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喜貌(18)

 既にスキューレの下半身には、あれだけ蠢いていた“管”は一切繋がってはいない。“魔獣”が先程起こした爆発が、“管”を接続する基部(かはんしん)の強制排除を目論んだものであったと云うことを私は今更ながらに知った。その爆風を煙幕としても活用することで、拘束から解放された上半身のみの逃走を土壇場で画策したのである。

 元は工作機械が“心”を持ったのだと云う“魔獣”スキューレ。氷柱に捕らわれ自らの巨体を縫い付ける枷となった“管”と掘削器の全てを排除するという選択。それは工作機械としての全ての機能の喪失を意味する、言わばスキューレにとっての“死”ではないのかとも私は思う。

 それでも――我々にとっては何者であったのかすら定かではない――亡き主の為にそうまでしても逃げ延びる道を選んだというのか、そして逃げ延びた後に喪失した機能を補う当てがあったのか、私達には知る術も無い。

 だが、それを往生際が悪いなどと嗤う気にはなれない。私が同じ立場でも同じ様に足掻いていたことだろう。一度死んでこの石の躰に転生した身である。その影響か“死”を恐れる心が既に希薄であることは自分でも分かる。再び“死ぬ”ことには抵抗は無い。

 それでも、妹の亡骸を探す為ならば、コルテラーナの恩に少しでも報いる為ならば、私も見苦しく悪足掻きをするのだろう。


 『主を失くした従者というのは哀れなものじゃな……』


 そして、心優しき我が幼主ナナムゥの為にも足掻くだろう。それは確信でもあった。

 「六旗手が2人も揃えば、流石に呆気ないものじゃな……」

 そのナナムゥもまた、決着を目の当たりにしてもはしゃぎもせずにただそれだけを呟いた。

 虹色の光の翼を曼荼羅のように広げ天に浮かぶ、二腕四脚の五型“妖精機士(スプリガン)”にして六旗手が一人ナイ=トゥ=ナイ。その胸を飾ると云う妖精皇国の象徴である『黄金の太陽花』は背の光の翼の輝きによって影となり、見上げる形となった私からも露わとなってはいなかった。

 そして浮遊する妖精騎士の背中には、同じく六旗手“青”のカカトがまるで気高き騎手であるかのように、すっくと立って槍の穂先を見下ろしていた。

 天馬(ペガサス)の背に跨り魔獣(キマイラ)を討ったというギリシャ神話の英雄ベレロポーン。奇しくもカカトの雄姿は、私にその英雄譚を思い起こさせる威風堂々としたものであった。

 「むっ」

 新たにナナムゥの上げた声は、むしろ痛まし気なものに私には思えた。

 「まだ、動くか……」

 ギチギチと身を捩り虚しくもがいたのは、スキューレの最後の抵抗だったのであろうか。

 『……』

 搭乗しているナイトゥナイ本人は無言のままに、妖精機士の光槍の刃が消失する。その芯とでも云うべき銀の槍が、光の翼の輝きを照り返しながら私達の前にその実体を晒した。

 例え“旗”がその姿を変じたものであるとは云え、槍自体は――それでも充分長くはあるが――2m程の、外見上は特に装飾の類も無い普通の槍に見えた。

 手応え自体は充分にあったのだろう。カカトもナイトゥナイも、光槍が消失し串刺し状態から解放されたスキューレの上半身が足下の泥沼に落下するに任せた。或いはこれが生身の相手であったならば、この時点で急所を突いて楽にしてやったのかもしれない。

 泥沼がクッションの役割を果たし、もう既にもがくこともしなくなったスキューレの躰が泥の中にゆっくりと呑まれていく。やろうと思えば分離され放置されたままのスキューレの下半身の残骸に上半身を叩き付ける事もできたのだろうが、カカト達はそうはしなかった。

 スキューレが泥の下に沈み逝くに任せるカカトとナイトゥナイの姿は、“埋葬”を痛ましく見届ける参列者のようだと言っても過言では無い。それを甘さだなどと嘯くことは私にはできない。

 「キャリバー、スキューレ(やつ)と同じように“魂”が芽生えたお主から見れば、カカト達は随分非道に思えるじゃろうな……」

 私の胸中とはむしろ逆の事を、ナナムゥはポツリポツリと口にした。優しい子だと、改めてわたしは思う。カカト達の心痛を想い、私に対する労りを忘れず、そして“魔獣”にすら憐憫をも感じている。

 その生き方は、この先きっと幼主に困難をもたらすに違いあるまい。だが彼女を導くべき大人達が、既に静かに見守ってくれているのだと云うことを私は知っている。

 そしてナナムゥの呟きから、試製六型機兵(ゴレム)である私の“魂魄”が、元は取るに足らない『人間』のものを転生(いしょく)したのだという事実を彼女が知らないのだということを私は知った。

