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詭謀(1)


 妖精皇国――


 『国』を名乗るに値するまでに成長を遂げたその大集落の名の由来が、正確には『妖精と皇女の国』であると云う事を知る者は少ない。

 ヤハメ湖に沿って拡がるその妖精皇国の外れには、墜落した観測船『瑞穂』をその芯とした小高い丘があった。その頂には『所長』こと妖精皇の住まう“館”が皇国を見下ろすように建っており、その傍らには元は宇宙コロニーや月面都市への植樹用として改良された天薄紅(アマノウスベニ)の銘を持つ桜の樹が、館に寄り添う様に満開に花開いていた。

 かつてはこの国の象徴であった妖精皇に敬意を表し、妖精皇国という名の都市の拡張はこの『館』の方面には及んではいない。その方針がいつまで堅持されるのかは誰にも分からないが、少なくともこの10年間、館は常に皇国の外れにあった。

 その館の建つ丘の裏手には目を惹く土俵や墓地に加え、主に倉庫としての役割を担う平屋の別棟が幾つか建っており、常駐している唯一人の使用人であるミィアーの自室もまた、その倉庫の中に紛れるようにあつらえてあった。

 このような倉庫ではなく“館”の中に自室を与えようという提案は、むしろ所長の方が熱心な程であった。しかし普段は所長に忠実なこの少女は、その申し入れだけは頑なに固辞していた。所長自身は実際には口にしなかったが、例え『主命』を盾にされたとしてもミィアーがそれを受けることはなかったであろう。

 所長の身辺警護はクロウとシロウの護衛の二機が文字通り不眠不休で当たっている為に自分がチョロチョロしていては却って邪魔になるというのが一つ、そして何よりも同じ家屋で寝泊まりするのは畏れ多いというのがミィアーの掲げた理由付けであった。

 表向きは。

 今宵、ミィアーは自室で机に置かれた小振りの機械を相手にボソボソと語り掛けていた。主人である所長とクロウは浮遊城塞オーファスの一行と共に在り、残ったシロウも無人の“館”自体を警護している為に声を潜める必要など無いのではあるが、それでもミィアーにとって小声での通信は一種の職業病のようなものであった。

 通信自体は今は不在の所長との間にもクロウとシロウを介して夕刻に定時連絡を行ってはいる。二機の間の通信の為に中継器を空を行く浮遊城塞オーファスに間借りさせて貰っている等の説明を軽く所長から受けもしたが、ミィアーにとってそれは理解可能な知識の範疇を超えており、どれだけ離れていても通信可能と云うその一点だけを心得るに留まった。

 今、ミィアーは秘かに行っている通信は、それとはまったく別のものであった。自分を所長の許に遣わした“頭領”こと、モガミ・ケイジ・カルコースとの定時通信がそれである。

 音声だけのやり取りとは云え、遥か距離を隔てた場所に居るモガミと常時連絡可能なこの装置の仕組みをミィアーが知る由も無い。そこはクロウとシロウを介した所長との間の通信と同じである。

 ミィアーが理解している唯一つのこと、それはこの通信装置が稀少品であり、その存在を所長には隠匿すべしというモガミからの厳命だけであった。

 この通信手段の存在を知るのは自分達二人だけであり絶対に他者に洩らしてはならない――モガミのその言を素直に信じるのならば、シノバイドの副官達にも、彼の妻であるティラムとヴァラムの双子ですらその存在を知らぬということになる。

 それが如何なる理由からであるのかをミィアーが問うこと無い。頭領(モガミ)と所長との“因縁”に想像を巡らすことさえしない。それがミィアーのシノバイドとしての矜持であり意地であり、モガミが直々に所長の許に“使用人”として彼女を遣わした理由であった。

 もっとも、聡明な所長の事である。自分とモガミとの間で独自にやり取りをしていることを薄々勘付かれているのではとミィアーは思う。それはモガミの側に居るティラムとヴァラムにしてもそうであろう。あの毅然としたモガミが妻達の目を盗んでこうして自分とコソコソと通信しているのかと思うと、ミィアーはそれが可笑しかった。


 “――間違いないのだな?”


