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奇郷(2)

 「ヴ」

 館長の誘いに、私には頷く他に術はなかった。

 先程も述べたように、自分にとっても異論は無い。そもそもが抵抗自体が不可能な状況でもあった。

 軽く全身に感覚を這わしてみたところ、あの廃棄場から脱出した際に切り離した腰の部分は新たに存在していた――それが私が捨てた物を回収したのか別の物をあてがわれたのかまでは分からない――が、両脚も 両腕もこの身には接続されてはいなかった。

 今の自分はまさに解体された人型であり、整備中としてハンガーに吊されているロボアニメお約束の構図を完璧に再現した状態であった。

 「ヴ――」

 いけ好かない褐色の雌ゴリラが端末の前に腰掛け、その後ろから館長が画面を覗き込む体勢になったのを見計らい、私は両者に思い出せる限りの事を語った。

 とは云え名前すら思い出せぬこの身の哀しさ、話の内容はどうしても“試製六型”として目覚めた後の最近の、それも非常に短い期間に関する事に限られた。

 同型の巨人に襲われ逃亡を余儀なくされたこと。

 逃げ延びた先の展望台で幼女に出会ったこと。

 そして狂った追跡者だと誤認していたその巨人が実は自分の妹であり、目の前で無残にも喪ってしまったこと……。

 それだけ、それだけであった。

 名前も思い出せない。節々の記憶だけは残っている。亡き母から授かった「前を見ろ」という人生の指針と、憐憫という名の呪いの言葉も憶えている。

 だがそれだけ、それだけであった。

 今の私は何ものでもない。

 名を喪くし、脳裏にしばし蘇る過去の記憶の断片だけでは、私が私足りえる筈もない。

 妹を――私の全てを失ってしまったのだから。

 「つまり、特記すべき事は無し、と」

 “瞳”と表記される褐色の雌ゴリラがやおら立ち上がると、私を一瞥することもなく正面に位置する大きな両開きの扉へと向かった。

 自分の存在を歯牙にもかけてもらえないとはこのような事を言うのだろう。

 「頃合いだな。準備してくる、館長」

 顔だけこちらに覗かせつつ、私に対するソレとは明らかに異なる軽い口調と共に、瞳が扉の向こうに消える。

 入れ替わりに今度は館長が端末の前に腰掛けると、キーボードを――少なくとも私にはそう見えた――操作しながら私へと改めて訊いた。

 「今、貴方の手足を準備させるから、待っている間に何か訊きたい事はあるかしら?」

 端末の画面と私の貌へと交互に視線を移しながら、館長が半ば独り言のように呟く。

 「まぁ、自分が何者なのかっていう最初の質問には答えられ――え?」

 館長の蜂蜜色の大きな瞳が更に真ん丸に見開かれるのが、離れた位置に吊された私からも分かった。

 自分が誰なのか?ここがどこなのか?あの幼女はどこにいったのか?そもそもこの身があそこに廃棄されていたのは貴女方の差し金ではないのか?

 通常ならば、そういう質問を予期していたのだろう。

 だがそんな事は私にとって一切合切が無意味であった。

 私が知りたいことは後にも先にも唯一つだけ――


 “私の妹は!?”


 あの雌ゴリラの言う通り私が「喋った」ことが文字として表示されるのならば、おそらく今の端末の画面には私のその想いが大写しになっているに違いない。

 館長は私と画面との間で二度視線を往復させると、やがて手を口に当てフフと上品に笑い、そしてすぐに真顔となった。

 「亡くした者に魂を引かれてはダメ」

 「!?」

 反論を、文字として端末に表示させることも可能ではある筈だった。妹の為ならば、私はすぐにでも幾百幾千の言葉を並べることもできた。

 だが私はすぐにその子供じみた行為を思い留まった。

 亡くした者に魂を引かれてはならない――物珍しくはない言葉。しかしかつて館長にも何かがあったであろう事は、さすがの私にも察することはできた。

 それほどまでに彼女の言葉の響きは重く、そして悲哀の色を滲ませていた。

 「この密封世界では誰もが皆、傷付いた半死半生の体で堕ちてくるわ……」

 端末の前の席を立ち、私に語りかけながらゆっくりと歩み寄ってくる館長の立ち振る舞いは、さながら神託を発する巫女のような厳かな雰囲気を醸し出していた。

 「そしてその殆どは、この世界に堕ちてそのまま死んでしまうのよ。だからせっかく拾ったその生命、 軽率な使い方をして欲しくはないの」

 「ヴ…?」

 正直な話、館長が何を言っているのか、そして何を言わんとしているのか、あまりにも端的過ぎて私には明確には理解できなかった。

 だが今再び私の眼前に立ち、深い色合いを秘めた瞳で単眼を覗き込まれただけで、私は館長の秘めたる哀しみに直に触れた気がした。幾編もの言葉を交わさずとも。

 ロボアニメでよく見た“交感”とはこんな感じなのだろうか。

 「貴方は“試製六型”として、その機体に癒着し自我を保てた初めての魂。だから、その生命の使い道を良く考えて。貴方がこの閉じた牢獄で新たな生命を得た意味が、きっとある筈なのだから」