 コルテラーナが何故いまだに真実をナナムゥに伏せているのかは分からない。

 分からないが、コルテラーナのやることに間違いはないことだけは分かっている。

 「じゃがの、キャリバー。カカトがいたずらに生命を奪うような男ではないことだけは、お主も憶えておいてはくれぬか」

 「ヴ…」

 私は『肯定』を示す青い光を単眼に宿しナナムゥに応えた。改めて彼女に言われるまでもなく、カカトがスキューレの説得を試みていた事はわたしも気付いてはいたし、何よりもスキューレ自体が暴走する放置不能な“魔獣”であることは紛れもない事実であった。

 現に目の前の大地は“魔獣”の“力”によって荒れ果てた泥土と化し、それが――特撮の怪人の類ではあるまいし――スキューレを斃したからと云って直ちに元の堅い大地に戻るなどという筈もない。モガミがスキューレを“魔獣”と断じて討伐を決意したのも、そもそもがこの“力”が原因であるのだということは、昼の会合の時にモガミ本人の口からも語られていた。

 何にせよ全ては終わった――と云うのがこの時の私達の正直な心情であった。その様な気の緩みもあり、ささやかな泥沼の変化に私はすぐには気付くことが出来なかった。

 言い訳を重ねる事が許されるならば、通常の池の水の類であったならば目の前の水位の変化も容易に察することが出来ただろう。何れにせよ私達の目の間で、泥沼自体の容積が徐々に減りつつあったことだけは事実である。

 「ヴ?」

 遅蒔きながらようやく私が沼の水位の変化に気付けたのは、単純にその目減りする速度が増大していたからに他ならない。まるで風呂の栓を抜いたかのように泥水が減っていくその原因に、私も一つ心当たりがあった。

 見上げた夜空では依然として浮遊したままの妖精機士が再び槍を高く掲げ、その穂先が星明りに負けじと幾度か眩く明滅する。それが何らかの信号であったのか、右腕だけを損失した1体の改四型機兵が、まるで最後の力を振り絞ったかのように泥沼の中から浮上し、そのままフラフラと固い大地の上に滑るように着地する。

 私はその姿を前に改めて先程の改四型の猛攻を思い起こしていた。3体全てが続けざまに“魔獣”に対して長槍を爆発させた、と云う訳ではない。2体は確かにスキューレの身に迫ったが、最後の1体は突進を逸らされ沼地を抉って爆発した。

 その爆発によって生じた穴が、地下の何らかの空洞にまで達していたとしたら――

 泥の沼に着水したスキューレの上半身は、今は完全に没しその姿を目視することはもう叶わない。消え失せたと言っても過言ではない。スキューレが完全にその機能を停止し沼の底に着底していればそれで良し。だが或いは地下に抜け落ちていく泥水の流れのままに、地下空洞にまでその身柄が達していたとするならば――

 「よい、キャリバー」

 言葉を喋れないもどかしさ、慌てて沼を指差す私に対して、ナナムゥは意外な程に落ち着いて私を制した。

 そもそも誰の目から見ても明らかな程に加速度的に沼の泥水が減少していることに加え、その口振りかもナナムゥが目の前の異変にとうに気付いていた事は明白であった。賢しい幼主のことである、スキューレ本体の行方に関しての疑念も言わずもがなであろう。

 「カカト達が放置しておるということは、全て織り込み済なのじゃろう」

 ナナムゥの言う通り、カカトとナイトゥナイは更にもう1体の改四型を沼から浮上させる作業に没頭しているようであり、空中のまま動こうともしなかった。上空から俯瞰して沼の変化に気付けぬ筈もないので、ナナムゥの言う通り始めから異変に対処する気は無いのだろう。

 「モガミの姿がどこにも見当たらぬので妙じゃ妙じゃとは思っておった。後詰としてどこかに隠れておるのじゃろうと流しておったが、たぶんもうスキューレを追って動いておるのじゃろうな」

 幼い姉が更に幼い弟に言い聞かせるように、ナナムゥは噛んで含めるが如く事細かに私にそう言って聞かせた。そして気持ちを切り替えるかのように軽く頭を振ると、ヨジヨジと正面から私の肩の上まで一人でよじ登った。

 「今夜はこれからが本番じゃぞ、キャリバー」

 脚を投げ出しちょこんと私の肩の上に座ったナナムゥが、いかにも真面目な顔でもっともらしく指示を出す。その様子が私には無性に可笑しく、そして微笑ましいものに思えた。

 幼い頃の私と妹も、常にこのような感じであったとは思う。妹は体も気性も共に儚く、目を離すと消えてしまうのではないかと幼い心に常に懸念していた気がする。

 (ふたは……)

 妹に会いたい。“闇のカーテン”の向こう側に墜ちたと云う妹に。例え“魂魄”を移植された、私と同じ『人』ですらない石の躰であろうとも。

 その反面、どこかで常に共にあるかのよううな妙な安心感も無いではなかった。それはこの完全に密封された世界が私に与えた慈悲深い錯覚であったのだろうか。

 私の詮無い妄想を断ち切ったのは、今度もまたナナムゥの明るい声であった。

 「まずはコルテラーナと合流して、まだ戻って来ていないなら老先生を探すところからじゃろう?」

 何れにせよ、既にこの場で私達の出来ることはもう何も無い。始めから無かったと言われると返す言葉も無いが。

 それは兎も角、指を折りながらこの後の予定を話し出すナナムゥを肩に乗せたまま、私も彼女が言う通りコルテラーナと別れた方角に歩み始めた。

 「でじゃ、コルテラーナを居留地まで送ったら、そこからまた村まで戻らんとの。とは云え、わらわはどうとでも忍び込めるとして、お主はどうしたものかの、キャリバー。口惜しいが、ヴァラム達の口添えが無ければ夜に村に入れてくれるとは思えんしな……」