 ミィアーの報告を前に通信機の向こうでモガミは沈黙し、しばし考え込んでいるようであった。

 先日の“ティティルゥ(ティティル)の遺児達(ラファン)”に寄生され操られたバロウルによって破壊された、観測船『瑞穂』の各ブロックの操作端末。それがじわじわとではあるが自己修復が進んでいるというミィアーの報告に対してである。

 無論、門外漢どころの話ではないミィアー自らがそのような判断が出来る訳は無い。彼女はただ所長に申し付けられるがままに、各制御盤の“異常”を示す赤い印が徐々に“正常”の証である緑色に変わっていることを視認しているだけに過ぎない。

 それが“ティティルゥ(ティティル)の遺児達(ラファン)”内部に捕らわれていた謎の少女、ファーラ・ファタ・シルヴェストルの手によって成されたものであることまではミィアーも知っている。

 もっともそれも所長からそれとなく示唆されたからで、その所長とコルテラーナ、そしてファーラとの間でいかなる約定が交わされた結果であるのかまでは、ミィアーもその場に居た訳ではないので分からない。

 故にモガミへの報告は、多分に彼女の推測を含んだものとなった。それでも、そうそう複雑な取り決めではないことをミィアーは確信していた。

 実のところ、もう少し具体的な内容を耳にはしていた。“ルフェリオン”によれば『瑞穂』の制御系の修復は回路図が残っていたおかげで容易であること、そして圧潰してしまった医療ユニットまでは流石に自己修復は及ばない事――だがそれらの情報は端からミィアーにとっては理解の外の話であった。

 それは兎も角としてミィアーが知るファーラが『瑞穂』の修復の代償として望んだもの――それは俗な言い方をすれば“寝床”の提供に他ならなかった。

 代価として妥当かどうかの判断は置くとして、ファーラの申し出そのものは妥当の範囲ではある。見知らぬ世界に少女が独り、それも身一つで放り出された状況であるならば。

 ファーラもまた他の“新参者”と同じ様に、言葉一つ通じぬ、か弱き一介の少女でしかなかったならば。

 ファーラ個人に対する印象に、ミィアーとモガミとの間でもそう差異は無い。それ程積極的に触れ合う時間が無かったとは云え、逆に言えばそれ故に受けた第一印象が早々覆るものでもない。

 天真爛漫で人懐っこい、しかし明らかに育ちの良い『お姫様』。だが少年の様にほっそりした小柄な黒髪の少女が、何らかの不可視で強大な“力”によって護られているのもまた確かであった。それも――モガミの見立てであるが――下手をせずともこの閉じた世界(ガザル=イギス)において類を見ないまでの。

 しかしファーラ自身はその“力”をひけらかしはしない。寝床以上の物を求めもしない。所長とコルテラーナが『瑞穂』の自己修復の話をしている時もむしろポカンとしていたくらいであるので、自分がそれ程の“力”を有していることを自覚しているのかすらも疑わしい程であった。

 とは云え、流石に“護られている”以上、ファーラがまったくの無自覚であるとも考えにくい。ならば、異邦人である謎置き少女が寝床と云う“巣”にのみ固執する理由が何かあるとするならば――


 “待っている、か……”


 音声のみで映像のやり取りは出来てはいないことは承知しているが、それでもミィアーはモガミの呟きに深く頷いた。

 ファーラが時折口にする『待っている』と云うその言葉。ミィアー自身は共に居た短い時間の間に一度しか聴いた事はないが、ファーラの挙動から鑑みるにまったくの与太話とも思えなかった。

 底の知れぬ“護り”の“力”を持つファーラ。その彼女を“迎えに来る”と云うことは、それと同等の何らかの“力”を持った存在である事を覚悟する必要があった。恐るべき、或いは忌むべきことに。