 「……」

 耳慣れぬ単語がある。聞き流す事のできない真実がある。だが今はただ館長の言わんとしているその言葉の意味を、私なりに咀嚼してみる。

 半死半生でこの異界に落ちてきた私が、何らかの理由でこの“試製六型”として転生した、つまりはそういうことなのだろうか。

 そしてその上で、「生きよ」と館長は諭してくれているのだと私は解釈した。既に人の身を失くしたこの躰ではあるけれど。

 だが今の自分にとっては人ならざるものに転生したという憶測は、切迫感の無い漠然としたものとして感じられたのもまた事実である。

 館長の説明が今一つ要領を得ないものであったことも無論ある。己の姿を直視する機会が無かったことにも起因しているのだろう。だがそれらは二の次と言ってもよい。

 何よりも館長の真摯な物言いそのものに、私の心は強く惹かれていた。あの夜に、幼女の叫びに心救われたように。

 私に心砕いてくれている、それはありがたいことだと素直に思う。

 だからこそ私には少なくともこの場でこれ以上、妹と己自身の事について彼女を問い質す気にはなれなかった。礼を欠いた許されざることであるとさえ思った。

 詰めが甘いことは自分でも自覚している。

 だが館長への配慮の他に、実は一つの奇妙な確信が私をその境地へと導いたのである――妹が、この世界で生きているという、願望ではなく奇妙な強い確信が。

 この胸の奥底に、確かに宿る熾火のように。

 その想いがあるからこそ、今この場でこれ以上食い下がることを私は控えた。

 狂人の戯言と笑われるのだろうが、私にだけは分かる。私にだけは妹の生を感じることが出来る。

 この世でたった二人の兄妹なのだから。

 「?」

 独りごちる私を前に館長が小首を傾げる。彼女もまた、もし今の私の胸中を知れば私を変人だと憐れむのだろうか。これまでの私が関わり合った人々と同じように。

 奇妙な静寂はしかし、騒々しい一団の入場でたちまちの内にかき消された。

 「館長、お嬢がぐずりだした」

 例の褐色の瞳という名の巨女を先頭に、ワラワラと奇妙な集団がその後ろに続く。

 まず巨女のすぐ後ろに付いてきた2人は、彼女とよく似たツナギ状の作業着を身にまとった厳つい貌の小柄な男達であった。

 とは云えその風貌は明らかに人間とは異なる怪物じみたものであり、醜い亜人といった方が正確であろう。

 そして残る面子は亜人ですらなかった。そもそもが人に近しい姿からも逸脱していた。

 “彼等”の姿形と大きさは円形の床上ロボット掃除機に瓜二つだった。

 掃除機との大きな違いと言えば、その下部からは短い四脚が、天板部分からはこれまた一対の板状の腕部が付属していたことである。

 これらの付属品により、“彼等”の全体的なフォルムは蟹かヤドカリの類を連想させた。


 “――汎用三型”


 それが“彼等”が何なのかという私の問いに対する、声なき声の“応え”だった。

 その型番からして、「試製六型()」に連なる物であるのは明白な汎用三型の群れが、無骨で飾り気の無い両脚と両腕のパーツを各一組、この部屋に手分けして運び込んで来る。

 その様は蟻が大きな獲物を巣穴に運び込むそれであり、事実集団での運用を想定されているのだろう。

 「嬢のためにもさっさと済ますぞ」

 巨女が後ろの亜人2人に合図し、運び込まれた四肢のパーツを手分けして手際良く並べていく。

 私としては吊られたまま、ただ装着作業の推移を見守るしかなかった。文系の私にはただの憧憬でしかないが、或いは工学系の人間だと何らかの有益な情報でも得られたのかもしれない。

 所詮は詮無き事ではあるが。

 と、私の背中側に回った亜人の一人が私にではなく館長にこう訊く声が聴こえた。


 「――この導線を外しますがよろしいですか、館長様?」


 (――ん?)

 会話の内容自体はどうということのない作業の確認である。だが私は先程から気にかかっていた違和感の正体をようやく掴めた気がした。

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