 懸念材料をむしろどこか愉しげに口述していたナナムゥが、不意にあっと声を上げる。

 「ヴァラムの差し入れをコルテラーナに預けたままじゃった。流石にあれはカカトに渡してやらんと可哀想じゃの、キャリバー」

 ナナムゥはそうは言うものの、カカト達の“作業”がどの程度の時間を要するのかは予想すら付かない。

 思案に耽るかと思われたナナムゥだったが、次の瞬間には私に対してニカッと満面に笑みを浮かべていた。

 「しょうがあるまい。手分けするかの、キャリバー」

 「ヴ」

 『肯定』の青い光を宿した私に対し、ナナムゥがペシペシと石の頬を親しげに叩く。

 「こんな時の為に、主従揃って出歩いているのじゃものな」

 背後で大きな音が響いた。それは最後の改四型が沼から脱出した音だったのだろう。

 流石に今から始めるとも思えないが、着地したまま動きを止めた改四型の機体を揚陸艇まで運び込む助勢くらいは私にも出来るだろう。

 そもそも私達がこの地に赴いたのも、決して“魔獣”討伐が目的などではなく、この世界の中心を覆う“闇のカーテン”に――試験段階ではあるが――挑む為である。


 (明日からは忙しくなりそうだ……)


 胸中で苦笑する私であったが、それが悪いことではないことだけは確信していた。


        *


 深夜――


 講堂を思わせる高さを持つ地下空洞の中に、彼等2人の姿はあった。

 「大丈夫か?」

 先を行くモガミが、手を引いたティラムを気遣い優しく声を掛ける。

 「大丈夫」

 明らかに腰が定まっていないにも関わらず、ティラムは健気にそう答えた。空いている方の手にした、方術士の証である幾何学的に先端の折れ曲がった杖の助けが無ければ、ここに来るまでに彼女は幾度か転倒していたことだろう。

 先遣隊であるモガミ麾下のシノバイド達が道標として各所に設置した照明のおかげで、特に夜目の効く訳でもないティラムにとってもある程度の視界は確保されていた。

 今はそのシノバイド達もモガミの命により一旦は退いている為、この空洞にいる生身の人間はモガミとティラムの2人だけであった。

 そしてもう1体、彼等の目当てでもある機械の成れ果てのモノと。

 「……」

 モガミ自身は幼い頃からの鍛錬によって充分に夜目は効いた。元の世界から持ち込んだ――そして護衛の任を解かれた時に“餞別”として所長がそのまま携帯を許した――暗視ゴーグルにしろ、陽光による充電式の携帯電燈にしろ、その他諸々の物も含めてこの閉じた世界にとって過分な機器の数々をモガミは携えて来てはいた。

 だが不要な損耗の可能性を考慮し、モガミはそれらを本当に()()()()でしか使わぬと心に決めており、そして今はその時ではなかった。

 元が何らかの地下施設か、或いは貯蔵庫だったのか、そこまでは流石のモガミにも謎のままである。奇妙な事にこの世界の遺跡に関しては、その成り立ちに一切の伝承が残されていない事の方が多かった為である。だがこの遺構が存在するということだけは、予めモガミの把握するところではあった。そしてその直下にこの地下空洞が存在することも。

 モガミはカルコース商会の伝手という正規の手段と密偵であるシノバイドという非合法の手段を用いて常に人脈や地勢の情報を収集していた。カカト達と取引をし、この遺構までスキューレを誘導させたのもこの地下空洞の存在が決め手であった。

 無論、単純に一刻も早くスキューレを商都ナーガスより引き離したかったという理由も有る。

 だが何よりも大地を泥に変えその中を泳ぐ古き“魔獣”のその“力”。幾ら真正面から追い詰めようとも、地底まで逃げ込まれれば流石のモガミですら打つ手は無い。それは苦い経験として繰り返された。

 ならば接地させねば良い。

 それがモガミの出した結論であった。

 さりとて“魔獣”の巨体を宙に浮かそうにもそれは難事である。或いは所長の許に残した彼の強化外骨格でもあるクロウとシロウの力を借りれば可能であったかもしれない。だが袂を分かってしまったという後ろめたさが、モガミをしてその策を躊躇わせた。

 そこで彼が目を付けたのが地下に空洞を持つこの遺構であった。空中に浮かべる事が無理ならば、逆に地中の空洞に追い落とせば良い。

 これまでに幾度か接敵した際、“魔獣”が逃走時には必ず真下に掘り進む事を彼は経験則として得ていた。

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