 であるならば、少なくとも今は目の届く範囲で好きにやらせておくのが良い。要は現状維持ということであるが、それが所長とコルテラーナの出した結論であった。その待遇をファーラが恩義と感じるかまでは分からないが。

 残る二つ三つの些事の報告を終えた後、最後にミィアーはモガミと、そして所長の今後の動向について訊いた。

 妖精皇国が“国”としてある程度の安定を得た後、行政を元老院に任せ所長自身は『妖精皇』として政務の表舞台に出る事はしなくなった。実質の隠棲である。

 残る余生はミィアーと共に、元はこれも宇宙栽培用の改良種を用いたささやかな水田で稲作に励むだけで済めば良かったのであろうが、事はそこまで単純ではなかった。

 今は元老院の指示の元、唯々諾々と農業に従事している妖精(フェアリー)族の自我獲得を所長が望んだ為である。それは妖精(フェアリー)族を農奴としてしか見ていない元老院にとって、到底許容できる願いではなかった。それでは鉱山奴隷を擁しているコバル公国と何ら変わり無いのではないかと憤る所長の側も又同様である。

 それ故に、定期的に衆目の前に御身を晒しておく必要があるのだと云うのがモガミの献策であった。それが年に一度の相撲大会なり餅つき大会なりのささやかな催しであったとしても、『主催』の銘を掲げることで妖精皇国に妖精皇ありと内外に常に知らしめる必要があるのだと。隠棲により人々の記憶から失せてしまうと、やましき輩の良からぬ不安を却って煽ることになるのだと。

 モガミがミィアーを所長の許に遣わしたののも、身辺警護と云うよりは所長がそういう表舞台に立つ為の補佐としての意味合いが強かった。

 例えシロウとクロウを介して所長と直接連絡を取り合ってはいても、第三者であるモガミの口からも日程の裏付けを得ておきたいというのが、ミィアーにとって正直なところであった。


 “監視役を何人か残して我々はナーガスに戻る。所長はまだコルテラーナと行動を共にするそうだ”


 「よろしいのですか?」

 反射的に聞き返してしまってから、ミィアーは己の迂闊さを悔いた。音声のみのやり取りであるから良かったものの、これが対面であったなら流れ出す脂汗の不用意さをモガミに叱咤されていただろう。

 所長の許に遣わされるに当たり、ミィアーも事前に頭領(モガミ)と所長との因縁をモガミ自身から聴かされてはいた。

 幼年期は無論の事、長じてもシノバイドとしての修業に明け暮れていたミィアーにとって男女の機微なるものを察せよというのが酷な話ではある。それでも両者の間に迂闊に踏み込んではならない大事な何かが存在している事くらいは、流石にミィアーも何とはなしではあるが悟ってはいた。


 “北の方が俄かに騒がしくなってきた、流石にそれに備えねばならん”


 失言に萎縮したままのミィアーの懸念に反し、それにはまったくの無反応のままに――といっても、姿が見えない以上その声色から判断するしかないのだが――モガミの答えが返ってくる。

 安堵のあまり気を緩めてしまったミィアーがそのモガミの言葉の意味を――行軍の始まりを意味していたことを知るのは、もう少し先のことである。


 “――ミィアー”


 そして既にその言葉の意味を知るモガミの僅かに逡巡を交えた声が、やがて通信機から漏れ聴こえて来る。

 「――!?」

 そのただならぬ声色に我知らず居住まいを正すミィアーに対し、モガミの苦渋に満ちた声が流れた。


 “……お前の生命を俺と所長にくれ”


 「元よりその覚悟は出来ています」

 まだ少女の齢でしかないにも関わらず、ミィアーの言葉に躊躇いは無かった。

 シノバイドとしての誇り、何よりも思い出したくもない幼年期の境遇から拾い上げてくれたモガミへの恩義も無論決意の内には有る。

 そして何よりもミィアーは――シノバイドトとしては落第であろうが個人的な想いとして――所長のことが好きであった。己が主の慈しみに満ちた温かい眼差しを、曇らせるのは耐え難かった。


