ナイを除いて。

 魔境であるが故にわざわざ持ち込むしかない貴重な水を、それでも敢えてシチューの様な――飲食不可である以前にそもそも料理に疎い私では、それが本当に“シチュー”であるのかは自信が無いが――煮込む料理を献立として指定したのはコルテラーナなりの皆への気遣いであったのだろうか。外套越しに直接地面に座る者、抜け目なく資材置き場から敷物や簡素な椅子を調達した者、私に体育座りの体勢を取らせ腕や膝を椅子代わりによじ登る者など、皆それぞれが思い思いの座り方で一時の宴を楽しんでいた。

 談笑の中に時折混じる甲高い歓声。その殆どはナナムゥかファーラのものであったが、この“魔獣”が跋扈する黒い森が周囲を覆う環境で、それはあまりにも不用心な饗宴に思えた。あまりに羽目を外し過ぎ――流石にそれは言い過ぎか――ではあったが、闇のカーテンと黒の森の境目に当たるこの草木も生えぬ更地には決して“魔獣”が侵入することはない。それは例え翼を持つ鳥の類であっても同様である。

 そう予め聞かされてはいたものの、俄かには信じ難い話ではあるし、足を踏み入れて即死するなら兎も角、獣の類の闖入者がいないなど有り得ないとしか思えない。だが実際に周囲を取り巻く森の中から時折得体の知れない獣の咆哮が上がる事はあっても、それ以上こちらに接近する影すら皆無であった。

 単に私がその気配に気付かないだけという可能性も考えたが、カカトやシノバイド達がそれに気付かぬ訳も無い。そもそも無人で放置されながらも荒らされた形跡のない資材置き場が、ここがある種の安全地帯である何よりの証であった。


 「わらわもいつか『海』が見たいのぅ」


 和やかな雰囲気の中、ナナムゥが熱っぽく語り始めたのは先程のコルテラーナの故郷である“樹海”の話を受けてのことであった。些か唐突にも思える発言であったが、ナナムゥが文字通り私の膝元に座っていた事もあり、そこに至るまでの経緯は私の耳にも届いていた。

 観測船『瑞穂』に収蔵されていた映像でだけは見た事のある『海』を、ファーラが実際に自分は見た事が有ると言ったのがその発端であった。

 ただ、四方を海に囲まれた日の本の国に産まれ育った私なら兎も角、ファーラにとっても海は珍しいもののようであった。それ故に瞳を輝かせながら大袈裟に語るファーラの様子に、ナナムゥの好奇心に火が付いたことは間違いない。

 「この閉じた世界の殻を破れば、その向こうに海も有るのじゃろう、所長!」

 そのままグインと首を巡らすファーラに急に話を振られた所長は、食事の手を止めるとやや間を置いてから答えた。

 「川が流れている以上、それを下流に辿って行けばやがては海に辿り着く筈です」

 フンフンと瞳を煌めかせ頷くナナムゥを前に、所長は少しだけ目を逸らし最後にポソリと付け足した。

 「この世界が平らでなければ」

 古代に描かれた“世界地図”。平たい世界の端で海が滝の様に虚空に流れ落ちていく浪漫溢れる想像図。それを所長が連想していることは私には分かった。

 だが椀状の閉じた世界で生まれ育ったナナムゥにそれを想像しろと云うのは土台無理な話であろう。

 「所長は海の国から来たのじゃろう?」

 実際、ナナムゥは所長の最後の呟きをまったく意に介した様子もなく、椅子代わりの私の膝の上からズイと身を乗り出して続けた。

 「この世界の壁が無くなったら、わらわ達に海を案内してくれ! ミィアーもファーラもみんな連れてじゃ!」

 「私は――」

 もう片方の膝を“椅子”として提供している私だけは、ファーラが小声で何かを言い掛けたことに辛うじて気付いた。彼女の横のナナムゥは興奮の為か、それに気付きもしていない。昨夜のカカトとの“虐げられた人々を救う手伝いをする”という約束すらも失念している怖れすらあった。

 だが、私がファーラの様子を訝しみ何らかの行動を起こす前に、カカトの声がそこに割り込んだ。

 「俺は残る。そういうのはお前達だけで行って来い」

 まるで彼の言葉に合わせたかのように中央の焚き火が軽く爆ぜ、注目を集めたカカトが更に言葉を続けた。

 「ナーガスでいい店を見つけたばかりだしな、全てが巧くいったら俺はそこでゆっくり骨休め――(いて)っ!?」

 絶叫と共に、カカトの躰がまるで玩具の様に跳ね上がる。

 最初は何が起こったのか私に分からなかった。咄嗟に拡大した視界の内にその原因を認めた時、私は心底打ち震えた。目を爛々と輝かせたナイトゥナイがカカトの首筋に噛み付いている、まさに妖怪めいた姿を直視した時には。

 「ナーガスでは前準備であれだけ皆バタバタしていたのに、いつの間に君はっ!」

 「悪い! 悪かったって!!」

 体格差的に振り払おうと思えば容易に振り払えた筈だが、カカトはそうはしなかった。その代わり彼は意外と真摯な声で首筋の狼藉者の説得を試みた。

 「次は連れて行く! 次はお前も連れてくから!」

 椅子代わりの私の膝の上でナナムゥが笑い転げているのを見る限り、この些か血生臭いやりとりも二人の六旗手の間では常の物であるのだろう。ナイトゥナイはカカトの首筋からようやく頭をもたげると、直前までのホラー映画の呪いの人形のような形相から一変して、プイと可愛くそっぽを向いて答えた。

 「あんな小汚い下町になんか行きたくない」

 「お前……!」

 カカトの唖然とした声に、コロコロとしたファーラの無邪気な笑い声が重なる。それに釣られて一同の誰からともなしに苦笑めいた笑い声が漏れだす。

 食事の間でも外周の位置に座り、油断無く周囲に注意を払っていた2人のシノバイドも、普段は微笑を浮かべる事すら稀なコルテラーナでさえも、明らかにその貌には笑みが浮かんでいた。少なくとも私にはそう視えた。

 黒い森(クラム・ザン)の奥の奥、闇のカーテンを背中に抱くと云う異様な状況下においては、人の心を酩酊させる非日常的な何かが生じていたのかもしれない。

 けれども、それは無粋な推察であるのだろう。少なくとも私は皆のその笑顔を錯覚や、まして虚勢などとは呼びたくはない。

 笑う事の出来ない石の躰の私にとっては、あまりに眩しい笑顔であったから。


 最後では無い。

 決して最後ではないが、それでも私にとっては今宵が『最後の晩餐』に等しいものであったことを、この時の私が知る術はなかった。

遅くなりました。

目の通院や父の入院の長期化等色々初版の事情もあったのですが

心が弱ってくると、自分の趣味で鬱話を書く意味があるのか等、無駄なことを考えてしまうといいますか・・・

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