 「済まん……」


 そして通信機の向こう側でモガミもまた、心の内で己が所業の罪深さに戦いていた。

 決して所長は我を赦しはせぬであろうと。

 この身は地獄に堕ちるであろうと。


        *


 「三人とも、あまり不用意に近付くなよ」


 背後からバロウルの注意を呼び掛ける声が聴こえたが、少なくとも私は目の前にそびえる“闇のカーテン”に対し、唯々圧倒されるだけであった。

 単純な形状としてはドーム型球場をイメージするのが一番近いのだろう。その闇の黒雲が伏せたお椀の様に一つの町なり区なりを丸々覆っているといった感じである。

 故にと云う訳ではないが、“闇のカーテン”そのものは“天にそびえる”高さには程遠い。精々が10階建てのビル程度であり、それこそ高層ビルにすら程遠い高さであった。

 にも関わらず、そのユラユラと蠢く煙めいたその表層を目の当たりにするだけで、私はその異様な佇まいに圧倒されてしまった。“恐れ”という感情が希薄である機兵(ゴレム)の身であるにも関わらず。

 “深淵”を覗く行為――月並みな表現ではあるが、私にとってはまさにその心境であった。ここまで来て急に怖気づいた訳ではないけれど。

 ここ“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)に辿り着いた今にして振り返れば、半日がかりで踏破した黒い森(クラム・ザン)の道のりの方が遥かに厄介ではあった。

 かつてナナムゥやカカトが幼少期を獣のように過ごしたというねじくれた木々からなるこの魔境は、見た目だけで云うならばまさに前人未到のジャングルを征くバラエティーの探検隊のようなものであった。特にこの石の巨体をかわれ、一行の先頭として道を切り開く大役を任された私にとっては尚更である。

 とは云え、言葉だけを拾えば道なき道を木々を押し倒して進むようなイメージがまず浮かびはするだろうが、このような魔境と云えどある程度の“獣道”めいた道標はあった。逆に言えばそれだけ“魔獣”が闊歩しているという証でもあるが。

 それは兎も角、先導の大役とは云えその“獣道”を踏み固めて進むだけで良かったし、何よりも目印として常に前方に闇のカーテンがそそり立っているだけに道に迷う恐れだけは無かった。その意味では心構え自体は楽だったと言える。

 商都ナーガスに戻るというモガミとその細君であるティラムとヴァラムの双子の姉妹とはザイフ村で別れた。その3人の代理と云う訳でもあるまいが、コルテラーナはモガミより2名のシノバイドを借り受けていた。仰々しく揚陸艇を直接黒い森(クラム・ザン)に乗り入れる訳にはいかない以上――強引に樹々を押し潰していけば不可能ではないらしいが、それでは無駄に“魔獣”達の気を引くのだという――荷車を使う訳だが、その御者を任せるのだということらしい。馬よりも速度は劣るがその代わり荒ぶることは無い――良い意味で気性が鈍重なのだという――沼牛4頭も同様にザイフ村での調達が済んでいた。カルコース商会様様といったところである。

 森の入り口に駐留した揚陸艇の番として、老先生が一人残ることになった。それでも結局のところ、コルテラーナとナナムゥにバロウル、所長と護衛のクロ、カカトとナイトゥナイの2人の六旗手にファーラ、最後に2人の御者(シノバイド)と私という総勢11名の大所帯となってしまった。

ここまで投稿がズレ込んでしまったのは物語を続けるかどうか迷っていて--というのは冗談にしても、眼の痛みが酷く病院に行ったら両眼ともそこそこの緑内障だったと云う割とシャレにならない理由だったりもします。


それは兎も角、物語も折り返しを迎え、章タイトルに一定の法則を設けてあります。

今後もしその法則が乱れたらプロットの見通しが甘かったと嗤ってやってください。

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